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作家、獣医師。15歳の時に書いた第44回講談社児童文学新人賞佳作を受賞し、作家デビュー。一方、麻布大学大学院獣医学研究科で博士号を取得、獣医師としても活躍。
犬の「変形性関節症」とは? サインや症状、具体的な処置方法や治療率が低い理由を獣医師の片川優子先生が解説。
目次
- 犬の変形性関節症とは?
- 犬の変形性関節症の原因
- どんな犬が変形性関節症になりやすい?
- 犬の変形性関節症は見逃されがち? 早期発見のためのサイン
- 犬の変形性関節症の検査・診断方法
- 犬の変形性関節症の予防方法
- 手術は必要? 犬が変形性関節症になってしまったときの対処法
- 「老化のせい」で片付けないで。愛犬に異変を感じたらすぐにケアを
犬の変形性関節症とは?
犬の変形性関節症(Osteoarthritis=O.A.)とは、関節に過度な刺激が加わることによって関節が擦り減っていく病気です。骨と骨の間でクッションの役割をしている軟骨に過度の負担がかかることで、関節が変形していき、慢性的な痛みが続いたり、動かしにくくなったりします。
3ヶ月以上痛みが続くことを、「慢性疼痛(まんせいとうつう)」と言います。「変形性関節症」はこの慢性疼痛の中で、最も患者数の多い病気の一つです。
原因には、加齢、肥満、外傷、遺伝などさまざまな要因が関与します。
高齢犬の「変形性関節症」の有病率は『40%近い』との報告もあります。しかし、日本は海外と比べて変形性関節症の治療率が非常に低いです。
大学病院に関節の病気以外で診察に来た10歳以上の犬(524頭)のうち、44.3%の犬が変形性関節症もしくは変形性脊椎症にかかっていました。でもそのうちの、50%の飼い主が「変形性関節症」に気付いていなかったという報告もあります。(日本大学 生物資源科学部 獣医学科 獣医外科学研究室調べ)
「変形性関節症」は一般的に、レトリーバーなどの大型犬での発症が多いとされています。そのため、大型犬が多い海外では発見率、治療率ともに高いのかもしれません。ただし、国内ではトイ・プードルやチワワなどの小型犬の発症も少なくないという報告もあり、小型犬でも注意が必要です。
犬の変形性関節症の原因
犬の変形性関節症の原因には、さまざまな要因が関与しています。
本来なら、曲げたり伸ばしたり、といった激しい動きをしても関節に痛みは生じません。
しかし、以下のような原因で軟骨へ過度な負担がかかり続けると、軟骨表面が擦り減り、軟骨を構成する成分が変化してしまいます。そして、血管や神経が露出してしまうと、関節に痛みを感じ始めます。
犬の変形性関節症の原因となるさまざまな要因
- 加齢
- 外傷
- 過度の運動
- 肥満
- 遺伝
- 関節不安定症
- 繰り返しの亜脱臼や脱臼
痛みにともなって関節の動かせる範囲が減っていくと、動きがぎこちなくなり、軟骨のすり減りはさらに進みます。やがて、骨同士がこすれあうようになると激しい痛みへと変わります。骨が直接刺激を受けると、骨そのものが変形してしまうため、最終的には関節が固まってしまい、全く動かせなくなってしまうのです。
どんな犬が変形性関節症になりやすい?
犬の変形性関節症は高齢犬の病気と思われがちですが、たとえば小型犬で多い「膝蓋骨脱臼(パテラ)」や大型犬で多い「股関節形成不全」が引き金となって若年で起こる可能性もあります。
とくに日本の小型犬は生まれつき膝蓋骨(膝にあるお皿のような骨)が外れてしまう「膝蓋骨脱臼」をする犬も多いです。そういう犬の膝関節は負荷がかかりやすく、変形性関節症にもなりやすいと言えます。
犬の変形性関節症はどの年齢でも発症する可能性があります。いくつかの変形性関節症のサインを知って、愛犬を観察していれば、早期発見が可能になるでしょう。
犬の変形性関節症は見逃されがち? 早期発見のためのサイン
変形性関節症の犬には、以下の症状が出てきます。
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- 足を引きずる(破行)
- 運動をしたがらない(運動不耐性)
- 段差の上り下りをためらったり、できなかったりする
- 筋肉のこわばり
これらの症状は単に「歳を取ったからかも」と見逃されてしまうことがあります。ひとつひとつ、注意したいポイントと共に詳しく見ていきます。
・足をひきずる(破行)
変形性関節症では、「走り回って、休憩した後に足をひきずる」といった症状が出ることもあります。しかし、「本当に痛いの?」と確信が持てず、通院につながらないケースが多いです。
特に、日本で飼育頭数の多い小型犬では、本当はどこかの足が痛くても、ぱっと見は「普通に歩いている」ように見えてしまうこともあります。3本の足にしか体重をかけていなかったとしても、そもそもの体重が軽いため、気付きにくいこともあるでしょう。
一方、体重の重い大型犬では、どこかの足に痛みがあれば、どうしても歩き方がぎこちなくなります。大型犬の方が小型犬に比べて発見率や治療率が高いのは、痛みを「隠せない」から「見つけやすい」という理由もあるかもしれません。
・運動をしたがらない(運動不耐性)
散歩に行きたがらない、若い頃より散歩の距離や時間が短くなった、途中で歩かず帰りたがる、歩くのが遅い、なども体の痛みを隠しているサインかもしれません。
ただし、小型犬では、中高齢になると心臓病になる確率が高く、心臓病でも運動を嫌がることがあります。どちらの場合も、少しでもおかしいなと思ったら動物病院にて診察を受けると良いでしょう。
・段差の上り下りをためらったり、できなかったりする
階段の上り下り、車の座席への飛び乗りをためらったりできなかったりする場合も、変形性関節症のサインです。
段差の上り下りは、本来平地で生活をする犬にとっては体に負担のかかる動きです。上るときは後肢に、下りるときは前肢に負担がかかります。
階段よりもさらに高低差が大きい、車の座席への飛び乗り、飛び降りをためらうようになった、などは痛みのサインかもしれません。昔は自分で上り下りできたものができなくなったなどの変化があるときには、変形性関節症を疑ってもいいかもしれません。
・筋肉のこわばり
触ってみてもわかりづらいかもしれませんが、歩くときの動作がぎこちなかったり、ゆっくり立ち上がったりする場合は、筋肉がこわばっているせいかもしれません。
起き抜けだけ足を引きずる場合でも、関節の痛みを隠している可能性があります。
犬の変形性関節症の検査・診断方法
犬の変形性関節症の診断では、問診、視診、触診による整形外科学的検査、レントゲン検査などを行い、確定診断を行います。
ただし、前述した通り、骨の変形は最終段階で起こります。レントゲン検査で異常が認められなくても「変形性関節症」と診断される場合があります。
また、動物病院では、歩き方などの視診を行いますが、犬は緊張していたり慣れない場所だと痛みを隠すことがあります。家で気になる歩き方や痛そうなそぶりを見かけたら、動画を撮影して診察時に獣医師に見せるとよいでしょう。診断の手掛かりになります。
犬の変形性関節症の予防方法
犬の変形性関節症の予防のためには、下記のことを意識してみると良いでしょう。生活習慣を見直すだけで愛犬の変形性関節症を防げることになります。
- 適正体重を維持する
- 栄養バランスの整った食事を与える
- 毎日適度な運動を行う
肥満や運動のしすぎは「変形性関節症」の悪化要因であることがわかっています。
人間も同じですが、肥満は足や腰に負担をかけます。また、おやつばかり与えたり、人のご飯ばかり与えていては、犬に本来必要な栄養をバランスよく満たすことができません。
毎日のお散歩などで適度に体を動かすことは、基本は家の中にいる犬にとってよいリフレッシュにもなりますが、翌日まで疲れを残すようなハードな運動は避けたほうがいい場合もあります。
私はシェットランドシープドッグ(シェルティ)を飼っていますが、この犬種は運動が大好きです。もともと牧羊犬として羊を追いかけるために生まれた犬ということもあり、毎日ドッグランで、外を走るトラックと楽しそうに競争しています。
一方で、日本の10歳以上のシェルティにおける「変形性関節症」もしくは「変形性脊椎症」(背骨が変形して痛みが出る病気)の罹患率は76.5%との報告があります。(日本大学 生物資源科学部 獣医学科 獣医外科学研究室調べ)
このままの運動を続けると、彼はいずれ変形性関節症になり、足腰に痛みが出ると思われます。
とはいっても、運動好きな若いワンちゃんにとって、運動を制限することは楽しみを奪うことにもなりかねません。考え方はいろいろありますが、私は運動制限以外の適正体重をキープする、良質なフードを与える、ということを意識しています。
もちろん痛みの徴候が出たら早めに治療を開始し、必要であれば運動量を減らすつもりです。愛犬の性質と体調を観察しながら出来る範囲での対策が対策だと思っています。
手術は必要? 犬が変形性関節症になってしまったときの対処法
犬の変形性関節症の治療において、外科手術に至る症例は多くありません。
ただし、慢性かつ進行性の病気ですので、放っておくとどんどん悪化し、痛みが増して行く可能性が高いです。そのため、変形性関節症と診断されたら、4つの対処法が挙げられます。
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- 薬やサプリメントで痛み止め
- 体重管理をする
- 激しい運動を控える
- 理学療法を受ける
まずは、しっかり痛みを管理してあげること。足などの末端の痛みが長く続くと、脳(中枢)にも伝わり、痛みがより伝達されるようになる、という悪循環が起こります。今はいろんな治療オプションがありますので、まずは話を聞きに動物病院へ行ってみてはいかがでしょうか。
早期発見して治療を始めることは、悪化するスピードをゆるめます。痛みによる日常生活への悪影響を最小限にすることができるでしょう。
また、本格的な理学療法(後述)は難しいかもしれませんが、適正体重を維持する、翌日犬が疲れるくらい激しい運動や、階段の上り、車の飛び乗りは避ける、などの運動制限はすぐに始められるのではないでしょうか。
犬は痛みがなくなると元気に走り回るかもしれませんが、若い頃と同じような動きは、変形性関節症になった後の関節には負担になります。しっかりと飼い主側が気をつけてあげることが大切です。
【対処法1】薬やサプリメントによる痛み止め
「変形性関節症」に痛み止めの内服薬(NSAID)は有効です。ただし、薬物代謝の関係で、肝臓や腎臓が弱っている高齢犬には、注意して使用する必要があります。
また、現在は、肝臓や腎臓に負担をかけない痛み止め(ガリプラント)や、一度注射すると1ヶ月痛みをとってくれる注射薬(リブレラ)もあります。
いまはいろいろな治療の選択肢がありますので、「痛み止めは体に負担がかかりそう」「痛みは取ってあげたいけれど、毎日内服させるのは難しい」といった方も、動物病院で相談してみてはいかがでしょうか。
また、オメガ3.6脂肪酸を含むサプリも、犬の変形性関節症に有効です。これらの脂肪酸を豊富に含むサプリメント(アンチノールプラスなど)を補助的に使うのもよいでしょう。
【対処法2】体重管理
愛犬に痛みの徴候があり、理想体型より太っている場合には、減量したほうがよいでしょう。
しかし、減量のために一般食(市販の総合栄養食)の量を減らして与えるのはあまり推奨できません。必要な栄養素が不足し、栄養不足になる可能性があるからです。
減量のためには、カロリーを制限しつつ、必要な栄養素が十分に取れる設計になっている、動物病院処方のダイエット用の療法食がおすすめです。体重管理をするには、かかりつけの獣医師に相談してみると良いでしょう。
人間もそうですが、過体重は足腰に負担をかけます。痛みが出ている以上、やたらと運動量を増やすことは難しく、また痛みにより運動量が低下して太りやすくなる可能性もあります。そのため、食事によるコントロールが重要となります。
【対処法3】激しい運動を控える
痛みがあるからといって、過度に運動制限をすると筋肉量が低下してしまい、将来的に歩けなくなってしまう可能性があります。また、運動の制限によって筋力が低下すると、関節の動きが悪くなり、さらに動けなくなる、という悪循環が起こります。
強度の低い運動を、毎日少しずつ行うことが効果的です。無理のない範囲でお散歩は続けましょう。
運動をする際には、下記の3点に注意が必要です。もしも、愛犬に痛みがありそうな場合には、避けたほうがよいでしょう。
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- 階段ののぼりおり
- 車に飛び乗る
- 翌日に疲れが残るくらいのハードな運動・散歩
人間にとってはなんでもないような段差でも、人間より足の短い犬にとっては、かなりの運動量になる場合があります。一度犬の目線まで姿勢を落として、日頃から犬が上り下りしている段差を眺めてみるとよいでしょう。
【対処法4】理学療法を受ける
理学療法は運動療法、物理療法、義肢装具療法の大きく3つに分けられ、なかでも運動療法をメインに治療を行うことが多いです。
ヒト医療では、変形性関節症に対し、理学療法士が積極的に理学療法を行います。一方で、残念ながら獣医療では理学療法が一般的に普及しているとは言えません。専門知識なしで痛みのある関節を動かすことはリスクも伴いますので、できれば詳しい人に見てもらうのがよいでしょう。
ここでは、家でもできる簡易的な理学療法を挙げておきます。
- 患部を温める
- 優しくマッサージして筋肉をほぐす
- 痛みのない範囲でストレッチを行う
・患部を温める
一般的に、急性痛(術後の痛みなど)の場合は冷やし、慢性痛(関節痛などのずっと続く痛み)は温めることが推奨されています。愛犬が長く続く痛みの症状がある場合には、該当する関節を温めてあげるとよいでしょう。電子レンジで温めて繰り返し使えるカバー付きのカイロなどが便利です。
ただし、小型犬などに使用するときは、カイロが重すぎて負担にならないように支えたりするなど、気をつけてあげましょう。また、食いちぎって中身を食べる、などの誤食には十分に注意してください。
・優しくマッサージをして筋肉をほぐす
痛みのある関節の周りの筋肉は固まりがちです。寝起きに痛がる場合などは、優しくマッサージをしてほぐしてあげるとよいでしょう。
・痛みのない範囲でストレッチを行う
もし愛犬が嫌がらないようであれば、ストレッチをやってあげるのも良いでしょう。
- 反動や弾みを付けず、ゆっくりと関節を伸ばす
2.1番筋肉が伸びているところで止める
3.そのまま30〜60秒伸ばしたままでキープする
合計2分以上となるように3〜4セット繰り返してください。
このような関節の可動域運動は、運動療法でもっともよく用いられる方法です。関節に痛みがあると、どんどん関節が固まってしまい、動きが制限されて、次第に関節いっぱいまで曲げ伸ばしができなくなってしまいます。
正しくストレッチができれば、筋骨格が線維化していくのを止め、縮こまって固まってしまうのを回復させると言われています。(沖田 実/編集『関節可動域制限―病態の理解と治療の考え方』三輪書店、2013年発売)
そのほか、専門家のもとで、トレッドミルで歩かせたり、バランスボールを使った運動をさせたり、水中トレッドミルを使用したりする理学療法を行うことがあります。こういった機材を置き、理学療法を専門的に指導ができる動物病院は残念ながらまだまだ少ないですが、もしこういった動物病院が近くにあれば、行ってみるのもよいでしょう。
「老化のせい」で片付けないで。愛犬に異変を感じたらすぐにケアを
犬の変形性関節症が原因で直接命を落とすことは少なく、すぐに余命を縮めるような疾患ではありません。しかし、慢性的な痛みがずっと続く、というのは、犬のQOL低下に直結します。
犬に聞いたわけではありませんが、犬の喜びは、食事、お散歩、睡眠にあるのではないか、と思います。自分の足で自由に痛みなく歩き回れることは、娯楽の少ない犬にとってはとても大切なことだと思います。
また、痛くて歩けないうちに筋力が減ると、いざ治療を始めても、ふらついたり歩けなかったり、といったトラブルが起こりがちです。おかしいな? 痛いのかな? と思ったらすぐにケアを始めてあげることが大切です。愛犬との暮らしを最後まで豊かなものにするために、普段からしっかり愛犬の様子を観察してあげたいですね。
犬の変形性関節症は徐々に進行していく病気です。完治させることはできません。しかし、いまはいろんな治療方法があり、体に負担をかけずに痛みをとることも可能になってきました。動けないのは歳を取ったせいで仕方がないこと、と思わず、病院で相談してみましょう。