「忘れ物なし!」毎朝の身支度に大活躍なスリムラックを電動工具なしで作る
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「ボーッとする」って意外と難しくないですか?
こんにちは、編集ライターの市 奈穂(いち なほ)です。最近はもう現代病だなと思うのですが、ちょっとした待ち時間、たとえばエレベーターを待つとき、車を車庫から出すとき、果ては電子レンジの3分を待つときでさえ、何とはなしにスマホの画面を開くことがクセになってしまっています。
言い換えれば、「何もせずに待つ・ボーッとする」ことができなくなってきているなぁと。
これって実は結構ヤバイのではと思いつつ、パソコンにかじりついて原稿を書いているわけです(汗)。そんな私でも、何もせずボーッとしていられる瞬間があります。そう、キャンプで焚き火をしているときです。
中毒ともいえるデジタルの世界から離れ、炎のゆらめきをボーッと眺めていられる。これはきっと、何らかの精神的効果が関係しているに違いない。
焚き火が人の心理・精神におよぼす影響について、臨床心理士の三杉達也さんにお話を伺ってきました。
実際に焚き火を囲んでの取材のため、アウトドア仕様で来ていただいた
三杉さんはメンタルクリニックで年間1000件以上のカウンセリングを受け持つかたわら、プライベートではソロ/ファミリーキャンプを楽しむ4人家族のお父さんです。
焚き火をセット。はじめに針葉樹、そのあと広葉樹を燃やすのがセオリー
—— さっそくですが、焚き火をしながら「癒し効果」についてお話いただきたいと思います。陽が落ちた川辺は過ごしやすくて焚き火にもちょうどよさそうですね!
そうですね、日中にくらべてずいぶん過ごしやすくなりましたね。(※三杉さんは昼からずっと二人のお子さんと川遊びをされていました)
—— 川のせせらぎを聞きながらゆっくりと焚き火……、もうすでに癒され始めているんですが。
早いですね(笑)。でもさっそく今日のキーワードが出ましたね、川のせせらぎ。関連して「1/f(エフ分の1)ゆらぎ」ってご存じですか?
—— 聞いたことあります!
1/fゆらぎとは「規則」と「不規則」が調和した状態を指します。先ほどの川のせせらぎもそうですし、風の音、セミの鳴き声、カラスのカァーカァーという声。音だけでなく、視覚的な意味での水の流れや木の木目もそう。
一定のようで、不定。自然界のものにはすべて「ゆらぎ」が存在すると言われています。私たちが心地よく感じる不規則さ、これが1/fゆらぎです。
焚き火はその「ゆらぎ」要素を凝縮したようなもので、炎のゆらめき、パチパチッという音、薪の燃える匂い、すべてが1/fゆらぎといえます。視覚、聴覚、嗅覚と、人間の五感に働きかけて落ち着かせる効果がある。
—— なるほど、たしかに「炎」「音」「匂い」すべてが焚き火の魅力といえる要素ですね。1/fゆらぎを感じると人はなぜリラックスできるのでしょう。
自然界には一定のものはなく、すべてに「ゆらぎ」があると言われています。そして自然環境と同じく、心音・心拍・目の動きといった私たちの体の中で起きている現象も含まれます。自然と人間の体が、ある種シンクロするような形で、自律神経を整わせる効果はあるのかもしれません。
着火からしばらくして薪に火が移り始めた
それから少し視点を変えて、自然の中にいる「非日常」と、普段の「日常」で比較してもイメージしやすいです。
日常においては、規則正しく進むことが正義だったりしますよね。スケジュールは分刻み、電車は時間通りにくる、無駄なことは省かれる。仕事の効率や、商品の価値にも「ゆらぎ」は通常存在しないでしょう。
「ゆらぎ」を排除した私たちの規則正しさは、実は不自然なものなんですよね。非日常である自然に身を置くだけでリラックスできるのは、人間が本来持つ「ゆらぎ」を無意識に感じられるからなのでしょう。
—— リラックス以外に精神的な効果はあるのでしょうか。
焚き火がもたらす心理的な効果として、マインドフルネスも挙げられます。マインドフルネスとは今という瞬間に集中して、心が「今ここ」にいる状態を作ることを言います。
—— 心が今ここにいる状態……?
人間が考えてしまう、悩むことって、過去と未来からくることがほとんどなんです。「あのときもっとこうしておけばよかった」「あの人にあんな言い方しなくてもよかったのに」といった後悔とか、「来週のプレゼンうまくいくかな」と未来のことに不安を感じたりとか。
過去と未来に縛られてしまっていることで、ストレスにつながっているんですよね。
—— それはもうめちゃくちゃわかります。
そうではなくて、今ここにいる自分・心に集中して、自分を俯瞰した状態を作る。それがマインドフルネスで、要は瞑想の一種なのですが、過去・未来にとらわれた心の状態から抜け出すための方法です。
たとえば何かを食べているとき、味や食感、香りに全集中しているときも同じです。今この瞬間を感じることで、心にゆとりがうまれ、気持ちが開放されて精神的にも安定するのです。
—— 食べものへの全集中は得意です! あの幸福度が高い瞬間は、たしかに過去のことも未来のことも一切考えていませんね。今に100%集中しています。
焚き火にも同じ効果があると言えるんですよ。目の前にある炎のゆらめきを眺め、炎が持つ熱を感じて、まさに今「焚き火をしている」と認識できる時間は一種の瞑想状態に近い。
—— マインドフルネスや瞑想って実践はなかなか難しそうですが、焚き火が自然とその状態へ導いてくれるわけですね。
何も考えるなって、悩んでいるときほど難しいですからね。考えないようにしても浮かんできてしまうし。でも焚き火を見ながらゆっくりと呼吸をしていると、意外と頭がクリアになったりするものですよ。
—— これまでのお話だと、どちらかというと一人での焚き火の効果というイメージですが、ファミリーキャンプやグループキャンプだと数人で焚き火を囲むシーンもありますよね。
相手がいる焚き火だと、また別の効果が現れますね。自己開示の効果です。自分をオープンにできる効果というとわかりやすいでしょうか。
たとえば家で家族みんなでご飯を食べていても、そこにはテレビが流れているかもしれないし、照明も明るくて、目の前にはそれぞれ料理が広がっている。雑多ともいえる賑やかさがありますよね。もちろんそれは決して悪いことではないのですが、落ち着いて自分の心をオープンにする場にはなりにくい。
いっぽうで焚き火は、非日常な大自然の中で、あたりも薄暗く、風や木々のざわめきを感じながら、リラックスしつつもどこか特別感のある状況です。普段なら言えないようなことも話しやすい環境といえます。
たとえば相手が子どもなら、実は学校で悩んでいる、友達関係で困っているとか。悩みだけでなく感謝の気持ちなど、普段だったらちょっと恥ずかしくて言えないようなことも話しやすい。
—— 子どもが悩んでいそうだけど、話すタイミングがつかめないときなど、焚き火に誘ってゆっくり向き合ってみるとよさそうですね。
そうですね。あとは、実は人の配置も効果的なんですよ。カウンセリングのときはお互いが斜めになるように座ります。正面ではなく、横並びにもならないように、少し角度をつけるんです。
真正面だと視点が直接合う位置になり、緊張感がうまれてしまいます。でも少し角度をつけることで、視線をあわせても、あわせなくても話ができる。視線をそらしながらリラックスして話ができるのですが、焚き火を囲むと自然と同じような配置になるのがポイントです。
会話では視線をそらしながらも、同じもの、つまり焚き火を見つめていることで、何かを共有している感覚もうまれる。映画のように「鑑賞」するのではなく、ぼんやり見つめていられる対象物が存在することで、心理的な距離感も縮まります。
人と人をつなぐツールとしても、焚き火ってかなり優秀だと思います。
—— 焚き火には一連の流れもありますよね、薪を組んで着火して、炎を大きくして、そして最後には消えていく。その変化にも意味が?
そうですね、着火のときの高揚感から始まり、小さかった炎が大きくなることで、視覚的にわかりやすい満足感は得られるでしょう。小さな世界ですが、成功体験が存在していますから、ひとりで実感するのもそうですし、誰かと一緒なら充足感の共有につながります。
—— たとえば薪が燃え尽きて真っ赤になった「熾火」などは、日常ではあまり目にすることもないですよね。
熾火はたしかに象徴的です。終わってしまう侘しさを誘いますね、視覚的に。誰かと一緒に焚き火をしているなら会話の終わりを意識するし、その瞬間に相手を大事に思っていることを再認識するかもしれない。もう少しこの時間を続けたい、と思わず木をくべてしまうかもしれない。
心地よい効果というよりかは、自分や相手をより意識できるシーンになるかもしれないですね。
普段、特に意識せず焚き火をしていて「なぜだか癒される」「不思議と眺めていられる」と思っていた謎がとけました。
炎のゆらぎや音など、焚き火自体が持つ1/fゆらぎの効果、そして今に集中できるマインドフルネスの効果。焚き火をしていて自然とうまれるあの距離感にも、すべてに意味があったんだなと。
頭がモヤモヤして心ここにあらずな状態が続いているとき、大切な誰かに思いを伝えたいとき、焚き火に頼ってみるとよいかもしれません。