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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
愛犬が何もないところで吠えたり、首をかしげていたりすることはありませんか? 実は、犬は耳がよく、人間には聞こえない高周波の音(超音波)が聞き取れると言われています。今回は、ヤマザキ動物看護大学で動物行動学を研究する獣医師の茂木千恵先生に、人間には聞こえないけれど犬の耳には聞こえている音を6つ紹介していただきます。犬と人間の聴覚の違いをおさえて、愛犬がリラックスして過ごせる環境を作ってあげましょう。
目次
- 犬と人間の聴覚の違いとは?
- 犬種や耳の立ち方による聴力の違いはある?
- 犬の耳にだけ聞こえている音1:超音波ネズミ除け
- 犬の耳にだけ聞こえている音2:IH調理器作動音
- 犬の耳にだけ聞こえている音3:遠くから聞こえる高音のエンジン音
- 犬の耳にだけ聞こえている音4:小型げっ歯類(野生のネズミ)の発する声
- 犬の耳にだけ聞こえている音5:軒先の風鈴の音
- 犬の耳にだけ聞こえている音6:ドライヤーの音
- 犬が人間に聞こえない音を聞いているときのしぐさとは?
- 耳がよい犬のために気をつけること
犬と人間の聴覚の違いとは?
犬と人間では、以下のように聞こえる音の高低(周波数)や、音の大きさ(音圧レベル)が異なります。
人間と犬、聞こえる周波数の違い
- 人:16~20,000Hz
- 犬:65~50,000Hz
人間は犬よりも低い音(低周波音)を聞くことができますが、犬は人間よりもより周波数の高い音(超音波)を聞き取ることができます。これは、小型げっ歯類など獲物の甲高い音に耳を傾けるように進化したためです。
人間、犬の聞こえる音の大きさの違い
- 人:最低0dB
- 犬:最低-5dB
音の周波数が高くなると、犬は人間よりもさらに小さい音量を聞き取ることができます。周波数500~8,000Hzの範囲に当てはまる音であれば、人間よりも13~19dB低い静かなノイズも聞くことができます。
聞こえ方の違い
人間の耳は、さまざまな方角からの音を、広く均一に拾うことができる形状をしています。一方、犬は人間とは大きく異なる耳介を持っており、音がどこから発生しているか探るには、耳介の位置を変える必要があります。幸いなことに、犬の耳介は18もの筋肉によって思いのままに動かせるので、音の正確な位置に焦点を合わせることができます。
音を聞き分ける能力の違い
聞き取り可能な音圧レベルの周波数の範囲内で、最も低い点の周波数を「最適周波数」と言います。人間の耳の最適周波数は2,000Hzで、人間の発話の周波数域のちょうど真ん中にあります。一方、犬の最適周波数は8,000Hz。獲物となる小動物の発する音を聞くのに適しています。
しかし、可聴範囲が広い動物は、聞こえる周波数内の2つの音を聞き分ける能力が低いのが一般的です。そのため、犬は同時に聞こえる音の聞き分けが苦手と言えるでしょう。人間は哺乳類の中では可聴範囲は狭いほうですが、その代わりに音を聞き分ける能力は高いと言えます。
犬種や耳の立ち方による聴力の違いはある?
犬種や耳の形状による、聴力の差はないと言われています。ただし、人間に聞こえる音で実験したときに耳の立ち方によって差が出なかったというだけで、実際は異なっているかもしれません。垂れた耳の犬は、音が耳道を入ってくる方角が限られるので、耳を動かしたり頭を傾けたりして音源の方位をつかんでいると言われています。
犬の耳にだけ聞こえている音1:超音波ネズミ除け
「超音波ネズミ除け」は、げっ歯類に聞こえる周波数の音を大きい音圧で発生させ、ネズミに嫌悪感を抱かせ近づかせないようにする機器です。人間には聞こえませんが、犬は聞き取ることのできる周波数なので、常に聞こえているとストレスになる場合があります。
犬の耳にだけ聞こえている音2:IH調理器作動音
電磁誘導加熱式(IH)調理器は、製品によっては数千Hz~数万Hzの中間周波磁界を発生させています。この周波数も多くの場合、犬の可聴領域に含まれます。IH調理器を使用中にのみ聞こえるため、犬は調理中の合図として理解していることが多いようです。至近距離では、雑音と感じていると推測されます。
犬の耳にだけ聞こえている音3:遠くから聞こえる高音のエンジン音
キーンという高い回転音は人間にも聞こえますが、犬は人が聞き取れないほどのかすかな(小さい音圧の)エンジン音でも聞き取ることができます。
犬の耳にだけ聞こえている音4:小型げっ歯類(野生のネズミ)の発する声
ネズミをはじめ、小型げっ歯類の発する声は、高周波でかすかな音として犬に聞こえています。こうした小動物は、もともと犬にとっては獲物。小型げっ歯類が発する音を聞き取れるよう聴力が進化したため、聞き取るのが得意です。犬が本能的に注意を向けたくなる、発生源の方位を確認したくなる音と考えられています。
犬の耳にだけ聞こえている音5:軒先の風鈴の音
犬は高周波を敏感に感じ取ることができ、人なら聞き逃すような音も聞き取っています。なかでも、金属の発する音は高周波を含むため、たとえかすかな音であっても反響しながら耳に届きます。遠くの家の軒先に下がった風鈴の音などは、犬にとって環境雑音として聞こえていると思われます。
犬の耳にだけ聞こえている音6:ドライヤーの音
ドライヤーを使うと、モーターファンが回転するときに高周波音が発生します。犬は高周波を敏感に感じ取るため、こうした音にも反応します。音が聞こえるのはドライヤーの使用中のみですが、音圧が大きいと不快に感じるでしょう。長時間聴き続けると聴覚に影響する懸念が生まれます。高周波によってマイナスイオンを発生させる装置が付属し、使用中に音が発生する機種では、さらに影響があるでしょう。
犬が人間に聞こえない音を聞いているときのしぐさとは?
犬が次のような行動を取っているとき、人間には聞こえない音によって不安になったり興奮したりしているかもしれません。
何もないところで吠える
犬が「ワン」と吠えるのは、注意喚起や警戒といった意図があります。聞こえる音によって生理的に不安になったり、過去の経験から嫌な思い出を想起したりする場合、何もないところで吠えることがあるでしょう。
遠吠えする
犬が遠吠えをする理由は、遠くの同輩が発する遠吠えを聞いている、あるいはよく似た周波数の音が聞こえてきて、同調したくなったからだと思われます。遠吠えは、森の中に散らばった仲間に対する狩りを始める合図だったり、群れ以外の動物が縄張りに侵入するのを予防する意味で発せられたり、気分が高まっているときに発せられたりすると考えられています。
首をかしげる
犬は耳介が大きいため、音が全方位から均一に伝わりません。音が聞こえてくると、その発生源を定めるために耳の位置をずらし、伝わり方の変化から方位を割り出すことができます。正面に立っている人から発せられたことが明らかな場合に首をかしげるのは、音の内容を確かめるためでもあります。
凝視したり震えたりする
凝視する、震える、パンティング(あえぐような呼吸)をするなど、不安を示すしぐさが突然起こる場合、私たち人間が関知できない音が聞こえているのかもしれません。ただし、犬は嗅覚も人間より優れているため、一概に音を聞いているためとは言えません。不安を感じさせる匂いを嗅いだことで、そのようなしぐさをしている可能性もあります。
耳がよい犬のために気をつけること
耳がよい犬は、不快な音にさらされることでストレスを感じるかもしれません。気になるときは、以下のようなケアをしてあげましょう。
頻繁に音がする場所から離してあげる
犬の耳にとって、高い音は特に大きな刺激になります。長時間大きな音が聞こえていると、聴覚障害の懸念も出てくるので、犬が自由に場所を移動できるよう通路を確保しましょう。
リラックスできる空間を作ってあげる
周囲の音をシャットアウトできるよう、犬のための狭い空間、すなわちハウスを用意してあげることが大切です。活動時には気にならないような音でも、休息したいときに聞こえてくるとリラックスできません。犬は浅い眠り(レム睡眠)が多く、ちょっとした刺激でも覚醒してしまいます。落ち着いて休息できない環境で長期間飼育されると、攻撃的になったり不安そうにしたりと、ストレスを受けた状態が見られるようになってしまいます。
楽しくなるようなやり取りを始める
音を遠ざけたり伝わりにくくしたりすることが難しい状況では、飼い主が率先して犬が楽しめるような活動を始めましょう。例えばご褒美を使った号令遊び、長持ちするおやつや仕掛けおもちゃで遊ばせるなど、不快な音がかき消されるようなやり取りをすることで、犬の気持ちが不快な音にフォーカスするのを遮ることができ、逆に楽しい時間にすることも可能です。
飼い主の声色が犬に影響を与える
犬は飼い主の声に反応します。飼い主が幸せそうな声で話すとき、犬は幸せに反応しますし、飼い主が低く否定的な声で話せば、犬は恐れや防御の反応を示します。犬に接する際は、声に感情を乗せて表現すると意図が伝わりやすくなるでしょう。
ちなみに、携帯電話は300Hz~3,400Hzの音を通します。この周波数は犬の可聴域ですが、音圧が低いかすかな音だと聞き取ることができません。そのため、犬に携帯越しに高い声で呼びかけても反応できないこともあります。