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兵庫ペット医療センター東灘、獣医皮膚科学会、VET DERM TOKYO 皮膚科第1期研修医
みずみずしくて美しいマスカット。スイカ、びわ、なし、いちごなど犬に与えて大丈夫な果物はたくさんあるため、マスカットを与えても問題なさそうに思えるかもしれません。じつは、マスカットは犬にとって大変危険な果物です。絶対に愛犬に与えてはいけません。犬が食べると中毒症状が出る食べ物として、玉ねぎなどのネギ属やチョコレートはよく知られていますが、マスカットも中毒症状を起こす食べ物です。
また、中毒症状を起こすのはマスカットに限りません。巨峰、ピオーネ、デラウェア、甲州など品種に関わらず、ぶどうを食べると中毒を起こします。品種による危険度の差や原因物質は、まだ確認されていません。そのため、ぶどう全般を食べてはいけない果物として考えてください。今回はぶどう中毒の症状や誤飲の対処法などについて解説します。
目次
- 犬がマスカットを食べてはいけない理由
- 犬のぶどう中毒の症状とは
- 犬の健康に害をもたらすマスカットの摂取量
- 犬がマスカットを誤食した際の対処法
- まとめ
- 犬が食べても良い果物・食べてはいけない果物
犬がマスカットを食べてはいけない理由
犬におけるブドウ中毒が広く認知され始めたのは、2001年頃からとされています。
ブドウを摂取すると、犬は急性腎障害を含む命に関わる症状を引き起こす可能性があります。この中毒の最も恐ろしい点は、原因物質がいまだに特定されていないことです。
現在、ブドウ中毒の原因物質としてさまざまな成分が研究されていますが、最も有力な候補の一つが酒石酸です。酒石酸はブドウに高濃度で含まれる有機酸であり、最近のケーススタディで、中毒の原因物質である可能性が示唆されています。
しかし、酒石酸そのものの毒性試験は未だに行われておらず、現時点ではあくまで仮説の域を出ません。また、重金属や農薬、マイコトキシン(真菌毒素)といった他の毒性要因も検討されていますが、いずれも有力な証拠は見つかっていません。
さらに、「果肉よりも皮が中毒の原因になる」という説も広まっています。日本では、ピオーネという品種のブドウの皮を一房分食べた犬が、翌日に急性腎不全を発症し、10日後に死亡した事例が報告されています。
一方で、未発見の成分が中毒を引き起こしている可能性もあり、ブドウ中毒に関する研究は今後も進められていく必要があります。
そのため、マスカットだけでなく生のぶどう全般およびレーズン、ジュース、ワインなどの加工品も与えてはいけません。加工品の中でも、レーズンなどのドライフルーツは、水分が蒸発して成分が凝縮されていますので、生のマスカットより中毒を起こすリスクが高いと考えられています。ぶどう果汁が入ったジュース、ヨーグルト、アイスを舐めただけでも中毒を起こす犬もいますので、どんな形であれ犬の届くところに置かないでください。
参考文献:
- 「酒石酸クリームとタマリンドの摂取後の犬の急性腎障害と、ブドウとレーズンに含まれる毒性成分として提案されている酒石酸との関連性」
原題 ”Acute kidney injury in dogs following ingestion of cream of tartar and tamarinds and the connection to tartaric acid as the proposed toxic principle in grapes and raisins.” 2022年7月公開 http://dx.doi.org/10.1111/vec.13234
出典 Wegenast, C.A., Meadows, I., Anderson, R.E., Southard, T.L., González Barrientos, C.R., & Wismer, T.A. (2022). Acute kidney injury in dogs following ingestion of cream of tartar and tamarinds and the connection to tartaric acid as the proposed toxic principle in grapes and raisins. Journal of veterinary emergency and critical care.
- 「Vitis vinifera摂取後の犬における毒性に関するエビデンスベースを探るスコーピングレビュー:臨床効果、治療、およびV. viniferaの種類」
原題 ”Scoping review exploring the evidence base on Vitis vinifera toxicity in dogs after ingestion: Clinical effects, treatments and types of V. vinifera” 2024年7月公開
https://bvajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/vetr.4536
出典 Downs, J., Zoltowska, A., Hackney, T., Gardner, D. S., Ashmore, A., & Brennan, M. L. (2024). Scoping review exploring the evidence base on Vitis vinifera toxicity in dogs after ingestion: Clinical effects, treatments and types of V. vinifera. Veterinary Record, e4536.
犬のぶどう中毒の症状とは
犬がマスカットを口にした場合に引き起こすぶどう中毒とは、どんな病気なのでしょうか。ここではぶどう中毒の症状を紹介します。
急性腎不全を引き起こす
ぶどう中毒になると、急性腎不全を引き起こして腎機能が急激に低下します。腎臓は尿を作って老廃物を外に出す器官です。赤血球数や血圧の調節なども行います。死んでしまった腎臓の細胞は回復することがありません。腎臓を悪くすれば一生腎臓病と生きていくことになりますし、腎機能障害が悪化すれば死に至る恐ろしい病気です。マスカットを食べたとわかったら緊急で動物病院に連れていき、治療を開始してください。腎臓に負担をかけない食生活や点滴、薬の投与で病気の進行を遅らせる治療となります。
ブドウ中毒による急性腎不全の症状
症状の出方は個体差がありますが、一般的な症状は、24時間以内の嘔吐が最も典型的な臨床症状です。その後短期間で尿が極端に少なくなる、多尿、元気消失などの腎不全兆候が現れます。重度の場合は乏尿やけいれんを起こします。名前を呼んでも反応がない場合は意識を失っている可能性が高いです。症状が悪化すると命に関わりますので、愛犬の異変に気づいたら動物病院にできるだけ早く連れていってください。
ブドウ中毒による急性腎不全の症例
八仙会動物医療研究部や東京大学大学院農学生命科学研究科による研究チームは、ぶどうを摂取して死亡した事例を報告しています。
◆ マルチーズ(3歳 雄 体重2.5kg)
マルチーズは、宮崎県内の農村部で完全室内飼いされていました。夜に種なしのデラウェアを皮ごと約70グラム食べたところ、5時間後の夜中に嘔吐を繰り返し、翌日も続き、排尿も見られなくなったそうです。
それから2日後に飼い主さんがマルチーズに元気がなく嘔吐の症状があることを訴えて、動物病院を受診しました。その頃には、虚脱状態という意識がぼんやりしていた状態だったそうです。血液検査で重度の「高窒素血症」「高カルシウム血症」「高リン血症」「高カリウム血症」が認められました。膀胱内を調べたところ溜まっている尿も少量だったそうです。「利尿剤」「ドパミン」の点滴による治療を試みましたが、入院2日目に意識状態は若干改善したものの1日の総尿量は10mlに至らず、入院3日目(ぶどう摂取4日後)には、再び意識が混濁して無尿となり死亡しています。腎臓の病理組織検査で、近位尿細管上皮細胞の著しい変性壊死が認められ、ぶどう中毒と診断されました。
Eubigらの報告によると、乏尿(1日の排尿が400ml以下になった場合)や無尿(1日の排尿が100ml以下)まで症状が悪化した場合の生存率は、乏尿で24%、無尿で12%。乏尿や無尿の症状が見られ、急性腎不全が疑われる場合は、人工透析などの治療が推奨されるようです。
犬の健康に害をもたらすマスカットの摂取量
ぶどう中毒の症状は、一定量以上のマスカットを摂取した場合に引き起こされると言われています。ここでは、食中毒を起こす可能性の高いマスカットの摂取量と、マスカットが含まれている加工食品を紹介します。
食中毒を起こす危険な量
中毒症状を起こすブドウの量は不明です。中毒量は個体差があり、4g/kgで死亡した犬もいれば、たくさん食べてもあまり症状が出ない犬もいます。ぶどうは一粒が小さいので食べやすく、気付いたらすでに大量に食べてしまっているかもしれません。くれぐれも、ぶどうをキッチンのテーブルや食卓に置きっぱなしにしないでください。飼い主がぶどうを食べて残った皮もすみやかに片づけるようにしましょう。
マスカットが含まれている可能性がある食品
生のマスカットだけでなく、マスカットの果実やエキスが入った加工食品もたくさんありますので注意が必要です。具体的には、ケーキ、和菓子、ジュース、ゼリー、ヨーグルト、飴、キャラメル、アイス、ソフトクリームなどが挙げられます。フルーツミックス系の食品は特にわかりにくいため、原材料名を確認しておく、犬が近づける場所に置かないなど対策しましょう。
犬がマスカットを誤食した際の対処法
マスカットを誤食した場合、犬が重篤な中毒症状を引き起こさないよう早急に対処することが大切です。ここでは、犬の誤食に気づいたときの飼い主の対処方法を紹介します。
無理に吐き出させない
口の中に入ったマスカットを無理やり取りのぞくことは避けましょう。犬はごはんを奪われると思って、すぐに飲み込んでしまいます。飲み込んだものを吐き出させようとすることもやめましょう。マスカットの粒は大きいので、かえって喉に詰まらせたり、気管をふさいでしまったりする可能性があります。
なお、口コミサイトなどでさまざまな吐かせ方が紹介されていますが、誤った情報が散見されるため無理に吐き出させることは行わないでください。たとえば「塩を大量に飲ませる」という対処法が見られますが、塩を大量に飲ませて吐かなければ高ナトリウム血症を発症して死亡する場合があります。「オキシドールを飲ませる」といったことも健康被害を受ける恐れがあります。「身体をゆさぶる」といった行為も、愛犬の命を危険にさらしますので絶対にやめましょう。マスカットを食べた場合は、できるだけ早く動物病院へ連れていってください。
電話で犬の様子を獣医師に伝える
犬がマスカットを食べてしまったときは、すぐに動物病院に連れていってください。動物病院に行く前に電話で連絡を入れて愛犬の様子を伝えておくと、応急処置のアドバイスをもらえますし、診療もスムーズに進みます。「犬種」「体重」「年齢」「既往歴」「飲んでいる薬」「いつどれくらいの量のマスカットを食べたのか」「どんな症状がどのぐらいの時間続いているのか」「意識はあるのかないのか」などの情報を整理して、獣医師に愛犬の様子を具体的に伝えるようにしましょう。
もし、夜間や休診日でかかりつけの動物病院に行けない場合は、診療時間を待たないでください。24時間対応の動物病院や動物救急救命センターを探して、電話で診察を依頼しましょう。こうした場合に冷静に対応できるよう、予め夜間対応をしてくれる動物病院を見つけておくと安心です。
動物病院の治療方法
マスカットを食べて数時間以内であれば、胃の内容物を吐かせて、胃を洗浄し、活性炭や下剤を投与するといった治療が行われます。急性腎不全になっている場合は、点滴治療を行います。点滴しても尿が出ない場合は、人工透析を検討する可能性も。適切なタイミングで治療ができれば、腎臓の機能が回復します。
まとめ
愛犬がマスカットを食べてしまった場合は、中毒症状が出ていなくてもすぐに動物病院に連れていってください。消化される前に動物病院で治療ができれば、大事に至ることを防ぐことができます。いつ誤飲事故が起きても冷静に対応できるように、近所の動物病院や夜間緊急医療センターなどを調べておいてください。くれぐれも自宅でマスカットを食べるときは、愛犬がおねだりしても与えず、食べた後の皮や種も愛犬が口にしないよう速やかに片づけましょう。