2022年09月17日 更新 (2021年08月16日 公開)
博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
愛犬が来客に対して吠えたり、散歩中に出会った犬に飛びかかったりしたことはないでしょうか。これは犬が「嫉妬」のような感情を抱いているからなのかもしれません。犬は群れの中での序列を大切にし、飼い主の愛情を求める生き物です。序列の乱れや、飼い主の関心が自分から離れたと感じると、嫉妬のような行動を起こすことがあるのです。そこで、ヤマザキ動物看護大学で動物行動学を研究する獣医師の茂木千恵先生に、犬の嫉妬の原因となる感情の動きや、問題行動の対処法について伺いました。
目次
- 犬も嫉妬をする?
- 犬が嫉妬をする理由とは?
- 犬が嫉妬をする対象は?
- 犬が嫉妬しやすいシチュエーションは?
- 嫉妬しやすい犬の特徴は?
- 犬が嫉妬しているときの仕草は?
- 犬の嫉妬を放置しておくとどうなる?
- 犬が嫉妬をしているときの対処法は?
- 犬の嫉妬をやめさせる方法は?
犬も嫉妬をする?
犬も嫉妬のような行動を見せることがあります。人間が感じる嫉妬は、自分と他者との比較から沸き起こるものですが、犬にそのような比較能力があるかどうかはわかっていません。わかっているのは、自分が受けていた飼い主からの恩恵や注目が、他の存在に取られたことに気づけるということです。
飼い主の注目が自分以外に取られたと気づいた犬は、動揺したり葛藤を感じたりします。そして、飼い主の注目を取り戻したいという動機から、いわゆる「嫉妬」している状態に似た行動やしぐさを見せるのです。
犬が嫉妬をする理由とは?
犬と飼い主の関係は、人間の子どもと母親の結びつきに似ています。犬にとって飼い主は自分をケアしてくれる大切な存在です。その飼い主の注目が自分以外の対象に移ると、ケアの質や量が低下する恐れがあります。そのため、犬は飼い主と自分以外との触れ合いをやめさせたい、飼い主の注目を取り戻したいという動機から、嫉妬のような行動を起こすと考えられています。
犬が嫉妬をする対象は?
犬が嫉妬のような行動を見せるのは、主に次のような対象に対してです。
犬や他の動物
「飼い主が注目している」と犬が感じた相手(犬や他の動物)に対して、噛んだり突進したりする犬が多いようです。また、多頭飼育のケースでは、嫉妬からのトラブルが起こりがちです。
人
乳幼児のケアに飼い主の時間が割かれることで、犬は「自分への関心が減った」と感じます。また、飼い主の婚約者やパートナー、同居するようになった人、よく訪問する客人など、「飼い主のスケジュールや環境が変化するきっかけになる人」にも不安を覚えることがあります。
おもちゃ
飼い主が大切にしている物の匂いを嗅いだりかじったりすることがあります。嫉妬からの行動に見えますが、飼い主が注目している物に興味をもっているだけかもしれません。
犬が嫉妬しやすいシチュエーションは?
犬は不安や不満を感じると、嫉妬のような行動を見せるようになります。
自分を置いて他の犬や家族が出かけたとき
犬は一頭で置いていかれると「群れから外れた」と感じ、不安や欲求不満から嫉妬のような行動を見せます。他の犬だけではなく、人間の家族同士が出かけて、自分だけが留守番する場合にも起こります。
他の犬にだけ特別なフードやおやつを与えたとき
犬は物の価値の違いに敏感です。たとえ自分がおやつを貰っていても、「他の犬のほうがいい物を貰ってる」と気づくと、欲求不満を感じます。
家に新しく子犬を迎えたとき
新たに迎えた子犬に飼い主がかかりきりになると、先住犬は自分への注目が減ったと感じてしまいます。そして、欲求不満が高まり、嫉妬のような行動を示すようになります。
家族構成が変わったとき
家族構成が変わると、新しい家族への注目が高まります。とくに目が離せない乳幼児に対しては、犬は「関心を奪われた」と感じて嫉妬が起こります。
来客に飼い主が近づく、話しかける
飼い主の注目が、自分からお客さんに移ることに不満を感じることがあります。また、縄張りを守るつもりでお客さんを攻撃する仕草が、嫉妬しているようにも見えます。
外出先で飼い主が他の犬に構う、おやつをあげる
外出先で他の犬に構ったりおやつをあげたりすると、犬は「飼い主の関心を取り戻したい」「おやつを取れらくない」といった理由から攻撃的になったり、要求を伝えるために吠えてしまいます。これが嫉妬のような行動と捉えられます。
嫉妬しやすい犬の特徴は?
嫉妬しやすい犬には、次のような特徴が見られます。
飼い主への依存心の強い犬
飼い主との精神的な結びつきが過剰になると依存心が生まれます。すると、飼い主の注目が他に移ることに敏感になり、不安や不満を感じやすくなります。
飼い主への独占欲が強い犬
飼い主に注目されたい気持ちが強いと、飼い主の関心が少し他に向くだけで不満を感じます。対象を遠ざけるために飛びかかったり、飼い主の注目を引くために吠えたりすることがあります。
自分の順位を気にする犬
去勢してないオス犬は特に他の犬との力関係に敏感で、自分より弱い相手が飼い主の注目を浴びると、自己主張としての攻撃行動が起こります。
多頭飼いをしていると犬の嫉妬が起こりやすい?
多頭飼いの場合、犬同士で定めた序列を飼い主が崩してしまうと攻撃行動が起こります。上位の犬が下位の犬を攻撃するほか、下位の犬が「飼い主が介入したことで自分が攻撃される」という葛藤を抱えて問題行動を起こすことがあります。
犬が嫉妬しているときの仕草は?
犬が嫉妬を感じたときに見せる仕草には、さまざまなものがあります。
甘える
飼い主の関心を引くために、甘える仕草で自分自身をアピールします。また、飼い主がそれに応えると、「甘える仕草をしたら、飼い主がかまってくれる」という経験から学習し、仕草を繰り返すようになります。
落ち込む
「飼い主の注目を奪われたにもかかわらず、奪った対象を排除できなかったこと」への不安や葛藤が、尻尾を巻き込む、伏せをするなどといった、落ち込んだような仕草として現れます。
噛む、唸るなどの攻撃行動
序列が下の相手が飼い主の関心を引いた場合、吠えたり唸ったりして自分の強さをアピールします。どちらが強いか決まっていない場合であっても、大切な物を巡って攻撃を仕掛ける場合があります。
自傷行為
犬には自分の身体を舐めて身体を清潔にする習性があります。しかし、あまりに長く舐め続けると、刺激で皮膚が炎症を起こしたり傷ついたりしてしまうので要注意です。飼い主から注目されないことに犬がストレスを感じて、舐める行為がエスカレートして自傷行為として現れている恐れがあります。
粗相をする
強い不安や不満から尿意を感じるタイミングが遅れ、トイレを失敗してしまうことがあります。また、そのときに飼い主が騒ぎ立てると、「トイレを失敗すればかまってもらえる」と覚えて、関心を引くためにわざと失敗するようになります。ただし、繰り返す場合は尿路系疾患の恐れも考えられるため、一度動物病院で診察を受けましょう。
破壊行為
犬が嫉妬から欲求不満を感じたときに、ソファやクッションなどを壊して気を紛らわそうとすることがあります。また、物を壊すと飼い主が声を上げるため、「壊すと注目してもらえる」と感じて繰り返すようになります。
犬の嫉妬を放置しておくとどうなる?
犬の嫉妬には適切な対処が必要です。さらに、嫉妬から相手を攻撃したり物を破壊することでストレスを発散するアクティブな犬より、攻撃的な行動を起こさないおとなしい犬のほうが要注意です。不満の原因を解決せずに放っておくとストレスが溜まり続け、胃腸障害や自傷行為など深刻なトラブルに繋がってしまいます。
犬が嫉妬をしているときの対処法は?
犬が嫉妬のような行動をしているとき、飼い主は何をすべきでしょうか。適切な対処法をご紹介します。
過剰に反応しない
嫉妬からの問題行動に対して飼い主が過剰に反応すると、犬は「かまってもらえた」と勘違いしてしまって問題行動がエスカレートすることがあります。過剰に反応しないことが適切な対処法です。
犬の序列を尊重する
犬同士で決めた序列を飼い主が乱さず、抱っこするときや、おやつをあげるときには上位の犬を優先しましょう。
ストレスになるきっかけ刺激から遠ざける
犬を観察し、嫉妬のきっかけになる「刺激」や「対象」を見つけましょう。犬は「経験」から学習し、同じ行動を繰り返すようになります。まずは、ストレスの元となる刺激から犬を遠ざけ、嫉妬や問題行動を「経験」させないようにすることが大切です。
別の行動に注意を逸らす
きっかけ刺激から犬を遠ざけることが難しい場合は、刺激と「犬にとって嬉しいこと」を結びつけましょう。たとえば、犬が嫉妬する人と一緒にいるときに、おやつをあげたり好きなおもちゃで遊んであげたりします。犬の注意が逸れる上に、「この人がいるとおやつがもらえる」と、プラスのイメージを学習してストレスが軽減されていきます。
また、刺激が起こったときに「フセ」や「マテ」などの号令で気をそらし、従ったら褒めるのも有効です。
犬の嫉妬をやめさせる方法は?
犬が嫉妬のような行動を取る背景には「注目されたい」「かまってほしい」という心理が隠れており、犬は欲求不満や不安、ストレスを抱えている状態です。犬の嫉妬をやめさせるためには、飼い主が犬との関わり方を見直して周囲の環境を整え、犬の心身を健やかに保つことが重要です。
また、犬に日中しっかり運動させることも効果的です。身体を動かすことで欲求不満が解消される上、心地よい疲労感から家ではぐっすり眠ってしまい、飼い主に対して要求を感じることが少なくなります。犬が不安や葛藤に陥らないためには、何よりものびのびと暮らせる環境を整えることと、「飼い主から十分に愛されている」と実感してもらうことが大切です。