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ぎふ動物行動クリニック院長、NPO法人人と動物の共生センター理事長。年間100症例以上の問題行動を診察。動物行動の専門家として、ペット産業の適正化に取り組む。
みなさんは、保護犬・保護猫にどんなイメージがありますか?
近年、動物保護活動への注目が高まり、犬猫を迎えるなら保護犬猫にしたいと考える方も増加しています。google検索における『保護犬』『保護猫』の検索数も、2016年から2021年の5年間に『保護犬』で約4倍、『保護猫』で約6倍に増加しています。
そうした社会からの注目や、ボランティアや行政職員の普段の努力もあり、2015年ごろより、都市部を中心に殺処分ゼロが達成されるようになってきました。ほんの20年前には非現実的だった殺処分ゼロが、現実のものになっていることは、これまでの多くの活動の成果が結実したものであると言えます。
しかし一方で、『殺処分ゼロ』が達成され始めたが故に、「うちの自治体でも殺処分ゼロを達成すべき」「他の自治体でできているのに、うちの自治体で殺処分ゼロが達成できないのはおかしい」というような声も上がるようになってきています。実際に、いくつかの自治体では、首長が「殺処分ゼロ達成を目指す」ことを公言して政策として取り組んでいる自治体もあります。
ですが、ぜひ一歩立ち止まって考えてみてください。このように「殺処分ゼロ」を目的とすることは、犬や猫にとって健全な状態なのでしょうか?
目次
- 『殺処分ゼロ』は、結果か、目的か。
- 殺処分ゼロが、課題の解決ではない
- 余剰犬猫問題蛇口モデル
- 余剰犬猫問題の背景となる問題
- 殺処分ゼロの一歩先の社会をつくる取り組みの加速を
『殺処分ゼロ』は、結果か、目的か。
殺処分ゼロを目指す風潮は、一見、良い活動のように見えます。しかしその陰で、殺処分ゼロが犬猫を苦しめる事さえあるのです。
某自治体では、市民やボランティア団体等の殺処分ゼロを求める声に応え、犬の殺処分を行わない方針に転換しました。しかし、その地域はまだまだ野犬の多い地域。殺処分を行わなくても、収容頭数は減りません。保護団体のキャパシティにも限界があるため、行政の動物管理センターは、譲渡できない犬で溢れかえる状態になりました。
犬は本来、社会性・協調性の高い生き物です。しかし、犬が一カ所に大量に集められた過密環境では、持続的なストレスから、犬同士の攻撃に発展し、弱い犬が攻撃のターゲットとされてしまうことがあります。この動物管理センターでも、過密環境・持続的なストレス状態から、犬同士の攻撃による死亡事故が発生してしまいました。
『殺処分ゼロ』は、収容される犬猫よりも、譲渡できる犬猫の方が多くなければ達成できません。収容が多い状態で、無理に『殺処分ゼロ』を宣言し、殺処分を停止することは、動物管理センターをはじめとした保護施設のキャパオーバーを招き、保護されている犬猫の動物福祉を低下させることになります。
行政でなく、保護団体やボランティアにおける多頭飼育崩壊も少なからず報告されています。保護活動においては、保護犬猫の福祉を保証することは非常に重要です。適切な健康管理と美容やしつけ・行動面でのケアを受けなければ、新しい家族に譲渡することもできません。
その団体や施設ごとに、保護に活用できるスペース・人員・資金には限りがあり、おのずと定員は決まってきます。しかし、殺処分されそうな犬猫に出会ってしまえば、その定員を超えて、あと一頭なら、あと一頭ならと増えてしまうことがあります。
『殺処分ゼロ』は結果です。収容される保護犬猫を減らし、丁寧な保護・譲渡活動を行った上で、結果として訪れるべき状態です。『殺処分ゼロ』を目的にし、『殺処分ゼロ』を達成し維持するために保護を行えば、いつしか身の丈を超えた保護数となり、保護犬猫の福祉を侵害することになります。
殺処分ゼロが、課題の解決ではない
犬猫の殺処分問題は、社会的に注目度の高い問題です。一方で殺処分がゼロになれば課題が解決するかと言えばそうではありません。
殺処分ゼロは、あくまでも、保健所などの行政施設における殺処分が行われていないことを指します。行政施設に保護されず、不適切な飼育環境のまま、ただ生かされている犬猫たちもいます。運よく、保護団体に保護される犬猫もいますが、当然、全ての犬猫を受けきることはできません。
殺処分ゼロはあくまでも結果であり、その実現のためには、保健所への収容数を減らす事、余剰となっている犬猫の数を減らす事、つまり、保護しなければならない犬猫を減らす、蛇口の元栓を締める活動が必要です。
余剰犬猫問題蛇口モデル
この図は、余剰犬猫と殺処分をめぐる社会問題をモデル化した図です。上段の蛇口は、余剰となり保護される犬猫が生まれてくる原因を表し、下段の蛇口はその犬猫たちの処遇を指します。
保護された犬猫たちは家庭へ譲渡できれば良いのですが、高齢である、疾患がある、問題行動があるなどの理由でなかなか家庭につなげられない場合もあります。保護施設での飼育には、人的、設備的、資金的な限界があり、限界以上の保護は、水風船の破裂、つまり、保護団体の多頭飼育崩壊を招きかねません。殺処分を回避するために、下の段の蛇口に注目した活動だけに頼ることは、現実的ではないのです。
重要なのは、上の段の蛇口を締めていくことです。野外で繁殖し保護される犬猫、飼い主が飼えなくなって飼育放棄する犬猫、ブリーダー崩壊やブリーダー廃業に伴う繁殖引退犬猫が保護団体に流入すること、これらをしっかりと止めていくことなしに、持続可能な殺処分ゼロはあり得ないのです。
余剰犬猫問題の背景となる問題
猫のロードキルは殺処分の10倍
一つは猫のロードキルの問題が挙げられます。ロードキルとは、動物が野外で車に轢かれるなどして死亡することを指します。車に乗る方であれば、そうした遺体を見ることも少なくないでしょう。
2019年、全国の行政施設で殺処分された猫の数は、2万7,107頭でした。一方、猫のロードキルについて、全国の自治体に対して行われたアンケート調査(NPO法人人と動物の共生センター)では、野外で死亡した猫の遺体回収数は全国で(推計)28万9,572頭であったことが報告されています。実に、殺処分数の10倍の猫が路上で死亡しています。
これだけ多くの猫が野外で死亡しているのは、野外での猫の繁殖が繰り返されていることが原因です。野外の猫を避妊去勢せず、無責任に餌やりをしてしまう人の存在は、野良猫の繁殖に大きく影響しています。野良猫を捕獲し、避妊去勢手術を行い、元の場所に戻す、TNR活動が全国各地で実施され、実際にロードキル数は全国的に減少傾向にありますが、殺処分の10倍の猫が死亡している事実は、あまり知られていません。
多頭飼育崩壊の背景に、人の障害や生きづらさが
近年増加している、多頭飼育崩壊も大きな問題です。多頭飼育崩壊とは、個人宅などにて、避妊去勢手術を受けていないオスメスが、繁殖を繰り返し、ネズミ算式に犬猫が増えてしまった状態を指します。往々にして糞尿の処理が追いつかず非常に不衛生な状態となり、世話が行き届かず病気が蔓延したり、餓死したりする事さえあります。飼い主本人の生活の破綻だけでなく、不衛生な環境はご近所問題に発展することもあります。
多頭飼育崩壊の背景には、飼い主自身の精神障害や発達障害やそれに伴う生きづらさがあり、周囲からの支援が得にくいことで、事態が悪化してしまうことがあると指摘されています。多頭飼育崩壊は、単純に犬猫の問題ではなく、社会福祉の問題であることを意識しなけばなりません。
ブリーダーにおける不適切な飼育の問題
また、2019年に改正された動物愛護管理法は、ブリーダーやペットショップの有り方を問い直すものとなりました。2021年より施行された、犬猫の飼育スペースの広さや、スタッフ1人あたりの飼育可能頭数を定めた数値規制では、多くの企業が対応に追われました。対応できている企業は良いのですが、中には、数値規制に対応できず、法令違反状態で操業していたり、廃業しようにも廃業できない事業所も存在します。
日本社会全体と同じように、ブリーダーも高齢化が進んでいます。体力的に廃業を考えていたとしても、繁殖に用いてきた親犬猫たちに新しい家庭を見つけなければ廃業できません。犬猫を誰かに渡せなければ、世話を続けなければなりません。
世話を続けざるを得ないなら、少しでも産ませて売りたいと考えてしまい、廃業に踏み切れないという悪循環に陥ります。体力的にも、設備的にも、経済的にも十分な投資ができなければ、犬猫の飼育環境は悪化し、動物福祉の侵害につながります。
殺処分ゼロの一歩先の社会をつくる取り組みの加速を
このように、直接殺処分につながらなくても、不適切な飼育環境下で、適切な動物福祉の状態にない犬猫は社会に無数に存在します。その一部が、保護犬猫として、保護団体に引き取られ、新しい家族との出会いを果たしています。行政を経由する犬猫はこの中でも一部です。
殺処分ゼロが現実的な状態となった今日に至っては、殺処分ゼロという状態にばかり目を向けるのではなく、社会問題全体に目を向け、必要な施策を実施していかなければなりません。
野外での過剰繁殖にしろ、人の問題と絡み合う多頭飼育崩壊にしろ、ブリーダーによる繁殖引退犬猫の問題にしろ、個別の問題を丁寧に解決しているボランティアや活動家たちがいます。そうした先例に習い、取り組みを社会全体に拡げていくことが必要です。
そして施策を実施する主体は、犬猫の活動を行うNPO、保護団体、ボランティアに任せきりではいけません。犬猫の問題が顕在化してきている今日だからこそ、ペットに関わる企業や、これからペットの分野に関わろうとする企業が、しっかりとこうした問題にコミットし、責任感を持って、対応していく必要があります。
企業が持つリソースを活かし、それぞれの企業が担える部分を積極的に担っていくようになれば、課題の解決は加速されます。積極的に責任を果たす企業こそ、飼い主に選ばれ共感され、未来に生き残る持続可能な企業になると私は考えています。