更新 ( 公開)
博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
愛犬への愛情を示すために抱っこをする飼い主さんもいるでしょう。でも、犬には本来抱っこされる習慣がありません。はたして犬は喜んでいるのでしょうか? 今回はヤマザキ動物看護大学で動物行動学を研究する獣医師の茂木千恵先生に教えていただいた、犬を抱っこするメリットや犬に嫌がられない抱っこのコツなどを解説します。
目次
- 犬を抱っこするメリットは?
- 犬は抱っこが好き?それとも嫌いなの?
- 犬を抱っこする必要があるシーンとは?
- 犬の正しい抱っこの仕方とは?
- 犬を抱っこするときの注意点は?
- 抱っこを嫌がる犬への対処法は?
- 犬を抱っこするのが大変な時に役立つ便利グッズ
犬を抱っこするメリットは?
犬を見ると可愛くて思わず抱っこしたくなることもあるでしょう。犬を抱っこすることにどんなメリットがあるのかをご紹介します。
子犬のお散歩の慣らしに
ワクチン接種が終わり切っていない子犬は、自分の足を直接外の地面に触れさせないほうが安心です。ただ、外の世界の刺激を受けることや散歩に慣れることも必要。そんな子犬を外出させるときには抱っこが有効です。
犬を落ち着かせる効果がある
犬はそもそも抱っこされる習慣のない動物なので、慣れないうちは本能的に抱っこされることを不快に感じることもあります。でも、人に触られること自体は好きなので、徐々に慣れてくるとリラックスできるようになります。このとき大切なのは、抱っこする飼い主さん自身がリラックスしていること。落ち着いた感情で抱っこをすると、その気持ちが犬にも伝わって、犬も心から落ち着くことができます。
実はこうして抱っこに慣れさせることは「落ち着くための練習」にもつながります。犬が抱っこでリラックスできるようになれば、たとえば緊急時の避難など犬が動揺するような状況であっても、抱っこして落ち着かせることによって慌てずに避難ができるようになります。
犬は抱っこが好き?それとも嫌いなの?
犬は慣れれば抱っこでリラックスすることができますが、生まれつきの性質としては「抱っこが好きではない」と考えるのが妥当です。母犬が子犬を抱っこするのは見たことがないように、本来は抱っこに合わない体格をしています。抱っこを嫌がる理由としては以下のようなことがあります。
自分で動けなくなるのが怖い
犬はストレスや脅威のあるときに、まず戦うのではなく逃げようとします。本能的に安全の確保が最善であることを知っているからです。抱っこすることで自由に動けなくなり、逃走経路を奪われることがストレスや不安を高める可能性があると考えられています。不安が高まった犬は自分を守ろうとして噛んでくることもあるので注意が必要です。
幼少期から接触が少ないと接触過敏に
子犬の頃から体を触られることや抱っこされる経験が少ないと、抱っこが苦手なまま成長してしまいます。「社会化期」と呼ばれる生後3週から4ヶ月までの時期に楽しく身体を触られる練習、抱っこ練習をはじめることが大切です。もちろんいくつになっても慣れさせることは可能ですが、時間が多くかかるようになります。
病気になりケアが必要になったとき、犬の体を触ったり抱っこしたりする場面が多くなります。好きになるところまではいかないにせよ、体を触られることや抱っこに慣らしておくと、いざ病気になったときなどに役立ちます。
痛みを感じる
小型犬種では先天的に関節が弱い場合があり、中でも膝蓋骨脱臼(しつがいこつだっきゅう)が起こりやすい犬種では抱っこされると痛みが出ることがあります。また、比較的高齢の犬では椎間板ヘルニアや変形性関節症、外傷や内臓疾患がある場合、抱っこされると痛みが強く出ることがあり、抱っこを嫌がります。以前は抱っこが好きだったのに嫌がるようになった場合はこうした体の問題が関わっていることもあるので、獣医師に相談したほうが良いでしょう。
犬を抱っこする必要があるシーンとは?
犬が抱っこされるのが好きではなくても、飼い主として抱っこしなければならないシーンもあります。たとえば犬の体に危害が及びそうなときに守ったり、犬の行動が周囲の人や動物に迷惑をかけそうなときに引き離したりする場合です。具体的には以下のようなケースが考えられます。
人通りの多い場所を歩くとき
混雑していて見知らぬ人と接触しそうなときは抱っこしたほうが良いでしょう。また、自転車や車が近くを通る場合なども危険なので注意が必要です。
公共施設へ立ち入るとき
特に初めて入る場所の場合、仮に犬の入店・入室が可能な施設であったとしても不慣れな場所では犬が不安を感じたり、突然の出会いに予測不能な反応を見せたりすることがあるので抱っこをして入ると安心です。
人や他の犬に危害を与える恐れがあるとき
たとえばドッグラン以外の場所でリードをしていないよその犬が近づいてきたら、リードをしている方の犬は追い詰められたように感じ反撃に出てしまうことがあります。そうしたときには犬同士の不必要な衝突を避けるために抱っこをするのは有効です。
散歩中などに犬が動かないとき
お店などに連れて入りたいのに動かないときや、散歩中に立ち止まって進まなくなってしまったときも、抱きかかえることができれば移動がスムーズです。
高いところから降ろすとき
犬が高いところから降りる場合、極端な前傾姿勢をとるため前肢に大きな負担がかかります。特に小型犬は着地のときに足を捻ったり、脱臼してしまったり、大型犬では前肢の骨が微細に骨折したり、骨細胞が悪性化したりするきっかけにもなってしまうと考えられています。
降りた直後は平気でも骨関節の疲労が蓄積すると慢性的な痛みや関節の変形などにつながってしまうこともあります。そのためソファや階段などから降りようとするときは、犬に自力で飛び降りさせるよりは抱っこをして降ろしてあげるようにしたほうが良いでしょう。
犬の正しい抱っこの仕方とは?
まずは基本の抱きあげ方を紹介します。ポイントは3つあります。
1.犬の横から抱き上げる
正面から近づいて来られると襲われるような印象を与えかねません。不安になったり警戒して体を硬くしてしまったり、スムーズに抱き上げられなくなります。正面からの抱っこではなく横抱きにしましょう。
2.背中が水平になるように支える
犬の背中に負担がかからないように水平に抱きましょう。特にダックスフンドやコーギーなど胴が長い犬種は水平に抱くことが難しく上半身だけを支える抱え方になることが多いのですが、支えの無い状態で腰がぶら下がってしまうと腰椎(腰の背骨)に負担がかかりすぎてヘルニアの原因にもなるので注意しましょう。
3.下ろすときはゆっくりと、四肢が床に着くのを確認
抱き上げた状態から地面に下ろすとき、着地がいつになるのか犬にはわからないので、いきなり地面に激突するような感覚を持ちます。驚いたり痛みが強くなったりすることもあるでしょう。かならずゆっくりと下ろし、四肢がきちんと地面についているのを確認してから抱える力をゆるめ、犬を解放するようにしましょう。
なお子犬はまだ関節をつなぐ筋肉が未発達で柔らかく、ちょっとした力で関節の可動域を超えて足を曲げてしまうことがあるので、子犬を抱くときには注意しましょう。下から均等に支える、落とさないようにしっかり腕も使ってホールドすることを心がけられれば、基本の抱き方で大丈夫です。
次に、犬の体格別に抱っこの仕方のポイントをお伝えします。
小型犬
膝の上に乗せ、利き手を犬のお尻の方から胸の中間にまで持ってきて、肘を使って犬の体側面を人の胸に押しつけるようにして安定させます。次にもう片方の手で犬の顔の下部分から前半身を包むように抱えます。
中・大型犬
膝に乗れるサイズの中型犬であれば小型犬と同様の方法で抱えることもできますが、膝に乗り切れないサイズの中型犬や大型犬の場合は、横から抱きかかえるようにして体全体を持ち上げます。まず、両手を広げて腕で犬のお尻の下と、胸下あたりを抱え込むようにして持ち上げます。
このとき、犬の四肢は地面を離れて力が抜け、ぶらぶらした状態になります。そのまま立ち上がり、胸の上に犬を乗せるように抱くと、安定しやすくなります。この抱き方は犬の体重が犬の関節に乗らないため、痛みを感じさせることが少なくなります。また四肢がぶら下がっているため前にも後ろにも進めないことが伝わり、無駄に暴れることもなくなります。
犬を抱っこするときの注意点は?
人間の幼児を抱っこするときには、脇の下に手を入れて持ち上げることが多いでしょう。ですが同じ感覚で犬を抱っこすると、人間と犬の骨格の違いから犬の肩関節に強い負荷がかかってしまうのです。犬の場合は関節を痛めないように胴と腰を一緒に持ち上げましょう。
抱っこを嫌がる犬への対処法は?
最終的に抱き上げることを目標として、段階を踏んで抱っこに慣れさせるトレーニングを進めていきましょう。まずはそばにしゃがむ、次に体の側面に触れる、体の下に手を入れる、といった進め方です。おとなしくしていたらその都度ご褒美を与える、高い声で優しく褒めるなど、嬉しい・楽しいと感じさせ、我慢していると良いことがあると学習させていきます。
体の下に手を入れるところまでゆっくり確実に進めてきたら、前肢だけ浮かせてゆっくり下ろしてみます。次は後肢だけ浮かせてゆっくり下ろす。そしていよいよ四肢を浮かせます。ほんの少し地面から離れて止まり、おとなしくしていたらゆっくり下ろします。常に優しい声で我慢していることを褒めましょう。これを繰り返すことで、犬はおとなしくしていたら下ろしてもらえると学習し、体をゆだねてくれるようになります。
練習は繰り返す回数と頻度が多い方が速く上達していきますので、短時間でも良いので毎日取り組みたいですね。体に触れたり持ち上げようとしたりしても脱力できるようになれば、犬の心の準備は万端。抱っこしても大丈夫です。
ただし、抱っこをしようとして次のサインが見られたら犬が抱っこを拒否している証拠です。
- ・耳を伏せる
- ・尾を巻き込む
- ・目の端に白目が見える(ホエールアイ)
- ・口の周りを舌で舐める
- ・顔を背ける
無理強いはせずに、ご褒美のおやつタイプを変えたり、気が散らないような落ち着いた環境で仕切りなおしたりするなど工夫を凝らして取り組んでみましょう。ステップアップを急ぐと、クリアしたと思っていたステップまでできなくなる「後戻り」「スランプ」の時期が訪れることもあります。焦らず一つ前のステップに戻り、犬が喜ぶご褒美を使って再スタートしましょう。
犬を抱っこするのが大変な時に役立つ便利グッズ
犬を抱っこして移動しなければいけないけれど、飼い主さんが疲れてしまうこともありますよね。特に長時間であったり大型犬だったりすると負担も大きいので、そういうときにサポートしてくれるグッズもあります。
斜めがけするタイプ
人間の赤ちゃんが使う「スリング」に似た一枚の布が袋状になっているタイプや、ショルダーバッグのように犬を入れる部分が肩紐に取り付けられているタイプがあります。
スリングタイプは軽くて畳みやすく、ちょっとしたお出かけ時や入店時、トリミングや動物病院などの際にも気軽に使うことができます。しかしスリングに入りきらない体格の犬には使えませんし、体重が重い犬の場合は片方の肩で支えることになるので長時間の抱っこには不向きでしょう。
背負うタイプ
背負って使用するリュックのようなタイプは犬の体重を背中と両肩で支えるので、飼い主さんの肩への負担が少ないでしょう。また、飼い主さんは両手を使うことができるため、長時間の移動にも便利です。
ただし、背負っているときに犬が立ち上がった状態になるようなものだと、長時間の移動では犬の股関節や腰椎に負担がかかるので注意が必要です。体の負担を考えると犬の四肢が底面に着いた状態で背負えるものの方が安心です。
大型犬向けのグッズ
大型犬はスリングや背負うタイプなどのように、人の腰より上に持ち上げて運ぶことが難しいため、抱き上げるというよりは地面から犬の四肢を浮かせるためのグッズが多くなります。前半身を持ち上げるもの、後半身を浮かせるもの、四肢を浮かせるタイプなど様さまざまです。
犬用カート
超大型犬や高齢犬の連れ出し、何頭か一気に連れて行きたいときなどは犬用カートもおすすめです。ドッグカフェなどでも最近よく見かけますが、お店の中でも犬を閉じ込めておけて周囲に迷惑をかけないところ、キャリーなどよりも目線が高くて犬も安心するといった点が好まれているのでしょう。
このように散歩用のグッズにはさまざまな種類があります。愛犬の体格や性格、飼い主さんの行動スタイルなどに応じて適したものを選びましょう。
第4稿:2021年7月15日更新
第3稿:2021年2月15日更新
第2稿:2020年11月20日更新
初稿:2020年10月13日公開
※記事内に掲載されている写真と本文は関係ありません。