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東洋装具医療器具製作所代表。人間の義肢・装具士を目指す中、獣医療の世界ではほとんど研究されていないことを知り、本格的に動物用の義肢・装具を作り始める。
体が不自由な動物のための義足やコルセットなどをつくる日本で唯一の動物専用義肢装具士、島田旭緒(あきお)さん。犬猫からペンギンまで、年間3,000頭以上の動物たちを助けています。種類や症状も違う動物たちに寄り添い続ける島田さんの活動を取材しました。
目次
- 約20年前、誰も手掛けていなかった動物専用義肢・装具の開発をスタート
- ペットが歩けなくなっても「仕方がない」という時代だった
- 獣医師が綿で作った犬用コルセットを見て一念発起。動物専用の義肢装具製作に着手
- 東洋装具医療器具製作所の義肢装具が、獣医療に変革をもたらす
- 原則、獣医師経由のオーダーメイドのみ。動物用義肢・装具の製作工程とは?
- すべての製作事例が未来の動物治療に役立つ義肢装具の「エビデンス」に
- 動物のQOLを上げ、飼い主さんに動物との暮らしをもっと楽しんでほしい
約20年前、誰も手掛けていなかった動物専用義肢・装具の開発をスタート
愛犬が、もしも、病気や事故で歩けなくなってしまったら……と、想像したことはありますか?
歩けなくなってしまうと、散歩に行けなくなるのはもちろん、食事や排せつなども困難になります。そうなれば、愛犬のQOL(生活の質)は大きく下がってしまいます。
どんなに気を付けていても、愛犬の病気や事故の可能性をゼロにすることはできません。特に近年は、犬の平均寿命も延びています。高齢まで生きられる犬が増えている一方で、病気や加齢によって歩けなくなるケースも増えているんです。
日本で唯一の動物専用義肢装具士として、年間3,000頭以上の動物たちの「歩く力」をサポートしている島田旭緒(あきお)さんは、そんな犬たちの救世主です。
しかし、動物専用の義肢装具師になるまでの道のりは、決して容易いものではありませんでした。「エビデンスのないものは使えない」と獣医師の理解を得られず、立ち上げ当初の注文は月にわずか1~2件。それでも島田さんを突き動かし続けた情熱は、一体何だったのでしょうか。動物の義肢(ぎし)・装具づくりに懸ける想いを聞いてきました。
ペットが歩けなくなっても「仕方がない」という時代だった
――今日は動物の歩行をサポートする義肢や装具について、教えてください。まず、動物用の義肢と装具は、それぞれどのようなものを指すのでしょうか?
島田旭緒さん(以下、島田):確かに聞きなれない言葉ですよね。「動物用義肢」というのは、人間でいうところの義足や義手のようなものです。病気やけがで脚を切断してしまった動物に装着して、歩けるようにすることを目的にしています。
装具は、多種多様な種類があるのですが、代表的な例としては、骨や脊椎を固定するコルセットや関節を守るサポーターなどがあります。ECサイトなどで既製品を売っている例もありますが、私はほぼすべてを獣医師と協力してオーダーメイドで製作しています。
――島田さんは動物用義肢装具士として、すでに20年近いキャリアをお持ちとのことですが、どのようなきっかけで、このお仕事を始められたのですか?
島田:祖父が義肢を付けているのを見て育ったこともあり、将来は障害のある方の役に立つ仕事がしたいと思っていました。高校卒業後に福祉関係の専門学校に進学し、人間用の義肢装具製作を学びました。
勉強を続けているうちに、ふと、「なんで動物用の装具や義肢はないんだろう?」って疑問に思うようになったんですよね。そこで、専門学校の卒論のテーマを動物用の装具・義肢に決めて、詳しく調べてみることにしました。
――具体的に、どんな方法で調べたのですか?
島田:獣医師と犬の飼い主さんを対象に、アンケート調査を行いました。アンケートで「動物用の装具や義肢は必要だと思いますか?」と聞いたところ、70%近くが「必要だと思う」という回答だったんです。ほとんどの獣医師や飼い主さんが必要だと思っているのに、なぜか動物用の装具や義肢は作られていない……という不思議な状況であることがわかりました。当時、動物用の装具や義肢を専門に作っているメーカーは全くなかったんです。
――なぜ、日本では動物用の義肢や装具は作られなかったのでしょうか?
島田:「ペットを大切に飼う」という意識が今ほど高くなかったことが、一番の理由だと思います。お金をかけて治療してまで、犬や猫を長生きさせてあげようという発想がない飼い主さんも多く、病気やけがで歩けなくなってしまっても「仕方がないね」で済ませてしまうことも珍しくなかったんです。だから、動物用の義肢や装具は市場として成り立たなかったんですね。
でも、少しずつ飼い主さんの意識も変わってきました。ペットが家族の一員として認められるようになり、「一日でも長く、健康に快適に過ごさせてあげたい」という飼い主さんが増えてきました。同時に、動物医療の発展を背景にペットの長寿化が進み、加齢による足や腰のトラブルを抱える犬や猫も増加。
つまり、義肢・装具の潜在的なニーズは高まっているのに、作り手がいないし、どうやって作ればいいのか誰にもわからない……。私が調査をした約20年前は、ちょうどそんな状況だったんだと思います。