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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
飼い主の口をペロペロ、足をペロペロ。犬によっては頻繁に飼い主を舐めることがありますが、それには一体どんな理由が隠されているのでしょうか。犬が飼い主を舐める理由や注意点について、動物行動学を研究する獣医師の茂木千恵先生に解説していただきました。「もしかしたらストレスが溜まっているのかな?」「舐める行為をやめさせるためには?」と悩んでいる方はもちろん、「犬の気持ちを知って、もっと仲良くなりたい!」という方も、ぜひ参考にしてみてください。
目次
- 犬が何かを「舐める」動機とは?
- 犬が飼い主を舐めるときの気持ちは?
- 犬が床や家具を舐める理由と、注意すべきポイント
- 犬が飼い主を舐めることの注意点は?
- 犬が飼い主を舐めるのをやめさせるには?
犬が何かを「舐める」動機とは?
そもそも、犬が自分や誰かを「舐める」という行為は、動物が生きていく上で欠かせない本能的な「維持行動」の一種です。「生理的に舐める」場合と「精神的な動機から舐める」場合がありますが、どちらもコミュニケーション手段であり、犬が快適に暮らしていく上で大切な行動です。
犬は生まれたときから誰かを「舐める」生き物
犬が他者を舐める行為は、生後数週間から始まります。子犬は食事とケアを要求するため、生理的に母犬の唇を舐めます。舐められた母犬は、本能的な反射で胃の中の食物を逆流させて子犬に与えます。この逆流した食物は、母犬の体内で部分的に消化されており、子犬の離乳食として理想的な状態なのです。
また、母犬も本能的に小犬を舐めますが、こちらは子犬の身体を清潔に保ち、愛情を伝えて落ち着かせることが目的です。
他の犬を舐めるのはケンカ防止の知恵
犬が別の成犬を舐めるのは、「自分が譲るよ」という気持ちを伝えるための精神的な動機からです。支配的な態度を見せる犬に対し、こちらから舐めることにより、服従の意図を示します。舐められた犬は舐めた犬を許し、ケンカに発展することなく平和な関係を築くことができるのです。
ただし、散歩中などに、他の犬のお尻を嗅いだり舐めたりする場合は要注意。肛門の匂いを嗅ぐことで、相手の犬を識別するだけではなく、自分の優位性を示そうとしている可能性があります。あまりしつこく嗅ごうとすると相手の犬が追い詰められて、ケンカに発展する恐れがあります。散歩やドッグランでは、愛犬が他の犬のお尻をあまりしつこく嗅がないように注意しましょう。
犬が自分の身体を舐めるのは清潔のため
犬はとってもキレイ好き。自分自身の身体を舐めるグルーミングは、自分の衛生状態を保ちたいという生理的な欲求によるものです。また、食べかすがついた口の周りを前足でぬぐってから、前足を舐めてキレイにすることもあります。
犬が飼い主以外を舐める理由は?
犬は挨拶の意味で飼い主以外の人間を舐めることがあります。他にも、「あなたに気を許している、信頼している」と伝えるために舐めることがあります。
犬が飼い主を舐める理由は?
犬が飼い主を舐めるのも、他の犬や母犬を舐めるのと同じように、生理的な現象と精神的な理由の両方が考えられます。
他にも、飼い主の手に付着したさまざまな匂いを探るために舐めることがあります。内発的動機付けといって、犬が本能的にもっている「確認したい」という欲求によるものです。また、汗をかいた手足を舐める理由は、「汗に含まれている物質を手がかりにして、飼い主の気分を理解したいから」かもしれません。汗を味わっているのではなく、汗の成分を口から鼻孔に送り、鋭い嗅覚を使って分析を試みているのだと考えられます。
犬が飼い主を舐めるときの気持ちは?
犬が飼い主を舐めるときの気持ちもさまざまです。まず、1つは確認のため。大好きな飼い主に対して、「どこに行っていたの?」「何を食べていたの?」と、1つひとつ確かめるために舐めることがあります。もう1つは要求を伝えるため。おやつやご飯の催促の他に、「遊んでよ!」「こっち見て!」など、コミュニケーションを求めている場合があります。
他にも、穏やかに舐めて信頼や愛情を伝えようとしたり、怒った飼い主を舐めて「怒らないで、アナタに従っていますから」と伝えようとしたりします。足拭きや爪切りなど、犬が嫌がることをするときに舐めるのは、「お願い、もうやめて」という気持ちの表れです。
犬が舐める「飼い主の身体の部位」によっても理由が異なります。1つずつ確認していきましょう。
飼い主の顔(眼・鼻・口など)を舐める理由
犬が飼い主の顔を舐める多くの場合は、犬同士の場合と同じく、愛情や服従を示すためです。ただし、口に残った食べ物の匂いにつられて舐めることや、子犬時代に飼い主を母犬に見立てて舐める名残から、食べ物をねだっている可能性もあります。
飼い主の腕・手を舐める理由
犬はよく、飼い主の手についている匂いを探るために舐めますが、その他に「一緒に遊ぼうよ」と誘っている場合もあります。腕や手を舐める他、鼻先や前足でつついてくる場合はおそらく、「おもちゃを投げて」「引っ張りっこしよう!」「撫でてよ〜」など、構って欲しいという気持ちを伝えています。過去に「腕を舐めたら遊んでもらえた」という経験から学習して繰り返し舐めることもあります。
また、そもそも犬は「舐める行為」そのものに幸せを感じるので、腕を舐めて安心感を得ている可能性もあります。
飼い主の腕・足を舐める理由
人間の足は、靴や靴下で覆われており汗をかきやすい場所です。他の部位と違う匂いがするために気になりますし、汗に含まれている塩分を舐めている可能性もあります。また、犬に「顔や手を舐められるのは嫌」でも「足ならOK」という飼い主もいます。すると犬は、「足は舐めてもいい場所」と解釈し、繰り返し足を舐めるようになった可能性があります。
その他にも、飼い主の注意を引くために足を舐めることがあります。もし、足を舐められるたびに犬を見たり、話しかけたりしているのであれば、犬はしっかり学習を重ね、飼い主に見てもらうため、話しかけてもらうために舐めるようになります。
飼い主の頭を舐める理由
頭皮は身体の他の部分よりも皮脂の分泌が盛んです。そのため、匂いの確認の他に、油分を口にしたいという欲求から、飼い主の髪や頭を舐めることがあります。
飼い主の股間を舐める理由
股間には尿や性ホルモンによる匂いが残っており、飼い主の体調によっても変化します。特に排尿後や、周期的に体調が変わる女性の匂いをチェックするために、服の上から舐めようとする犬が多く見られます。
犬が床や家具を舐める理由と、注意すべきポイント
他の犬や飼い主以外に、犬は床や家具を舐めることがあります。その理由には、実は注意が必要なケースもあるんです。
心配する必要がないケース
犬が家の床や家具を嗅いだり舐めたりする理由は、気になる匂いがついているからです。人間にはわからなくても、キッチンやダイニングの床には食べ物の匂いがついているため、きちんと拭き取ることで解消します。
また、「床を舐めると飼い主が声をかけてくれる」と学習している場合は、飼い主の注意を引くために舐めることもあります。
注意が必要なケース
犬がカーペットや家具を舐めるときは、心因性の行為である可能性があります。犬が家具を舐めるときに、何か特定のきっかけはありませんか? 例えば「インターホンが鳴るたびに舐める」といった場合は、インターホンに不安や恐怖を感じているため、舐めることによって気持ちを落ち着かせているのかもしれません。
もし、舐めているときに「犬が震える」「呼吸が速くなる」などの変化が見られたら、極度に不安を感じている状態です。獣医師に相談しましょう。また、胃腸障害や肝臓の代謝機能が低下しているとき、中枢神経障害があるときなども、食べ物以外を舐め続けることがあります。飼い主が止めても無視して舐め続けるようであれば、こちらも獣医師に相談の上、必要に応じて検査を行います。
犬が飼い主を舐めることの注意点は?
犬にとって飼い主を舐める行動は大切なコミュニケーションの1つです。しかし、犬の唾液にはさまざまな病原体が含まれていることもあり、人獣共通の感染症にかかってしまうリスクがあります。特に小さい子どもや高齢者、病気の方など、免疫力が低い方は舐められないよう注意が必要です。
犬に舐められることでかかりやすい病気の一例に「パスツレラ病」が挙げられます。パスツレラ菌は、多くの犬や猫が持っている口内常在菌の1つ。この菌によって犬自身に何らかの症状が現れることは少ないため、通常はあまり意識することはないでしょう。しかし、人が感染した場合、皮膚の炎症や呼吸器症状などのリスクが高まってしまいます。犬に舐められた時は、必ず石けんで洗い流す習慣をつけましょう。
犬が飼い主を舐めるのをやめさせるには?
犬にとって舐めることは大事なコミュニケーションの1つですが、飼い主にとっては健康被害というデメリットがあります。犬に飼い主を舐めるのをやめさせる、おすすめの方法をご紹介します。
ボディソープを変える
犬に舐めるのをやめて欲しいときは、ボディソープや香水を変えるだけでも効果があります。ただし、犬は嗅覚が鋭いので、あまりにも香りの強い銘柄はNG。香りの穏やかなタイプをいくつか試してみましょう。
犬を叱らずに無視をする
犬が舐めてきたときに「やめて!」と強く叱ったりすると、犬は「舐めると注目してもらえる」と学習してしまって逆効果。「舐めずに落ち着いていると褒められる、遊んでもらえる」と学習させることが大切です。
そのためにはまず、犬が舐めてきたら顔をそらして無視する素振りを見せます。犬が舐めるのをやめたら、犬に注目して褒めてあげます。無視してもやめなければ、犬に舐められるたびに別の部屋に隠れます。
この時、察知するのが苦手な犬には、声でサインを出して気付かせてから別の部屋へ移動します。あくまで叱らないように、「アレ?」などの短い掛け声がいいでしょう。元の部屋に戻ったときに犬が落ち着いていて、舐めずにいられたら思い切り褒めてあげます。
これらを根気強く繰り返すと、「舐めると飼い主が去ってしまう、注目されなくなってしまう」「舐めるのをやめると褒めてもらえる」と学んで、徐々に舐めなくなっていきます。