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札幌市、平岡動物病院の院長。主に呼吸器、整形、眼科、歯科の外科とエキゾチックアニマル診療を中心に力を入れている。趣味は娘と遊ぶこと。
自然界で育った野生の鹿は、ジビエ料理として身近なものです。ヨーロッパでは高級食肉とされていますが、日本では畑を荒らすやっかいものとして長らく駆除と廃棄の対象になっていました。それが問題となり、命を無駄にせず感謝していただくジビエ料理が流行した結果、捕獲の方法や衛生管理のルールが定められ、さまざまな形で鹿肉が利用されるようになりました。鹿による被害に苦しんできた農家さんや猟師さんの所得向上につながり、鹿肉を利用することはSDGsへの貢献にもつながっています。
処理や料理を工夫すると、やわらかく癖のないさっぱりした美味しいお肉となります。しかも、栄養素が豊富で健康維持の効果もあります。健康効果は犬にとっても有効で、アレルギーにもなりにくいお肉と言われています。今回は、鹿肉の健康効果や、安全に与えるためのポイントなどを解説します。
目次
- 鹿肉が犬の健康に与える効果
- 鹿肉をおすすめしたい犬の特徴
- 鹿肉を与えないほうが良い犬の特徴
- 犬に鹿肉を与えるポイント
- 鹿肉を使ったドッグフードの種類と適量
- まとめ
鹿肉が犬の健康に与える効果
鹿肉は栄養豊富で、犬の健康にも良い影響をもたらす食材です。まずは、鹿肉に含まれる犬に健康に効果のある栄養素について紹介します。
健康効果と栄養素
◆ 高たんぱく、低脂肪、低カロリー
鹿肉は鶏肉のささみと同じように、高たんぱくで低脂肪の肉です。豚ロースと比較した場合におけるたんぱく質の含有量は約2倍、脂肪は約1/13、カロリーは半分以下です。たんぱく質は筋肉をつくりますし、皮膚や被毛の健康維持にもつながります。また、脂肪が少なく消化も良いのでダイエットに効果があります。消化器官が弱っているシニア犬も効率的にエネルギーを吸収できるでしょう。
◆ ビタミンB2、鉄分、リン、亜鉛
ビタミンB2、鉄分、リン、亜鉛は、健康を維持する栄養素です。豚ロースと比較すると、鉄の含有量は約10倍、亜鉛は約2倍となっています。ビタミンB2は皮膚の健康を保つ効果があり、「フケが出る犬」「皮膚が弱い犬」「皮膚の病気にかかりやすい犬」「シニア犬」に良い影響をもたらします。
また、鉄分は血流に乗って全身に酸素を届ける役目を果たしますので、疲れにくい身体づくりに効果的です。リンは、骨や歯を丈夫にしますし、エネルギーを蓄える働きや神経、筋肉の動きをサポートします。亜鉛は、健康な皮膚や被毛の維持に必要な栄養素で、肝疾患の予防も期待できるでしょう。
◆ カルニチン
カルニチンはアミノ酸から合成される物質で「D-カルニチン」と「L-カルニチン」の2種類があります。「L-カルニチン」は、脂肪の燃焼を促進してくれる栄養素です。人間のダイエットをサポートする栄養素として知られていますが、肥満犬のダイエットにも適していると言われています。
また、「心臓病を患う犬」や「疲れやすいシニア犬」のエネルギーを効率的に補う効果もあります。なお、カルニチンは水に溶けやすい性質を持つため、身体に吸収されやすい栄養素です。生の鹿肉を茹でた汁や炒めた際に出る汁も一緒に与えると、カルニチンを無駄にすることなく摂取できるでしょう。
◆ 酵素
鹿肉には、ドライフードでは摂取できない酵素も含まれています。酵素は食べ物を消化と吸収を良くする役目を果たしますので、生命維持に重要な栄養素と言えます。ほかにも「免疫力を強くする」「変形性関節症などの変形疾患や毒素を蓄積するリスクを軽減させる」「抗ガン細胞の生産を増やす」「体重の過度な増加を防ぐ」といった効果があります。
また、悩んでいる方が多いであろう「食糞の防止」にもつながります。犬が便を食べる原因は、酵素不足による消化不良です。食べ物の栄養を吸収できなくなって便に食べ物の栄養や匂いが残っているので食べてしまうようです。食糞防止対策として、酵素入りサプリが販売されています。なお、食品防腐剤、人工着色料、香料などの化学物質は酵素を破壊してしまいますので、これらが含まれたドッグフードでは酵素を摂取することができません。
鹿肉をおすすめしたい犬の特徴
鹿肉は比較的高価であるものの、健康に以下のような問題を抱えている犬には特におすすめしたい食材です。
食物アレルギーがある犬
鹿肉は、アレルギーが少ない肉と言われています。たとえば、牛や豚などの家畜はエサに添加物が含まれている可能性があります。家畜ではなく漁師が狩りをする野生の鹿は、人間の手が入らない自然の中の草木の皮や木の実を食べて成長しますので、添加物入りのエサを口にすることがありません。そのため、鹿肉は牛肉や豚肉と比較して、「低アレルゲンの食品」と言われています。
獣医師に肥満と診断されている犬
鹿肉は犬にとって甘味がある美味しい肉のようで、好んで食べる傾向があるようです。鹿肉は高たんぱく、低脂肪、低カロリーのヘルシーな肉ですので、ダイエット食として利用できます。ただし、食べ過ぎれば肥満につながりますし、満腹で総合栄養食のドッグフードが食べられなくなってしまいます。栄養のバランスが崩れてしまわないように与える量を調整しましょう。
鹿肉を与えないほうが良い犬の特徴
栄養豊富で健康的な食材である鹿肉が、かえって悪影響をもたらす犬もいます。愛犬が以下の2つのうちどちらかに当てはまる場合、鹿肉を与えるのは避けましょう。
肝臓や腎臓などの病気を持つ犬
肝炎を起している犬や、腎臓機能が低下して尿毒症にかかっている犬などは、鹿肉のタンパク質やリンが身体に悪影響を与えます。動物病院からたんぱく質やリンの摂取制限が処方されていると思いますので、鹿肉を与えても問題ないかどうかを獣医師にご相談のうえで与えるようにしましょう。
獣医師に痩せ気味と診断されている犬
運動量が豊富で標準よりも痩せている犬は、体重を増やさなければなりません。鹿肉は低脂肪、低カロリーのヘルシーな肉ですので、鹿肉よりも鶏肉や豚肉などを与えたほうが健康な身体をつくることができます。痩せているかどうかの判断は、体格、年齢、体質によって変わってきますので、獣医師の判断に任せたほうが良いでしょう。
犬に鹿肉を与えるポイント
鹿肉は栄養豊富な食材だからといって、たくさん与えれば良いわけではありません。また、調理方法にも注意が必要です。ここでは、犬に鹿肉を与えるときのポイントを解説します。
少量ずつ与える
初めて愛犬に鹿肉を与える場合は、食物アレルギーを起こす可能性があります。鹿肉はアレルギーを起こしにくい肉ですが、先天的に鹿肉アレルギーを持っている犬もいるようです。そのため、初めは少量を与えてみて、愛犬の様子に異変がないかをご確認ください。「皮膚をかゆがる」「目が充血する」「下痢や嘔吐」「元気がない」といった様子が見られたら、アレルギーを発症しているかもしれません。もし、愛犬が何にアレルギーを持っているか調べてもらったことがないのであれば、動物病院に連れていって詳しいアレルギー検査をしておくと良いでしょう。
適度なサイズに切って与える
猟師さんが狩りをして処理する鹿肉は、ブロック状の塊で販売されている場合が少なくありません。愛犬に与える際は、体格や年齢、食べ方の癖などを考慮して、食べやすいサイズに切ってから与えるようにしましょう。せっかくだからと大きな塊を与えてかぶりつかせてみたくなるかもしれませんが、犬は食べ物を咀嚼しないで丸飲みする性質がありますので、大きな肉の塊を飲み込めば喉に詰まらせてしまいます。
生食を避ける
野生動物の鹿の生肉は、寄生虫やE型肝炎を起こすウィルスを保有している可能性があります。実際に鹿刺しを食べた人が腸管出血性大腸菌O157食中毒を起こした事例や、E型肝炎に感染する事例が報告されているため、厚生労働省は加熱して食べることを推奨しています。また、犬に関しては日本獣医学会が「生食は厳禁」と明言していますので、絶対に避けましょう。生食を禁じている理由は人間と同じ病気にかかる可能性があることや、鹿の病原体がどれくらいいるのかはまだ調査、研究中であることです。
臭い鹿肉を与えない
鹿を狩猟した後に血抜きをしますが、そのタイミングが遅れると肉が臭くなります。もし、猟師さんからいただいた鹿肉が臭い場合は、愛犬に与えずに捨ててください。また、安すぎる鹿肉は、人間用には向かない廃棄処理される肉かもしれません。
鮮度に注意する
日本では、狩猟解禁の時期が11月15日から2月15日と定められています。その時期に狩猟した鹿肉を冷凍保存して販売しています。解凍後は、鮮度が高いうちに与えてください。解凍してから時間が経ったものを与えると食中毒を起こす可能性があります。
銅の含有量に注意する
鹿肉は他の肉に比べて銅の含有量が多い肉です。銅の含有量は100gあたり、牛モモ肉は0.08mg、蝦夷鹿肉は0.14mgです。ウエスティやペドリントンテリアといった銅蓄積性の肝臓病になりやすい体質の犬には与えすぎないようにしてください。
適切な処理をされている鹿肉を選ぶ
適切に鹿肉を処理している販売元を厳選しましょう。鹿肉の寄生虫を死滅させるにはマイナス20℃以下で48時間冷凍処理を必要があります。このような処理ができる販売元から購入してください。また、鹿肉を農林水産省の「国産ジビエ認証制度」で認定されている処理場から仕入れているかどうかもポイントです。鹿肉を適切に処理するルールを守っていることの証明ですので、安心できる鹿肉と言えるでしょう。
鹿肉を使ったドッグフードの種類と適量
鹿肉を仕入れて飼い主自身が犬の食事を調理するのも良いですが、かなりの手間がかかります。生の鹿肉は流通量が少なく、販売店も少ないので、入手も困難です。猟師さんから個人的にゆずってもらうこともできますが、衛生管理や処理方法まで確認することができません。インターネット通販で市販されている犬用のジャーキーやドライフード、冷凍鹿肉を利用すれば、簡単に入手できますし、安心して与えることができるでしょう。
インターネット通販を利用する際も、販売元のWebサイトや商品パッケージで原料をチェックするとより安心です。先頭に書かれている原料は最も配合量が多いものですので、最初に「鹿肉」と記載されている商品を選ぶことをおすすめします。
まとめ
鹿肉は栄養豊富で健康維持やダイエットにも効果がある優秀なお肉です。多くの犬が好むことも、うれしいところです。肝臓や腎臓に持病がない犬であることや、与え方、与える量には注意が必要ですが、他の肉に飽きている愛犬や新しいお肉をあげてみたいという方は、ぜひ食事やおやつとして取り入れてみてください。