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転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

大型犬が転勤族の家の前に捨てられていた……!
捨て犬を家族に迎え、少しずつ形を変えていく家族の日々。
森田めぐみさんと、愛犬・レイルくんとの10年を振り返っていきます。毎月第2・第4水曜日更新
目次
- 盗み食いをする愛犬
- 余命2ヶ月の宣告を受けた
- 甘ったれのわがまま犬に…
盗み食いをする愛犬
仕事を終えて帰宅すると、レイルが子どもたちにこっぴどく叱られていた。
どうやら、猫たちのごはんを盗み食いしたらしい。
猫のごはんエリアの手前には、スツールを2脚置いてバリケードを作っているのだが、レイルはどうにかしてそのバリケードを乗り越えてゆく。
レイルが猫ごはんを食べてしまうと、食べ損ねた猫が怒り出すので、ごはんを補充するのだが、それをまたレイルが食べるという悪循環が発生するのである。
子どもたちに叱られたレイルは、しょんぼりした顔で尻尾を下に垂らしているのだが……。
犬と暮らしている方ならよくご存知だろう。
彼らは、とてつもなく“反省したふり“が得意な生き物だ。おそらく、今回のレイルも反省などしていない。
上目遣いでチラチラとこちらの様子を伺うレイルの頭を撫でて、私は言った。
「まぁ、食べちゃったもんは仕方ないんだから、そう怒らなくても……」
「甘い!!」子どもたちから即座に文句が飛んでくる。
余命2ヶ月の宣告を受けた
レイルの体調が急激に悪化し、紹介状を手に大学病院に向かったのは、一昨年の秋のこと。
そこで、レイルの体内に腫瘍が巣食っていること、現状から推察する余命はおよそ2ヶ月ほどだということを知った。
レイルがもうすぐいなくなってしまう!!
投薬により、来院した時と比べるとかなり元気に見えるが、来年にはレイルがいないのだと思うとたまらず、私は彼を今までの100倍甘やかした。
レイルはパン、とりわけバゲットが大好物なのだが、健康を考え、今まではほんの少しだけしかあげなかったし、猫のごはんを盗み食いしたらもちろん叱っていた。
しかし、これからは話が別だ。
食べられるうちは、好きなものをたくさん食べてほしいし、わがまま放題の猫たちと今まで仲良く暮らしてくれたのだから、猫ごはんを盗み食いすることなんて全く問題にならない。夕食のおかずにお肉を焼くときは、レイルの分を味つけせずに焼いて今までよりかなり多めに取り分けた。
余命いくばくもないレイルのために、なんだってしてあげよう。
ところが、余命の2ヶ月を超え、レイルはなぜか体調を取り戻していった。
「信じられないことですね……」
処方された薬がよほど効いたのかもしれないと医師は首を傾げる。
薬は腫瘍の根治が目的ではなく、症状を緩和するためのものなので、もちろん病気が治ったわけではない。
けれど、レイルはドクターストップにより長い散歩が出来なくなった以外は、完全に元の生活に戻ったのだ。
これは非常に嬉しい想定外だったが、もうひとつ大きな想定外だったのは、私がめちゃくちゃに甘やかしてしまったことで、レイルがとんでもない甘ったれのわがまま犬に生まれ変わってしまったこと。
甘ったれのわがまま犬に…
幼少期の環境が原因だと思うが、我が家に来た時からずっと遠慮がちだったレイルが、別の犬のように要求を伝えてくる。そのパンをくれ、また、今すぐに撫でろと言い、そのお皿のお肉美味しそうだね? とよだれを垂らすのだ。
吠えたり噛んだりはもちろんしないが、とにかくよだれを垂らしながらテーブルの周りをぐるぐる回るので非常にわずらわしい。
1年前は、具合の悪いレイルを心配して普段の10倍くらい優しかった子どもたちも、1年も経てばある程度は通常営業に戻り、わがままになったレイルを叱り、甘やかした私を責める。
……いや、でもさ、しょうがなくない?
出来るだけ余生を楽しく生きてほしいと思うのが人情でしょうよ。
オーブントースターから朝ごはんのパンを取り出すと、レイルがむくりと起き上がった。
テーブルの向かい側で、よだれを垂らしながらこちらを見つめる愛犬の圧を感じながら、私は今日もパンをかじる。
今日も今日とて、全力でうっとうしい……!
でも、このうっとうしさが1日でも長く続きますように、とも強く願っている。
