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酪農学園大学獣医学群獣医学類 准教授。 酪農学園大学附属動物医療センター集中治療科診療科長。幼い頃より無類の動物好きで、今も変わらず動物全般が大好き!
犬と人で病気がお互いにうつることは稀。しかし、ペットから人へうつる病気は確かにあり、ペットと飼い主が親密なほど、うつる可能性は高くなってしまうかもしれません。ペットから人にうつる病気の種類や予防法・対処法などについて、酪農学園大学 獣医学群獣医学類准教授の佐野忠士先生に解説していただきます。
目次
- ペットから人にうつる病気の感染経路は?
- ペットから人にうつる主な病気と症状
- ペットからの病気感染を予防する方法
- ペットから病気がうつってしまった場合の対処法
- 動物由来感染症の注意点
ペットから人にうつる病気の感染経路は?
犬や猫などの動物から人に感染する病気の総称は「動物由来感染症」と呼びます。その感染経路には大きく分けると次のようなものがあります。
経口感染
ウイルスや細菌など病気の原因となる「病原体」を、人が口から摂取することで感染すること。
接触感染
人体の一部に病原体が接触することで感染すること。寄生虫や真菌の感染なども、この経路からが多いです。
傷口からなどからの感染
噛み傷や引っ掻き傷から病原体が人体へ入り込み、感染すること。狂犬病や猫ひっかき病の感染など。
飛沫感染
くしゃみや咳の際に飛び散る飛沫から感染が生じるもの。ペットから人へ感染する病気では、この感染経路を持つものはほとんどありません。
逆に人から動物にうつる病気はある?
逆に、人から犬へうつる病気については、不明な点が多いようです。ただし、細菌感染については、人が媒介となって他の動物や他の場所へ感染を広げることがわかっているので、注意が必要です。
ペットから人にうつる主な病気と症状
犬や猫などのペットから人へうつる動物由来感染症として、代表的なものを見てみましょう。
パスツレラ症
犬や猫は感染しても無症状なのが一般的です。パスツレラ菌は犬や猫の口腔内に存在しており、犬や猫が噛むことで人にうつると、嚙まれた部位が赤く腫れる炎症が起こり、皮下組織の中にも炎症が拡がります。また、関節あたりを噛まれた場合には、パスツレラ菌が関節腔間へ入り込み関節炎を生じると言われています。全身のリンパ節の腫れ、発熱や疼痛などの症状が現れることもあります。
猫ひっかき病
猫ひっかき病の原因菌に感染した猫は、ほぼ無症状です。感染した猫にひっかかれた人には、数日~2週間ほどの潜伏期間後、傷部分の丘疹や膿疱、発熱、疼痛や数週間から数か月続くリンパ節の腫脹などが現れます。また、リンパ節が腫れる症状が出ると、1~3週間後に痙攣発作や意識障害で脳症を併発することもあり、注意が必要です。
エキノコックス
犬や猫などのペットがエキノコックスにかかる確率は、人と同じくらいです。ペットから人への感染ルートより、キツネから人への感染ルートのほうが多いと考えられますが、キツネ→ペットの犬猫→人のルートも注意する必要があります。
ペットの犬猫は感染しても無症状ですが、人がエキノコックスに感染すると、寄生虫が原因で体内に嚢胞(病的な袋状のもの)ができ、それが拡大して、周りの臓器を圧迫していきます。嚢胞が拡大するペースは極めてゆっくりで、肝臓の腫大、腹痛、黄疸、貧血、発熱や腹水貯留などの初期症状が現れるまで、成人では通常10年以上かかるとされています。症状が出てから放置すると約半年で腹水がたまり、やがて死に至るという恐ろしい病気です。
日本では北海道にのみ定着していると言われていましたが、最近、愛知県の知多半島で野犬の感染報告が相次ぎ、定着している可能性が高いと危惧されています。
コリネバクテリウム・ウルセランス感染症
感染した動物は、くしゃみや鼻汁などの風邪に似た症状や皮膚病のような症状を示しますが、無症状の場合もあり、動物間での感染拡大が報告されています。人が呼吸器感染した場合、初期は風邪に似た症状を示し、その後、咽頭痛や咳などとともに、扁桃や咽頭などに偽膜(粘膜の炎症の一種)形成や白苔が見られることがあります。重篤になると呼吸困難などとなり、死に至る危険性も。頸部リンパ節腫脹や皮膚病変など、呼吸器以外の感染例も報告されています。
トキソプラズマ症
トキソプラズマ症の感染経路は非常に複雑です。犬や猫は感染後ほぼ無症状ですが、猫は無症状のまま感染源であるトキソプラズマのオーシスト(原虫の生活環におけるステージのひとつ)を排泄するため注意が必要で、これが一般的にトキソプラズマ症の感染源の元となります。犬はオーシストを排泄しません。また、猫白血病やストレスなど免疫を低下させるような要因を持つ猫の場合は、体温上昇、呼吸困難をともなう間質性肺炎や肝炎などを発症することがあります。
人の健常者が感染した場合、免疫系の働きにより無症状か軽度の急性感染症状(例えば、発熱や倦怠感やリンパ節腫脹などの非特異的な一過性の症状)で済みますが、HIV感染患者など免疫不全者は、脳炎、肺炎、痙攣、意識障害などの重篤な症状を引き起こすため、注意が必要です。また、妊娠中の女性が感染することにより起こる先天性トキソプラズマ症は、死産および自然流産だけではなく、胎児に精神遅滞、視力障害、脳性麻痺など重篤な症状をもたらすことがあります。
狂犬病
全ての哺乳類が感染する可能性があり、発症すると100%死亡する非常に危険な病気です。感染すると、犬は性格変化、興奮状態、全身麻痺と、症状が進行していきます。人は発熱などが生じたのち、精神錯乱など神経症状が現れます。いずれも後期は昏睡状態となり、ほぼ100%死亡するとされています。現在、日本は狂犬病洗浄国であるため、ペットの犬・猫からの感染は基本的には発生しないと考えて間違いはありません。
犬回虫
犬は感染してもほぼ無症状ですが、幼犬に多数の成虫が寄生した場合には、お腹の異常なふくれ、吐く息が甘い、異嗜(食べ物ではないものを食べること)、元気消失、発育不良、やせる、食欲不振、貧血、皮膚のたるみ、毛づやの悪化、便秘、下痢、腹痛、嘔吐などが見られることがあります。また、体内に幼虫が寄生した雌犬が妊娠すると、胎盤や母乳などを通して母子感染が起きてしまいます。
人が感染した場合の症状は、「内蔵移行型」と「眼移行型」の2つのタイプがあります。内蔵移行型は主に、発熱、倦怠感、食欲不振、てんかん様発作などの症状。眼移行型は主に、網膜脈絡炎、ブドウ膜炎、網膜内腫瘤、硝子体混濁、網膜剥離による視力・視野障害などの症状が現れます。
ペットからの病気感染を予防する方法
多くの動物由来感染症は、病原体が動物の体の中に存在し、それが外に排泄され、その排泄されたものを人が何らかの形で摂取することによって成立します。ペットからの排泄物には糞便や尿だけでなく、唾液や鼻水などの分泌物も含まれており、それらが付着する可能性のあるものを容易に人が摂取できたり触れられたりできるような環境を作らないということが、感染症予防において非常に有効です。ペットから人への病気感染を防ぐには、具体的には次のような方法が有効と考えられています。
ペットとキスをしない、食べ物を口移ししない、食器を共有しない
人がペットとキスをしたり食べ物を口移ししたり食器を共有したりすると、ペットの唾液を口から摂取することになります。ペットが動物由来感染症にかかっていた場合、ペットの唾液に病原体が含まれ、経口感染してしまいます。そうならないためにも、ペットの唾液を摂取することになる行為はやめましょう。
ペットと触れ合ったら必ず手を洗う
手に付着した病原体が口に入ることがあります。ペットと触れ合ったら必ず手を洗いましょう。
「犬吸い」「猫吸い」などをしない
動物の被毛に顔をうずめて吸い込む「犬吸い」や「猫吸い」などの行為は、被毛に病原体が付着していた場合、摂取することになる可能性があるため、やめたほうがよいでしょう。
ペットと一緒に寝ない
ペットと過度な接触を避けるという感染症予防の観点からはもちろん、押し潰しやベッドからの落下といった危険を避ける意味でも、ペットと一緒に寝ることは避けたほうがよいでしょう。
ペットの排泄物は速やかに処理する
病原体がペットの排泄物に含まれることがよくあります。人や他の動物が触れないためにも、排泄物は速やかに適切に処理しましょう。
ペットの体調が悪そうであれば、すぐに病院で看てもらう
ペットに何かしらの症状が出ているのであれば、人への感染有無は別問題として早めにかかりつけ医を受診することをおすすめします。ペットは、私たちが思っている以上に我慢強く、「体調が悪いかも」と気づいたときには、病気がすでに進行していることが多いのです。
ペットに定期的な受診・健康診断を受けさせる
ペットが健康なうちから動物病院で健康診断などを定期的に受けさせ、病気の早期発見に努めることが大事です。また、ペットの感染症予防としてワクチンや駆虫薬などの投与についても、かかりつけの先生とぜひ相談してみるとよいでしょう。
野山に入らない
野山に入らないことで、野生動物やその排泄物とペットとの接触という感染リスクを避けることができます。
ペットから病気がうつってしまった場合の対処法
ペットから病気がうつった場合は、人の医療機関で適切な治療を受けるようにしましょう。過度な心配は不要ですが、動物由来感染症の可能性を医療機関で伝えることをおすすめします。その際は、「飼っているペットが、〇〇のような症状を示しています」などと具体的に伝えるとよいでしょう。そして、飼い主自身が、感染症の確定診断を受けると同時に、ペットの治療も動物病院で進めていくようにしてください。
動物由来感染症の注意点
動物由来感染症に感染している動物は、無症状、もしくは軽い症状しか現れないことがほとんど。そのため、感染に気づきにくく、対処が遅れがちになるのが注意したいところです。
また、これは感染症全般に言えることですが、子どもや高齢者、持病持ちの方など、免疫力が低い方は感染症にかかりやすくなります。子どもや高齢者のいらっしゃるご家庭の場合は、ペットが動物由来感染症にかかっていないかどうかを、動物病院でこまめにチェックすることが重要です。