最後に漬物を美味しいと感じたのはいつですか? 漬物文化と魅力を伝え続ける。漬物専門店店主・柳沢博幸
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目次/ INDEX
※この記事は自分を太宰治だと思いこんでいる一般人を主人公にしたパロディ小説です
ここに、一つの本棚がある。
いや、本棚ではない。本棚になりきれない、無様な本棚もどきである。
この本棚もどきは、いわゆるDIYによって作られたものである。だが、複数の板を組み合わせてはいるが、まるで本棚の体をなしていない。人がこの本棚もどきを見たら、「あら、手作り感があって、いいものですね」と社交辞令を口にするだろう。しかし、少しでもDIYに就いての素養のある人間ならば、ひとめ見るなり、
「なんて、いやな本棚だ」
とすこぶる不快そうに吐き捨てるに違いない。そんな本棚である。人間以外の動物が本棚を作ったら、こんな感じになるだろうか。
この本棚もどきを作った人間を、私は知らない。
1
恥の多い生涯を送ってきました。
自分には、おしゃれな本棚がありません。どこで買ったかも忘れた、昔ながらの本棚があるばかりです。
本は差し込まれるだけでなく、そのうえにいくつも積み重なり、棚板がその重みでゆがんでいます。ほこりも溜まり、本を抜き出すたびに、それが散らばります。
自分は、ものを書く仕事をしていました。今後、雑誌が取材にきて、部屋を見せてほしいと言ってくるかもしれない。こんな本棚を見せたら、読者は、
「ぼろぼろだ」
と思うかもしれない。自分には、そんな恐怖心がありました。
或る日、友人の堀木という男が、自分の家を訪ねてきました。堀木は、自分の部屋にある本棚を見ると、深いため息をつきました。その乱雑さと、がたがたさに呆れたのです。
「いくらなんでも、限度がある」
「もう限界がきていることは、わかっているよ」
「これ以上は、世間が、許さないな」
「世間というのは、君じゃないか」
自分は、堀木にそう言い返しました。しかし、ほんとうは、わかっていたのです。世間とは、雑誌を読む読者のことだと。
「ああ、おしゃれな本棚がほしい」
自分は、或る雑誌で見たIという作家の自宅兼仕事場を思い出しました。雑誌で見たIの仕事場は、壁一面が白い本棚になっていました。写真のなかのIは、顔をしわくちゃにして、得意そうに笑っています。自分は、それを見て、強く思いました。自分も、雑誌に出るときは、あのような、かっこいい本棚を、見せたい。
しかし、あのような本棚は、業者に頼んだ特注品で、たくさんのお金が必要になります。自分には、そんなお金はありません。
「よし、それなら、夢の国へ行こう」
「カフエか?」
「違う」
自分は、カインズに行くことにしました。
2
自分と堀木は、二十分ばかり電車に乗って、カインズへと向かいました。そこには、食品や日用品、家電や家具など、あらゆるものが揃っています。自分は、本棚のコーナーに行きました。既製品の本棚が、ずらりと並んでいます。
「このどれかを、買うのか」
「いや、違う」
自分は、Iの家にあるような本棚が、ほしかったのでした。そうなると、自分の手で、作るしかありません。自分は、木材が置いてあるコーナーに行きました。
「ほんとうに、作るのか」
「作る」
はっきりと言い切りました。たしかに、既製品を買ったほうが楽なのです。しかし、雑誌でかっこつけたい。堀木は、自分を見つめて言いました。
「ワザ、ワザ」
自分は、堀木のその言葉を聞き流しました。自分には、まだわかっていなかったのです。DIYの、奥深さというものに。
3
自分は、自宅へ戻ると、買ってきたものを並べました。
「これは、インパクトドライバー。これは、ディスクグラインダー。これは、ランダムサンダー。下剤の名前は、ヘノチモン」
木材といっしょに、DIYに使えそうな工具をひと通り買ったのです。自分は、これだけの道具を揃えたのだから、立派なものです。ただ、いっさいの使いかたはわかりません。……これを使いこなすには相当の訓練がいるのではないのかしら。
堀木が、自分のようすを見ながらこう言いました。
「おまえは、本棚の作り方を、知っているのか」
「YouTubeの動画で、これから見る」
自分は、スマートフォンを取り出し、YouTubeで、DIY動画を見始めました。そして、衝撃的なことに気がつきました。
ああ、なんということでしょう。
自分は、動画を見ながら呆然としました。動画では、肝心の部分が、早送りになっているのです。軽快な音楽と、定点カメラで、立派な本棚ができあがっていきます。このような演出は、DIY動画では定番のようでした。しかし、これでは、作りかたがわかりません。横にいる堀木が、「大丈夫か」と聞いてきました。自分は、黙ってうなずきました。ここまできたら、やるしかないのです。
自分は、えいっと叫んで木材を掴みます。そして、見よう見まねで、板と板を組み合わせてみます。それを見ながら堀木が、「なんか、違うぞ」と言います。たしかに、なにかが違いました。そのうえ、やればやるほど、どんどん違っていきます。
見かねた堀木が、「おい」と止めに入ります。堀木は、首を横にふりました。
「これ以上は、世間が許さない」
ああ、もう、これでおしまいなのだ。もはや、この板は、完全に、本棚で無くなりました。
完成できなくて、すみません。
この本棚を作れなかった作家のことを、私は直接は知らない。
或る日、近所のゴミ捨て場で、この本棚が捨てられていた。銀座のバアのマダムが、この捨て主のことを知っていた。
「あの人は、とても不器用な人でした」
マダムはそう言って寂しそうに微笑んだ。
「その人は、その後どうしているのかね」
「カラーボックスを買っていました」
「じゃあ、そのカラーボックスで……」
「ええ、部屋はおしゃれになりましたよ」
マダムは遠い目をして、言った。
「それはもう、ほんとうにおしゃれで、使いやすい……神様みたいなカラーボックスでした」
(令和四年七月二一日)