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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 動物の大学病院での受診結果
- 先代犬・ニコリの闘病生活
- レイルの延命治療について
動物の大学病院での受診結果
診察室から名前を呼ばれ、中に入ると、ニコニコ顔のレイルが森田先生に頭を撫でられていた。
「お腹にかなり水が溜まっていたので、これからそれを抜きます」先生が告げる。
「先週、かなりの量を抜いたのですが……」と言うと、先生は顔を曇らせ「そうですか。数日でこの量となると厳しいですね」と言った。
先日抜いたはずの腹水が、すでに溜まりはじめているそうだ。さらに、心嚢水(簡単に言うと心臓を覆う液体で、心臓を守る役割があるそう)が溜まりすぎて、心臓の動きを鈍らせていたため、心嚢水も抜くことになった。心臓と心膜の間に、そっと針を刺して抜くのだという。もう、聞くだけでこわい。
先ほどの検査で撮ったレントゲン写真を見ながら、説明を受ける。
先生は、“ゴールデンレトリバーには多い病気"と前置きし、『血管肉腫』という病名を口にした。
悪性の、しかも進行スピードが早い癌だという。
エコーの画像を見ると、すでに肺や脾臓などの他の臓器に転移していて、もう打つ手はないといった様子だった。
「現在の病状から見て、あとどれくらい生きられますか?」
質問を口にすると同時に涙がこぼれる。
「一般的には、頑張って2カ月くらいだと思います」
自分が悪いわけではないのに、先生は心苦しそうに答えた。
やっぱり、2カ月。
数日前の、近所の動物病院の先生の見立ては合っていたということだ。
11月も半ばを過ぎ、世間では早くも年末の気配が漂い始めていたが、レイルはもしかすると年を越せないのかもしれない……。
先生から「今後はどのように治療していきますか?」と問われ、私は、夫とあらかじめ決めていたことを告げた。
「延命にしかならない治療はしなくていいですが、痛みを緩和することについては引き続きお願いしたいです」
先代犬・ニコリの闘病生活
レイルが我が家に来る前、先代の愛犬のニコリの腎臓病が悪化したときのことだ。
食欲もなく、痩せて元気がなくなっていくニコリに、病院から皮下点滴を勧められた。ニコリが少しでも長く生きながらえるための最後の砦だった。
皮下点滴は、文字通り血管ではなく皮下に薬液を注入する。これが、ニコリは大嫌いで、私たちは嫌そうな顔をするニコリに泣きながら点滴をしていた。今思い出しても胸がギュッと締め付けられる。
ある日、嫌々ながらも点滴させてくれていたニコリが全く協力してくれなくなったタイミングで、夫が言った。
「もう、やめよう」
やめたらきっと悪化が進むだろう。でも、もうやめよう。
ニコリがこんなに嫌なのに、無理にすることじゃない。
夫が涙ぐみながら言う。
“治療をやめる"ということは、ニコリの命を諦めることにならないだろうか。
いつか、やめたことを後悔しないだろうか。
ニコリは、まだまだ生きたいのではないだろうか。
頭の中に疑問が次々に浮かぶが、目の前のニコリを見て、私は夫に同意した。
もしかしたら後悔するかもしれない。
けれど、最後の時間をこんな形で過ごしていたくはなかった。
翌日、私は病院に行き、「皮下点滴をやめます」と伝えた。
「やめたら、あまり保たないかもしれないですよ」と言う先生に「はい、でもやめようと思います」
言いながらまた涙が溢れる。完全に納得出来ているわけではないのだ。
「ニコリがすごく辛そうなので、点滴はやめて、最後は好きなように過ごしてもらいます」
完全に納得出来ていないけれど、でもこれが最善と信じるしかない。
「点滴をやめたら、どれくらい生きられますか」
私の問いに、先生は悲しそうな顔で「2週間くらいだと思います」と言った。
点滴をやめたら、ニコリはすごく元気になった。
具合が悪く行きたがらなかった散歩にも少しだけ行くようになり、手作りのフードをモリモリ食べる。大好きなキュウリや、ほんの少しのアイスクリームも一緒に食べた。
あれ? まだまだ長生きするんじゃない?
楽天家の私は、余命を忘れそうになったが、ちょうど2週間経った日の夕方、ニコリは大量の血を吐いて倒れ、一晩苦しんだのちに息を引き取った。
レイルの延命治療について

ニコリを失ったことは想像以上に辛く、「もう二度と犬は飼わない」と決めたのだが、私たちの意思とは無関係にやって来たレイルと結局一緒に暮らしている。
そして、レイルを引き取ろうと決めたとき、私たちはいつかやってくるであろう、今日のことを決めていたのだ。
いつか、レイルの延命治療について聞かれることがあったら「延命のための治療はせずに緩和ケアのみにする」と答える。
それが、最善と信じる。
最後の時間は、楽しく幸せなことで満たすのだ。
