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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 動物の大学病院で受診した日
- ペットたちの検査を待つ人々
- その場にいる全員の願いはただひとつ
動物の大学病院で受診した日
週末に腹水を抜いてもらったレイルは、元気いっぱいの通常営業に戻った。
マジで……? ヤバい状態じゃなかったの?
家族たちも疑問を口にする。
……レイル、元気じゃね?
元気いっぱいのまま迎えた、大学病院の予約日。
車に乗るのが好きなレイルは、スライドドアを開けると迷いなく後部座席に飛び乗った。
「どこに行くの?」「遊べる?」と、ドライブにウキウキしながら私を見つめるレイルを乗せ、着いた場所は……、おおおお、すごい! ここ、人間の病院じゃないの⁈
普段利用する動物病院とは全く違い、受付、待合室、全てが人間の総合病院のような見た目。
受付で渡された問診票を手に、端の方のベンチに座り見渡すと、たくさんの動物たちとその飼い主が、じっと順番を待っていた。
ここは、かかりつけ医からの紹介がないと来ることが出来ない場所。軽症の動物がいないので、静かなのは必然である。待っているみんな、具合が悪いのだ。
場違いなほどはしゃいでいるレイルを押さえつけながら順番を待つ。
ほどなく名前を呼ばれ、診察室に入ると、赤紫色の医療スクラブを着た先生が迎えてくれた。

ペットたちの検査を待つ人々
先生は、偶然にも私と同じ苗字だった。
診察室に、医者の森田と、犬の森田と、飼い主の森田が揃い踏み。
この森田大集合は、この後何度となく繰り返されることとなるのだが、レイルは森田先生が大好きで、いつも車に乗る時からウキウキしていた。病院に喜んで通ってくれるなんて、おバカ……じゃない、なんて素晴らしい犬であろう。
さて、先生は、かかりつけの病院からすでに、ある程度の病状を聞いているようだ。
すぐに検査をしてくれるとのことで、レイルは検査室に行くことに。
飼い主をこの場に残し、初対面の先生に尻尾をブンブン振りながらついて行くレイル。苦笑する先生に連れられ、レイルはドアの向こうへ消えて行った。
検査が終わるまで、待合室のベンチに腰掛けていると、ふと隣りのベンチに座っているかたと目が合う。
「お悪いんですか?」
私と同じようにペットを待っているらしい、同年代の女性に、「どうでしょう……、紹介状をいただいて初めて来たんです」と言うと、その方は「私は2回目なんです。山梨県から来ていて」
や、山梨県!! 念のためお伝えしておくが、ここは東京である。山梨から通院となると、結構な距離なのでは……。
「えぇっ!! それは遠いですね……」と言う私に「お近くなんですか?」
彼女に申し訳ない気持ちになってしまったが、私の家はここから車で20分ほど。
もしかすると、それはものすごく幸運なことなのかもしれなかった。
その場にいる全員の願いはただひとつ
彼女は、「具合が悪くなってから、何軒も病院をまわったんです。でも処置出来ないと言われて……。遠いけど、って紹介されてここに来るようになったんです」
通院の日は一日がかりで、通院には高速道路を使い、愛犬の治療中は待合室で何時間も待つのだと言う。
「少しでも長生きしてほしいんです」
彼女の言葉に、私は涙ぐんでしまった。そう、私もレイルに一日でも長く生きてほしいのだ。
そして、この場所にいる全員が、間違いなく同じ願いを胸にベンチに座っている。
レイルがすっかり元気になったように見えるが、数日前に腹水を抜いてもらった病院の先生が言った「余命は2カ月くらいかもしれない」という言葉が頭から離れなかった。何かの間違いなのではないか、そうであってほしい。
静かな待合室のベンチで、考えてもわからないことを、私はぐるぐる考え続けていた。
