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ぎふ動物行動クリニック院長、NPO法人人と動物の共生センター理事長。年間100症例以上の問題行動を診察。動物行動の専門家として、ペット産業の適正化に取り組む。
今日、このときも、不適切な飼育により犬猫が過剰繁殖した結果、多頭飼育崩壊が起こっています。
目次
- 殺処分の10倍のロードキルという現実
- 増加する犬猫の多頭飼育崩壊
- 多頭飼育崩壊とは?
- 多頭飼育崩壊の背景にある、人の障害と生活困窮
- 動物と共に、人を支援する活動
- 必要とされる、社会福祉と動物福祉の連携
殺処分の10倍のロードキルという現実
近年、都市部を中心に、殺処分ゼロが達成されつつあります。しかし、それはあくまでも、保健所に収容される犬猫の話です。保護団体やボランティア団体が直接引き取り譲渡している犬猫は非常に多く、統計には現れない保護犬猫たちが無数に存在します。
2019年、全国で殺処分された猫の数は『27,108頭』。10年間で83.6%減少(2010年:165,771頭⇒2019年:27,108頭)しています。
一方、まだまだ注目されていないのが、野外で死亡する猫の数(ロードキル数)です。2019年、全国でロードキルにより死亡した猫の数は『28万9,572頭(※)』に上ります。その数は、殺処分の実に10倍です。殺処分がゼロになっているからと言って、人の手による犬猫の死がなくなっているわけではありません。
(※出典「全国ロードキル調査」NPO法人人と動物の共生センター)
増加する犬猫の多頭飼育崩壊
殺処分同様、保健所に所有権放棄される犬猫の数は、年々減少してきました。2010年に164,308頭だった犬猫の引き取り数は、2020年には72,433頭と10年間で半減しています。
ところが、その内訳を見ると、全てが順調ではないことが分かります。なんと、2020年に成猫の所有権放棄が微増したのです。(2019年:10403頭⇒2020年:10479頭)
その原因の中核が、多頭飼育崩壊です。収容数が増加した自治体の保健所職員の方にヒアリングを行った所、皆さん口を揃えて「多頭飼育崩壊により、一度に多数の犬猫を引き取る事案があり、数が増加した」とのことでした。
多頭飼育崩壊とは?
2021年3月に環境省が発行した「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」のなかでは、
多頭飼育崩壊とは、「多数の動物を飼育しているなかで、適切な飼育管理ができないことにより、①飼い主の生活状況の悪化、②動物の状態の悪化、③周辺の生活環境の悪化のいずれか、もしくは複数が生じている状況」と定義されています。
多くの場合、野良猫を家に招き入れて(もしくは拾ってきて)餌を与えていたところ、住みついてしまい、家の中で子どもを生み、その子猫が数か月すると交尾して繁殖しさらに猫が増えるという状態になっていきます。
犬の場合も同様に、たまたまオスメスの犬を不妊去勢せずに飼っていて増えてしまう場合と、商売目的であえて繁殖をさせようとした結果、管理できない程の数になるケースも見られます。
犬猫の数が増えれば、適切な餌を与えることも、糞尿を始末することもできなくなり、飼い主自身の生活も、猫の生活も不適切な状態になり、場合によっては近隣の公衆衛生問題に発展します。
多頭飼育崩壊は主に猫で起こりやすい事象ですが、犬でも発生することがあり、その他の動物種で発生することもあります。
こうした事例が日本各地で発生し、各地域の行政・保護団体・ボランティアが介入し、適正飼育指導を行うとともに、猫を引き受け新しい飼い主を探す活動を行っている現状があります。
多頭飼育崩壊の背景にある、人の障害と生活困窮
多頭飼育状態に陥ると、飼い主の生活は破綻し、動物の福祉も損なわれます。多頭飼育に陥らないようにするためには、不妊去勢手術を行うことが第一選択です。不妊去勢さえ行っておけば、多頭飼育に陥ることはありません。
なぜ、多頭飼育崩壊を起こす飼い主は、不妊去勢手術を行わないのでしょうか?飼い主にその理由を聞くと「手術を受けさせる余裕がなかった」という答えや「増えるなんて思っていなかった」という答えが返ってきます。
一般論として、不妊去勢手術を行っていないオス・メスの犬猫がいれば、繁殖することは容易に想像できます。しかし、飼い主自身が、適切な判断ができない状態にあれば、「まさか繁殖するなんて思わなかったのに…」という事態に陥ります。
多頭飼育崩壊の背景には、飼い主自身の障害や孤立が存在することが指摘されています。障害により、十分に仕事に就けないことで経済的に困窮すれば手術の費用を捻出しにくくなります。コミュニティに所属できず孤立することで、周囲からの支援や助言が得にくくなります。つながりが乏しいことで、余計に猫に安息を求め、犬猫を集めてしまうこともあります。
私が代表を務める人と動物の共生センターに寄せられる相談は、社会福祉関係の行政や事業所からの相談が多く、相談例は、犬猫だけでない生活上の問題を抱えたケースが多くを占めます。
生活保護費を受給しているにも関わらず、生活費の半分を猫の食費に充ててしまい、余計に生活を苦しくしていることも。この例では、猫の食事は良いものを与えているものの、不妊去勢手術を行っておらず、多頭飼育の状態に陥っていました。猫が好きで可愛がっているものの、知識や判断能力が不十分で、適正な飼育ができないという状態です。
17歳の雑種の犬で、飼い主さんが入院してしまい、飼い主さんの弟さんが遠方から通いで世話をされていたものの、飼い主さんも、弟さんも数か月のうちに立て続けに亡くなってしまい、弟さんの奥さまからご相談いただいたことがありました。
犬に認知症があり、触ろうとすると咬むこと、自宅がペットを迎えられない場所であることなどが重なり、自分だけでは、どうにもできないという事でした。最終的には、私たちが引き取り半年間の余生を過ごした後、看取ることとなりました。
こうした事例を聞くと、「飼い主が無責任だ」という気持ちになる人も多くいらっしゃると思います。しかし、飼い主だけの責任とは言えない面も多くあります。飼い主責任論は、問題の本質を捉え切れていないと、私は考えています。
動物と共に、人を支援する活動
多頭飼育崩壊において、その場にいる動物を救えば解決か…?と言えば、そうではないと思います。仮にその場から動物がいなくなっても、孤独を抱えた当事者がまた再び動物を飼い、同じ状態になれば意味はありません。
多頭飼育崩壊の本当の解決には、動物だけではなく、人の生活の建て直しや、人の孤独に寄り添う支援が不可欠です。もちろん不妊去勢手術を行いそれ以上増えないようにすること、譲渡を行い数を減らすことは大前提ですが、人に寄り添いながら適正飼育を指導し、数を管理しながら適切に猫と暮らせるように支援することも、同時に行っていくべきです。
理想的には、増やしてしまう前に予防的に介入し、不妊去勢手術を徹底することが、最も効果的な策になります。増える前にこそ、適正飼育の指導と支援が必要です。
人を支援し、人と動物が共生できる支援をしてこそ、問題の根本にアプローチできます。
多頭飼育崩壊や生活困窮者の飼育困難・不適切飼育は、もはや動物の問題ではなく、社会福祉の問題であると私たちは捉えています。
必要とされる、社会福祉と動物福祉の連携
先に紹介した、環境省の「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」では、多頭飼育崩壊に対する対策には、保護団体や保護ボランティアといった、動物の支援者だけでなく、地域包括支援センター、民生委員、社会福祉協議会などの社会福祉の支援者との連携が不可欠であると指摘されています。
実際に支援の現場においても、動物の支援者だけでは、そもそも多頭飼育崩壊の現場に立ち入る事すらできないということも少なくありません。間をつなぐ社会福祉の支援者がいてこそ、解決のスタートラインに立つことができます。
また、現状では、社会福祉の制度の中に動物飼育の支援は位置づけられていません。介護保険でペットシッターを雇うことはできず、介護ヘルパーにペットの世話を頼む場合は自費負担となります。ペットがいるから入院できないという方のペットの世話を社会福祉の支援者が引き受けるわけにもいきません。
このように、動物の支援者だけ、社会福祉の支援者だけでは、解決し得ない問題が地域に溢れています。多頭飼育崩壊をはじめとした、生活困窮者の飼育するペットの課題は、社会福祉の支援者と動物の支援者が連携してこそ解決に向かう課題です。
まだまだしっかりとした連携が生まれているわけではない分野だと思いますが、各地で先進的な事例も出始めています。問題の本質的な解決に向け、人と動物、両側面からの支援を確立していかなければならないと感じています。