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上京どうぶつ病院院長。北里大学出身。日本獣医生命科学大学付属動物病院にて研修後現職。
フレーメン反応は、猫によく見られる生理現象です。マタタビを嗅ぐとフレーメン反応を起こし、うっとりした表情を浮かべて甘えたような動きをすることは、「猫に木天蓼(マタタビ)」という慣用句からも知られています。では、猫よりも鋭い嗅覚を持つとされる犬もフレーメン反応を起こすのでしょうか。フレーメン反応の仕組みと、反応しやすい匂い、フレーメン反応に似た症状が起きる病気と対処法について解説します。
目次
- 犬にもフレーメン反応は起きる?
- フレーメン反応の仕組み
- フレーメン反応が起きやすい匂い
- もしかしたら病気かも?フレーメン反応に似た犬の症状
- 愛犬がフレーメン反応のような動きをした時の注意点
- まとめ
犬にもフレーメン反応は起きる?
フレーメン反応は猫をはじめ多くの動物に起こる生理現象ですが、犬がフレーメン反応を起こすかどうかは議論が分かれています。猫の場合は、フェロモンの匂いを嗅ぎ取ったときに、口を半開きにして目を細めます。この様子が放心したような愛嬌ある表情に見えることから、猫好きの間でも人気です。また、馬のフレーメン反応もよく知られていて、歯をむき出しにして鼻孔を塞ぐというユニークな表情になります。
犬のフレーメン反応とされているもの
犬にフレーメン反応があるかどうかはまだ解明されていませんが、飼い主の間でフレーメン反応だろうと推測されている仕草はあります。鼻と口からフェロモンの匂いを嗅ぎ取る生理現象ですので、以下のような動きがフレーメン反応とされています。
- 口をパクパクと動かす
- 歯をカツカツ鳴らす
- 口が半開きのままになる
- 口角を上げて笑ったような表情になる
フレーメン反応の仕組み
フレーメン反応は、動物にある嗅覚器官がフェロモンに反応することで起こります。ここでは、犬がフェロモンを感じ取ったときの嗅覚器官の働きと、フェロモンが発生する仕組みについて紹介します。
嗅覚器官がフェロモンを嗅ぎ取った際に起こる
動物にとって、フェロモンは重要なコミュニケーションの手段です。言語が発達した人間や、超音波によるエコーロケーションを行うクジラやコウモリを除き、ほとんどの動物種はフェロモンを感じ取ることで、持ち主の性別や発情の有無、年齢などの情報を読み取ります。フェロモンからこうした詳細な情報を感じ取るために、口の中にある「鋤鼻器(じょびき)(別名:ヤコブソン器官)」を研ぎ澄ませた結果、口を震わせながら放心したような表情になります。これが、フレーメン反応が発生する仕組みです。
鋤鼻器(じょびき)(ヤコブソン器官)とは
鋤鼻器は、哺乳類、爬虫類、両生類が持つフェロモンを感じ取るのに特化した器官です。メインの嗅覚である鼻からは独立していて、一対の液体を満たした嚢(ふくろ)からなります。鋤鼻器の位置は動物種によって様々で、犬の鋤鼻器は上あごの後方に位置し、鼻腔とつながっているのが特徴です。鋤鼻器官に取り込まれたフェロモンは、鼻孔を通じて脳で体温や食欲、ストレス、睡眠などの生理機能を司る「視床下部」へと届きます。ちなみに、人間の鋤鼻器は言語によるコミュニケーションの発達にともない退化したため、他の動物のようにフレーメン反応は起こりません。
犬のフェロモンが出る仕組み
メスの尿には、オスの犬をひきつける「メチルp-ヒドロキシベンゾエート」と呼ばれるフェロモンが含まれることがあります。このホルモンを含む時期が発情期で、ヒートと呼ばれることもあります。犬の発情は6〜10ヶ月の周期で起こるのが一般的です。小型犬は周期が短く、大型犬は長い傾向にあり、いずれも1年に1〜2回程度発情期を迎えます。尿にフェロモンを含む期間は平均19日ほどです。妊娠に向けて準備する発情前期(3〜27日間)と、交尾が可能になる発情期(5〜27日間)に分かれています。
去勢されていないオス犬は、数キロ先のメスのフェロモンも嗅ぎ分けることが可能です。フェロモンの持ち主を追いかけることしか考えられなくなり、マーキングを増やしたり、他のオス犬を攻撃したりといった行動の変化が見られます。
フレーメン反応が起きやすい匂い
フレーメン反応が起きやすいとされている匂いを紹介します。
排泄物の匂い
発情中の動物の尿にはフェロモンが含まれているため、フレーメン反応を起こす可能性があります。反応するのは、犬に対してだけではありません。人間をはじめとする他の動物種の尿にも反応し、オス犬の場合は男性よりも女性の匂いによく反応する傾向があります。
動物や人間のお尻の匂い
犬がお尻の匂いを嗅ぐ習性は、お尻から出ているフェロモンの匂いを嗅ぎ分けて、相手のことを知るためです。フェロモンを読み取ろうとする中でフレーメン反応を起こすかもしれません。他の動物だけでなく、自分自身の匂いに反応する可能性も考えられます。
人間の足、靴下、服の匂い
人間の汗にもフェロモンが含まれていて、全身にある「アポクリン腺」から出たベタベタとした汗には、タンパク質やアンモニア、皮脂などが含まれていて匂いを発しやすい傾向にあります。とくに足は汗の量が多く、1日で足裏から出る汗、水分はコップ約1杯分と言われているほどです。そのため、人間の足や靴下、衣類などについた匂いを嗅ぎ取る際に、フレーメン反応を起こすとされています。
もしかしたら病気かも?フレーメン反応に似た犬の症状
口をパクパクしたり、口角を上げたままにしたり、といったユニークな仕草は、フレーメン反応ではなく病気の前兆かもしれません。ここでは、フレーメン反応とよく似ている症状と、主な原因について解説します。
口の中の痛み、違和感
口の中の病気やケガ、異物による違和感などが考えられます。また、子犬の場合は歯の生え変わりの可能性も高いでしょう。愛犬がフレーメン反応のような仕草をしたときは、以下に挙げた異変の可能性がないかどうか確認することが大切です。
- 歯周病
歯肉炎、歯周炎、歯槽膿漏などの病気の総称で、3歳以上の犬の7〜8割は歯周病だと言われています。いずれも口腔ケアが不十分で歯石が付着したままであることが原因です。重度になると歯肉がやせ細って歯が抜けてしまったり、口腔と鼻孔を隔てる骨に穴が開いたりするかもしれません。歯周病になると歯茎が腫れ、血や膿が出るなどの症状が起きるため、そうした痛みや違和感を取り除こうと口を動かしている可能性が考えられます。
- 口内炎
口腔内の粘膜に炎症が起こる病気です。食べ物や歯が炎症部分に触れることで痛みが生じるため、痛みを避けるために口の動きを調整して、普段とは違った表情になる可能性が考えられます。いつもは好んで食べるドライフードを避けたり、食事中に食べにくそうな様子が見られた場合は、フレーメン反応ではなく口内炎による症状かもしれません。
- 口腔内腫瘍
腫瘍とはしこりのことで、口内炎と同じく口の粘膜に凹凸が生じるため、違和感で口を動かす可能性があります。腫瘍には良性と悪性があり、口腔内にできる悪性の腫瘍はメラノーマ(悪性黒色腫)が代表的です。メラノーマができると口腔内で細菌が繁殖しやすくなり、口臭が変化します。また、しこりが大きくなると破れて出血する可能性もあるでしょう。メラノーマを含む口腔内の悪性腫瘍は転移率が高いため、犬に普段と違う仕草が見られたら、早期発見のためにも早めに動物病院に相談しましょう。
- 口腔内のケガ
硬いものを口に入れたり、他の犬と喧嘩したり、壁などにぶつかったり、興奮して舌を噛んだりなどさまざまな要因によって、口の中に傷ができることがあります。それによって出血や痛みなどの違和感で口を動かし、その様子がフレーメン反応のように見えている可能性が考えられます。口腔内の粘膜は細胞が生まれ変わるサイクルが早いため、あまり深刻に捉えなくても良いでしょう。
- 口腔内の異物
食べ物や自分の被毛、葉っぱなどを飲み込み切れずに口腔内に残ったままの時に、口を動かす仕草を見せることがあります。その場合は、原因となる異物を取り除いてあげましょう。歯茎や舌の裏側など、見えにくい箇所に張り付いている可能性も考えられるので、口腔内をしっかりと探すことが重要です。
- 歯の生え変わり
犬の乳歯は生後2ヶ月ごろまでに生え揃い、4ヶ月半頃になると永久歯に生え変わり始めます。生え変わりの時期には歯にむず痒さを感じて口をしきりに動かすため、その様子を飼い主がフレーメン反応だと勘違いすることもあるでしょう。むず痒さを解消するために、ガムやおもちゃなどを与えると効果的です。また、犬は乳歯が抜けずに残る乳歯遺残や、永久歯が生えてこない埋伏歯などが起こる可能性があるため、こまめに口の中をチェックすると良いでしょう。
胃や腸の違和感
口を開いている状態がつづいている場合は、胃腸炎や食べ過ぎ、消化器官の病気などにより吐き気をもよおして、えずいている可能性があります。急性の胃腸炎や食べ過ぎの場合は比較的すぐに治りますが、腹痛を感じてお腹をかばうような姿勢をしたり下痢や嘔吐がつづいたりしている場合は、重症の可能性が高いので、早めに動物病院を受診しましょう。
誤飲、誤嚥
犬が自分の身体に合わない大きな固形物を誤って飲み込むと、固形物が食道や胃腸が塞がって呼吸ができなくなることがあります。苦しさから口をパクパク開けている仕草が、フレーメン反応のように見えている可能性が考えられるでしょう。原因となる固形物は犬が拾い食いしたものだけでなく、飼い主与える果物で誤飲を起こす可能性もあります。そのため、普段から犬が食べやすい形状に加工して与えることが大切です。
神経疾患
犬は脳や神経系の病気にかかると、口を動かす症状がみられることがあります。脳腫瘍やてんかん、水頭症、脳梗塞、前庭疾患などが代表的です。以前よりもぼんやりとしていたり、歩く際にバランスを取りづらそうにしていたりする場合は、神経疾患の症状である可能性が高いため、すぐに動物病院に相談しましょう。
愛犬がフレーメン反応のような動きをした時の注意点
口を動かすこと以外にも、食欲が振るわなかったり、元気がなかったりといった兆候が確認できた場合は、病気の可能性があります。早めに動物病院に相談して、適切な対処を行ってください。愛犬の変化に気づくためにも、普段から積極的にスキンシップを取り、仕草や様子を観察することが重要です。
まとめ
犬がフレーメン反応を起こすかどうかは議論が分かれていますが、口をパクパクと動かすことでフェロモンを嗅ぎ分けているという説も唱えられています。ただし、フレーメン反応に似た動きをしている場合、病気の前兆である可能性があるため注意が必要です。口腔内や胃腸、神経系疾患の症状として口を動かすこともあるため、早めに獣医師に相談しましょう。