「最強の定食」の定義から考える。「色」と「方向」重視の定食
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株式会社孔官堂の顧問を務める増田幹弥氏
今、線香の香りに変化が起きている。
花やアロマのような香りだけではなく、飴やアイスなどのお菓子、珈琲やジュースといった飲み物の香りのものまで幅広い香りのアイテムが世に出ているのだ。
創業明治16年、100年を超えるロングセラー商品「仙年香」を有する大阪の孔官堂は、早くから思い出の香りで故人を偲ぶ「香りの記憶 珈琲」という商品を開発し、ヒットさせている。「香りの記憶」はどんな経緯で生まれ、多くの人の支持を得るに至ったのか。株式会社孔官堂顧問の増田幹弥氏に聞いた。増田氏は線香の香りのトレンドについて、こう分析している。
「線香は日本でおよそ300年の歴史があるとされています。その長い歴史の中で、香りに特徴がある製品が出てきたのはつい最近のこと。平成に入った頃くらいからラベンダーなどのフローラルな香りの普及が進みました。当初は驚きをもって迎えられましたが、今ラベンダーや桜の香りは一般的になっています。珈琲の香りも同じく一般的になってきました」
そもそもなぜ、珈琲の香りの線香は生まれたのか。そこには時代の変化の影響があった。
「香りの記憶 珈琲」は一つひとつ検品され、出荷される
かつての日本では、人が手を合わせる対象は仏様やご先祖様だった。時代を経るごとにその対象は顔の見えないご先祖様から、祖父や祖母、父や母、または妻や夫と身内の故人へと変わっていく。お供え物で故人が好きだったものを置く習慣はあったが、線香でも偲ぶことはできないか。そんな経緯で「香りの記憶 珈琲」は誕生した。
「社員が数ある嗜好品のなかから多くの人に好まれる『珈琲の香りのする線香を作ろう』と発案し、開発することになったのですが、珈琲の香りと一口に言っても表現するにあたって、どういう味付けが求められるのか、またそれを技術的にどう実現すればいいのかで苦労しました」
どの豆を選別するか、またカフェオレのような香りだったり、焙煎の香りだったりと一人ひとり「珈琲の香り」からイメージする香りは異なる。決めるにあたっては方向性を定める必要があった。その点について増田氏はこう語る。
「日本の定番と言いますか、多くの人が懐かしく思う香りを弊社では意識しています。珈琲に関しては、昔ながらのミルク珈琲のイメージで香ばしさとともに、ほんのりした甘さを表現しました。珈琲は技術的に出しにくい香りでしたが、開発陣が奮闘して理想通りの香りを表現することができたと思います」
甘い香りで室内芳香用としても人気の「香りの記憶 チョコレート」
発売当初、「変わった香り」「珈琲の香りのお線香なんてあるの?」と驚きの声が多かった。孔官堂としてもそういった反応は織り込み済みで、「いつかは必ず定着する」という前提で臆せずPRを続けた。
「一気に売り上げが跳ね上がるブレイクこそなかったものの、発売からじわじわと右肩上がりで売り上げを伸ばしています。リピーターが増えている影響も大きい。2、3年前くらいからは認知度が一気に上がった印象がありますね」
モニター調査の結果、「香りの記憶 珈琲」という線香にはこんな感想が寄せられている。
こうした声を受けて現在、孔官堂では珈琲に加えて「チョコレート」「蜜柑」のラインナップを用意している。
「子どもからシニアまで、世代を超えて愛されているものという視点で選びました。チョコレートは今ではビターからスウィートなものまで多彩ですが、お線香の香りとしては昔ながらのミルクチョコレートの香りをモチーフにしています」
左が従来品で右が「香りの記憶」。灰の量が少ないのが一目瞭然だ
「香りは記憶と密接に関係していることが脳科学で明らかになっています。人間の五感のなかで、唯一嗅覚のみが海馬という脳の部位に働きかけることができる。記憶を保管する海馬とつながっているため、人は香りを嗅いで記憶がよみがえるのです」
過去の懐かしい記憶を呼び起こすことができる線香には、そんな強い情緒的な価値がある。しかし、「香りの記憶」シリーズは機能性にも優れている。ほとんど煙が立たず、灰の量が少ないのだ。
「独自の技術で煙の量を極力少なくしています。昔のような一軒家の仏間は近年、少なくなってきており、マンションなどの集合住宅に住む人が相対的に増えています。また、それにあわせて仏壇が小型化していますので灰もなるべく出ないようにしています」
出る灰の量が少ないため、落ちた灰がちらばりにくい。そのため、片付けが容易というメリットもある。
「仏壇の小型化は香炉の小型化ということでもあります。灰を納めるスペースが小さいと片付けも大変ですよね。そこで、以前のようにある程度灰になったらパタッと落ちて下でちらばってしまうのではなく、細かく落ちるような仕様にしたのです。これは特許を取得した技術になります」
工場は全国の線香の7割が作られる“香りの里”淡路島にある
時代に合わせた製品づくりは孔官堂のお家芸と言える。かつて線香は読経の時間に合わせて60分燃焼するのが当たり前だった。家庭での日々の供養が主となると半分の長さにし、そのぶん香りにこだわった。それが、明治以来100年続く定番商品の「仙年香」だ。昭和の終わりには燃焼時間20分とさらに縮めた、ミニ寸線香も発売している。
「時代によって線香の長さや煙や灰の量といった部分は変化しますが、亡くなった方を思って手を合わせるという行為は変わりません。宗教心とかは関係がなく故人を偲ぶということは自分の生や縁を思うことでもあり、心が整う瞬間だと思います。線香というのは、そんな時間にそっと寄り添えるツールだと考えています」
仏壇や線香といったものに対するニーズは30年周期で変わると言われる。墓守の世代が変わっていくタイミングで習慣も大きく変わるからだ。「香りの記憶」シリーズも変化を続けていく。
「チャレンジングな商品として始まったものだからこそ、今後も時代を先取っていきたいという思いはありますね。人が人を想うという原点にしっかり立脚し、時代の変化やニーズの多様化に柔軟に対応していきたいと考えています」