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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 愛犬と“散歩“
- 初めての散歩
- 犬を連れて病院へ
愛犬と“散歩“
「散歩に行くよ!」と声をかけると、愛犬のレイルは、ピョンと立ち上がり尻尾をぶんぶん振った。
うむ。今日は体調が良さそう。
“散歩“とは言ったものの、100メートル足らずの道のりを歩き、突き当たりの野原をふらふらしたらまた同じ道を戻ってくるだけの、準備運動にもならない程度の歩行だ。
レイルは、一昨年の冬、心臓(やその他もろもろの臓器)に腫瘍が見つかり、安静を言い渡されている。トイレが外派なので、気分転換を兼ねて一日に何度も外に出ることを、我が家では"散歩“と称しているのだ。
思えば、レイルとの初めての散歩は、もっとみじかいものだった。
初めての散歩
11年前、初めて会った日のレイルは、我が家の前に鎖で繋がれて心細げな顔で私を見ていた。
彼が飼い主に捨てられたということは、ポストに入っていた血統書と謎の2千円で理解した。元の飼い主は、我が家を次の飼い主として(勝手に)指名していったのである。
指名料として、2千円はあまりにも安価なのではないか。それなら、いっそ無い方がマシだと、私はお札の入った茶封筒を握りしめた。
目の前の犬は、全体に鼠色で、脚は汚れて真っ黒。目つきが悪くて、まるで垂れ耳のオオカミのよう。
私は、彼を仕方なく(本当に仕方なくだった…だって、他のルート、無くないですか?)家に迎え入れた。
が、あまりに汚れているし、臭い。しょうがないので、数ヶ月前に亡くなった先代の犬のシャンプーを使って、洗うことにする。
鼠色の犬をお風呂に連れて行き、洗い……洗い……洗い……洗、待って。全然綺麗にならない!
お風呂場から手を伸ばし、携帯電話をつかむと、近所に住む母に「今すぐに犬用シャンプーを何本か買って来て!!」とヘルプ!
母がすぐに買ってきてくれたシャンプーを4本(!)使うと、鼠色の犬の毛並みが金色に光った。君、ゴールデンレトリバーだったんか……!
シャンプーの後は、ドライヤーをかけ(ちなみに音が怖くてめちゃくちゃ震えた)、ようやく落ち着いた犬を動物病院に連れて行くことに。
長年のかかりつけの病院が徒歩圏内にあるので、先代の犬が使っていたリードをつけ、家を出た。
いや、出ようとした。
彼は、全く動かず、きょとんとした顔で私を見上げている。リードをつけて人間と歩いた経験が無いのかもしれなかった。
いやそんなことあります⁉ 信じられない気持ちで、リードをグッと引っ張ると、「全く意味がわからない」という顔をしながら犬は立ち上がった。
が。が、ですよ。今度は20メートルほど歩いたところでへたり込んでしまい……。
こりゃダメだと私は車を出しました。
めっちゃ近い病院まで車で送迎。王様か!
犬を連れて病院へ
診察してもらうと、いつもお世話になっている先生が眉毛をハの字にして、「これはひどいね」と呟く。
「見てみて」と指された画像では、長細い虫が何匹もウネウネと動いていた。
「この犬は、重度のフィラリアです」
怒りで震えたのは、人生で初めてのことだったかもしれない。
彼は、王様でもなんでもなく、虐げられ、飼い主がきちんと予防すれば防げる病気に罹った犬だったのだ。
急な出費となった病院での支払いには、手持ちの現金に、例の2千円を加えなければ払えず、クレジットカードで支払うことにした。
犬の病院代に、捨てていった飼い主のお金を使うのは癪に触ったからだ。
帰り道、私は遠回りをしてカフェのドライブスルーに立ち寄り、2千円を使い切った。お会計してくれた女性が「ワンちゃんとドライブ、素敵ですね!」と微笑む。
巨大なカップに入った、ホイップクリームたっぷりの甘いドリンクを勢いよく吸い込む。あの忌々しい2千円は、たった今私の胃の中に消えた。
後部座席の犬は、夕陽を浴びて金色に輝いている。
君がどんな子なのかまだわからないけれど、ひとまずは一緒に家に帰ろうか、とバックミラー越しの犬を見つめると、犬は不安げな顔で私を見つめ返してきた。
……というのが、今我が家でゴロゴロしている愛犬と、初めて会った日の出来事である。

散歩だけでなく、トイトレ、食事、他のワンちゃんとの関係など、その後のバタバタはいずれお話しさせていただくとして……。
レイルとの初めての散歩は、たった20メートルでした、という話だ。
読んでくださっているあなたが、もし保護犬や仔犬のしつけで悩んでいたりするなら、「大丈夫だよ!」と声を大にして伝えたい。根気強くつき合えば、きっと大丈夫だよ。
犬は、ちゃんとこちらの愛情を分かってくれる生き物だから。
そんなわけで、私は今日もレイルとみじかい散歩に出る。
最近ちょっとヨタヨタしてきたし、顔も白くなってきたけれど、ドアを開けると彼はにこにこ顔で飛び出して行くのだ。
