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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 「新宿」から出られない夫
- 久しぶりに新宿を出られる日
- レイルと“べじ”。束の間の再会
「新宿」から出られない夫
先代の愛犬ニコリに投薬をやめたときに、先生から告げられた残りの時間は2週間。
その後、ニコリはその通りの時間に旅立ってしまった。なので、医師が告げる余命は、数多くの経験に裏打ちされた確かな見立てなのだと思う。
担当獣医師・森田先生も、近所のかかりつけの動物病院の先生も、同じ言葉を口にしたのだから、レイルに残された時間は、おそらく頑張って2カ月なのだろう。
たった2カ月。
きっと、どんどん体調は悪化し、今のような暮らしは難しくなる。
私の仕事は休職すべきかもしれない。
そして、単身赴任中の夫はレイルと会えぬままで別れることになるかもしれなかった。
夫の仕事の説明は非常に難しいのだが、当時は「いつ何どき呼び出されても、すぐに職場に行ける状態でなければいけない」という、かなり特殊な状況のなか、新宿のかなり限定されたエリアで生活していた。
当時の役職に就く時、前任者に「任期中に出かけた、一番遠い場所はどこですか?」と聞いたところ、「高田馬場」と答えたという。
……高田馬場は新宿の2つ隣の駅だ。電車で約5分の距離がギリギリのラインということになる。
夫の任期中、新宿から出るのは無理ゲーと腹をくくった。
そんなわけで、お盆もお正月も、子どもの誕生日も、夫はずっと新宿。新宿から電車で1本の我が家にも帰宅は出来ない。
私たちから会いに行くことは出来るが、レイルを連れて行くのは難しい。夫が人事異動で新宿から出ることは決まっていたのだが、それは年末のことで、そこまでレイルが頑張れるかはわからなかった。
どうにか会いに来られないかと、ダメ元で連絡したが、やはり難しいとのこと。
久しぶりに新宿を出られる日
大学病院で心嚢水(しんのうすい)を抜いてもらったレイルは、一時的に回復したが、1週間も経つとまた具合が悪くなってしまった。
また病院に行き、水を抜いてもらう。
これを繰り返しながら、残りの時間を過ごしていくのか……。
職場の配慮で一時的に時短勤務にしてもらった私は、使える時間の全てをレイルに使うことにしている。大学病院の白い床を見つめながら、このまま夫不在でレイルを看取ることになったら……と、不安に駆られていた時、夫から連絡が入った。
今週、数時間だが時間休が取れたと言う。
レイルも、夫と会えたら、少し元気になるかもしれない。だって、『病は気から』ですし。犬だって絶対に同じだ。
夫と会えたら、レイルの余命が伸びる気がする。
レイルに「べじ(夫の愛称)、帰って来るよ」と言うと、床でべったりと寝そべっているレイルの耳がピクンと動いた。
レイルと“べじ”。束の間の再会
たった数日の、なんて長いことか。
レイルは小康状態を保っていたが、明日はどうなるかわからない状況。
正直に言うと、こんなに夫の帰宅を心待ちにしたことはなかった。
夫から「最寄りの駅に到着した」と連絡が入ったので、時間を見計らって玄関前でレイルと待っていると、角を曲がってやって来た夫を見つけたレイルが小さく尻尾を振った。
元気な時なら飛び上がって喜び、駆け寄っていくレイルが、ニコニコとただ尻尾を振る様子に、夫と私は顔を見合わせる。
家に着いた夫が頭を撫でると、レイルはうっとりと目を瞑った。
レイルは夫が家にいる数時間、べったりと甘えて過ごし、満足気な顔をしている。

みんな揃うのは、これが最後かもしれないから……と家族写真を撮って、夫は帰って行った。
レイルの次の通院は、1週間後の予定。どうか、あと1回でいいから夫に会えますように。さっきまで「これが最後」と思っていたのに、欲が出た私は、夫の後ろ姿を見送りながら祈っていた。
