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作家、獣医師。15歳の時に書いた第44回講談社児童文学新人賞佳作を受賞し、作家デビュー。一方、麻布大学大学院獣医学研究科で博士号を取得、獣医師としても活躍。
犬や動物と関わる仕事として、まず「獣医師」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。獣医師は動物病院で働く以外にも、多岐に渡った業務があります。
獣医師の業務内容や、獣医師になる方法、志望校の選び方や学費の違い、獣医学部の魅力や苦悩、やりがいや将来性についてご紹介します。
目次
- 獣医師の具体的な仕事内容
- 獣医師になるまでの道のり
- 獣医師に求められる能力や適性
- 獣医学科のある大学合格に向けた高校の選び方、課外活動
- 獣医師になるためにかかる費用(獣医学科の学費)
- 獣医学科のある大学に合格するための志望校選び
- 獣医学部ならではの魅力
- 獣医師になるため、獣医学科での勉強で難しいこと
- 獣医師を目指す人におすすめの本
- 獣医師が語る、仕事のやりがい
- 獣医師の将来性
- 獣医師の仕事を目指す前に、心得てほしいこと
獣医師の具体的な仕事内容
「獣医師」と聞くと犬や猫などの「動物のお医者さん」といったイメージが強いかと思います。しかし、動物病院におけるペットの診療業務以外にも、獣医師の仕事は多岐に渡ります。
獣医学科を卒業した後の進路は、大きく3つに分けられます。
主な獣医師の働き方
- 小動物臨床獣医師
→犬や猫などのコンパニオンアニマルの診療を行う獣医師です。全国の動物病院や、大学の動物病院などに就職します。
- 産業動物(大動物)臨床獣医師
→牛や馬、豚の診療を主に行う獣医師です。全国の農業共済や、養豚場、競馬場などに就職します。
- 公務員(行政)獣医師
→食品安全と動物福祉の確保、感染症対策などの公衆衛生を守る獣医師です。地方公務員と国家公務員の2種類に分けられます。地方公務員は、保健所などで保護した犬猫を扱ったり、食品の衛生業務に従事したりします。国家公務員は、農林水産省もしくは環境省にて、貿易業務や環境保全活動などを行っています。
そのほか、製薬会社などの企業、動物園、水族館などに就職する、大学院に進学する、といった進路もあります。
もともと獣医師は、「人間の役に立つ動物」を管理する仕事がメインでした。軍事用の馬や、酪農や家畜の健康管理を、獣医師が担っていました。
今は、昔のように軍事用に馬は使われなくなりましたが、競馬などの馬の管理は、獣医師が携わっています。また食品の安全性を担保する公衆衛生の現場では、専門的知識を持った獣医師が、動物由来の感染症を防ぐため研究・検査しています。
このように動物病院以外にも、様々な場所で数多くの獣医師が活躍しています。
獣医師になるまでの道のり
獣医師になるには、獣医学科に入学し、6年間大学で勉強したのち、「獣医師国家資格取得試験」に合格し、獣医師免許を取得しなければなりません。
そもそも、国内に獣医学科のある大学は、国公立が11校、私立は6校のみです。そのうち国公立大学は定員が40名ほど、私立大学は120名ほどと、定員が少ないため、大学入試時の倍率は非常に高いです。
国立大学 (10校) |
市立大学 (1校) |
私立大学 (6校) |
北海道大学(北海道) | 大阪府立大学(大阪府) | 酪農学園大学(北海道) |
帯広畜産大学(北海道) | 北里大学(青森県) | |
岩手大学(岩手県) | 日本獣医生命科学大学(東京都) | |
東京大学(東京都) | 日本大学(神奈川県) | |
東京農工大学(東京都) | 麻布大学(神奈川県) | |
岐阜大学(岐阜県) | 岡山理科大学(愛媛県) | |
鳥取大学(鳥取県) | ||
山口大学(山口県) | ||
宮崎大学(宮崎県) | ||
鹿児島大学(鹿児島県) |
海外の大学で獣医学の勉強をし、国家試験受験資格を得ることができる場合もありますが、いずれにせよ、最終的に国家試験を受けて合格しなければ獣医師とは名乗れません。
国家試験の合格率は、過去5年を平均するとおおよそ80%です。新卒者だけに限るとおおよそ90%ですが、昨年度の第74回は新卒者だけでも81.1%と合格率が落ち込んでいます。
獣医学科への入学や国家試験の合格など、獣医師への道のりにはいくつかの難関があります。
獣医師に求められる能力や適性
獣医師に向いている人
- コミュニケーション能力のある人
- ハードな業務、動物の辛い側面にも向き合う覚悟のある人
「動物が好きだから」という理由で獣医師を目指す人が多いとは思います。しかし、獣医師は動物とだけではなく、人間とも円滑なコミュニケーションが図れる人のほうが向いています。
たとえば、動物病院で働く獣医師も、診察対象は犬や猫などのペットですが、実際に関わる相手は飼い主です。飼い主にどんな様子だったかを聞いたり、治療方針を相談したりするだけでなく、治療代金を支払ってもらわなくてはなりません。
また、獣医師は動物の辛い側面にも向き合わなければいけないし、業務内容もハードです。
獣医師の仕事は、動物の可愛い面ばかりを見られるわけではありません。診療で犬や猫に注射をしたり、時には押さえつけたりする必要があり、咬まれたりひっかかれたりすることも多いです。大好きな動物から嫌われることもあります。
当然ながら助けられない命もあります。
急患や入院動物がいたら、夜中まで働かなければならないこともあります。動物の生死に関わる仕事なので、もちろんプレッシャーやストレスもあります。
その割には、平均年収は600万円ほどで、なるまでの投資額や困難さ、労働時間と比べたら割りの良い仕事とは言えないかもしれません。
憧れの獣医師になってから現実に直面し、つらくなってやめてしまってはもったいないです。
獣医師に向いていない人
動物が好きだけれど人間は苦手、または動物が好きすぎて苦しむ姿は見たくない、という方にはあまり向いていないかもしれません。
獣医師になったあとの進路までしっかり想像力を持って考え、それでも獣医師になりたいかよく考えたほうがいいでしょう。
獣医学科のある大学合格に向けた高校の選び方、課外活動
獣医学科の入試・高校の選び方
私立大学の獣医学科への入学には、AO入試や推薦入試などもあります。推薦入試での入学を目指す場合、高校で優秀な成績を修め、一定以上の内申点が必要となります。
獣医学科を目指して高校を選ぶ際は、大学合格実績で獣医学科に進学した人がいるか、指定校推薦を行っているか、などを判断材料にしてもよいでしょう。
一部の私立大学では、附属高校がある場合もあります。附属高校で優秀な成績を修めれば、内部進学者として獣医学科に進学できる場合もありますので、見学に行って聞いてみてもよいでしょう。ただし、どの場合も、高校でしっかりと成績を残すことが必須条件です。
また、AO入試を狙う場合には、課外活動に力を入れるのもよいでしょう。
動物病院の見学
動物病院によっては、高校生の見学を受け入れてもらえる場合もあります。
大学側は、獣医学科に進学したのち、「獣医師として働いてくれる」人材を求めています。現実を知らず憧れだけで入学し、獣医師として働く道を諦めてしまうリスクの高い子には合格を出せません。
獣医師が働く現場を実際に見学し、「しっかり現実を知っておく」ことは自分のためにもなりますし、大学側も安心して合格を出しやすくなるのではないでしょうか。
獣医師になるためにかかる費用(獣医学科の学費)
先述したとおり、獣医師になるためには、通常、獣医学科に進学し、大学に6年間通う必要があります。進学には、学生一人では賄うのが難しい金額がかかります。
以下についてしっかり確認、検討しておきましょう。
- 入学金
- 授業料や教科書代など学費
- 一人暮らしをする場合の費用
- アルバイトが可能かどうか
国立大学に進学できたとしてもお金はかかります。私立大学の場合は、学費だけで年間約200万円〜、初年度はさらに入学金がかかり、それ以外に高額な教科書も毎年購入する必要があります。
家の近くに獣医学科のある大学がなく、実家から通えない場合は一人暮らしをする必要もあるでしょう。奨学金制度もありますが、私立大学でかつ一人暮らしが必要な場合、奨学金だけではすべてを賄うことができません。
低学年のうちはアルバイトができるかもしれませんが、実習が忙しくなったり、研究室に所属し始める高学年からは、アルバイトも難しくなる場合もあります。近県から通学していた人でも、高学年になり忙しくなって一人暮らしを始めるというケースも少なくありません。
私も、片道2時間かけて通学していましたが、苦しくなって結局大学2年生から一人暮らしを始めました。
いずれにしても、保護者の資金援助が必要な場合がほとんどですので、進路を決める際には保護者としっかり相談しましょう。
獣医学科のある大学に合格するための志望校選び
先にも述べましたが、獣医学科のある大学は、国立・私立を合わせても全国に17校しかありません。獣医師になるためには、まずそれらの大学に受かり、入学する必要があります。
志望校は、自分の学力や通いやすさ、学費の面などから考えるとよいでしょう。
国立大学を受験する場合
国立大学の受験は、科目が多いです。大学入学共通テスト対策も必要になります。ただし、地方の国立大学の場合、受験科目が少ない場合もありますので、通えるのであれば調べてみるとよいでしょう。
私立大学を受験する場合
私立大学の受験は、国立大学に比べて科目は少ないです。英語・数学・理科だけで受けられる大学もあります。早めに私立専願を決めて、その3教科だけみっちりやる、といった方法をとることも可能です。(大学入学共通テストを利用した入試を受け付けている私立大学もあります。)
私が受験した2006年頃はまだ岡山理科大学の獣医学部がなかったため、私立は5校しかありませんでした。酪農学園大学(北海道)は親に反対され、北里大学も2年生からは青森の十和田湖近くのキャンパスになると聞き、東京の自宅から通学圏内の大学を目指しました。
どの学校を選んでも、住んでいる地域によっては一人暮らしもしくは下宿が必要になることがあります。自宅から通えたとしても、私立大学では学費がかなりかかります。
よって、志望校選びも、保護者との相談が必要です。
獣医学部ならではの魅力
様々な動物とのふれあい・他学科にはない体験
授業や試験、実習や研究室活動はそれなりにハードなこともありますが、牧場実習や解剖実習など、他の学科ではなかなかできないような体験ができるのが魅力です。
私が通っていた麻布大学も、当時1年生から入れる研究室があったり、1年生から牛や豚に触れ合える実習がありました。
大学2年生の夏休みに行った、牧場での2週間実習を今でもよく覚えています。私は友人と山形の黒毛和牛の農家さんにお世話になりました。山形は盆地で、東北なのに非常に暑さが厳しく、汗だくになって牛のお世話をする日々でした。大変でしたが、合間に仔牛や枝肉のセリに連れて行ってもらったり、農家さんが育てた黒毛和牛の焼肉を御馳走してもらったりと、いろんな体験ができました。
大学5年生では、台湾の獣医学科のある大学に交換留学をしました。カメの採血実習や中医学の講義など、日本では体験できないような経験ができました。そのときに知り合った友人とは、その後も連絡を取り合い、国を行き来して家族ぐるみの付き合いが続いています。
卒業後に獣医師として頑張る仲間との出会い
また、就職先は多様ですが、同級生のほぼ全員「獣医師」という同じ職種になります。卒業後、学会に参加すると、全国各地で頑張っている同級生たちと会えました。全国に仲間がいると思うと心強いものです。
特に国立大学の場合は、1学年が30〜40人ほどの少人数制なので、高校のクラスのように全員仲良くなることもあるそうです。国家試験前は全員で協力して、専門分野を授業し合う、という話も聞いたことがあります。
私は私立大学だったので、1学年150名ほどおり、全員と仲良し、というわけではありませんでしたが、研究室の同期とはいまだに連絡を取り合っていますし、研究室の教授にもときどき会いに行っています。
獣医師になるため、獣医学科での勉強で難しいこと
勉強や定期試験は、大変です。覚えなければならないことも多く、単位が取れずに留年する人や、心を病んで休学する人も一定数いました。
また、少なくなりつつありますが、実習では本物の動物を使うこともあります。精神的にダメージを受ける人もいるかもしれません。
私も、大学2年生のときの解剖学の実習が思い出深かったです。ホルマリン漬けにされた犬を解剖しながら、筋肉や神経の構造を学びました。
試験では、ホルマリン漬けの犬体が並んでおり、次々場所を移動してピンで示された筋肉名を答えていく問題が出されました。時間制限があり、スタートする番号も人によって違うため、焦って解答を書く欄を間違えて追試になった人もいました。
在学中は、毎年初夏になると、学校内のどこからともなくホルマリンの匂いが漂ってきて、「ああ今年もこの季節なんだなあ」と懐かしく思い出していました。
獣医師を目指す人におすすめの本
自著になりますが、『ただいまラボ』(講談社、2015年発売)※1と『動物学科空手道部1年高田トモ!』(双葉社、2008年発売)※2を読むと、獣医学科や動物にまつわる職業のイメージが湧きやすいかと思います。
『ただいまラボ』では獣医学科の研究室の日常を描きました。獣医学科を目指す方だけでなく、理系の研究室の雰囲気を知りたい方におすすめです。
『動物学科空手道部1年高田トモ!』(以下シリーズ全3冊)は獣医学科ではありませんが、動物に関することを学ぶ学科のキャンパスライフを描いています。こちらも獣医師に限らず、動物に関わる仕事に就きたい方におすすめです。
※1:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000320163
※2:https://www.futabasha.co.jp/book/97845755166780000000
獣医師が語る、仕事のやりがい
動物病院にて獣医師として働いていますが、すべての犬猫を助けられるわけではありません。つらいことや苦しいことはもちろんありますが、いろんな病気で苦しんでいた動物が、治療の甲斐あって少しでもよくなると嬉しいです。
また、大切に飼われているペットたちは、愛されている自信がみなぎっていて、満ち足りた顔をしています。そんな顔のペットたちに日々接するのも嬉しいことのひとつです。
そんな幸せに暮らすペットが少しでも増えるように、パピークラスやマナーレッスンを行ったり、正しい犬猫の飼い方をオーナーさまにお伝えしたり、日々積極的に活動を行っています。幸せに暮らすペットを増やすことが、私の獣医師としての願いであり、やりがいです。
獣医師の将来性
食の安全に関わる仕事は今後もなくなることはないでしょう。また、犬猫などのコンパニオンアニマルの診療業務も、完全にAI化するのは困難なので、そういった意味で獣医師の仕事はなくならないと言えるのではないでしょうか。
ただし、動物病院は企業化の流れが進んでいます。個人の動物病院を開業するのは、どんどん難しくなっていくかもしれません。ゆくゆく自分で動物病院を開業したいと思う方は、場所選びや専門性を出すなどの戦略が必要になるでしょう。
また、家事や育児との両立など、ライフワークバランスやキャリアの形成についても考えておく必要があります。
動物病院勤務の場合、大抵午後の診察が終わるのは20時など、夜遅くなります。育児を主に担う場合は、午後の勤務が難しくなるので、職場の環境次第では、働き続けるのが厳しい場合もあります。
獣医師の仕事を目指す前に、心得てほしいこと
獣医師という職業は、憧れが先行する職業だと私は思います。だからこそ、今回のコラムでは少し厳しい現実も書きましたが、獣医師は素晴らしい仕事だということは間違いありません。
一方で、動物の生死を扱う仕事を選んだ場合、時には夜中も緊急対応が必要なこともあり、気が休まらないことが多いハードな仕事でもあります。海外では、獣医師の自殺率は平均と比べて約4倍と、飛び抜けて高いという報告もあります。
そのうえ平均年収も決して高くはありません。人間の医師と同様、6年間大学で学ぶ必要がありますが、卒業後の平均年収は600万円ほどと言われています。(ちなみに医師の平均年収は1450万円ほどだそうです。)
根本には「動物が好き、動物を助けたい」という情熱があると思いますが、労働環境やストレスにより情熱の火が消えた時、心が折れる人もいるという現実は否めません。
獣医学科を進学先に選んだ場合、卒業後に獣医師以外の職業に就く可能性の幅はかなり狭まってしまいます。迷っている場合は、どこでもいいので実習や見学を行い、自分が将来獣医師として働いている姿を想像できるか、しっかり考えた方がよいでしょう。
また、精神的な強さを求められる職種、そして動物だけでなく、人間を相手にコミュニケーションを取らなければならない職種だと心得ましょう。
それでもやっぱり獣医師になりたいと思うなら、迷わず勉強してください。獣医師として一緒に働きましょう!