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神経病・てんかんの診療に力を入れる。重要な診断ツールで行動学的との鑑別にも役立つ脳波検査も実施。一般診療に従事しつつ、神経病に悩む動物の診療・手術を実施。
愛犬が急にぐるぐる回ったり、よろけたり、まっすぐ立っていられなくなったら、もしかしたら“めまい”のような状態が起きているのかもしれません。
このような症状を起こす「前庭疾患」は、犬種や年齢に関係なく発症する可能性があって、しかも犬にとってとても辛い症状なんだそう。だから万が一のときに適切に対処できるように、すべての犬の飼い主に知っておいて欲しい!
そこで今回は、『前庭疾患』をテーマに、犬の神経病学に詳しい小滝橋動物病院グループ 大竹獣医師にお話を伺ってきました。
前庭疾患とはどんな病気なのか、原因や治療、予後についてもおしえてもらいましょう。
目次
- 前庭疾患は平衡感覚が侵される“めまい”のような病気
- 脳梗塞や脳出血、てんかん等、よく似た症状の他の病気もあるから、早急に診察を!
- 前庭疾患の原因を特定するための検査
- 治療は原因や症状に応じて投薬や手術など
- 前庭疾患は治ることも、治らないこともある
- 特発性前庭疾患の治療と経過例、17才・柴犬のケース
- 自宅療養、看護で注意すること
- 前庭疾患にならないための予防対策は、耳のケアと歯みがき
- さいごに:愛犬のために病気について知っておいて欲しい
前庭疾患は平衡感覚が侵される“めまい”のような病気
――愛犬がぐるぐると回ったり、よろけたりする症状が急に現れたら何事かと驚いてしまいそうですが、前庭疾患ってどんな病気ですか?
前庭疾患には、「末梢性」と「中枢性」がある
大竹大賀先生(以下、大竹):前庭疾患はぐるぐると一方向に回り続けたり、首が傾いてもとに戻らない、眼球が揺れたり回転する、というのが主な症状です。
私たち人間にも犬にも、耳の中の鼓膜の奥にある内耳には、蝸牛(かぎゅう)、前庭、三半規管があります。
この前庭と三半規管は、脳幹や小脳の一部と神経でつながって連携をとる「前庭系」と呼ばれていて、身体のバランスを保ったり、眼を正常な位置に保ったりするための平衡感覚を司っています。
『前庭疾患』は、これらの平衡感覚を司る領域に何らかの理由で異常が発生して平衡感覚を損ない、めまいやふらつき、眼振などの神経症状が現れる病気です。
また前庭疾患は、異常が起こった部位によって「末梢性前庭疾患」と「中枢性前庭疾患」に分けられます。
末梢性前庭疾患は、前庭や三半規管など内耳側の前庭系が侵されて障害が起こります。原因には中耳炎や内耳炎が多く、内耳の腫瘍や外傷などもあります。前庭疾患と診断されるケースでは、この末梢性のものが多いです。
また、さまざまな検査をしても原因となる疾患が特定されないものがあり、これを「特発性前庭疾患」と呼びます。高齢の犬に多いため「老齢性前庭疾患」とも呼ばれます。
一方、中枢性前庭疾患は、主に脳(中枢)側が侵されて障害が起こります。原因は、若齢犬では脳の炎症や先天性疾患(重度の水頭症や小脳形成不全など)・小脳変性症などによるものが多いですが、高齢になると脳梗塞や脳腫瘍が多くなります。また、頭部外傷、感染症なども原因になります。
――異常が起こる部位によって分けられる『前庭疾患』、症状について、もっと詳しく教えてください。
前庭疾患の症状は、人間の“めまいのような状態”
大竹:前庭疾患では、主に次のような症状が現れます。
・首をかしげたようになり頭が斜めに傾く(捻転斜頸)
・黒目が回転したり、上下や左右に小刻みに揺れる(眼振)
・ふらついたり、頻繁につまづくようになる
・直立できず倒れる、横転する
・1方向にぐるぐる回る(旋回)
・嘔吐や食欲不振 など
このような症状は前触れなく急に現れることがほとんどなので、飼い主さんは驚かれることでしょう。
しかし、大きな声を出してわんちゃんの身体を揺らしたりせずに、わんちゃんが落ち着けるようにやさしく声を掛けてあげてください。
また、パニックになって立っては倒れてを繰り返す子もいるので、転倒してケガをしないように気を付けて見てあげてください。
犬は、人間でいうところのめまいや乗り物酔いが起こっているような状態です。平衡感覚を失って身体がグワングワンと回っているような感覚にありますので、急に抱き上げたり、姿勢を変えるようなことはしないで、壁にもたれ掛けさせてあげたり、クッションなどで身体をやさしく支えてあげてください。
――前触れなく急に現れる症状、まずは落ち着いて、わんちゃんがケガをしないように見守ったり、サポートすることが大切なんですね。
脳梗塞や脳出血、てんかん等、よく似た症状の他の病気もあるから、早急に診察を!
大竹:捻転斜頸や眼振などの症状は、脳梗塞や脳出血など脳の疾患でも起こります。また同じ方向にぐるぐると回り続ける旋回の症状は、高齢犬に見られる認知症などの大脳疾患でも起こります。
さらに前庭疾患と間違われやすい病気に「てんかん」がありますが、てんかんはほとんどが5分以内に症状がおさまるのに対し、前庭疾患は24時間~数日と持続的であることがほとんどです。
前庭疾患なのか他の病気なのかは、場合によっては見分けが難しいことがあります。さらに疾患によっては緊急を要することがあるので、症状が現れたらできるだけ早急に動物病院へ連れていくようにしてください。
発作を起こしているわんちゃんを移動するのは大変ですが、可能な限りわんちゃんを動かさないように、安定できる姿勢を維持してあげながら病院に連れてきてください。
――前庭疾患か他の病気か、見分けることが難しい時、どのような検査をするのでしょうか?
前庭疾患の原因を特定するための検査
大竹:ふらつきや眼振などの症状が現れたら、まずは問診や身体検査、犬の姿勢や歩き方をチェックしたり脳神経機能などを調べる神経学的検査、外耳から鼓膜までを調べる耳鏡検査、身体の状態を調べる血液検査やレントゲン検査などを行っていきます。
血液検査やレントゲン検査では、神経症状を起こすような他臓器の異常がないか、さらに治療に使用する薬剤に耐えられるか、麻酔処置に耐えられるかなどの確認も同時に行います。
これらの検査結果や症状の特徴などから、病変発生部位を予想して、その後のさらなる診断的検査・治療方針を検討します。
また高齢の犬に多い特発性前庭疾患の場合は、上記の検査で異常が見つからないことが多いのですが、以下のような特徴があります。
✓意識がはっきりある
✓足の姿勢感覚があること(麻痺がない)
✓平衡感覚の障害が強く出ている
✓高齢である
診断的検査に進む際は、原因を特定するために全身麻酔下でCT検査やMRI検査を行うこともあります。例えば意識レベルが下がっていたり四肢や顔面の麻痺を伴ったりしている場合は、脳に病変があるかもしれないと疑い、MRI検査が推奨されます。
しかしCTやMRIでの検査は比較的高額(一般的にペットの医療保険は適応となります)な検査であることや、全身麻酔によるリスクもあります。さらに原因を特定できても、脳の障害では、苦痛を和らげる対症療法しかできないケースがあるため、獣医師と相談して決めることになります。
全身麻酔による処置は飼い主さんにとっては心配でしょうが、最近は麻酔の安全性が高まり、しっかりモニタリングもできるようになっています。リスクがないとは言えませんが、安全に麻酔をできるかどうかは事前に確認もしますし、極端には心配しないでよいかと思います。
――獣医師と相談しながら原因を特定、診断的検査や治療方針が進められると知って安心しました。具体的な治療はどのように進められるのでしょうか?
治療は原因や症状に応じて投薬や手術など
大竹:前庭疾患の治療は、検査によって原因が判明すれば、その原因に対して行っていくことになります。
内耳炎やポリープなどの場合は、投薬や手術で治療していきます。
しかし脳腫瘍をはじめ脳幹・小脳などに障害が見つかった場合は、手術ができないこともあります。そのようなケースで飼い主さんが放射線治療などの他の積極的な治療方法を希望しない場合は、わんちゃんの苦痛を和らげる対症療法だけをすることになります。
一方シニア犬に多い特発性前庭疾患には、明確な治療法がありません。そのため、吐き気止めなどの投薬で、今起こっている症状を抑えながら自然回復を待つような形になります。
――特発性前庭疾患は自然回復を待つ…、前庭疾患になったら治る可能性はあるのでしょうか?
前庭疾患は治ることも、治らないこともある
大竹:前庭疾患の予後は、原因によってさまざまです。
中枢性の前庭疾患では、原因となる病気やその進行によります。治療が困難な場所にある腫瘍や、高度な治療・長期に渡る治療が必要なケースでは特に、高齢のわんちゃんだとその治療に耐えられるかと思い悩む飼い主さんもいらっしゃいます。
積極的治療が困難なこのようなケースで、前庭疾患などの症状が強く出ていて改善の見込みがないと判断される場合は、時として安楽死を視野に入れることもあるでしょう。
特発生を含む末梢性の場合は、私が担当した患者さんでは、少し首の傾きが残ってしまうような後遺症が残ってしまう子もいますが、およそ9割の子が日常生活が送れるほどに回復しています。
回復までの期間は、発作症状が強かった子や老齢になるほど時間がかかる傾向にあります。中には、大きな後遺症が残り、介護が必要になるわんちゃんもいます。
――先生が診察した高齢のわんちゃんについて、治療と予後を教えていただけますか?
特発性前庭疾患の治療と経過例、17才・柴犬のケース
大竹:特発性前庭疾患と診断したわんちゃんのケースを紹介したいと思います。
17歳とハイシニアの柴犬でした。明け方に突然ぐるぐると一方向に回転しはじめ、その際に眼球が左右に揺れる眼振も起こしていました。その後、数回嘔吐してしまい、すぐに診察に来られました。
すでに認知機能障害症候群の症状があるわんちゃんでした。
病院内では自力で立って歩けるものの、ふらつきが強く、また、首が左下に傾いてしまう捻転斜頸も見られました。
身体一般検査、血液検査、エックス線検査および耳鏡検査を行った結果、末梢性前庭障害を示唆する所見があり、年齢や犬種なども総合的に判断して「特発性前庭障害を強く疑う」と診断しました。
この時点では中耳炎・内耳炎の可能性も否定できなかったため、抗生剤を含めた内服薬による治療を開始し、自宅療養となりました。
5日後の再診では改善傾向が見られました。
ある程度症状が安定した段階でリハビリテーションも加え、発症から1カ月後、若干の斜頸は残りましたが、日常生活への影響がほぼなくなったことから治療を終了しました。
自宅療養、看護で注意すること
――前庭疾患は治るケースが多いと聞いて少し安心しました。でも、回復するまでのお世話は大変そう。おうちでの看護の注意点はありますか?
療養中はとにかく安静に。ケガをしないように気を付けてあげて
大竹:前庭疾患の治療は、とにかく安静にしてあげることが重要です。
同じ姿勢で寝たきりの状態が続くので床ずれに気を付けてあげて、歩けるようだったら、転倒してケガをしないように気を付けてあげてください。留守番などでひとりにさせる際は、ケージなど狭い場所にいてもらいましょう。
また首が傾いてしまう捻転斜頸の症状のせいで、食事をしたり水を飲もうとしても上手にできないことがあります。口元まで持って行ってあげるなどサポートしてあげてください。
症状が強く出ているときは、わんちゃんは食事を摂れるような状態でないことも多いので、もし口から栄養が摂取できないような場合は、症状が落ち着くまで鼻から食道まで管を通す経鼻カテーテルを設置して給餌や投薬をします。
――おうちでの療養は安静することが大切なんですね。でも、どうしても留守番が必要なときや、経鼻カテーテルの設置と聞くと、心配です…。
看護は大変だから無理をしないで、動物病院を頼ってOK!
大竹:前庭疾患はその症状から目を離せない、という飼い主さんが多いものです。
特発性前庭疾患であれば、ほとんどの場合付きっ切りで看ないといけないのは2、3日ほどです。発症してから多くは24時間、長くても2、3日のうちに症状のピークは過ぎて、少しずつに改善が見られることが多いので、どうか心配し過ぎないようにしてください。
それでも看護は大変です。私が担当したケースでも、心配で眠れないという方がたくさんいました。日常生活を問題なく送れるまで回復する期間はわんちゃんによってさまざまですが、中には数カ月単位になることもあります。
しかし、わんちゃんの看護で飼い主さんが体調を崩されたり、精神的に参ってしまうのはよくありません。だから、できるだけ頑張り過ぎずに動物病院を頼ってください。お留守番をさせるのが心配なときも、動物病院で入院看護をするという選択肢がありますので、獣医師に相談してください。
前庭疾患にならないための予防対策は、耳のケアと歯みがき
大竹:前庭疾患の原因にはさまざまなことがあるので、これといった予防法を紹介するのは難しいですが、中耳炎や内耳炎が原因になる前庭疾患は、耳のお手入れで防げる場合もあります。
外耳炎でも、ひどくなって中耳炎にまで広がってしまうことがあるので、早期に治療して治してあげてください。
また、お口と耳は耳管という構造によってつながっています。そのため短頭腫のワンちゃんなどでは、強い呼吸に伴ってお口の中の雑菌が耳に入ってしまって中・内耳炎の原因になることがあるんです。
だから毎日の歯みがきでお口をきれいに保っておくことも、耳の健康につながって、前庭疾患の予防にもつながりますよ。
――お口と耳の健康が前庭疾患の予防につながる。中耳炎、内耳炎予防も兼ねてケアしたいと思います。
大竹:それと前庭疾患に限らず、他の病気になってしまったときの対策としても、お家の中でもトイレができるようにしておくといいと思います。お外でなければトイレができないというわんちゃんがいますが、病気でお外に出られない状態になったときにトイレができなくなってしまうのは、わんちゃんにとっても飼い主さんにとっても負担になりますからね。
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さいごに:愛犬のために病気について知っておいて欲しい
大竹:前庭疾患の症状は、10才以上の犬で、年を取るほど多くなる印象です。特別なりやすい犬種というのはないと思いますが、柴犬は長生きの子が多いからか少し多いように感じます。また認知症の犬にもよく出るように思いますし、中には、老齢性の前庭疾患を何度も繰り返す子もいます。
前庭疾患は、ほとんどの場合予兆なく突然症状が現れます。急にぐるぐると回り出したり、勢いよく横転したり、眼球が揺れたりする容態は、初めて見る飼い主さんにとってはショッキングで、非常に動揺する方が多いです。
実際前庭疾患の症状が出ているわんちゃんは、常に目が回っている状態でとても辛いはずです。そんな愛犬の姿を見て飼い主さんも辛いでしょうが、飼い主さんの気持ちは想像以上にわんちゃんに伝わるものです。
わんちゃんも突然の事態に不安の最中でしょうから、できるだけ飼い主さんがしっかりして安心させてあげて欲しいと思います。今回お話した内容もそうですが、少しでもわんちゃんの病気について知っていれば落ち着いて対処できると思います。
またこの病気に限らず、わんちゃんの闘病中の看護は想像以上に大変です。不安や心配があれば、遠慮せずに獣医師に相談してください。一緒にわんちゃんの治療を頑張りましょう。