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苅谷動物病院グループ 江東総合病院院長。地域の基幹病院として、病気の予防から救急救命まで幅広く診療。好きな分野は画像診断学。
健康意識の高まりとともに話題となった「腸内フローラ」という言葉については、みなさんも良くご存知かと思います。最近では、人だけでなく犬にも、腸の中には『善玉菌』や『悪玉菌』、『日和見菌』などの腸内細菌が1,000兆個以上も住んでいて、健康状態と密接な関わりを持っているらしい、ということがわかっています。
そこで今回は、獣医師・苅谷卓郎先生に、「犬の腸内環境」についてのお話や、「愛犬のお腹の健康のために注意したいこと」など、“犬の腸と健康”をテーマにお話を伺ってきました。
愛犬のお腹の調子が安定しないな、おならが増えたな、など不安を感じている飼い主さんは必見です。
目次
- 健康管理の第一歩は“愛犬のうんちを知る”こと
- お腹の健康を守るポイントは、食事・ストレス・加齢の3つ!
- 犬のお腹の健康を守るために気を付けたいこと
- さいごに:愛犬の健康な状態をよく知ってこそ、異変に気が付くことができる
健康管理の第一歩は“愛犬のうんちを知る”こと
私たち人の世界では、健康や美容のために腸内環境を意識した取り組みが盛んです。最近ではペット業界でも、『腸活』や『菌活』といった言葉を目にするようになりました。ドッグフードや犬のおやつにも乳酸菌配合を前面に押し出した製品があったり、犬のうんちを送って腸内細菌のバランスを測定できるキットといったものも発売されています。
そこで、教えて先生!犬にも流行の『腸内環境を意識した健康管理』のトレンドって?
話題の“腸内フローラ測定”、過信は禁物
最近“腸内フローラ測定”について聞かれることがあります。うんちを検査機関へ送ると、その子の腸内にどんな細菌がどれくらいいて、体質傾向やなりやすい病気などを教えてくれるというものです。
私の病院では、何らかの不調を訴える子に対して病気の原因菌などを探すための腸内細菌検査はあるのですが、健康な子に対して行って、検査結果から何か治療や対策を行うということはしていません。現在はまだ研究段階で、測定結果がその子の疾病リスクを示すほどの精度はないと考えています。
しかし犬も人間同様に「腸内細菌と健康に密接な関わりがある」、ということがわかってきていることは確かです。
例えば、人間の医療で難治性炎症性腸疾患などの治療法として近年注目されている『糞便移植』ですが、これが犬にも行われて成果を上げたという報告があります。糞便移植は、健康な便に含まれている腸内細菌を、病気の患者の大腸に散布するというものです。犬の糞便移植はまだ治療法が確立されていませんが、実用化が進めばお腹の弱い子に朗報です。
さらに、整腸剤を与えて腸内環境を整えることで免疫力がアップするようなデータもあります。
だから今後研究が進んで、腸内細菌を分析することで、それぞれの犬に合ったペットフードを選択できるようになったり、将来かかりやすい病気がわかったりするなど、健康リスク低減に役立てられるまでになったらいいな、という期待はしています。
うんち、おなら、キュルキュル音は犬それぞれ、いつもの状態を把握しておこう
お腹の健康のための取り組みは、僕自身は、健康な子なら特別なことをする必要はないと思っています。しかし、健康な状態がどんなかを知っておくことは重要です。
そこで、“お腹の健康”の大切な指標になるのが“うんち”です。一般的に、犬のうんちは「黄褐色~茶褐色、拾い上げるときに崩れない硬さ、1日1~3回」が理想といわれていますが、それにこだわり過ぎる必要はありません。1日4、5回する子もいれば、柔らかいうんち、少し硬いうんちがデフォルトの子もいます。犬によって「健康なうんち」の色や量、硬さや回数はそれぞれです。だからある程度のことは許容して、愛犬が健康なときはどんなうんちをどれくらいするのか、ということをきちんと把握しておいてください。
たまに、「うちの犬のうんちはゆるい気がする」と不安がる飼い主さんがいますが、そういうときは、うんちの写真をスマートフォンで撮影して獣医師に見せてください。私たち獣医はたくさんのうんちを見てきているので、気軽に相談してください。
同じように、「うちの子おならをいっぱいするんです」、「お腹がすごく鳴るんです」というのも、その子がいつもそうで、他に健康問題がないようであれば、それがその子の健康な状態です。
しかし、うんちがいつもよりゆるくなった、量が増えた、いつもよりおならが増えた、など、“急に”変化があった場合は要注意です、何らかの不調が起きているのかもしれません。
うんちの状態や、おならやお腹の音も、『その子の正常な状態』は私たち獣医師にはわからないので、飼い主さんがきちんと把握しておいてくださいね。
お腹の健康を守るポイントは、食事・ストレス・加齢の3つ!
腸は、食べたものから栄養素を体に吸収する働きと、栄養を取りつくしたカスを便として排出する働きを担っています。さらに、体内に侵入してきた悪い菌を感知して排除するための免疫細胞が集まっている免疫器官でもあります。だから腸が健康でいることは、身体が健康でいるために必要不可欠なことです。そんな腸の健康を守るポイントは、「食事」と「ストレス」「加齢」なんだそう。
そこで、教えて先生!食事とストレス、加齢は腸の健康とどう関係しているの?
意外と多い?体質に合っていないフードを食べている?
犬のお腹の健康のために一番大切なことは、その子に合ったフードを食べることだと思います。基本的に、『総合栄養食』と呼ばれるドッグフードを食べていれば問題ないはずですが、体質に合わないフードを食べている子が少なくありません。
腸内環境と食事が密接に関わっているということは、みなさんも経験から実感していると思いますが、例えば、アトピーなど皮膚が弱い子のフードを低アレルゲンフードに切り替えると、皮膚のコンディションが良くなります。その子の体質に合った食事、つまりその子の胃腸に負担をかけない食事が健康につながるということです。
これまで大丈夫だったフードでも、加齢とともに消化能力が衰えて合わなくなってしまったり、特定の食材だけ消化するのが苦手だったり、というケースもあります。「うんちがゆるい」というのがサインになるので、もしそういった様子が見られたら、今食べているフードを見直してみると良いかもしれません。
犬のストレス、どんなこと?
犬も人と同じで、ストレスでお腹を壊すことがあります。
患者さんで、近所で工事をしている音や振動がストレスになってお腹の調子が悪くなってしまった子や、親戚が集まったことがストレスになってお腹を壊してしまったという子がいました。親戚が集まるとお腹を壊しちゃう子は何度もやるので、以降は親戚が集まる前後に薬を飲ませるようにしました。
犬はストレス症状が比較的下痢というかたちで出やすいです。猫では便秘が問題になりますが、犬の場合便秘になる子は少ないです。
加齢とともにおならが増える?腸も年を取る
「年を取っておならの回数が増えた」というのは、実際に患者さんからよく聞くことです。これは、腸内環境の話でいうと、加齢によって善玉菌が減ってしまうことで起こります。また腸自体の機能も低下していきます。
だから加齢とともに食べ物を消化吸収する能力が衰えていってしまうことは自然なことです。あまり心配しないで、消化吸収しやすいシニア用のフードに切り替えたり、お腹の調子を崩すことが増えたりしたら、獣医師に相談してください。
犬のお腹の健康を守るために気を付けたいこと
今回は犬の“腸”にフォーカスしてお話を伺っています。腸の健康は、食事とストレス、加齢を意識すると良さそうですね。
そこで、教えて先生!愛犬のお腹の健康のために、どういうことに気を付けたらいいですか?
人の食べ物はあげないで!お盆や年末年始は要注意!?
お盆時期や年末年始は下痢で来院する患者さんが増えます。それは、先ほど話したように、来客が多いことがストレスになる子もいるのですが、ほとんどは人間の食べ物をいろいろともらってしまったことが原因です。
クリスマスだったらフライドチキンとか、ケーキとか、ごちそうがたくさんあれば犬も興奮するでしょうから、「今日だけ特別」とついあげたくなっちゃう気持ちもわかるんですけどね、ダメですよ。ご家族だけでなく、来客にも犬には何も与えないように伝えてください。特に犬のお腹は油っこいものには弱いので気を付けてください。
乳酸菌サプリは積極的に使ってみて!
お腹の健康が気になる場合は、積極的に乳酸菌のサプリメントを取り入れてみてください。乳酸菌は、腸内細菌の中で善玉菌と呼ばれる「あると良い菌」の代表格です。
人間用の乳酸菌サプリを与えているという方がいらっしゃいますが、私の病院では、犬用の乳酸菌サプリメントを処方しています。
犬用のサプリは、市販でたくさんのメーカーからたくさんの商品が販売されていて、成分や品質もいろいろあるので、その子の状態に合っているかどうかなどは、かかりつけの獣医師に相談してみてください。
お腹の健康管理、カギは食欲と体重
犬が下痢をするのはあまり珍しいことではありません。基本的に下痢をしても、食欲があって元気があれば深刻な状態ではないでしょう。真っ赤な鮮血が混ざった下痢便でも、1回だけなら一過性の腸炎かな、という感じで、続かないならさほど心配いりません。
ただ、腸には腫瘍などの深刻な病気もあります。大腸に腫瘍ができた場合は、下痢など比較的わかりやすい症状が出るのですが、小腸の場合だと飼い主さんが「何かおかしい」と気付くような症状が現れるのはかなり進行してからで、早期発見はとても難しいのが実状です。
そこで、気にしてあげて欲しいのが「食欲と体重」です。
体重の変化は、見た目や抱っこしたときの感覚だけでは気付きにくいものです。だから、定期的に体重測定をするようにしましょう。腫瘍はエネルギーをたくさん消費するので、きちんと食事を摂っているのに体重が減っていたら要注意です。
犬は自分であそこが痛いとか、調子が悪い、とか言わないので、「食欲と体重」を気にしてあげてください。愛犬が腫瘍の好発犬種の場合は、特に意識しておいて欲しいです。
さいごに:愛犬の健康な状態をよく知ってこそ、異変に気が付くことができる
私の病院では、会員になると毎月1回身体検査を受けることができる取り組みをしています。これは、犬の変化にいち早く気が付いてあげること、病気の早期発見を目指すためというのはもちろんですが、獣医師としてもその子の普段の状態を知ることができる機会として非常に役立っています。
だから、動物病院へは病気になってから行くのではなく、健康な時に年1回は健康診断で行って欲しいと思います。それは、今回お話をした「いつものうんちの状態」を知っておくことと同様に、獣医師がその子の元気な時の様子を知ることができること、さらに血液検査や画像検査などからその子の『正常値』を知っておくこともとても重要だからです。そして健診の際には、飼い主さんが気になっているうんちの話もおならの話もどんどん聞かせて欲しいと思います。
また、腸の健康のためだけでなく将来的な健康のためにも、ドッグフードは、ドライフードもウェットフードもいろいろなものを食べられるようにしておいて欲しいと思います。今元気な子でも、いつか病気になって食べられるものが限られてしまうようなことがあるかもしれません。特に高齢になるとわがままになるので、そんなときに「これは食べられない」だと困ってしまいます。
今回したような話は、愛犬がまだ若くて元気なうちは必要性をいまいち感じづらいかもしれませんが、日々の健康管理の積み重ねが愛犬の将来につながっていくんだと思って、是非心に留めておいて欲しいと思います。