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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 体内に水が溜まる病気なはずだけど…
- レイルの散歩形態に変化
- 余命宣告を受けたはずだけど…
体内に水が溜まる病気なはずだけど…
さて、夫と束の間の再会を終えたあと、レイルはどうなったのか。
予約した日時に通院し、いつもの検査で心臓を確認してもらう。
すると、先生が「あれ? まったく水が溜まっていないですね」
病院に行くたびに抜いていた心嚢水(しんのうすい)が、なんと溜まっていなかったのだ。
心臓にも肺にも、水は溜まっていない。
おや……? 私は先生と顔を見合わせた。
2週間後の通院でも、その次も、水は溜まっていなかった。
「薬の相性がすごく良かったのかもしれません。こんなことはあんまりないんですが……」
2週間おきに通院していたところを、試しに薬を1カ月分いただき、次回の通院も1カ月後にしてみることにした。もちろん、「何か変化があればすぐ来院します」と約束して。
レイルの散歩形態に変化
病気になって、レイルの生活は大きく変わった。
朝晩の散歩が出来なくなり、排泄のために外に出るのみ。
元々、外の檻の中で飼われていたレイルは、トイレシートというものを理解するのが難しく、シートの使用を早々に諦め、「トイレは外!」と理解してくれただけで良しとしたのである。
外トイレ派のメリットは、家にトイレが無いからトイレ掃除がないことと、シートなどを買わなくていいこと。
そして、デメリットはもちろん、雨でも雪でも台風であっても外に出なければいけないこと。闘病や介護というステージでは、かなり大きなデメリットだと思う。
服用している薬の中には利尿剤が含まれているので、レイルはトイレが近い。
2時間おきにトイレに出たがるので、子どもたちと交代制で対応することに。
早朝と夜中は私、午前中をメインに大学生の息子、夕方からは娘。全員が家を不在にしないようスケジュールを確認し合い、子どもたちが不在のときは私が時短勤務にしたり、お休みをもらったりして乗り切ることにした。
さらに、首周りと前脚の近くにしこりが出来たのをきっかけに、リードを嫌がるようになったのだ。そこで、ご近所の皆さんに了解を得て、外に出るときはリードを着けずに出させてもらうことに。
一般的には犬の散歩にリードは必須で、ノーリードなんて、普通ならありえないこと。しかし、我が家は袋小路の奥の方にあり、車の往来や住人以外の人の出入りがないことに加え、ご近所の皆さんが普段からレイルをとても可愛がってくれていて、快くOKしてくださったのだ。
しかも、袋小路の突き当たりにある野原でゆっくり歩かせてもらえるようになり、この土地に引越して来た自分の幸運に震えた。もう、一生分の幸運を使い果たしたかもしれぬ。
余命宣告を受けたはずだけど…
20メートルにも満たない、野原までの往復を“散歩“と称して、「行くよ!」と声をかけると、レイルは飛び上がって尻尾を振る。

あれ……? レイル、元気だな?
日々、病院に付き添い、昼夜関係なくレイルのそばにいる私は、レイルの体調が上向きだと早々に気づいたのだが、もちろん子どもたちも徐々に気づいていった。
レイルの余命を知った当初は、普段の100倍優しくしていた子どもたちだが、「思ってたんと違う」「本当に死ぬの?」と問いかけてくる。
「レイルは死にます」
「本当に?」
「だって病院の先生が言ってたもん!」
なんじゃこりゃ。
悲しみに暮れるところなはずなのに、なんか知らんがレイルが元気。
嬉しいけど、めっちゃ複雑。
何がどうなって元気なのだろう。
でもやっぱり、レイルがニコニコ歩いているのを見ると飛び上がるほどに嬉しく、わしゃわしゃと撫で回してしまう。
そうこうしている間に、年末を迎え、夫が単身赴任を終えて帰って来た。
帰宅した夫が玄関のドアを開けると、レイルが珍しく吠えた。
嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら、何度も吠える。
「レイル、うるさいよ!」
息子が叱ると、シュンとした素振りを見せたが、リビングに入って来た夫を見ると、また「ワン!」と大きく吠えた。
夫がレイルの頭を優しく撫でる。
もうすぐ告げられた余命「2カ月」が過ぎようとしていた。
