転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- バゲットをこよなく愛す、レイル
 - 「なんか前より甘えん坊になってない?」
 - レイルに教えた“当たり前の権利“
 - いつの間にか過去のトラウマも克服?
 
バゲットをこよなく愛す、レイル
 膀胱炎の対応にもある程度慣れ、普段の薬に加えて膀胱炎用の抗生物質も処方してもらった。
 おかげで生活はだいぶ落ち着いてきたが、それでも「いつ容体が急変するかわからない」と友人たちが次々に会いに来てくれた。
 彼らは家に上がると、一様に同じことを言う。
「レイル、元気だね……?」
 そうなのだ。
 見た目はとにかく元気。
 レイルは、来客に飛び上がって喜び(腫瘍に何かあるといけないので、飛び上がる前に押さえておく)、彼らをベロベロと舐め(これは来客に我慢してもらう)、全力で歓迎するのだ。
 そして来客と食事をしていると、隙あらばお肉やバゲットを欲しがり、邪魔をする。
 我が家に来て、盗み食いではじめて食べたバゲットが革命的な美味しさだったのか、レイルはバゲットをこよなく愛していて、パンを切る音やオーブントースターを開ける音を聞いて、飛んで来るのだ。
 食卓にバゲットがのっていると知れば、よだれをダラダラ垂らしながらテーブルの周りをグルグル回り続ける。(そして、もちろん根負けした皆からちょっとずつ貰う……)
「なんか前より甘えん坊になってない?」
 当たり前だが、来客はみんな拍子抜けして帰って行く。
 そりゃそうだ。余命僅かな犬に会いに来たんだもの。
 「しかもさぁ、なんか前より甘えん坊になってない?」と友人。
 あ、あなた、いいところに気づきましたね!
 そうなんです。
 レイルはめちゃくちゃ甘えん坊で、ちょっとわがままになりました。
 そもそも、レイルは非常に控えめな性格。
 甘えん坊なところはあるけれど、基本的には子どもたちや猫たちにまず譲る。
 幼少期の環境がそうさせているのだと思うが、とにかく遠慮がち。
 レイルとの生活は、何を与えても「いいんですか……?」と、おずおずとこちらを見上げてくるのレイルに「いいんだよ」と何年もかけてひとつずつ“レイルにとって当たり前の権利“ということを教えていく日々でもあった。
レイルに教えた“当たり前の権利“
 “当たり前の権利“を、幼少期のレイルはおそらく持っていなかった。
 散歩に行く権利、トイレに行く権利、ふかふかのベッドで眠る権利。当然持つべきものを何も手にせず、我が家にやって来て、そこらじゅうで排泄し、散歩用のリードに困惑し、私たちのごはんを盗み食いする。
 そんな傍若無人な振る舞いをしながらも、人間(特に大人の男性)のことを怖がっていた。
 レイルが家にやって来た日、帰宅した夫が手に持っていたビジネスバッグを片付けようと持ち上げると、レイルはキューンと鳴いて飛びずさり、テーブルの下に隠れた。
 その後、夫以外にも来客や業者さん、いろんな方がビジネスバッグを家に持ち込んだが、常に同じ反応を示していた。想像だが、前の飼い主に黒いバッグで殴られていたのではないかと思っている。
 何年も同じ反応を繰り返すレイルが不憫で、夫はバッグをリュックに持ち替えた。
 夫が叩かないことをレイルは絶対に理解していたはず。でも、つい体が反応してしまうということなのだろう。見るたびに辛い気持ちになるから、こちらとしてもリュックに変えることの方が気楽だった。
いつの間にか過去のトラウマも克服?
 ところで、甘えん坊を指摘してきた友人は仕事帰りに立ち寄ってくれたので、黒のビジネスバッグを持って来ていた。
 その日、気がつけば、レイルはそのバッグを踏みつけ(友人よごめん)、よだれをつけ(本当にごめん)、毛だらけになっている。
帰り際にバッグを綺麗に拭いてコロコロをかけながら、とうとう過去を克服したレイルを見つめると、甘え疲れたのか、ひっくり返って寝ていた。
 病気になって、初めて全力で甘えることを覚えたレイルに「たくさん甘えていいんだよ」と、私は話しかけるが、レイルは何にも聞いてない顔で、いびきをかいている。















