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ペットのこころと体の両面を癒す医療を目指し、動物医療グリーフケアを構築。「待合室診療」という新しい臨床を発掘、全国の動物病院で実践している。

愛犬が年齢を重ねたり、体調に変化が出てきたりすると、「この子がいなくなったらどうしよう」と不安になることはありませんか?
そうした不安を専門用語で、「グリーフ」と呼びます。多くの飼い主さんが経験する自然な心の反応です。
今回は、動物医療グリーフケア®の第一人者・阿部美奈子先生に、そうした不安の正体や向き合い方、そして愛犬と飼い主が共に穏やかな時間を過ごすためのヒントを伺いました。
筆者自身も、10歳の持病を抱える柴犬と暮らす中で「もう長くはないかもしれない」「急に具合が悪くなったらどうしよう」と、不安に押しつぶされそうになる日がありました。先生のお話を聞くことで、その気持ちに名前があり、向き合う方法があることを知りました。
同じような気持ちを抱えている方に、少しでも安心して日々を過ごすきっかけになれば嬉しいです。
目次
- 愛犬と過ごす日々に芽生える不安。その正体は『予期グリーフ』
- 幸せだからこそ不安にもなる。『予期グリーフ』の原理
- 愛犬の前に不安を持ち込まない。犬目線で考える『予期グリーフ』
- 9歳・13歳が節目。『予期グリーフ』を感じやすいシーン
- もしも余命宣告をされたら…適切な愛犬との向き合い方
- グリーフが小さいうちに対処を! 愛犬と楽しく過ごす5つの習慣
- かけがえのないペットと出会えた人生は幸運
- 阿部先生の「動物医療グリーフケア®」を受けて(編集後記)
愛犬と過ごす日々に芽生える不安。その正体は『予期グリーフ』

──最近、愛犬の年齢や体調の変化を感じることが増えました。散歩で歩くのがゆっくりになったり、寝ている時間が長くなったり……。そんな姿を見ると、「この子がいなくなったらどうしよう」と、とても不安になります。
阿部先生:そう感じるのは、とても自然なことですよ。大切な存在との別れをまだ迎えていないのに、そのことを想像して悲しくなる。こうした感情には、実は名前があるんです。
医療や心理の分野では『予期グリーフ』と呼びます。
──『予期グリーフ』。はじめて聞きました。
阿部先生:『グリーフ』というのは、何かの喪失によって悲しみや不安を感じる、心のざわつきのことです。
そして『予期グリーフ』は、その喪失がまだ訪れていない段階で、先に悲しみや不安を感じてしまう状態を指します。人や動物を問わず、愛する存在が年を重ねたり病気になったりすると、多くの人が抱く自然な感情なんですよ。
──不安になることは自然な感情だと聞いて安心しました。
阿部先生:もちろんです。安心してください。大切な存在だからこそ、失ったときのことを考えて不安が生まれるんです。その気持ちは、愛犬を深く愛している証拠なんですよ。
幸せだからこそ不安にもなる。『予期グリーフ』の原理

──愛犬を愛しているから、と不安の根源がわかったら少し楽になった気がします。
阿部先生:そうですよね。その不安は、これまで築いてきた関係の深さから生まれているんです。だからこそ、一度立ち止まって、その始まり——つまり出会いを振り返ってみてほしいんです。
──出会い……ですか?
阿部先生:はい。ペットとの出会いは、私たちが思い描いていた条件や計画とは違う形で訪れることが多いです。
「猫を飼うつもりだったのに犬を迎えた」「オスを希望していたのにメスを選んだ」など。そのときの自分の心が本当に必要としている存在を、無意識のうちに選んでいるんです。
──言われてみれば、私もそうかもしれません。
阿部先生:たくさんの選択肢がある中で、あえてその子と暮らすことを選んだことには意味があります。私はこうした出会いを「必然の奇跡」と呼んでいます。
──「必然の奇跡」、素敵な言葉ですね。うちの子と出会って、私の人生は本当に変わりました。
阿部先生:でしょう? 一人で家にいても話す相手がいる、心が安らぐ時間が増える、笑っている時間が増える。家族との間で共通の話題も増えたのではないでしょうか。
そうした日常は、人が元気に生きていくための大切なエネルギー源なんです。
──本当に、ありがたい存在ですね。
阿部先生:だからこそ、「失うかもしれない」という不安も生まれます。
でもその感情は、愛犬がこれまで与えてくれた幸せの大きさを物語っているんですよ。見方を変えれば、不安が大きいほど、これまで受けた“幸せの大きさ”と比例しているのかもしれません。