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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
「犬の性格は飼い主に似る」とよく言われています。最近の研究(※1)でそれが事実であると実証されましたが、例えばどんな性格が似るのでしょうか。また、似ない場合もあるのでしょうか。獣医師の茂木千恵先生に、犬と飼い主の性格の関連について解説していただきました。
目次
- 犬の性格は何によって形成される?
- 犬の性格が飼い主に似る理由とは?
- 犬の性格と飼い主の性格が似ないこともある?
犬の性格は何によって形成される?
犬の性格は、さまざまな要素が絡み合って形成されています。考えられる要素として、主に次のようなものが挙げられます。
犬種・性別
約1万数千年前に犬が人とともに暮らし始めたころから、人は慣れやすく攻撃性の低い個体を選んで一緒に生活してきたと考えられています。交配を重ねて代を経るごとに、犬の祖先であるオオカミ的な神経質さや攻撃性の高さは失われ、現代の犬の性質に近づいてきたようです。現在、犬種は公認されていないものを含めて700~800種はいるとされていますが、これほど品種が多い理由は、さまざまな地域で、人が犬にさせたい作業や状況に合わせて品種改良を行ってきたからです。そのため犬の性格には、犬種の特徴が最も強く表れています。また、オスとメスの性別による違いは、同じ犬種間で差異が見られます。
親からの遺伝
遺伝学的研究(※2)(※3)では、母犬の怖がりな性格が子犬に受け継がれる傾向があると明らかになっています。しかし、怖がる性格に関連する遺伝子はまだ見つかっておらず、複数の遺伝子が複雑に影響し合って、“怖がり”という性格が作られているようです。また、遺伝子要因以外に、妊娠期中や出産から離乳の時期における母犬の恐怖反応が、子犬に遺伝子を介さず影響を及ぼし、怖がりな性格の元を作っている可能性も大いにあります。
元々の気質
性格は、遺伝子によるものと環境によるものが、4~6割の割合で影響し合っていると考えられています。人の遺伝学分野では、神経伝達物質の脳内での働き方には個人差があり、それが個性の元となっているという「パーソナリティ理論」が有力視されています。性格の個人差は遺伝的に決まったもので、親から子へと受け継がれることがわかっており、例えば、保守的な農耕民族である日本人と、冒険心が豊かで革新的なことを好む欧米人は、そもそも遺伝子の型が違っているのです。具体的には、ドーパミンが関与する「新奇性追求(新しい物好きの性格)」、セトロニンが関与する「損害回避(不利益を回避する性格)」、ノルアドレナリンが関与する「報酬依存(報酬を得ることを重要視する性格)」といった性格は、遺伝子の影響が強いのです。犬にも同様に神経伝達物質の個体差が見つかってきており、その差異が性格に影響を及ぼしていると考えられます。
子犬の頃の育成環境
犬が母犬の胎内にいる時期に母犬がどれだけのストレスを受けたかや、生後2、3か月の社会化期にどれくらいの新しい刺激を受けたかといった環境からの影響も、性格を形成する要因のひとつです。特に刺激のない孤立した環境や不快を感じさせる環境で育てられると、ストレスに対して体が反応しやすかったり、不安を感じたときにパニックになりやすかったりすると考えられています。逆に社会化期間中に刺激の量とバリエーションが増えると、人間に対して社交的な犬になり、困難な状況に対処する能力がより高くなることも示されています。
飼い主との生活
犬が飼い主の元にやって来るのは、生後57日以降と法律で定められています。それはあと1か月で社会化期が終わるころに当たります。社会化期の次は青年期または若齢期と呼ばれる、環境からの刺激に対して不安反応が起こりやすい時期です。この時期には、愛着を感じている飼い主に対してわがままに振る舞ったり、これまでに習得していた号令などが一時的にできなくなったりもしがちです。ここで飼い主が犬に対して不適切な罰を与えたりネグレクトしたりすると、犬は学習し、それに応じた反応をするようになります。特に不安や葛藤を感じやすい犬は、飼い主に対して攻撃的になることもあるのです。
腸内フローラ
近年、腸内細菌叢の多様性と中枢神経系との関連性、さらには腸内フローラと性格の関連性についての研究も進められています。このように、性格の形成には、何かひとつの要素ではなく、さまざまな要素が関与し合っていると考えられるのです。
犬の性格が飼い主に似る理由とは?
「飼い主との生活」は犬の性格を形成する要素のひとつですが、犬の性格が飼い主に似るのはなぜでしょうか。それには、次のような理由が考えられます。
飼い主との生活の中で影響を受ける
心理学において、性格は5つの傾向に分類されるという「ビッグファイブ理論」があります。その5つの主要な性格傾向である「神経症傾向(不安や恐怖などの感情に向かう傾向)」、「外向性」、「誠実性」、「協調性」、「オープン性(創造性、好奇心、新しいアイデアへのオープン性のレベル)」が、犬とその飼い主とで似通っているということが、研究で明らかになりました。似通っている理由には、飼い主の接し方の影響を受けて犬の性格が形成されることが挙げられます。
犬は飼い主の気持ちに同調し真似をする
飼い主が不安を感じていると犬は同調して不安がったり、そばを離れなかったりすることがあります。つまり、不安を感じやすい飼い主の犬は、不安を感じる機会が多くなるため、不安傾向の高い性格になるのです。また、飼い主がストレスを感じている家庭では、犬も同様にストレスを感じていることがわかっています。
飼い主が自分の性格に似た犬を選んでいる
飼い主は、自分と似たような行動特性を示す犬種に対して親近感を抱いたり、安心したりするため、無意識的に自分の生活リズムに合いそうな犬を選んでお迎えしていると考えられます。それゆえ、犬と飼い主の性格が似ていると捉えられることが多いようです。
犬の性格と飼い主の性格が似ないこともある?
犬は飼い主の影響を受けやすいと言えますが、そうではないケースももちろんあります。そんな場合、どうすればよいでしょうか。
犬と飼い主の性格が違いすぎる
犬の性格は、遺伝子と環境の要因が混ざり合って形成されます。先述の「新しい物好き」「不利益を回避する」「報酬に依存しやすい」といった性格は、遺伝子の影響が強いと考えられています。飼い主がそうした犬の性格ではなく、見た目の一目惚れや紹介などによる出会いによってお迎えを決めた場合は、性格が似ないことも大いにあり得ます。
犬と飼い主の性格が相反するとどんな問題がある?
例えば、外向的な飼い主と内向的な犬の組み合わせの場合。内向的な犬はルーチンに従った変化の少ない生活を好みますが、外交的な飼い主が家族以外の人とのコミュニケーションを好んで、犬を連れて団体に参加したり、見知らぬ人を自宅に招いて犬にも挨拶させたりすると、犬は日常的に不安やストレスを感じやすくなります。
逆に内向的な飼い主と外向的な犬のパターンでは、飼い主にとって散歩は進んでしたい活動ではないでしょう。一方、外向的で他の犬とのコミュニケーションを好む犬は、散歩などで外出したがります。飼い主が犬の要求を理解しても、積極的にそれに応じなければ、犬は欲求不満になることがあります。
性格が似ない犬とどう向き合うべき?
性格の中でも遺伝的要素の強い「新奇性追求」「損害回避」「報酬依存」を元にした性格傾向は、犬も人も大きく変えることはできません。この3つの性格傾向が、犬と飼い主で似ているかどうかを、まずは判断してみましょう。似ていない傾向であるとわかったら、犬のその傾向は遺伝子による影響のため大きく変えることができないと理解し、寄り添うことが重要です。そして、ストレスサインが出ていれば、その対応を緩和するように対応したり、環境を修正してあげましょう。
(※1)出典:William J. Chopik & Jonathan R. Weaver. “Old dog, new tricks: Age differences in dog personality traits, associations with human personality traits, and links to important outcomes” Journal of Research in Personality, 2019.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0092656618301661
(※2)出典:M. E. Goddard & R. G. Beilharz,“Genetic and environmental factors affecting the suitability of dogs as Guide Dogs for the Blind” Theoretical and Applied Genetics, 1982.
https://link.springer.com/article/10.1007%2FBF00293339
(※3)出典:Jessica Hekman,“How a Mother’s Stress Can Influence Unborn Puppies” Whole Dog Journal, 2014.
https://www.whole-dog-journal.com/puppies/puppy-health/how-a-mothers-stress-can-influence-unborn-puppies/