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『犬のトラブル法律相談所』では、犬に関するトラブルについて、実際に発生した事例を現役の弁護士の方に紹介していただきます。今回はノーリードにまつわるお話。いつあなたが当事者になるかわかりません!様々な事例から学び、もしもトラブルの当事者になっても対応できるよう、正しい知識を手に入れましょう。
※この記事の解説は、ひとつの見解です。お客様の問題の解決を保証するものではありませんのであらかじめご了承ください。
目次
- トラブル事例:愛犬が他の犬に咬まれて死んでしまった
- 今回のポイント:飼い主さんの責任と、被害犬の喪失に対する賠償額
- 判決:犬の飼い主に対して裁判所が命じた内容とは?
- 賠償:ミニチュアダックスの喪失に対して認定された額は?
- 学び:ペットの事例での賠償額には限界があるからこそ細心の注意を
トラブル事例:愛犬が他の犬に咬まれて死んでしまった
今回も紹介するのは、愛犬が他の犬に咬まれ、そのまま死んでしまったというとても痛ましい事件です。
お話を伺ったのは・・・⽯井⼀旭 先⽣ [弁護士/あさひ法律事務所 代表]
事案
5歳のミニチュアダックスを飼っていた方が散歩に出ていたところ、他の家から飛び出してきた犬(雑種・中型犬)に噛まれて死んでしまいました。被害犬の飼い主は賠償を求めて提訴しました。
<名古屋地裁平成18年3月15日判決>
今回のポイント:飼い主さんの責任と、被害犬の喪失に対する賠償額
今回のポイントはこの2点
・加害犬がノーリードの状態で家から飛び出てきたという点の、飼い主さんの責任は?
・残念ながら死亡してしまった被害犬への賠償額とその根拠は?
被告である飼い主さんの主張
加害犬の飼い主は、当時77歳の女性。「自宅の庭で犬を鎖につなごうとしたところその手をかいくぐられ、たまたま開いていたくぐり戸から外に出てしまった」と当時の状況を説明しています。
結果として、他の犬を咬んで死なせてしまったわけですが、わざと外に出した訳ではなく、「飼い主として通常払うべき程度の注意義務」は果たしていたと主張しました。
前回の復習ですが、民法718条1項では、「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」とされています。ただし、「動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたとき」は、賠償責任を免れるとも定めています。つまり、事故の際は手をかいくぐり、たまたま犬が外に出てしまったが、普段から飼い主として十分な注意を払って管理はしていたということですね。
判決:犬の飼い主に対して裁判所が命じた内容とは?
裁判所が下した判決
裁判所は66万9850円の損害賠償を命じる判決を下しました。
加害犬の飼い主は、飼い犬を鎖につなごうとする際にその手をくぐり抜けてしまう可能性は、予測が可能であり、また、自宅外に犬が出てしまえば他人やその飼い犬に危害を加えることも起こりうることだとしました。
この点から、被告は飼い主として、犬が手をくぐり抜けるような事態が発生しても、自宅敷地内から犬が外に出ないよう、戸締まりをきちんとしておくなど注意を払わなければならなかったとして、裁判所は被告の過失を認めました。
賠償:ミニチュアダックスの喪失に対して認定された額は?
この判決で裁判所が、ミニチュアダックス喪失の賠償として認めたのは5万円です。この金額は何に基づいた額でしょうか?
死んでしまった犬については、その価値が損害賠償の対象となります。あまり聞き良い話ではありませんが、犬はペットショップなどで購入できる以上、失った場合には、物としての価値が飼主の「損害」となります。飼い主はミニチュアダックスを15万円で購入したので、この額を『価値』の根拠として15万の賠償を求めました。一方で被告側は、事故発生時にミニチュアダックスが5歳半だったので、購入時(パピー期)と比べて市場価値は落ちているはず主張しました。
結果、損失の賠償として認められたのは5万円ですが、単なる物ではなく”幼犬の時からかわいがってきた”、という飼い主に対する慰謝料の算定に反映させるとしました。そして慰謝料の額として、最もかわいがっていたお母さんに30万円、お父さんと娘さんにそれぞれ10万円、合計50万円の慰謝料を認定しました。
これらの額に加え、事件が起きたときにミニチュアダックスをかばおうとして怪我をしたお母さんの治療費やミニチュアダックスの葬儀費用、弁護士費用等を合わせたものが今回の判決です。
学び:ペットの事例での賠償額には限界があるからこそ細心の注意を
人間が被害者だった前回の事件と比べて、賠償金額の少なさに驚かれた方も多いかもしれません。ましてこの件では被害犬は死んでしまっています。ただ、実際のところこの裁判例は、ペット被害事例としては比較的高額の賠償金が認められたケースです。
かつては、犬を含めたペット全般は、「法律上は物であるから、物が損害を受けたらその物の価値を賠償すればよい」という考えのもと、その購入価格が賠償の限度と考えられていました。この場合、長年連れ添っていたペットであればあるほど、その価値は下がってしまい、賠償金も低額になるという結論になりかねません。
現在ではペットの地位向上に伴い、さすがにペットを物と完全に同視するような裁判例は見られなくなり、飼い主の慰謝料に賠償額を反映させるなどの法律構成によって、賠償額は少しずつですが上がっては来ています。しかし「ペットは人間とは違う」という点でのハードルは高く、賠償額にも限界があるのが実情です。
本件のように予測できないような事件に巻き込まれた場合は、気の毒としか言いようがありませんが、ペットが被害にあった場合の賠償は決して手厚いものではありません。愛犬が被害に遭わないよう、散歩や飼い方には細心の注意を払うようにしてください。
初稿:2021年7月24日