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麻布大学獣医学科卒業後、横浜市の動物病院で3年間整形外科・救急医療を中心に診療を行った後現職。内科・外科全般を診療し、総合医として経験を積む。
今回は『腎臓病』をテーマに、東京・吉祥寺にあるヒラミ動物病院の中村獣医師にお話を聞いてきました。
腎臓病は、「ガン」「心臓病」に次ぐ犬の死因で、犬の10頭に1頭は生涯のうちに腎臓病を発症するといわれるくらい多い疾患です。中でも高齢の犬に多い慢性腎臓病は、症状のないままゆっくり進行していき、脳や心臓の病気も誘発する怖い病気です。
そこで、おしえて中村先生!犬の腎臓病ってどんな病気ですか?治療法や腎臓病にならないためにできることをおしえてください!
目次
- 慢性腎臓病は治らない怖い病気
- 慢性腎臓病は、見つかったときにはかなり進行しているかも!
- 慢性腎臓病の治療と期間、費用について
- 闘病は愛犬の最期まで続くから、末期の状態や亡くなり方も知っておいて
- 腎臓と全身の健康管理は、食事と歯磨き、健康診断で
- さいごに:腎臓病に限らず、どの病気も早期発見と早期治療を目指して!
慢性腎臓病は治らない怖い病気
――私たち人間と同じように、犬にも腎臓があります。人間の腎臓病はなんとなくイメージできるけど、犬は腎臓が悪くなるとどうなるのでしょうか?
腎臓は壊れると治らない臓器
中村将啓先生(以下、中村):腎臓はおしっこを作る臓器です。血液から老廃物や有害物質を取り除いて、余分な塩分や水分と一緒に身体の外に排出します。他にも、血液を作る指令を出したり血圧を調整するなど、さまざまな重要な働きを担っています。
おしっこは腎臓に無数にある「ネフロン」と呼ばれる組織で作られるのですが、このネフロンが壊れていく病気が「腎臓病」です。
ネフロンが減少すると、血液中の老廃物や有害物質を十分に取り除くことができなくなってしまいます。すると、有害物質などが体内に蓄積されていって、全身のさまざまな器官に障害を起こしていきます。
一度壊れてしまったネフロンは元に戻ることはありません。つまり、腎臓病は(ほとんどの場合)治らない病気です。
――治らない病気……飼い主にとっては聞き捨てならないワードです。もっと詳しく教えてください。
腎臓病には「急性腎障害」と「慢性腎臓病」がある
中村:腎臓病には、病気の進行速度によって「急性腎障害」と「慢性腎臓病」があります。
「急性腎障害」は、名称の通り病気が進行するのがとても速いのが特徴です。数時間から数日の間に急激に腎機能が低下し、突然の嘔吐や下痢、食欲不振や元気消失、おしっこの量が減ったり、出なくなるなどの症状が現れます。
――どういったことが「急性腎障害」の原因になるんですか?
中村:原因には、ユリ科の植物やブドウ・レーズンなどの摂取による中毒症状や、細菌感染、結石などによる尿管・尿道閉塞、免疫疾患、熱中症などがあります。
治療は点滴で脱水を改善したり、病態に合わせた投薬をしていきます。場合によっては腹膜透析や血液透析を行うこともあります。重症の場合は早期に治療を始めないと手遅れになったり、回復しても後遺症が残ることもあります。
発症年齢が若い犬の場合は、免疫系の問題を抱えているような特殊なケースが多く、中には進行を食い止めることが非常に困難なこともあります。また副腎から分泌されるホルモンが低下することによって発症するアジソン病でも急性腎障害が起こることがありますが、不足したホルモンを補う服薬治療で症状は改善します。
――「慢性腎臓病」の場合は、急性とどう違うのですか?
中村:「慢性腎臓病」は、何年も時間をかけてゆっくり進行するのが特徴です。原因には、高血圧や糖尿病などさまざまなことがありますが、老齢性のものが多いことも特徴です。
病気がかなり進行するまでこれといった症状が現れないため、飼い主が愛犬の異変に気が付いたときにはかなり進行しているケースが少なくありません。愛犬が水をたくさん飲むようになっておしっこの量が増える多飲多尿の症状や、嘔吐、食欲不振などの症状が現れる頃には、腎臓機能が大幅に低下しています。
一度悪くなった腎臓の機能は回復しません。残っている腎臓の機能をできるだけ維持して、病気の進行スピードを抑えるための治療をしますが、最終的には腎臓がほとんど機能しなくなる腎不全となり、死に至ります。
――症状に気づいた時には、かなり進行している可能性があるんですね。
慢性腎臓病は、見つかったときにはかなり進行しているかも!
中村:慢性腎臓病はなってしまうと治りません。だから、いかに初期段階で発見してすぐに治療を始めるかが、犬の予後を左右します。
しかし前述したように、この病気はかなり進行するまで症状が現れません。実際私が診察していて腎臓病に気が付くのは、はじめから腎臓病を疑って、というケースももちろんありますが、健康診断での血液検査の結果や、胃炎など他の病気で受診されたときに行った血液検査の結果から、ということも多いです。
――血液検査の結果をどのように見るんですか?
中村:腎臓の機能を調べる検査には血液検査と尿検査がありますが、血液検査について説明していきます。
一般的な血液検査では、主にクレアチニンの値が腎機能の指標になります。クレアチニンは血液中にある老廃物で、腎臓が正常な状態であれば体外に排出されますが、腎機能が75%以上低下すると血液中に溜まっていき、クレアチニンの数値が急上昇する特徴があります。そのためクレアチニンの数値が異常値を示したときには、すでに腎機能が75%失われた状態まで病気が進行しています。
――もっと早く見つけることはできないのでしょうか?
中村:最近では、腎機能が約25%失われた段階で検出することができる『SDMA』を測定することも多くなってきました。SDMAは、クレアチニンが検出されるよりも9.5カ月も早い段階で腎臓病を見つけることができるといわれています。
SDMAの測定は、病院によってはオプションの検査項目となりますが、腎機能が衰えていく7才以上のシニアには受けて欲しい項目です。
慢性腎臓病の治療と期間、費用について
――「残っている腎臓の機能をできるだけ維持して、病気の進行スピードを抑えるための治療」って、どんなことをするんですか?
療法食とサプリメントで腎臓を長持ちさせる
中村:治療は、服薬と療法食やサプリメントを使った食事療法になります。
内服薬は、血管拡張薬や活性炭、リン吸着剤、鉄製剤、造血剤などが病態によって処方されます。
特に慢性腎臓病の治療では、食事療法は非常に重要です。腎臓は食べたものの影響を受けやすいため、腎臓に負担をかけないような摂取内容にすることで、病気の進行を遅らせようとします。
――どのようなポイントに気を付ければいいのでしょうか?
中村:ポイントとなるのが「タンパク質、リン、カリウム」です。タンパク質は代謝の過程でできる老廃物質が、同様にリンやカリウムも腎機能の低下によって排出できなくなると、血液中に蓄積されてもっと腎機能を悪化させたり、尿毒症を引き起こす原因になります。一般的なドッグフードには、このタンパク質やリン、カリウムが含まれているので、これらの配合を控えて効率良くエネルギーが摂取できるように作られている腎臓病用の療法食を与えることになります。
――療法食はおいしくないから犬が食べないという話をよく聞くのですが…
中村:心配される飼い主さんは多いです。しかし、さまざまなメーカーが「具合が悪くて食欲のない犬でもおいしく食べられるように」と研究して、嗜好性の高いフードになっていますので、何種類か試してみてください。
それでもなかなか難しい場合は、少しくらいなら他の食材をトッピングしてあげても良いでしょう。しかし、できるだけ高たんぱくなものなどは控えるようにしてください。1日に必要なカロリーの10%程度で調整してみましょう。
また、さつまいもやバナナはカリウムを多く含む食材として知られていますが、タンパク質は少ないです。好きな子が多く、柔らかくて食欲がないときでも食べさせやすいため、本来であれば控えるべき食材ではありますが、私は状況に応じて与えても良いと思っています。この病気は少しずつ食欲がなくなって食べられなくなっていきますので、少しでも食事を楽しんでもらいながら過ごすことも大切です。食事についてもかかりつけ医に相談してください。
――愛犬に食事を楽しんでもらいながら過ごす、という視点はとても大切ですね。
中村:はい。また人間の治療では、血液中の毒性物質を取り除くために透析治療が行われますが、犬の場合は一般的ではありません。その代わりに、腸の中で毒性物質を吸着して便として排出させたり、フードに混ぜてフードに含まれるリンを吸着したりするようなサプリメントや、毒性物質を食べてくれる乳酸菌のサプリメントなどを活用します。
治療は長期に渡るから、ストレスの少ない方法をかかりつけ医と相談して
――実際に、愛犬が腎臓病と診断されたら、とてもショックです。どのような気持ちで治療に向き合えば良いのでしょう?
中村:たしかに、飼い主さんは大きなショックを受けることでしょう。しかし、この病気は完治はできませんが、治療で病状の進行をゆるやかに抑えることは十分に可能です。上手に付き合っていくことで愛犬と過ごす時間を長くすることができます。
私がこの病気の治療をするときは、犬の変化する病状に合わせて、その時々で患者さんと一緒に良い方法を模索しながら進めていきます。
闘病は長く続くからこそ、治療は犬と飼い主、獣医師の三者が続けていける治療でなければいけません。通院頻度や費用は、飼い主さんにとってとても気にかかることでしょう。ご自宅から病院までの距離や、犬の性格、飼い主のライフスタイルも考慮して、治療にかかる費用も「1カ月2万円に抑えたい」などといった具体的な希望もお伺いしながらストレスの少ない方法を探します。
治療に対する考え方やかかる費用は、動物病院や獣医師によって多少異なりますから、不安なことやわからないことはかかりつけの獣医師に相談して、納得いかなければセカンドオピニオンを仰ぐのも良いと思います。
闘病は愛犬の最期まで続くから、末期の状態や亡くなり方も知っておいて
――慢性腎臓病と診断された場合、愛犬と一緒にいられる時間は、あとどのくらいなのでしょうか。
中村:慢性腎臓病は、最終的には死に至る病気です。残された時間を覚悟を持って受け入れる必要があります。国際獣医腎臓病研究グループの分類によると、慢性腎臓病の余命は、ステージ2で14.78ヶ月、ステージ3で11.14ヶ月、ステージ4だと1.98ヶ月と報告されています。
また腎臓病は進行するとともに、犬は気持ち悪かったり、だるかったりする状態になります。それは、私たちの想像を絶するようなものになることもあるでしょう。
だからもし愛犬が腎臓病と診断されたら、この病気はこの先どんなことが起こりうるのか、ということを知っておいた方がいいと思います。愛犬が苦しむ姿をみるのはとてもつらいことですが、そういう状況でもしっかりと愛犬の最期を看取るためには、この病気についてきちんと知っておいた方がいいと思うからです。
――知るのは怖いけど、腎臓病ではどんなふうに最期を迎えることになるのか、教えてください。
簡単にですが、腎臓病がどのように進行するのかを紹介したいと思います。
病状がステージ3になると、食欲が落ちたり、毛艶がなくなる、体重減少などの症状がみられるようになります。嘔吐や脱水症状を繰り返し、他の臓器にも不調が出てくることがあります。食事療法は継続しながら、吐き気止めや血圧を下げるお薬、水分補給のための点滴などで、犬の苦痛を和らげる治療をします。犬の通院ストレスを考慮して、ご自宅で飼い主さんご自身が皮下点滴をすることもあります。
ステージ4になると病状は末期です。腎不全といって腎臓がほとんど機能しなくなります。有害物質が血液中に蓄積されて尿毒症となり、犬は具合が悪くて動けない状態になります。食事が摂れなくなり、けいれんや意識障害が起こることもあります。さまざまな臓器や組織の壊死が始まって、口からアンモニア臭がすることもあります。静脈点滴で血液中の有害物質の排出を促したり、鎮静剤などで緩和ケアを続けますが、眠る時間が増えて意識がはっきりしない状態が続くようになります。こうなると、残念ながら残された時間はわずかです。
腎臓と全身の健康管理は、食事と歯磨き、健康診断で
――知らず知らずに進行し、予防的な対応がとりにくいということですが、犬の腎臓を大切にするコツはありますか?
中村:慢性腎臓病は老齢性のものが多く、これは食事や生活習慣といったものが原因ではないので、もちろん飼い主の責任でもありません。それでも愛犬の腎臓を守るためにできることはあります。
腎臓の数値が気になったら毎日の食事を見直して!
まず、やはり毎日の食事は健康の基本です。
腎臓に関していえば、良質でバランスのとれた食事内容が、膀胱炎や膀胱結石、肥満、下痢、歯周病などさまざまな病気の予防になり、結果腎臓の保護にもつながります。
そこで私は、血液検査の数値が気になるようだったら、病気の診断が出なくても、食事を腎臓に負担をかけない内容にすることを勧めています。
気になる方は、かかりつけ医と相談して、腎臓だけでなく脳や心臓などの健康のために配慮されたたエイジングケア用のフードだったり、現在のフードに腎臓病の療法食を混ぜたり、リンやカリウムを吸着するようなサプリを取り入れてみるのも良いでしょう。もしジャーキーのようなお肉のおやつを与えているなら控えるなど、毎日の食事内容を、カロリーだけでなくタンパク質やリン、カリウムの摂取を控えるようなものに見直して欲しいと思います。
もちろん、人間が食べる味のついた食べ物は犬にとって良くありません。犬の大切な腎臓に負担をかけるので注意してくださいね。
歯周病菌で腎臓病に!歯磨きが健康の秘訣
歯周病菌は血管から侵入すると全身をめぐって、あちこちで悪さをします。たとえば、心不全の原因となる僧帽弁閉鎖不全症では、歯周病菌が発症に関与していることがわかっています。腎臓病との関連も話題になっています。
――歯周病は怖い病気なんですね。実際に先生も慢性腎臓病が歯と関連すると感じますか?
中村:そうですね、実際に慢性腎臓病を患っている犬を診察していると『歯の健康』が気になります。シニアになって、歯石がたくさんついていて歯周病がある犬ほど、腎臓病だけでなく、膵炎や肝炎、心臓病など他の疾患も抱えていることが多い印象です。やはり、口腔環境は全身の健康に影響していると思わざるを得ません。
本来歯肉はとても強い組織です。歯周病菌は、その歯肉も、骨も皮膚も溶かすくらい強い細菌です。もはや口の中の問題だけでなく、脳梗塞や動脈硬化、心筋梗塞、糖尿病などさまざまな病気の引き金になる怖い細菌だと覚えておいてください。
だから口腔内を清潔に保つための若い頃からの歯磨き習慣は、愛犬の健康を生涯に渡って維持するための秘訣だといってもよいかもしれません。犬は自分で歯を磨くことができないですから、飼い主さんに頑張ってもらいたいところです。
定期的に検査をしよう!
中村:腎臓病は初期の段階でははっきりしないこともあるので、定期的に検査を受けることが早期発見につながることはいうまでもありません。若い犬でも1年に1回、犬の1年は人間の何倍もの早さで経過しますから、シニアなら半年に1回、気になる数値がある犬は2、3カ月に1回検査を勧めたいです。もし持病がある犬であれば、かかりつけ医にどれくらいの頻度で健康診断をした方が良いか相談してみてください。
――食事の管理と歯みがき、健康診断ですね。意識的に行いたいと思います。
中村:ちなみに、腎臓が悪くなると薬が飲めなくなったり、麻酔が使えなくなってしまうことがあります。すると病気やケガをしたときに、腎臓が悪いことで治療ができない、なんてことが起こります。だから未来の病気に備えるためにも、でもできるだけ腎臓に負担をかけないように日頃から気を付けてあげて欲しいと思います。
さいごに:腎臓病に限らず、どの病気も早期発見と早期治療を目指して!
中村:犬を飼い始めたばかりの方には、犬は年を取るのが早いということを知っておいて欲しいです。7才から10才になる頃には、多かれ少なかれ何らかの老化現象がみられるようになります。元気だと思っていても、予兆なく急に病気になってしまうこともあります。だから日頃から食事と歯磨きなど、基本的な健康管理を丁寧にしていってください。
また、犬種によってなりやすい病気や特性、弱点があるので、愛犬の特性をしっかり確認して、病気の予防に役立てていって欲しいです。
シニア犬のご家族には、愛犬の食欲不振や元気がないことを年齢のせいにしないように注意してもらいたいと思います。特に、腎臓病の症状は、加齢による変化と間違いやすいものがあります。愛犬が7才を過ぎたら、もしかしたら腎臓病が始まっているかもしれない、他の病気が始まっているかもしれない、と万が一のことを考えて、少しでも異変を感じたらすぐにかかりつけの獣医師に相談してください。問題なければそれに越したことはありませんし、もし何か病気だったとしても、どの病気も早期発見と早期治療が、犬にとっても飼い主さんにとっても負担が少ない最善策ですから。