更新 ( 公開)
博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
犬の仕草や行動から、犬の心理を読み解く「獣医動物行動学」が専門の獣医師 茂木千恵先生が、「愛犬が知らない人や他の犬に吠える」場合の、直し方やしつけの方法を解説します。犬と一緒に暮らす中で、吠えたり噛んだりといった、人が“困った”と感じる行動は、「問題行動」と呼ばれます。
また、上手にしつけができていないのは“飼い主の甘やかしが原因”だと片付けられてしまうこともあります。しかし、実際には、犬にとってはその「問題行動」も、動物としてのごく自然な行動(習性)である場合や、病気によるもの、過去の出来事のトラウマ、心の病気などによって生じている場合も、少なくないのです。
犬の行動には必ず理由があります。犬がなぜその行動をとるのかを知り、正しく対処していくことで、問題行動は必ず改善させられると、茂木先生は言います。
目次
- 犬の問題行動に科学的にアプローチする獣医動物行動学とは
- 犬が知らない人や犬に吠えるのはなぜ?
- 散歩中、愛犬が知らない人や犬に吠える場合の対処法
- 散歩中に他の人や犬に吠えさせないためのしつけ(練習)方法
- 他の犬に吠えてしまった場合
犬の問題行動に科学的にアプローチする獣医動物行動学とは
-茂木千恵先生のご専門である「獣医動物行動学」とは、どんなものですか。
茂木千恵先生:「獣医動物行動学」とは、これまで獣医学が主に取り組んできた動物の身体的健康の保持という課題に加えて、
動物の心理的健康を保つことも含めて獣医学が取り組むことで、本当の意味での動物の健康が成立するという認識が広まってきたことを受けて、約10年前に日本でも獣医科大学のカリキュラムに取り入れられるようになった比較的新しい学問領域です。
人と動物のコミュニケーションはほとんどが行動を介して行われるため、動物の行動の意味を的確に読み取り、適切なコミュニケーションを取ることが動物の生活の質を高めることに繋がります。
そのために獣医動物行動学の知識が重要と考えています。なお、この獣医動物行動学をさらに発展させた学問が「臨床行動学」となります。
臨床行動学では、問題行動を見せる動物に対して診断・治療を行い、「飼い主と動物の関係性を、適切な姿に再構築し、そのプロセスを通じてストレスを軽減し、動物の心理的健康を守る」ことを最終目標としています。
犬が今どんなことを考えていてなぜそのような行動をとるのか。犬の行動やシグナルを知り、今どのように感じているかを理解できるようになると、愛犬とより良いコミュニケーションをとることができるようになります。
飼い主さんが「犬」という動物を理解し、犬と一緒に幸せに暮らすためのサポートをするのが、わたしたち獣医動物行動学の獣医師です。
犬が知らない人や犬に吠えるのはなぜ?
−犬が、知らない人や犬に対して吠えるのはなぜですか?
茂木千恵先生:犬の社会化期にあたる生後4ヵ月頃まではインターホンが鳴るのを聞いたり、知らない人や犬に会っても吠えたりおびえたりしなかったのに、
生後6か月頃からは警戒心が育ち、知らない人や犬の接近に恐怖を感じて吠えるという行動が目立ってきます。
これは身の安全を確保したいという本能的な防衛行動です。
資源(または仲間、おそらく家族や他のペットを含む)に対する所有性を誇示する行動、または縄張り防衛行動である可能性があります。
恐怖の感じやすさ、所有性行動、または防衛行動の起こりやすさには犬種や性別といった生まれながらの要素も影響しますが、
子犬が生後約6か月までの時期に知らない人や犬への社会化が進んでいて、飼い主家族と信頼関係を結べていれば警戒心は抑えられ、友好的にふるまうことができるでしょう。
−知らない人や犬が近づいているのが嫌だと感じている時、犬は吠える以外にどんなカーミングシグナル(※)を出していますか?
茂木千恵先生:知らない人や犬が接近することに対して不快な感情が起こっていると考えます。これ以上近づかないで欲しいことをボディーランゲージで相手に伝えようとします。
このとき犬はたいていは尻尾を巻き込み、耳を後ろに向け、アイコンタクトを避けて、飼い主に寄りかかったり、後ろに隠れようとしたりします。
近づいてくる犬に吠えている時、同時に後退しようとする相反する動きをしていることもあります。
犬の中に戦うか逃げるかという二つの思惑があって葛藤しているからです。
※カーミングシグナルとは
ドッグトレーナーであるトゥーリッド・ルーガス(Turid Rugaas)が造った用語で、犬が周囲の仲間との衝突を避け、攻撃を防止し、相手の犬を落ち着かせるためのシグナルを伝えるために使用する多数の行動パターンをグループ化したものです。
最も一般的なのは顔を背ける、鼻をなめる、フリーズする(固まってしまう)、そして背を向けるという動作です。
犬は、他の犬と関りを持っている時間帯のほうが単独で過ごしている時間帯より多くカーミングシグナルを発することが分かっています。
つまりカーミングシグナルがコミュニケーションの一つの手段であることが分かります。
しかし、これらの行動はストレスを示している可能性もあり、カーミングシグナルを発することで犬自身が落ち着こうとしているとも言われています。
出典: http://en.turid-rugaas.no/calming-signals---the-art-of-survival.html
参考: https://thebark.com/content/should-we-call-these-canine-behaviors-calming-signals
−犬に知らない人や他の犬に対する警戒心や恐怖心を抱かせないために、子犬のうちにすべきことはありますか
茂木千恵先生:子犬の時期に犬が他のさまざまな品種の犬との社会化が不十分または不適切な成育環境で過ごしていたため、
さらに他の犬との以前の不快な経験のために過度の警戒心や恐怖心が生まれる可能性があります。
他の犬と適切にコミュニケーションをとる方法がわからない場合も同様に警戒心や恐怖心が高まる可能性があります。
予防のためには子犬が生後12週(遅くとも16週)までに他の犬と頻繁に一緒に遊んでコミュニケーションをとる機会を作ることが重要です。
繰り返し出合わせることで他の犬への適切なコミュニケーション方法と対応方法を学べるようになります。
社会化は、落ち着いていて他の犬とうまくコミュニケーションできる犬が相手となって始めるのが良いでしょう。
また、さまざまな容姿、体格、性格の犬に対して積極的に社会化する必要があります。
加えて、飼い主が犬に対して「おすわり」「まて」「静かに」などの号令を使って、犬の行動をコントロールする習慣づけも効果的です。
犬は新しい刺激の存在下であっても飼い主の号令に従うことで穏やかで、不安が少なく、落ち着きやすくなる可能性があります。
さらに、これにより、望ましくない犬の行動(吠える、突進する)が罰せられるのではなく、適切な(吠えずに座る、待っている)行動を褒めて安心させることができます。
散歩中、愛犬が知らない人や犬に吠える場合の対処法
−散歩中、すれ違いざまに知らない人や犬に、愛犬が吠える場合の対処法を教えてください
茂木千恵先生:よくありがちな失敗が、飼い主さんが甲高い声で慌てて「だめよ」と注意してしまう例です。これでは、犬は叱られていることを理解できないどころか、むしろ飼い主に応援されていると感じている可能性があります。犬の注意を引くには、あまり聞いたことのない音を鳴らすと効果的です。例えば、「あ、こっちみて。」と声を掛ける。あるいは、パンパンと手を叩く、舌を鳴らすなど。ちなみに、その時に愛犬の名前は呼ばないでください。名前を呼ばれてしまうと、犬は「出番かな?吠えて欲しいのかな?」と思ってしまう可能性があります。
またこの時に鳴らす音は、犬を喜ばせるわけでも怖がらせるわけでもない、中性的な音を選ぶことが大事です。もしわからなければ、お家でためしてみて、愛犬が「えっ」という顔をしてこちらに注目してくれたらOKです。
散歩中に他の人や犬に吠えさせないためのしつけ(練習)方法
-散歩中に前から知らない犬が来るのが見えたら、どのくらい手前のタイミングで注目させるのが良いのでしょうか?
茂木千恵先生:もうちょっと近づいたら吠えてしまうかもしれないな、と思う程度に十分距離のあるタイミングで、音を鳴らすことが大事です。犬は、一度吠えだすと、自分が吠えている声でさらに興奮して、大好きな飼い主さんの声さえもきこえなくなってしまうことがあります。そうなる前に、犬が自分に注目できたら、「いい子だ、いい子だ、吠えてないね」と褒め続けてあげましょう。その時におやつを使ってもいいです。吠え始める前に、対処することを意識しましょう。
他の犬に吠えてしまった場合
茂木千恵先生:まずはなにより、1回でも飼い主さんと一緒に成功体験を作ることが大切です。他の犬に不必要に近づけて吠える状況を作らず、うまくやり過ごす経験を積む。1回でもできると、飼い主さんはすごく安心すると思います。その安心感や自信は飼い主さんから必ず愛犬に伝わり、「これでいいんだ!いいんだよね?」と愛犬も嬉しくなります。その積み重ねで、より濃厚でポジティブなコミュニケーションも生まれていきます。
−失敗してまた吠え始めてしまった場合はどうすれば良いですか?
茂木千恵先生:その時は、一旦場所を移動してください。中型犬・大型犬であれば、口の前におやつを見せての移動でも良いですし、小さい子なら抱っこして離れてもOK。適度に離れたら、その場で「おすわり「まて」「ふせ」など、愛犬ができる号令をしてあげましょう。この時すぐに号令ができるように、普段からお家で練習しておくことも大事ですね。
−どのくらいで効果が出てくるものでしょうか。
茂木千恵先生:わんちゃんによって個体差はありますが、練習を続ける・吠えたらすぐにやめさせることを徹底して、1ヶ月くらいは続けてみる必要があります。根気よく続けることが大切です。