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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
夏の終わり頃から秋にかけては台風が増えてきます。台風が近づくと怯えたりいつもと違う様子を見せたりする犬もいるでしょう。今回は動物行動学の専門家の茂木千恵先生に教えていただき、台風を怖がっている犬にどう対応すればいいのか解説していきます。
目次
- なぜ犬は台風を怖がるの?
- 台風が苦手な犬の特徴は?
- 犬が台風を怖がるときにする反応は?
- 台風のとき、犬のパニックやトラブルを防ぐにはどんな方法がある?
- 犬が台風を怖がったとき、飼い主がやってはいけないことは?
- 台風の日に犬の散歩に行っても大丈夫?
- 台風の中で犬の散歩に行くとき必要なアイテムは?
- 台風の直後に犬の散歩に行くときの注意点は?
- 台風で避難指示が出たときなど緊急の場合、犬のために備えておくことは?
なぜ犬は台風を怖がるの?
危険を察知する力は動物たちにとって命綱です。感覚を鋭敏にして危機の前触れを察知したり、一度経験した危機を覚えていてよく似た状況になったときに警戒したりする力が備わっているのです。そうした力によって台風や地震、自然災害などの際に逃げたり安全な場所に避難したりすることができます。
特に犬のように社会性の高い動物はいつも身の回りの様子に注意を払っています。たとえば台風に初めて遭遇したときなどに飼い主さんや家族が怯えていたり不快な気分で過ごしていたりすると、それが伝わって「台風は嫌なものだ」と記憶してしまうのです。
さらに、台風が近づいてくると気圧の変化があったり普段とは違う音がしたりといった環境の変化があります。その中でも特に犬が苦手なポイントを挙げます。
台風に関連する音
台風が接近すると特有の音が聞こえてきます。聞き慣れない風の音や雨の音。人間でも「怖いな」と感じる人もいるかもしれませんが、犬は聴覚が優れていて人間の4倍遠くの場所の音を聞くことができ、特に高音域については人の3倍高い周波数も聞き取れるのです。そのため飼い主さんが気付かないような遠くの落雷の音なども聞き取って、聴き慣れない音に不安を感じてしまうのです。
気圧の変化による影響
人間でも「台風が近づくと頭が痛い」という人がいます。これは実は内耳にある“気圧センサー”が気圧の変化によって交感神経を刺激するのが原因だと言われています。同じように犬にも低気圧が近づいたことによる不調が起きる可能性があります。
また、嵐が接近するとストレスホルモンであるコルチゾールが急激に増加する犬もいます。ペンシルベニア州立大学の研究者が実施した研究によると、雷を嫌う犬の唾液には雷を恐れていない犬よりもコルチゾールが200%多いことがわかりました。
台風が苦手な犬の特徴は?
台風接近に伴う恐怖と不安はさまざまな年齢や犬種で発生する可能性があります。その中でもコーギーやシェパード、コリーなどの牧羊犬は他の犬種よりも多く嵐恐怖症を見せる傾向があると言われています。また雌犬の方が雄犬よりも嵐を怖がる傾向があることも研究によって明らかとなっています。さらには遺伝的な要因やトラウマ体験、大きな音などに慣れていないことも影響します。
その他、台風を苦手としやすい犬の特徴としては耳に問題があるケースや不安を感じやすい性質を持っていることがあります。
片耳が不自由な犬
片耳が聞こえない犬は、嵐の音がどこから来ているのかわからないため、両耳が聞こえる犬よりも極端に反応する可能性があります。
関節系の疾患がある犬
台風のような低気圧の接近は関節痛を起こすと言われています。慢性的な関節の不調がある犬は動かなくなったり、触ろうとしたら怒ったりイライラしたりと行動に影響が出る場合もあります。たとえば関節系の疾患である変形性関節症や椎間板ヘルニア、股関節形成不全、膝蓋骨脱臼。こういった関節系の疾患を持つ犬は台風や雨のときに関節の痛みが強くなることがあります。
不安を感じやすい犬
台風を怖がる犬は分離不安や音恐怖症など、元々不安に関連する問題行動を持っていることが多いことがわかっています。不安の感じやすさは犬種や性別など遺伝的な要因と、生まれてすぐの時期の母犬によるケアの質や量など環境的な要因が関与しています。また雌犬は雄犬より不安を感じやすく、譲渡されるなど途中で飼い主が変わった犬のほうが不安を感じやすいと言われています。
犬が台風を怖がるときにする反応は?
犬は優れた聴覚によって遠くの雷鳴を聞いたり、気圧や匂いなどの変化を敏感に察知したりします。そのため私たち人間が台風の接近に気づくよりずっと前に反応し始めることがあり、飼い主さんからすると犬が単に奇妙な行動をしているように見えるかもしれません。しかし不安や恐怖のサインだと気づかずに犬にその行動をやめるように叱ったりすると、よけいに台風に対して不快なイメージを残してしまいかねません。以下のような不安の兆候をおぼえておいて、犬の変化にいち早く気づいてあげましょう。
- 耳を伏せて、尻尾を下げる(股に巻き込む)
- 伏せる
- 瞳孔が開く
- 落ち着きなく行ったり来たりする
- 飼い主さんについて歩く
- 挙動不審になる(人のいない方向を見つめる、吠える)
- 食欲不振になる
さらに、以下のような変化が出ている場合は積極的な緩和ケアが必要です。当てはまる場合は獣医師に相談しましょう。
- どこかに隠れてしまう
- クンクンと鳴いたり、ヒンヒンと鼻を鳴らしたりする
- ハアハアとあえいだり、よだれを垂らしたりする
- 震える
- 大きな音や声に過剰に反応する(家族の会話などにも怯える)
- パニックになり攻撃してくる
- 失禁する
- 破壊的な行動(ドアやケージを壊そうとする)
- 自傷行為(床を掘ろうとして爪から血が出る、逃げ出そうとして歯ぐきから出血するまでクレートやケージを噛む)
台風のとき、犬のパニックやトラブルを防ぐにはどんな方法がある?
強い恐怖を感じた犬はパニックになり飼い主さんの声が聞こえなくなってしまうことがあります。そうなればケガや事故にもつながりやすくなるので、怖がり始める前に対処することが大切です。
台風の接近に関連する音への慣らし(脱感作)
いったん怖がるようになってしまった習慣を克服させるには、多くの時間や忍耐が必要となります。台風の季節が始まる前に環境を整え、台風に慣らすトレーニングを始めましょう。
「脱感作(だつかんさ)」によるトレーニングは、音に対する犬の反応を徐々に減らします。動画サイトやニュース映像などであらかじめ台風の音源を用意し、最初は小さな音で再生してゆっくりとボリュームを上げて慣らしていきます。そのとき犬にはおもちゃやおやつを与えたり、一緒に遊んだりという楽しい気持ちを経験させます。
さらにこのトレーニングを確実に有効にするために、実際に台風が近づいてきたときに犬が穏やかに過ごせていたら、おやつやおもちゃ、遊びなどで犬にご褒美を与えましょう。
環境を整える
台風の予報が出ている場合は、事前に次のような対策をしましょう。
・テレビやBGMをつけたままにしておく
音に対する恐怖を感じやすい犬には他の音を聞かせることで台風の予兆に気づきにくくすることができます。
・安全地帯を用意する
多くの犬は恐怖を感じたとき本能的に隠れようとするので、できるだけ外の気配が伝わらないような、窓から離れた場所に「安全地帯」を作ってあげることがおすすめです。安全地帯には、水、食べ物、お気に入りのおもちゃや寝具などの快適なものを設置します。
安全地帯を作って犬に最初に見せるとき、飼い主さんは犬と一緒にそこで過ごして安心させてあげてください。特に犬が促さずに自分で安全な場所に行き始めるまでは、褒めたり、おやつを与えたりして積極的に快適さをアピールする方が早く馴染みます。
ただし安全な場所だからと犬を閉じ込めてしまうと、かえってパニック反応を起こす可能性もあります。出口は開放したままにしておきましょう。
・逃亡対策
パニックになった犬は脱走してしまう危険性があります。ちょっとした隙間から外に逃げ出してしまうと捕まえられず見失うことがあるので、屋外に通じるドアの開閉は慎重に行いましょう。
また外で飼育している犬が嵐の音に驚いて脱走したり、ケガを負ったりすることがあります。あらかじめ屋内で過ごせるよう居場所を作ってあげることで犬も不安を軽減できるでしょう。
・安心させるグッズ
ベスト、ジャケット、ケープなど胴の周りにしっかりと装着して犬を「おくるみに包む」ようにすると安心感を感じる犬もいます。ただしグッズ自体に慣れていないと戸惑うので、台風が来る前の穏やかな季節に試用して慣らしておきましょう。
また「サンダーシャツ」といって犬をしっかりと包み込むことで恐怖を軽減するよう設計されている服も市販されているので、そういったアイテムを活用するのも良いでしょう。
・獣医師に相談する
あまりに不安な様子が続いたりパニックがひどい場合などには、獣医師に相談すると適切な処方が得られます。パニックなどには頓服の鎮静剤が出されますが、不安の根本的な問題に対処していません。一方、抗うつ薬は不安を和らげるだけでなく、台風が近づいてくるときにトレーニングに集中させるのを助ける効果も期待できます。
犬が台風を怖がったとき、飼い主がやってはいけないことは?
台風がやってきたときに飼い主さんがしてはいけない対応があります。愛犬のために知っておきましょう。
なだめる
意外かもしれませんが、台風を怖がっているからと普段以上に甘くしたりなだめたりしてはいけません。台風が来て怯えたために飼い主さんが優しくしてくれたことを覚えていて、より怖がる行動をみせるようになっていくことがあるからです。
狭いところに閉じ込める
犬をケージや部屋に強制的に閉じ込めないでください。落ち着く子もいますが、閉じ込められてもなお不安がる子はパニックに陥るため、自分自身を傷つける可能性があります。
罰を与える
怯えて鳴きやまないときや行動がおかしいときに罰を使用すべきではありません。罰は犬の不安と恐怖を増大させるだけです。
台風の日に犬の散歩に行っても大丈夫?
多くの犬は激しい雨の中を散歩するのを嫌います。また台風の接近は強い風が伴います。物が飛ばされてきたりすると人も犬も大変危険です。ただ雨の中を犬が歩くこと自体は問題ないので、外で排泄させる必要がある場合は予防策をとったうえで出かけるようにしましょう。
風の弱まるタイミングを選ぶ
急に風雨が強まることもありますので、ネットなどで風雨の時間予測を参考にしながら、どのタイミングで風雨が弱まるかを確認し、無理のない予定を立てておきましょう。
雨が吹き込まない場所を選ぶ
雨を遮る避難所のある場所を見つけておきましょう。屋根付きのエリアや雨の一部を遮る木があるエリアなどは犬がかぶる雨の量を減らすことができます。水たまりが多いところなども避けましょう。
人通りの多いところを避ける
人通りが少ない経路を選び、視界を確保できるようにします。車道に近づきすぎると、車が通り過ぎて泥だらけの水が飛び跳ねる危険があります。また、人通りの多いところで傘をさしていると、接近する車両が見えにくくなり危険です。台風の雲に遮られて外が暗くなるかもしれないので、歩く時間も選びましょう。
散歩コースを短くする
大雨が降っている場合は外出時間をなるべく短くして、屋内で遊びを充実させましょう。
散歩後はよく乾かす
雨の中で犬を散歩させた後は、タオルでよく拭き取ってください。長毛の犬の場合は、ドライヤーを使用して犬のトップコートとアンダーコートの両方を乾燥させる必要があります。
まず室内に戻ってきたときに玄関に泥が飛散しないように、ドアのそばに犬のケアグッズを設置しておきます。タオル、足ふきマット、少量の犬用シャンプーを混ぜた水を入れたバケツは必須です。跳ね上げて付着した泥をおとすのに、バケツに犬の足を浸して洗ったり、固く絞った濡れタオルでお腹を拭いたりしてもいいでしょう。
台風の中で犬の散歩に行くとき必要なアイテムは?
犬をできるだけ雨から保護し、暖かくしておくためにレインコートなどを活用しましょう。冷たい雨に過度にさらされると低体温症を引き起こす可能性があります。
レインコート
レインコートは、犬が雨の中で乾いた状態を保つのに役立ちます。多くはビニール製で防風性と防水性があり、コートがズレないようにストラップなどが付いているので嵐の中でも脱げることがありません。
レインブーツ
レインブーツは四肢が濡れないようにするためのグッズです。履くことを嫌がる犬も多いので、購入前に試着させることをおすすめします。
傘
犬用の傘はそれほど一般的ではありませんが、犬の首輪に取り付けるタイプなどもあります。
反射板など可視性を高めるグッズ
土砂降りの中では視界が極端に悪くなります。明るい色のレインコートなどを着用するか、反射板を付けることでドライバーから犬が確認できるようにしましょう。
台風の直後に犬の散歩に行くときの注意点は?
台風一過は晴れて清々しく散歩日和と思われがちですが、道路に飛んできたゴミなど踏むと危険なものが落ちている可能性があります。
またネズミの排せつ物を介して感染する「レプトスピラ症」は、台風や洪水の後にできる水たまりなどが感染源となると考えられています。犬が湿地や水たまりで遊んだり水を飲んだりすること、逃げ出してきた野ネズミの死骸などと接触することが感染リスクを高めてしまうのです。レプトスピラ症を防ぐ混合ワクチンを打つのも有効ですが、接種したワクチンでは対応できないことがあるため、台風後で状態が激変している崖、土壌がむき出しの地域、水たまり、川などには近づけないようにしましょう。
台風で避難指示が出たときなど緊急の場合、犬のために備えておくことは?
避難指示が出たときは基本的に犬を残していくことになります。そうなった場合に過ごさせる部屋、水や食料の確保をしておくと安心です。クレートやキャリーでおとなしく過ごすことができていれば、避難に同行できる自治体もあります。お住いの自治体のルールを確認しておきましょう。