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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
犬を実際にお迎えしてみたら、予想以上に手がかかる、全然いうことをきいてくれない……など、しつけが思うようにいかないこともあるでしょう。そのストレスや疲れから育犬ノイローゼになってしまう方も少なくありません。愛犬に対して真面目に向き合っている飼い主だからこそ、悩みすぎてノイローゼになってしまうという難しい問題が起こるのです。今回の記事では、育犬ノイローゼになってしまう原因や対処法、ならないための予防策などについて、獣医師の茂木千恵先生監修のもと、詳しく解説していきます。
目次
- 育犬ノイローゼとはどんな状態?
- 育犬ノイローゼの症状とは?
- 育犬ノイローゼになってしまう原因とは?
- 育犬ノイローゼになりやすい人の特徴とは?
- もしかして育犬ノイローゼかも? そんな時はどうすればいい?
- 育犬ノイローゼにならないための予防策は?
育犬ノイローゼとはどんな状態?
そもそもノイローゼとは精神的な不調、すなわち不安感、焦燥感や不眠、悲観的になるなど精神的な症状が長期的に持続して見られるものです。
子犬を迎えた後の育犬ノイローゼ
育犬ノイローゼは「パピーブルー」とも呼ばれ、多くの人が犬を迎えた後に経験する、無力感や悲しみ、不安、後悔におちいる感情的な状態を指します。この状態は数か月、人によってはもっと長期的に続くことがあります。ただし、保護犬を飼う場合に限っては、初めの数週間は起こらない可能性もあります。それは犬の本来の性格や行動が現れるまでに時間がかかるからです。一般的にはこの精神的な不調が始まってから3週間で最も強くなり、3か月以内には完全に解決します。子犬を飼っている人は生後約6か月の頃、子犬の永久歯が生えるまでには症状が解消する傾向にあります。
老犬の介護が必要なときの育犬ノイローゼ
飼い始めた時だけでなく、老犬となり介護が必要になった際にも育犬ノイローゼになることがあります。自発的に動けなくなった犬のための排泄の介助や歩行や摂食、寝返りの補助といった作業が日中断続的に生じるからです。特に大型犬の介護は重労働です。
また、仕事などで目を離さざるを得ない場合、「今どうしているだろうか? 苦しんでいないだろうか?」と想像することが精神的にも大きな負担となってしまいます。子犬の場合と違うのは、老化は止められないうえ、終わりが見えないことへの不安が大きいという点です。
金銭的な負担が要因になることも
犬の寿命には個体差がありますが、介護する期間が長くなればなるほど疲れがたまり、将来に期待や希望が持てなくなっていきます。診察や投薬の費用、さらにはペットシッターやデイケア、往診など、金銭的な負担も大きくなるでしょう。お金の心配をしながら最善な対策を取ることができないと、後悔や無力感を生じる原因となることもあります。
育犬ノイローゼの症状とは?
育犬ノイローゼの兆候と症状は、人によって重症度と期間に幅がありますが、新しい犬や子犬を家に招いた後に始まるという点では共通しています。いずれにしても犬との関わりの中で受ける心理的なストレスが引き金になって、不安感や恐怖、抑うつ感などを起こすのです。その症状には、以下のようなものが挙げられます。
感情の変化
・気持ちが抑えられずイライラする
・孤立した感じがある
・不安、悲しみを感じる、絶望的な気持ちになる
・無力感や罪悪感がある
・頻繁に涙が出る
・心が空っぽに感じる
・犬や家族に対して怒りや憤慨を感じる
・犬を飼い始めなければよかった、犬を返したいと思う
・家族間に緊張が高まる
身体の変化
・集中力の低下
・筋肉の緊張の増加
・頭痛、吐き気や胃の不調
・食欲と体重の減少または増加
・しびれを感じる
・不眠
不調を感じたらまずは専門家などに相談する
育犬ノイローゼは永遠に続くわけではありませんが、飼い主の神経を衰弱させる可能性があります。上記のような心身の変化や不調を感じたら、すみやかに信頼できる友人や家族に打ち明けたり、専門家にアドバイスを求めたりしましょう。自覚してサポートを受けることが、不調を乗り越えるための鍵となることもあります。
育犬ノイローゼになってしまう原因とは?
新しい犬を家に招き入れる前、楽しく散歩したり、追いかけっこをして遊んだり、いっぱい抱っこしたりなどと期待をしていたかもしれません。しかし、実際に犬と暮らし始めると、想像と同じではないことがわかってきます。そのうち、自分が犬を飼うことがよかったのか、それとも他の誰かと一緒にいるほうが犬にとって幸せなのかなど疑問に思ってしまうかもしれません。こういった不安がノイローゼの大きな要因といえます。次に具体的な原因を見ていきましょう。
しつけがうまくいかない
教わったとおりに、あるいは調べたとおりに接しているのに、犬が正しい動きをしてくれないとき、客観的に見ることが難しくなり、なぜうまくいかないのか検討することができなくなってしまいます。飼い主が犬のしつけの上達を急ぎすぎて、犬が理解できていないまま次のステップを教えようとしてしまうことが原因であることが多いです。
犬の夜泣きがおさまらず熟睡できない
特に子犬は動き回ったり排泄したりするために、夜中に何回も起きることがあります。それにつられて飼い主も起きてしまったり、それほど深く眠れなかったりする状態が続くのです。この睡眠不足は不安や抑うつ、注意散漫、無力感など、飼い主の精神的健康に影響を及ぼすことがあるため、感情をコントロールすることが困難になってしまう可能性が高まります。
無駄吠えが多い
犬は吠えることで欲求を伝える習性があります。吠えたら飼い主が関わってくれると学習すれば、より一層吠えるようになります。飼い主は吠えを抑止するだけでなく、他の行動を促したりして欲求不満にならないように環境を調整する必要がありますが、飼い始めたばかりの頃は家庭のルールが確立されていないため、犬は欲求不満を抱えがちです。適切な調整方法が見つからないと、要求吠えがエスカレートしてしまい、飼い主のストレスにもなります。
トイレトレーニングがうまくいかない
飼い始めた犬がトイレの失敗を繰り返すと、それだけ排せつ物の処理や汚れた場所の清掃が増えるので、飼い主は心身に疲労をおぼえます。また、次も失敗するかもしれないと不安になったり、失敗を目の当たりにして残念に感じたりというネガティブな感情になり、それがストレスとなるのです。一般的に子犬は少なくとも16週齢になるまで、トイレの失敗が起きてもおかしくないことを理解しておきましょう。
食糞行動をとる
子犬は消化管の機能が未熟なため、自らの排せつ物に未消化のフードが混じっていると食べてしまうことがあります。体にとって悪影響は少ないものの、口臭が悪化したり、生理的嫌悪感を生じたりするため、飼い主の不満や不快感を高めてしまいます。
噛み癖がひどい
犬が物を口に入れるのは気になる物を噛むことで中身を確かめるからであり、犬によく見られる行動です。また子犬は遊びの一つとしても相手を噛みますが、幼児のいる家庭では、幼児を噛んでしまい大きな怪我につながる可能性も。子犬が子どもたちに危険なことをしているように見えると、飼い主はイライラしてしまうのです。
室内のものを破壊する
犬を迎えて最初の数週間は、室内の物を噛むことで確認したり、おもちゃに見立てて遊んだりするために、物を壊してしまうことがあります。犬のおもちゃを用意しても遊ばない場合は、何かしら集中できない要因や欲求不満となっている要因があると考え、その要因を取り除きましょう。
お世話疲れ
犬の活動レベルは個体差が大きく、飼い主の号令で行動をコントロールできるようになったとしても、さらにたくさんの運動や刺激を必要とする犬もいます。このような犬の活動レベルに飼い主のライフスタイルがうまく合わないと疲れを感じてしまいます。また、毛玉や被毛のもつれを防ぐために、少なくとも1日に1回はブラッシングする時間が必要になるなど、特定の犬種ではグルーミングにかなり時間を取られる可能性があります。また、3~4週間ごとにシャンプーやトリミングが必要となるため、飼い主の作業が増えて疲れがたまっていきます。
育犬ノイローゼになりやすい人の特徴とは?
育犬ノイローゼには原因がありますが、同じ出来事が起こっても、ノイローゼになる人とならない人がいます。つまり、その出来事をどのように受け止めるかによって不安の度合いが違うからです。受け止め方の違いは、本人の性格次第だといわれています。特に次に述べる特徴を持つ飼い主はその傾向が高くなると考えられます。
完璧主義な人
完璧主義な人は責任感が強くて妥協できず、失敗したくない(させたくない)という強い気持ちがあります。また、理想も高いため、目標に向かって努力を続けてしまい、心身が疲れ果ててしまうのです。
心配性な人
失敗することを必要以上に恐れるタイプです。慎重になりすぎて、なかなか目標が達成できないという傾向があります。
初めて犬を飼う人
初めて犬を飼うとき、関わり方やケアの仕方などほとんどが初めての経験で、どうしたら良いのかわからず焦ってしまいます。
犬と真面目に向き合っている人
真面目な人は手を抜くことができず、自分が全てやらなければいけないと考える傾向にあります。その場合、犬との関わりを楽しめず、自分を追い詰めてしまうのです。
相談相手がいない人
他の人に頼めないなど周囲の協力も得られず、周りに相談できる人がいないとなると、孤独を感じやすくなります。
ストレス発散できない人
感じたストレスを発散する手段がなく、ストレスをため込んでしまう人もいます。うまく心のプレッシャーを発散しないと感情が爆発してしまいます。
もしかして育犬ノイローゼかも? そんな時はどうすればいい?
ここまでの解説で、もしかしたら自分は育犬ノイローゼかも……と自覚したら、以下のような対処法を取りましょう。自分だけで解決しようとせず、まずは他者に話してみることが大切です。
一人で悩まないで誰かに相談する
まず犬の専門家や獣医師、ドッグトレーナーに現状を話し、時間をかけて自分の欲求不満の根本原因を注意深く分析しましょう。犬の専門家のサポートが得られれば、犬の飼育に関する不満や不安を乗り越えることができ、その後、愛犬と信頼できる絆で結ばれることも可能になります。助けを求めるのに早すぎることは決してありません。早くサポートを求めることは、事態が悪化するのを防ぎ、好転のプロセスをも短縮できます。
専門家の力を借りる
ただし、次の症状のいずれかに気付いた場合は、人のメンタルヘルスの専門家に連絡してください。
・ここから居なくなってしまいたいと思う
・犬とは関係のないことについて不安を感じる
・ベッドから出られない
・まったく眠れない
このように、日常生活に影響を与えるほど深刻になってきた、状態が軽くならずに数週間以上持続していると思ったら受診することをおすすめします。
新しい生活に慣れようと努力するときに苦労するのはよくあることですが、自分が育犬ノイローゼなのか、別の精神疾患なのかを診断してもらうことで対処法がわかります。
育犬ノイローゼにならないための予防策は?
最後に、育犬ノイローゼにならないための予防策をご紹介します。日常的に以下のようなことを取り入れてみましょう。
犬を飼う前から、その犬種の特徴や心構えなどをリサーチする
現在は、書籍やインターネット、オンライン動画などで、犬のトイレトレーニング、吠え声への対処法、高すぎる反応性の改善方法など、豊富な情報を簡単に手に入れることができます。情報を取り入れることで、新しい犬を育て、家庭のルールを教えることができるようになります。また、すでにきちんとしつけられた犬を飼っている友人や親族に相談することもできるでしょう。
あらかじめ情報を持ち、たくさんの選択肢があると、不安なく自分と犬に最適だと思われる方法を使うことができます。また、新たな事態が起きても動転せずに対応ができるでしょう。
おおらかな気持ちでしつけのハードルを下げる
一般的な犬の発達段階を知り、過度の期待をしなければ、犬が失敗しても失望せずに落ち着いて対処できます。たとえば、10週齢の子犬が完全にトイレトレーニングに成功すると期待していると、失望や欲求不満、または怒りにつながることになります。何が一般的かわからない場合は、情報を集めたり、専門家に相談したりしてみましょう。
育犬記録をつける
今後取り組みたいと思っている問題について2週間記録をつけてみましょう。できるようになったことが増えていることに気づけます。進歩した事を喜び、家族と共有することで、その過程も楽観的に思えるでしょう。
犬に関する悩みを相談できる犬仲間を作る
育犬ノイローゼは強い孤立感があることが大きな要因の一つではないかといわれています。たとえば、迎えたばかりのワクチンを打ち終えていない犬と一日密室に閉じこもることが多くなったとしましょう。気晴らしに誰かと会話をしたり、悩みを相談したりもできず、さらに家族の帰宅が遅かったりすることで、愛犬のケアを一人で抱え込んでしまうことになります。
近所の犬を飼っている人や同一犬種のWeb上のコミュニティ、ドッグトレーニングクラスの同級生、ドッグサロンの飼い主向けレッスンなどを利用して、同じくらいの時期の育犬に悩んでいる仲間を作ることはとても有効です。
特に子犬クラス(パピークラス、ジュニアクラスなど同月齢の犬が集まるもの)では、自分と同じ挑戦をして戸惑ったり、その先の喜びを経験したりしている人とつながれるので、最適な場所となるでしょう。
信頼できる人に世話を頼む
自分の英気を養うために愛犬から少し距離を取ることも必要です。愛犬を半日か丸一日、信頼できる友人や親戚に見守るよう頼みましょう。自分が開放感を味わえるだけでなく、愛犬が飼い主以外の人と楽しく過ごすことで、犬の社会化にも役立ちます。愛犬のケアのためだけに、常に注意深く、忍耐強く、楽観的に構え続けるのは難しいことです。健全なライフスタイルを保つためには休息をとるなど、飼い主の心身のメンテナンスがとても大切です。
一日のルーティンの中に犬の遊び・運動時間を組み込む
愛犬は家じゅうを駆け回り、いたずらを繰り返すように見えるかもしれませんが、犬の活動的な時間帯は実際には短いものです。犬の活動欲求を発散させる方法を見つけましょう。十分に発散させれば休息の時間が必ず訪れます。散歩が難しい場合でも、犬を運動させる他の方法はたくさんあります。「持って来い」を数回行う、小さなおやつを部屋中に隠して宝探しゲームをすることもできます。犬のいたずらが激しくなる時間帯はたいてい決まってくるので、その時間帯をあらかじめ一緒に遊ぶ時間としてスケジュールに組み込んでおくのがおすすめです。
お昼寝タイムを決め、強制的に休ませる
幼児が眠くなると不機嫌になるのと同じように、子犬も疲れると噛んだり、吠えたり、鼻を鳴らしたりなど、困った行動を起こすことがあります。特に成長期にあたる1歳までの犬は、1日17時間以上眠ることが正常で、多くの休息が必要です。眠いときにする困った行動を見たら休ませるというより、お昼寝の時間をあらかじめ決めておき、その時間がきたら強制的に休ませましょう。お昼寝の習慣化は意外と簡単です。
朝の遊び時間の後と昼食後、休息させるためにおもちゃを使い、子犬をクレートに入れましょう。最初のうちは落ち着かないかもしれませんが、毎回一貫しておとなしくなるまで入れておけば、犬はそのスケジュールに体が慣れて、クレートで休むようになります。