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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
昔から「犬は飼い主の性格に似る」と言われています。また、落ち込んでいたりするときに愛犬がそばにいてくれることで癒されたりと、わんちゃんとオーナーは互いに影響しあっています。実は最近の研究で、オーナーのストレスも犬に影響を与えることがわかったのです。ヤマザキ動物看護大学で獣医動物行動学を研究する獣医師・茂木千恵先生のコラム、今回のテーマは「犬と飼い主のストレス」についてです。
目次
- 犬は人に共感する能力をどう身につけた?
- 飼い主のストレスは犬に伝染する!?最新の研究でわかったこととは?
- 飼い主の性格によっても、犬のストレスは変わる?
- 自分のストレスを犬に伝染させないために飼い主がすべきことは?
犬は人に共感する能力をどう身につけた?
約1万数千年前から人と共生し始めたわんちゃんは、その長い歴史の中で、生まれながらにして人の行動の意味を理解できるように進化しました。例えば、チンパンジーでも理解できなかった指差しのジェスチャーが「方向」を示しているということを、わんちゃんが訓練なしに理解できると知れば、その進化の具合がわかるでしょう。
一方、私たち人間も、わんちゃんの落ち着いている様子を見るだけで、無意識にリラックスして癒されたりと、わんちゃんの行動に心理的影響を受けるようになっています。このように、人とわんちゃんはお互いに影響を受け合い、支え合って進化してきたのです。
その進化の過程でわんちゃんが獲得したのが、人への「共感力」です。例えば、神経質な人が飼っているわんちゃんは神経質であるというように、オーナーの性格がわんちゃんに影響することも、わんちゃんが優れた共感力を持つためとされてきました。しかし、こうした説はあくまでもアンケートによる調査結果によるもので、医学的根拠に基づいたデータはありませんでした。
そんな中、2019年に「飼い主と犬のストレス」に関する研究がスウェーデンで行われました。この研究の結果、「飼い主のストレスは犬に伝染する」ということが、初めて医学的に実証されたのです(※)。
飼い主のストレスは犬に伝染する!?最新の研究でわかったこととは?
研究にあたって測定する、ストレスの度合いを表す物質が、オーナーとわんちゃんの毛髪に含まれる「コルチゾール」です。
コルチゾールとは、恐怖や不安を感じる状況で分泌される、ストレスホルモンとも呼ばれる物質。長期ストレスを調査する場合は毛髪に含まれるコルチゾール値が測定され、根元から3cmの毛髪には直近3〜4か月のストレスレベルが反映されています。
つまり、
コルチゾール値が高い→ストレスが多い
コルチゾール値が低い→ストレスが少ない
と考えていただければよいでしょう。
【調査】
対象:スウェーデン在住のオーナー・わんちゃんのペア58組
犬種・頭数:シェットランド・シープドッグの33匹・ボーダー・コリーの25匹
調査時期:夏と冬の2回
調査方法:オーナーとわんちゃん、それぞれの根元から3cmの毛髪を採取し、双方の毛髪に含まれるコルチゾールを測定
【調査結果】
コルチゾール値を測定し、その高低が何と関連しているかを調べた結果、オーナーの毛髪のコルチゾール値が高いと、わんちゃんの毛に含まれるコルチゾール値も高いということが実証されました。つまり、オーナーがストレスを抱えていると、その様子に強く共感したわんちゃんもストレスを感じてしまっていたのです。
一方で、わんちゃんの毛に含まれるコルチゾール値が高いと、オーナーの毛髪に含まれるコルチゾール値も高くなるとは、必ずしも言えない結果となりました。つまり、人はわんちゃんがストレスを抱えていても影響を受けにくいと言えるでしょう。
飼い主の性格によっても、犬のストレスは変わる?
今回の研究ではさらに、オーナーやわんちゃんの性格がストレスに与える影響を調べるため、アンケートを組み合わせた調査も同時に行われました。
具体的には、オーナーに自身の性格特性やメンタルヘルス、わんちゃんの性格についてのアンケートに回答してもらい、回答結果からオーナーとわんちゃんの性格を分析し、先ほど測定したコルチゾール値との関連を調べました。その結果、オーナーの性格が、わんちゃんのストレスに影響を与えることがわかったのです。
以下が、オーナーの性格に応じた、わんちゃんのコルチゾール値傾向の一例です。
【外向的で几帳面な性格の飼い主の場合】
「外向的で几帳面な性格」とアンケートで答えたオーナーの場合、わんちゃんのコルチゾール値は冬場に特に高くなる傾向にありました。
これは、外交的な人にとって、スウェーデンの長く厳しい冬の生活はストレスがたまるものであり、そんなオーナーに影響を受けて、わんちゃんが受けるストレスも増えているのでしょう。
【神経質な性格の飼い主の場合】
一方、自分を「神経質な性格」だと回答したオーナーの場合、わんちゃんのコルチゾール値は夏・冬問わず、低い傾向にありました。
「あれ? 神経質で不安を抱えやすい性格のオーナーなら、わんちゃんも神経質な性格に育って、ストレスを抱えやすい(コルチゾール値が高くなる)のでは?」と、不思議に思う方もいるでしょう。神経質な人はわんちゃんを人生の支えと見なし、強い愛情を持って接する傾向が高いと言われています。そのため、わんちゃんと一緒にいることが、神経質な人にとっての癒しとなり、ストレスが軽減しているのかもしれません。
また、この結果が示しているのは、神経質な人はわんちゃんのストレスを減らす環境を作ってあげられているということです。神経質な人はこのことに自信を持ち、これからもわんちゃんとよい関係を築いていただきたいと思います。
自分のストレスを犬に伝染させないために飼い主がすべきことは?
この研究で、オーナーのストレスはわんちゃんに伝わってしまうということが実証され、さらにはオーナーの性格もわんちゃんのストレスレベルに影響を与えていることが明らかになりました。
わんちゃんにストレスを与えないようにするためには、オーナー自身がストレスをためないことが一番ですが、人間は誰しもストレスを感じてしまうことはあるでしょう。そんなときは、どうすればいいでしょうか。
ストレス解消には犬と一緒に運動がおすすめ
ストレスを感じたときにおすすめなのが、わんちゃんと一緒に運動することです。適度な運動はストレスを発散することができます。さらに一緒の時間を過ごすことでよい関係が築け、お互いに心身両面へのよい効果が期待できるのです。外へ出かけにくい時期には室内でドッグヨガをするなど、ぜひ日々の生活に取り入れていただきたいです。
飼い主と犬が癒し癒されあう関係性を
人とわんちゃんは長い歴史の中で、お互いに影響しあいながら進化してきました。そのため、オーナーがストレスを抱えるとわんちゃんもストレスを抱え、そんなわんちゃんの様子を見たオーナーはさらにストレスを感じてしまいます。
そのような悪循環に陥らないため、お互いの心と体を満たして癒し癒され、充実した生活を送っていただきたいと思います。
(※)論文
Sundman, AS., Van Poucke, E., Svensson Holm, AC. et al. Long-term stress levels are synchronized in dogs and their owners. Sci Rep 9, 7391 (2019).