更新 ( 公開)
あさひ法律事務所代表。京都・大阪・奈良・兵庫・滋賀等、近畿一円において、ペットに関する法律相談を受け付けている。「動物の法と政策研究会」「ペット法学会」会員。
今回は、購入したペットが病気や障害をもっていることを、お迎えした後に知ったという事例を紹介します。病気や障害によっては高額な治療費が発生することも十分考えられます。ショップ側に何かしらの責任を問えるのでしょうか。
目次
- ショップから迎えた犬に持病が判明、ショップに責任は?
- 【修補請求・代替物引渡請求】治療代の請求や他の犬の提供を求める
- 【代金減額請求・契約の解除】犬を返して代金を返金してもらう
- 【損害賠償請求】すでに通った診察料や通院費を求める
- 【消費者契約法】契約を取り消して代金を返金してもらう
- まとめ
ショップから迎えた犬に持病が判明、ショップに責任は?
今回のテーマは、ショップからお迎えした愛犬に持病が見つかったケースに関してです。
お話を伺ったのは・・・⽯井⼀旭 先⽣ [弁護士/あさひ法律事務所 代表]
事案
あるペットショップで一目惚れして購入した犬。お迎えした後もずっと寝ているので心配になり動物病院で診てもらったところ、持病があったことが判明しました。病気であっても犬を飼い続けるつもりですが、ペットショップ側には何らかの責任をとってもらえないでしょうか。
この連載でも繰り返しているとおり、現在日本の民事法においてペットは『物』として扱われています(民法85条、86条2項参照)。したがってこのケースも法的には「購入した電化製品が故障していた」という話と同じ問題となります。
【修補請求・代替物引渡請求】治療代の請求や他の犬の提供を求める
ショップに対して行う『追完請求』って何?
犬をショップで購入するというのは一つの『売買契約』です。この売買契約において、引き渡された売買の目的物、つまりペットの生体が契約した内容と一致しないという場合があります。犬種が違うとか、数が足りない、という例がわかりやすいでしょう。この場合にショップが負担する責任を「契約不適合責任」といいます。
今回の事例では、買主(=飼い主)が犬の病気を知りつつ敢えて迎えたわけではなく、犬が健康だと思って迎えています。したがって、その犬が病気や疾患を抱えていたのであれば、契約内容に合致していないと言えます。
この場合、買主(=飼い主)は売主(=ショップ)に対して、契約不適合責任として、「目的物の補修」や「代替物の引渡し又は不足分の引渡し」を請求することができます(民法562条1項)。これらを総称して”履行の追完請求”と言います。
なお、「履行の追完請求」は、当事者の間の特約で排除することができる(同572条)ので、ショップで購入した際の契約書に「契約不適合の場合でもショップは責任を追わない」というような記載がないかどうか、よく確認する必要があります。
治療費や代わりの犬の引き渡しを請求する
「目的物の修補」の請求とは、病気の治療やそれに代わる治療費を求めること、また「代替物の引き渡し」の請求とは、代わりの犬の引き渡しを求めることです。飼い主はこうした請求をペットショップに対して行うことができます(今回購入した犬は一匹なので、不足分の引渡しは問題となりません)。
ただし、売主は、買主が損をすることがない場合は、買主が請求したのとは異なる方法で、履行の追完をすることができるとされています(同但書)。この事例では、例えば、ペットショップが飼い主に対して「治療費を支払うのではなく代わりの犬の提供でお願いします」と言えるということです。
『契約不適合責任の追及』は病気を把握してから1年以内に!
契約不適合責任を追求する場合には注意が必要です。原則として、買主が不適合を知った時から1年以内にその旨をショップに通知しなければなりません。犬が病気であることを知ってから1年以内にショップに通知しなければ、ショップが商品の引渡し時に不適合であること(今回の事例では”犬が病気であること”)を知っていた、または重大な過失によって知らなかったという場合を除いて請求ができなくなります(同566条)。
【代金減額請求・契約の解除】犬を返して代金を返金してもらう
ショップが対応しない場合には代金の減額か契約の解除
治療費や代わりの犬の請求に対して、売主から対応がない場合はどうすればよいでしょうか。飼い主が相当の期間を定めて請求をしたにも関わらず、その期間内にペットショップ側から”履行の追完”がなかったとします。この場合、買主はその不適合の程度に応じて代金の減額請求をするか(同563条1項)、または契約を解除することができます(同564条、541条)。
犬が治療で完治するような病気ではなく、先天性の障害をもっているというような、ショップ側が”履行の追完”ができない場合や、ショップが履行の追完を拒絶する意思を明確にした場合には、買主は直ちに代金の減額を請求、または契約を解除することができます(同563条2項、564条、542条1項)。代金減額請求は、実際には、支払った代金の一部の返金を求めることになるでしょう。
契約を解除した場合、犬をショップに返すことが必要です。これは契約の解除とは、契約をなかったことにするものですので、解除することによって、契約の当事者間には「原状回復義務」が発生するためです。犬をショップに返す代わりにショップから代金の返還を受けることができます(同545条)。
【損害賠償請求】すでに通った診察料や通院費を求める
既にかかった診察料を損害賠償請求する
買主は、「目的物の修補請求」・「代替物の引き渡し請求」・「契約の解除」と並行して、売主に損害賠償の請求をすることができます(同564条、415条)。今回の事例における損害賠償請求の対象としては、例えば既に通った動物病院の診察料や通院費が考えられます。
なお、「代金の減額」がされた場合、その減額された代金で契約が成立したことになり、債務不履行がなかったことになるので、代金減額請求と同時に損害賠償請求をすることはできません。
【消費者契約法】契約を取り消して代金を返金してもらう
事実と異なる内容を告げていた場合の契約は取り消し可能
なお、今回のケースと異なり、病気の犬を返して契約をなかったことにしたい場合は、消費者契約法を主張することも考えられます。消費者保護法では、事業者が消費者に対して契約を締結する際に『重要事項』について事実と異なることを告げ、消費者がその内容を事実であると誤認をして契約を締結した場合は、契約を取り消すことができるとされています(消費者契約法4条1項1号)。
ペットとして飼おうとした犬に病気があるかどうかは飼い主にとっては『重要事項』です。もしショップが「犬は健康です」と買主に伝え、買主がそれを信じて購入した場合は、上記の条文に該当します。つまり、買主は契約を取り消して犬を返還する代わりに代金の返還を請求することができると考えられます。
まとめ
今回の事例で飼い主は、病気の犬を飼い続けたいという意向があるので、犬の病気を知ってから1年以内に、ペットショップに対して、「修補請求(治療の請求、または治癒するまでの治療費の支払請求)」と「損害賠償請求(既にかかった治療費等の支払請求)」を催告し、もしペットショップから返答がなければ治療費等の支払いを求めて訴訟を提起するか、「代金減額請求」によって代金の一部の返還を請求していくということになるでしょう。