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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
楽しく散歩をしていたはずなのに、愛犬がふと足を止めてしまったことはありませんか?理由がわからずに困ってしまった経験を持つ飼い主さんも少なくないでしょう。今回は動物行動学を研究する獣医師の茂木千恵先生に教えていただいた犬が散歩中に歩かなくなる理由と対処法を解説します。
目次
- 犬が散歩中に歩かなくなる理由1:恐怖や不安などの心理的なもの
- 犬が散歩中に歩かなくなる理由2:疲れや怪我などの身体的なもの
- 子犬や高齢犬などが散歩中に歩かなくなる理由は?
- 犬が散歩中に歩かなくなったとき、飼い主がやってはいけない行動は?
犬が散歩中に歩かなくなる理由1:恐怖や不安などの心理的なもの
犬が散歩中に歩かなくなる原因はいくつかあります。まずは恐怖や不安、自己主張といった心理的な原因とその対処法を紹介します。
見知らぬ人や物に恐怖や不安を感じている
犬を交通量の多い場所に連れて行ったときや、工事現場の近くにさしかかったときにピタリと止まってしまうことはありませんか? その場合は普段と違う景色を警戒しているかもしれません。大きな音がする、見知らぬ人や動物、車やバイクが通ったなどの突発的な刺激は本能的に怖いと感じて身の安全を確保するために立ち止まってしまうのです。
また散歩デビューしたばかりの場合や、引っ越しをした直後などは外の見知らぬ人や物への不安を感じやすいため、動けなくなることが多くなります。
飼い主さんにぴったりくっついて来たり、耳を伏せて尾を巻き込んだり下げたりしていたら不安や恐怖を感じていると考えられるので、まずは犬のボディーランゲージからそのときの気持ちを判断しましょう。
《対処法》
おやつやおもちゃなど大好きなものを差し出して誘導しましょう。その場から少しでも離れることができれば気分も変わり、歩き出せる場合があります。
過去に怖い思いをした体験を思い出した
過去にその場所を通りがかったときによく似た状況(たとえば黒い服の人が向かってくる、大きな犬が向こうからくるなど)で嫌な思い出があるとき、思い出して前進するのをためらうこともあります。
この場合は口の周りを舐める、体を後ろ足でかく、あくびをする、地面の匂いを嗅いだり掘ったりするといった行動が見られます。
《対処法》
恐怖や不安を感じた場合と同様に、好きな物で誘導してみましょう。毎回同じ場所で座り込んでしまう場合は散歩コースを変更するのも有効です。
自己主張
散歩中に犬が前を歩いていて、飼い主さんが違う方向へ曲がろうとしたときに起こります。犬が進みたい方向が飼い主さんの意図している方向と異なるため、立ち止まることで行きたくないことをアピールしています。飼い主さんが向かおうとする方向とは異なる方を向き「こっちだよ」とリードを引いても飼い主さんの方を見ない場合もあります。
《対処法》
一緒に立ち止まると犬が「自分の主張を聞いてくれたんだ」と勘違いしてしまう可能性があります。飼い主さんが号令を出して犬の気持ちを逸らしましょう。号令に従ったら褒めておやつを与えます。
新しいグッズに慣れていない
子犬が初めて首輪やリードを付けると慣れていない感触に戸惑うことがあります。成犬であっても、新しいハーネスに変えたときやレインコートを着せたとき、靴を履かせたとき、病院でエリザベスカラーをつけてもらったときなど、グッズに違和感があると歩きたがらない傾向もあります。
《対処法》
新しいグッズに慣れていないと考えられる場合は自宅でつけたり外したり、着せたり脱がせたりを繰り返しておくことで慣れさせることができます。おとなしくつけていられたら褒めましょう。
飼い主さんが不安そうに見ていると犬は飼い主さんの雰囲気を察して不快になり、新しいグッズを好まなくなることがあるため、犬にわかりやすいくらい大げさに褒めるのがおすすめです。
犬が散歩中に歩かなくなる理由2:疲れや怪我などの身体的なもの
次に身体的な原因で歩かなくなるケースを紹介します。散歩中に犬が動かなくなるのは、病気になったりケガをしたりしている可能性も考えられます。
怪我や病気が考えられる場合は抱きかかえて帰宅しましょう。抱いて連れ帰るには重すぎる大型犬の場合は、人通りの少ない道端など落ち着ける場所に移動して休ませてあげましょう。休むと少し回復する場合もあります。
疲れ
いつもより長い距離を歩いたり、途中で遊んで走り回ったりすると疲れて動けなくなることがあります。動きすぎて体温が高くなっていると舌を出して荒い息遣いをします。
《対処法》
疲れによって歩けないと考えられる場合は、日陰などで少し休ませると回復して歩き出せることが多いです。体温が高い場合は水をかけたり保冷剤などで鼠径部(そけいぶ)を冷やしたりすると回復が早くなります。また次回からは散歩の時間を短くするなど、適切な運動量になるように調整しましょう。
ケガや体の痛み
動かなくなった犬をしばらく休ませても変わらない場合は、痛みを感じたりケガをしたりしていることも考えられます。足をひきずっている、動きがいつもと違うという場合は、足と爪をチェックしてみましょう。飼い主さんが触って足を引っ込めると「そこが痛い」というサインです。
関節炎、股関節異形成、椎間板ヘルニア、骨折などのために強い痛みが発生している可能性もあります。こういったときに触ろうとすると唸ったり噛む真似をしたりするので、「強い痛みがあるんだな」という目安になります。
《対処法》
触ってみて痛がっている場合は、散歩を中止して休ませましょう。翌日になってもまだ回復しないようなら獣医師の診察を受けてください。強い痛みがありそうなときはバスタオルや板に乗せて動物病院まで運ぶようにしましょう。
病気
歩いている途中から「ハアハア」と荒い呼吸をするようになったら、呼吸器系や心臓に異常がある可能性があります。もちろん運動不足や肥満傾向にある犬もちょっと散歩しただけで呼吸が乱れることがありますが、肥満のために肝臓などの病気を発症しているケースもあるため注意が必要です。
《対処法》
「息が荒い」「呼吸が苦しそう」と思ったら、獣医師の診察を受けましょう。
熱中症
夏の暑い時は熱中症にかかることがあります。呼吸が苦しそうになりその場から動かなくなります。
《対処法》
お腹の周りを触ってみて「いつもより体温が高いな」と感じたらすぐに身体を冷やして体温を下げてあげましょう。同時に動物病院に連絡し、できるだけ早く治療に連れて行ってください。
子犬や高齢犬などが散歩中に歩かなくなる理由は?
病気やケガ、恐怖心などがなくても、成長過程によってさまざまな理由で動かなくなることもあります。犬の成長シーン別に散歩で動かなくなる理由をご紹介します。
子犬
・抱っこしてほしい
散歩デビューしたばかりの子犬の場合、外の環境に徐々になれさせるために飼い主さんが抱っこして散歩をすることもあるでしょう。それが習慣化すると地面を歩こうとせずに抱っこを要求することがあります。
・帰りたくない
体力がついてきてこれまでと同じ散歩の量では運動したい欲求が発散できていないと、帰ることを拒否して立ち止まることがあります。毎日の散歩コースの中で自宅に向かって帰り始めるポイント(折り返し地点)を過ぎて家が近づいてきたときに見られることが多いです。
・熱くて歩けない
子犬の肉球はとても柔らかく地面の温度にとても敏感です。夏場の地面(特にアスファルト)はとても熱くなり、成犬であってもやけどする危険があります。逆に冬場に冷たすぎても歩かなくなる原因となります。
・恐怖心の芽生え
生後16週齢頃までは「社会化期」であり、好奇心旺盛で怖いものなしという子犬も多いですが、それを過ぎると恐怖心が芽生え、初めて見る人・犬や物、不意の出来事などに恐怖心を抱きやすくなります。
《対処法》
体力がついてきたなら散歩の距離や運動量を増やす、地面の熱さが原因のときは時間帯の変更などを検討しましょう。
心理的な理由であれば、おやつなどを使ってネガティブな気持ちを打ち消し、少しずつ慣らしてあげましょう。慣れてきていてもいきなり強い刺激はせっかくの慣れを後戻りさせてしまいます。トラウマにならないように気を付けながら散歩しましょう。
成長期にある犬(生後6ヶ月〜2歳頃)
成長期にある犬は筋骨格系が成長途上にあり、走りすぎたりジャンプしたり、堅い地面を歩いたりすると、痛みを感じることがあります。
《対処法》
しばらく休ませる、激しい運動をした後の散歩は控えるなどの対応が良いでしょう。
高齢犬(9歳以上)
高齢犬は筋力が低下し、持久力も落ちてきます。これまでは平気だった長時間の散歩でも、途中で疲れてしまうことがあります。
また11歳以上の犬の3割が示すとされている高齢性認知機能不全の徴候の一つに運動性の低下があります。夜鳴きやトイレの失敗なども見られるようでしたらこの病気を疑った方が良いでしょう。
《対処法》
病気でなければ足腰に負担をかけないようにすることや筋肉をほぐすなどのケアをした上で散歩に出かけるようにしましょう。高齢犬にとっても散歩は筋力の維持やストレスの発散といったメリットがあります。
犬が散歩中に歩かなくなったとき、飼い主がやってはいけない行動は?
犬が散歩の途中で動かなくなると、ついイライラしてしまう飼い主さんもいるでしょう。そんなときにしてはいけないNG行動をご紹介します。
犬の主張に従う
犬がなかなか動かないときに飼い主さんが根負けして「今日だけはしょうがない」と犬が行きたいと主張する方向に行ったり、抱っこして帰るケースがありますが、こういう対応はNGです。
犬は学習する生き物なので、次からも自己主張をより強く通そうとして立ち止まるようになってしまいます。その日によって要求を受け入れたり拒絶したりすると、強い欲求不満や葛藤を感じて攻撃的に唸ったり噛みつこうとしたりする場合もあります。最初から「自己主張は受け入れない」という態度を一貫して取りましょう。
逆に飼い主さんと一緒に歩き出せたときはよく褒めて「立ち止まるのはいけないことだけど、一緒に歩くのは良いこと」だとわかりやすく示しましょう。主張を受け入れずにいると一時的に主張が強まるかもしれませんが、そのうち主張する機会が減ってきます。
叱る
動こうとしないときに叱ることは逆効果です。恐怖心をあおって怖がってしまったりトラウマになってしまったり、飼い主さんに不信感を抱くようになってしまいかねません。またその叱責に犬が興奮して飼い主さんを攻撃することもあります。
強引に引っ張る
犬が立ち止まっているときに強引に動かそうとしても簡単には動こうとはしません。立ち止まっているには必ず理由があるからです。原因別に対処して自発的に動けるようになるのが望ましいです。むしろリードを強く引っ張られると犬は飼い主さんから遠ざかる方向へ体重をかけてより抵抗しようとする本能があります。
散歩に行かない
「犬が怖がるから」「途中で動かなくなるから」といって散歩そのものに行かなくなるのは良くありません。散歩は運動不足の解消や脳のリフレッシュ、社会性の維持などのために犬にとって生涯必要なことです。
怖がったり動こうとしなくなったりする原因を考えてみて、もしわからないときは専門家に相談することで早期に適切に対処しましょう。
※記事内に掲載されている写真と本文は関係ありません。