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往診専門るる動物病院、TNRののいちアニマルクリニック 所属。小動物臨床15年、往診による一般診療、終末期医療、オンラインでの診療や相談にも積極的に取り組む。
犬の鼠経(そけい)ヘルニアとは、足の付け根の鼠径部から、臓器や脂肪が飛び出してしまう病気のことです。今回は、犬の鼠経ヘルニアの原因や症状、治療方法などを解説します。
鼠経ヘルニアになりやすい犬種や鼠経ヘルニアの早期発見のポイントについても紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
目次
- 犬の鼠経ヘルニアとは?
- 犬の鼠経ヘルニアの原因
- 犬の鼠経ヘルニアの症状
- 犬の鼠経ヘルニアの診断方法
- 犬の鼠経ヘルニアの治療方法
- 犬の鼠経ヘルニアの手術費用
- 鼠径ヘルニアになりやすい犬種
- 犬の鼠径ヘルニアを予防・早期発見するためには?
- 犬が発症しやすいそのほかのヘルニア
- まとめ
犬の鼠経ヘルニアとは?
犬の鼠経ヘルニアとは、足の付け根にある鼠径部から、お腹の中の臓器や脂肪が飛び出てしまう病気のことです。
鼠径部にはもともと「鼠経輪」という穴があいていますが、成長とともにこの穴は小さくなるのが一般的です。しかし、何らかの原因で「鼠経輪」から臓器や脂肪が飛び出してしまうと、穴が広がったままになり、鼠経ヘルニアを発症してしまいます。
犬の鼠経ヘルニアの原因
犬の鼠経ヘルニアの原因は、大きく「先天的な原因」と「後天的な原因」の2つにわかれます。
先天的な原因
犬の鼠経ヘルニアの先天的な原因には、遺伝が関与していると考えられています。詳細は明らかになっていませんが、生まれつき鼠径部の筋肉や靭帯が弱い犬の場合、鼠経ヘルニアを発症しやすいとされています。
後天的な原因
犬の鼠経ヘルニアの後天的な原因としては、事故によるケガや肥満・妊娠などがあげられます。
事故やケガ、過度な肥満で腹部に強い圧力がかかると、お腹の臓器や脂肪が飛び出してしまい、鼠経ヘルニアを発症してしまうケースがあります。また、妊娠時には子宮が飛び出す鼠経ヘルニアを発症する場合もあります。
犬の鼠経ヘルニアの症状
犬の鼠経ヘルニアの症状は、ヘルニアの状態や穴の大きさ、飛び出しているものが臓器か脂肪かによっても異なります。ここでは軽度・重度、それぞれでの鼠経ヘルニアの症状について解説します。
軽度の鼠経ヘルニア
穴の大きさが小さく、腹部の脂肪が飛び出しているだけの鼠経ヘルニアは、比較的軽症の場合が多いのが一般的です。こうした軽度の鼠経ヘルニアは、鼠径部のふくらみもわずかであり、痛みや自覚症状がないため、飼い主も犬も気づいていない場合があります。
重度の鼠経ヘルニア
重度の鼠経ヘルニアになると、穴のサイズが大きくなり、脂肪だけではなく腸や膀胱、子宮といった臓器が飛び出してしまいます。重度の鼠経ヘルニアは、鼠径部のふくらみも大きくなり、見た目にもわかるようになります。
腸が飛び出している鼠経ヘルニアの場合、嘔吐や下痢、便秘、食欲の低下、患部の熱や赤み、痛みといった症状が見られます。膀胱が飛び出している場合は、排尿障害を引き起こすケースもあるため、おしっこの様子などを注意深く観察しておきましょう。
重度の鼠経ヘルニアでは、そのほかに「歩き方がおかしくなる」「元気がなくなる」「腹部を触ろうとすると嫌がる」といった症状も見られるようになります。
腸や膀胱、子宮などの臓器が飛び出した状態がさらに悪化すると、最悪の場合は命に係わるケースもあります。鼠径部のふくらみや上記のような症状が見られたら、すぐに獣医師に相談しましょう。
犬の鼠経ヘルニアの診断方法
犬の鼠経ヘルニアの診断は、触診と画像検査で行われるのが一般的です。触診では、患部を押して飛び出している内容物が元に戻るかを確認します。
さらに、レントゲン検査や超音波検査といった画像検査を行い、臓器が飛び出していないか、臓器が飛び出している場合はどこに該当するか、などを詳しくチェックします。
犬の鼠経ヘルニアの治療方法
触診や画像検査で、鼠経ヘルニアと診断された場合は、症状に応じて対応方法が異なります。ここからは、犬の鼠経ヘルニアの治療方法について、症状別に詳しく解説します。
軽度の鼠経ヘルニアの治療方法
ヘルニアの穴が小さく、腹部の脂肪がわずかに飛び出している軽度の鼠経ヘルニアの場合は、治療を行わず経過観察となる場合も少なくありません。
しかし、犬の成長や体重の増加に伴って、鼠経ヘルニアが悪化する可能性がある場合は、早期に手術による治療を行うケースもあります。また、メスの場合は、発情や妊娠によって鼠経ヘルニアが悪化する可能性もあるようです。
そのため、避妊手術を行うタイミングで鼠経ヘルニアの手術を検討するケースも見られます。軽度の鼠経ヘルニアが見つかった際は、犬の年齢や性別、体格に応じて、獣医師と相談しながら適切な治療方法を選ぶことが大切です。
重度の鼠経ヘルニアの治療方法
臓器が飛び出した重度の鼠経ヘルニアの場合、外科手術による治療を行うのが一般的です。手術では、鼠径部を切開し、飛び出した臓器や脂肪をもとの位置に戻してから、鼠径部を縫合します。
鼠経ヘルニアの状態によって異なりますが、手術時間は30分前後で、症状によっては1泊程度の入院を伴う場合もあります。
ただし、犬の鼠経ヘルニアは、手術後でも再発する恐れがあります。再発を予防するためにも、手術後は定期的に獣医師のもとで経過観察を行いましょう。
犬の鼠経ヘルニアの手術費用
犬の鼠経ヘルニアの手術費用は、検査・入院(一泊)費用も含めて、5~10万円前後が一般的です。ただし、必要な検査が増えたり、術前術後の入院日数が増えたりした場合は、その分費用も高くなります。
重度の鼠経ヘルニアで、飛び出した臓器の壊死部分を切除する、などの大がかりな手術になった場合は、入院日数も長くなるため、事前に費用について詳細を確認しておきましょう。
鼠径ヘルニアになりやすい犬種
鼠経ヘルニアは、犬にとって珍しい病気ではなく、犬種にかかわらず発症する可能性があります。ただし、先天的な原因で鼠経ヘルニアになりやすいと考えられている犬種は、以下のとおりです。
- ミニチュア・ピンシャー
- チワワ
- トイ・プードル
- ジャック・ラッセル・テリア
- ミニチュア・ダックスフンド
- ポメラニアン
- ペキニーズ
- マルチーズ
- アメリカン・コッカ―・スパニエル
- イングリッシュ・コッカ―・スパニエル など
先天性の鼠経ヘルニアは、去勢手術をしていないオスに多く見られるという報告もあります。
また、後天性の鼠経ヘルニアは、避妊手術を行っていない中年齢のメスに多いとされていますが、事故やケガによっても発症するため、一概にはいえません。
犬の鼠径ヘルニアを予防・早期発見するためには?
鼠経ヘルニアは予防が難しい病気のひとつでもあります。重症化しないためには、早期発見・早期治療が重要です。
鼠経ヘルニアの早期発見のためには、日ごろから愛犬の様子に注意を払うことが大切です。特に、鼠径部に気になるふくらみなどがないか、定期的に確認しましょう。少しでもふくらみや腫れ、しこりなどが見つかったら、早めに獣医師に相談してください。
また、軽度の鼠経ヘルニアは、見た目にはわからず自覚症状もありません。しかし、過度な肥満が原因で、軽度の鼠経ヘルニアが重症化する恐れもあります。
肥満はそのほかの病気を引き起こす可能性もあります。重度の鼠経ヘルニアの発症を防ぐためにも、愛犬の適正体重を意識して過ごしましょう。
犬が発症しやすいそのほかのヘルニア
そもそもヘルニアとは、体内の臓器や組織が、本来あるべき場所から飛び出してしまう症状のことをいいます。
鼠経ヘルニアの場合は、鼠径部から腹部の脂肪や内臓が飛び出してしまう症状のことを指しますが、犬が発症しやすいヘルニアには、鼠経ヘルニア以外にも「椎間板ヘルニア」や「臍(さい)ヘルニア」「横隔膜ヘルニア」などがあげられます。
椎間板ヘルニア
椎間板ヘルニアとは、背骨をつなげるクッションの役割を果たしている椎間板が圧迫されて生じる疾患です。犬にとっては比較的メジャーな疾患で、痛みやふらつき、運動失調など、さまざまな神経症状を引き起こします。
椎間板ヘルニアの原因は、過度な運動や脊髄への強い外力、老化などがあげられます。症状が痛みだけの場合は、投薬での治療が中心となります。しかし、麻痺や運動失調が見られる場合は、手術による治療を行うケースが多いようです。
臍ヘルニア
臍ヘルニアとは、臍の皮下にある穴から腹部の脂肪や腸の一部が飛び出てしまう疾患のことで、先天的な原因が一般的です。
へそ部分がポコッと飛び出しており、いわゆる「でべそ」といわれるような症状が見られます。子犬の臍ヘルニアは、成長とともに自然治癒するケースもありますが、自然治癒が見込めない場合は、手術によって治療を行います。
横隔膜ヘルニア
横隔膜とは、胸部と腹部を隔てる膜状の筋肉のことです。横隔膜ヘルニアを発症すると、横隔膜の一部から、臓器が胸部に移動してしまいます。
横隔膜ヘルニアを発症すると、呼吸困難を引き起こすなど命に係わるケースも見られます。横隔膜ヘルニアの主な原因は、交通事故などによる裂傷です。横隔膜ヘルニアと診断された場合は、手術による治療が必要です。
まとめ
犬の鼠経ヘルニアとは、足の付け根の鼠径部から腹部の脂肪や臓器が飛び出してしまう病気です。軽度の鼠経ヘルニアの場合、目に見える症状はほとんどなく、特別な治療を必要としないケースも少なくありません。
ただし、軽度の鼠経ヘルニアであっても、犬種や性別、年齢によっては、重症化を防ぐために手術を行う場合もあります。また、臓器が大きく飛び出した重度の鼠経ヘルニアは、悪化すると命に係わるリスクもあるため、早めに獣医師に相談して手術による治療を行いましょう。
鼠経ヘルニアには先天的な原因と後天的な原因がありますが、予防が難しいため、日ごろから愛犬の様子をチェックして早期発見に努めることが大切です。