縄文時代の鍋料理が食べたくて、とりあえず土から鍋を作ることにした
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目次/ INDEX
広々とした縁側、風通しのいい畳部屋、野鳥がさえずる裏山……。
「古民家」と聞いて、そんなスローなイメージを思い浮かべる人も少なくないでしょう。場所に縛られない働き方が広がる中、古民家暮らしは「都会で得られない穏やかなライフスタイル」として、会社員の間でもにわかに注目を集めています。
一方、古民家に住む上でどんな課題をどう乗り越えなければならないのか、というリアリティは経験者の口からしか語られません。
今回お話を伺ったのは、30代の里山のシイナさんご夫婦。昨年(2020年)、長野県飯田市の古民家を「ほぼタダ」で譲り受け、その片付けの模様をYouTubeチャンネルで発信し続けてきました。
大量のゴミに悪戦苦闘したり、ネズミの巣に悩まされたり。そんなアクシデントを乗り越えながらも、憧れの「里山ライフ」に一歩ずつ近づいていくひたむきさが視聴者の心をつかんでいます。
シイナさんご夫婦は古民家の片付けを通じて、何を経験したのでしょうか。ゴミの中から掘り起こされた人間ドラマや、お二人の創意工夫は、現代人が忙しさにかまけて忘れがちな「生活の奥行き」を思い出させてくれるかもしれません。
(シイナさん妻、左)
1987年、東京都生まれ。大学卒業後、都内のメーカーに就職。その後、造園業などさまざまな業種を経験し、現在に至る。
(シイナさん夫、右)
1988年、千葉県生まれ。高校卒業後、家業の木工家具屋を手伝う。その後、大工見習い、DIY講師などを経験し、現在に至る。
──古民家の雰囲気は、住んだことのない人には想像しづらいように思います。そこでまずはお二人が購入されたお家の詳細からお伺いしたいのですが、広さはどれくらいなのでしょう?
母屋には作業場と牛舎、蔵が併設されています。以前の家主が農家さんで、その3箇所はおもに農業用具の置き場として使われていたようです。4つ合わせて300坪ほどありますね。
──広い……! 築年数は?
明確には分かりませんが、1960(昭和40)年代に建てられたようです。ただ、それ以前は別の家が建っていて、母屋はその家に使われていた木材で建てたようなので、材料だけで見ると100年以上の歴史があるかもしれません。
──本当に古くからあるお家なんですね。そんなお家での暮らしの様子を伺いたいのですが、YouTubeの動画を拝見する限り、片付けを始めて1年以上たった今も片付けが終わっていないようですね……? 本格的な改修作業にはまだ着手されていないのでしょうか。
お恥ずかしながら……(笑)。だからまだ古民家には住んでおらず、近くにある仮住まいと古民家を行き来して作業を進めています。
実は、それぞれの建物の間取りも片付けを進めていく中でやっと把握できたんです……。購入時に売主さんから間取り図も一緒にいただいたのですが、売主さん自身が長年住んでいなかったこともあって、実際の間取りと異なる箇所も多くて。
母屋の間取り図
作業場の間取り図
片付け前はモノであふれかえっていたから、間取りすら分からなかったんだよね。この間取り図を作れたのも、ごく最近なんです。
──家の間取りが分からない、なんてことがあるんですね……。
床が見えなかったもんね。で、そんな片付けも蔵の2階と作業場の1階を残しておおむね終わりました。予定としては、あと2〜3カ月以内に終わればいいな……と。
まぁ、その予定がずっと伸び続けているんですが(笑)。
1年前と現在の作業場2階の比較
1年前と現在の母屋の比較
──やっぱり、作業はなかなか予定通りに進まないものですか?
そうですね……安全のことを考えて雨天時に作業しなかったのと、建物裏の土砂崩れ対策(主に植栽)に時間をかけたのが大きいかもしれません。裏はもともと竹藪だったのですが、竹を伐採をするとかなり急斜面であることが分かって。植栽はようやく終わったので、斜面の土を撤去してから建物の改修に着手する予定です。もう数年がかりになりそうですね……。
──片付けだけで時間がかかる、というのは経験者だからこそ分かるリアルな一面ですね……。他にも、想定外だったことはありましたか?
先ほど少し触れましたが、建物がこまめに増改築されていたことです。例えば、作業場2階の奥にある部屋は「外から窓が見えていたのに実際は窓がなかった」んです。もともとあった窓が壁で埋められていて。
──それは罠ですね……。
どうやら、以前の家主さんが仕事の内容や生活に合わせてカスタマイズしていたようなんです。最初はその部屋で養蚕の仕事をして、その後農家として干し柿を作るようになり、最終的にはそこを子ども部屋として作り変えた……という。
片付けの最中に出てきた養蚕用の糸車
──建物がDIYされ続けてきた結果なんですね。人の営みを感じます。売主さんからは、そういった経緯は聞いていなかったんですか?
知らなかったみたいですね。売主さんは若い時分にこの家を出られたようで、「一度も入ったことがない部屋」もいくつかあるようでした。
──片付けるのが特に大変だったのはどこですか?
特定の場所ではないんですが、ネズミには本当に悩まされましたね……。隙間さえあればどこでも巣を作ってしまうので、排泄物や巣の掃除が大変でした。
ネズミって、一度巣を作った場所に定住せず、翌年は別のところに巣を作る習性があるみたいなんです。1年更新というか、めちゃくちゃ贅沢な住み方ですよね(笑)。未開封のお歳暮のタオルセットを食い破って中に巣を作っていたこともあって……。
農業機械を詰まらせていたネズミの巣
あったかかったろうね(笑)。ネズミの排泄物の臭いがとにかくきつくて、ほこりを吸い込まないようずっとマスクをつけていました。
──お聞きしているだけでも大変そうです。他に、掃除で手を焼いたところってありますか?
漬け物の瓶が30本くらい出てきて、漬かりすぎているので私たちは「漬けすぎ物」と呼んでいるのですが……瓶を開けるのはまぁ怖かったですね。ちゃんと捨てましたが、以来、ふたをしているもの恐怖症になってしまいました。
大量に出てきた「漬けすぎ物」。ほとんどが梅酒や梅干しだったという
ネズミの巣を掃除し終えた後にそれが出てくるので、本当に勘弁してくれって思いましたね(笑)。
「漬けすぎ物」を処分する様子
あと困ったのは、あの、尿瓶が……。
──えっ……!?
家主さんが最後まで寝起きしていた部屋のベッドの下から出てきて……。もう亡くなられているのですが、「この世に尿だけ残ってるの、なんか不思議だね」と言いながら片付けましたね(笑)。
最初見つけた時は「これって尿?」とお互い顔を見合わせました。幸い、瓶が燃やせる素材だったので、轟々と燃えている野焼きの炎の中に瓶ごと入れて処分しました。
──何が出てくるか未知数すぎる……。
あと、驚いてしまったし、ちょっと面白かったのは、レトロなアダルトグッズ……。具体的には「玩具」とVHSです。これは売主さんにも伝えてないんですけど……。
「玩具」は金属だったか木だったか、今売られているものとは明らかに違う、時代を感じる素材でしたね……。
──そんなものまで(笑)。逆に、発掘してうれしかったものや、現在も使っているものってありますか?
車の整備を頻繁に行うので、油圧ジャッキなどの工具は見つけるとありがたかったですね。
実用的ではないけれどうれしかったのは、足踏みミシンやレトロカメラ、カセットデッキのような昔使われていた機械です。もう少し片付けが進んだら綺麗にして、オブジェのように飾りたいなと思っています。
片付け中に出てきた足踏みミシン
──楽しみですね! ちなみに、そういった大がかりな掃除をする上でのコツってなにかありますか?
身もふたもありませんが「悩まず捨てる」。ものが大量にあるので、必要だと思うものと不要なものを二つの山に分け、後者はひたすら捨てていく。どうしても迷うものは一旦別の山にして、一周目の片付けが終わったらその山をより分ける、という感じで、とにかく「手を止めないシステム」をつくる。これが大事だと思います。
あとは、片付けたくない箇所の掃除をする時は、気分を紛らわすために大きな音で音楽をかけてノリノリで作業する、とか(笑)。
──まだ本格的な改修に着手されていない、とのことですが、片付けと並行しながら何かDIYしたものはありますか?
バイオトイレでしょうか。排泄物を水で流すのではなく、微生物の働きで分解・処理するトイレです。排泄物に落ち葉と炭と土をかぶせるシンプルな仕組みですが、不思議なことに臭いも全然出ないんですよ。
幼い頃、父親が仕事中地面に穴を掘って、そこを「仮設トイレ」にしていたことがあって。それ以来、一度作ってみたいと思っていたんです。
仕組み自体は『土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技』(高田宏臣著、建築資料研究社)と『土と内臓 微生物がつくる世界』(デイビット・モントゴメリー、アン・ビクレー著、片岡夏実訳、築地書館)の2冊を参考に、素材は主に片付けで出た廃材を使って作りました。
母屋にもとからあったトイレはくみ取り式で。これを解体して水洗トイレを取り付ける予定なのですが、バイオトイレはそれまでのつなぎの期間に使う予定です。
バイオトイレの土台部分
本当に無臭だよね。あとは、「ネコテレビ」かなぁ。
──ネコテレビってなんでしょうか?
壊れたテレビを使って作った、野良猫を手懐けるための小屋です。作業中に時たま現れる1匹の野良猫がなんだか気になっちゃって。いまでも定期的にエサを置いて「なじませ作戦」をしているんです。
シイナさん(夫)が壊れたテレビで遊ぶ様子
完成したネコテレビ
──壊れたテレビを寝床にする、という発想がとても斬新ですね。
──DIYや片付けで使う道具についてもお聞きしたいです。特に活躍しているものは?
レシプロソー(電動ノコギリ)は、買ったことで作業効率が5倍くらい上がったと思います。解体用の刃が付いていて、木も金属もこれ1本で切れるんです。ゴミ掃除と同じくらい機械や建物の解体も行っていたので、これは役立ちました。
あと、キャタピラー式の運搬車は、伐採した竹や刈った草を運ぶのにすごく重宝します。作業で一番疲れるのは、「重いものを人力で運ぶこと」。家の改修や大規模なDIYをされる方なら、運搬車はあると便利なんじゃないかな。
──なるほど……! 「これは必須だった」という道具があれば、教えてください。
まずは刈払機ですかね。家の周りが山と畑で、膨大な量の草刈りをしなければならなかったので(笑)。
あとは、古民家って大体どこかしら傷んでいるので、補修のために玄能やノコギリ、インパクトドライバーをよく使いました。古民家に住むなら、こうした基本的な工具は持っておくと便利です。
そして、斜面で作業する時に重宝したのがスパイク足袋。滑落を防ぐためにも、刈った草や切った竹で足をケガしないためにも、作業時は絶対に履いたほうがいいと思います。
シイナさん(妻)が履くスパイク足袋
──足の裏がスパイクになっている足袋、一体何に使うのかと思っていたら、そんな用途があるんですね……。
それから、やっぱり車は必須。農作業をするなら軽トラがおすすめです。普通の車だと、土や草など重いものを運ぶのが難しいので……。
※刈払機、玄能、スパイク足袋は里山のシイナさんが実際に使用している商品と異なります。
──シイナさんの動画には、シイナさん(夫)が故障した農業機械を分解・修理するシーンがたびたび登場します。先ほどお伺いしたトイレDIYのお話などと併せて、シイナさん(夫)の高い技術力に驚かされます。
DIY講師や大工見習いをしていた頃の経験が大きいのかもしれません。機械関係の知識は趣味のバイクいじりで身に付けたんですけどね。
──そうした仕事に携わっていた時も、いずれ古民家暮らしがしたいと考えていたんですか?
そうですね。昔から自然に近い古民家で暮らすことに憧れていました。でも、若い頃はDIYや機械整備のスキルもなく、ずっと先送りにしていたんです。仕事を通じてある程度のスキルが身に付き、今ようやく踏み出せたという感じですね。
私は逆に、古民家への憧れは全然なかったんです(笑)。ただ、実家が昔ながらの日本家屋で、以前の仕事も造園業だったので、庭作業はもともと好きで。古民家暮らしをしたら好きなだけ庭作業ができそうだな、と思い、夫に古民家を買おうと提案された時「いいよ」と言いました。
──やっぱり、お二人の技術力あってこその古民家暮らしなんですね。
でも、業者さんにやってもらえる作業もたくさんあるので、人それぞれやりたいこと、やれることを考えて、自由に住めばいいと思いますよ
──まだ住んでいないとのことで伝えづらい部分もあるかと思いますが、憧れだった古民家で過ごす居心地はいかがでしょう?
土壁なので気密性はないのですが、瓦屋根と広い屋根裏のおかげで、夏場の晴れた日でも涼しいんです。
虫も多いんですけど、慣れます(キッパリ)。カマドウマや足の長い蜘蛛ばかりで、都会に出るようなゴキブリはまったく見ないので。最初はずっとギャーギャー言ってたのですが、もう疲れてきちゃって(笑)。
古民家にはそうしたデメリットを上回る居心地の良さがありました。家の周りでいろいろな鳥が鳴いていて、耳を澄ますと「合唱」が聞こえてくるんですよ。
──素敵ですね……。最後に、今後どこをどう改修していきたいですか?
母屋は一度骨組みだけにしてしまう予定です。柱は移動しないまま、部屋のレイアウトを大きく変えようかなと。天井を高くすれば見た目の印象も変わりそうですし。
──これからもYouTubeチャンネルの一ファンとして、古民家の改修が進んでいくのを楽しみにしています。
ありがとうございます。改修が終わるまで視聴者さんに飽きられないようにしたいですね。
もう飽きられてるかもしれないよ(笑)。
写真提供:里山のシイナさん
取材・文:生湯葉シホ
まず、全体像からお話しすると、生活空間である母屋を中心に4つの建物があります。