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Ph.D: 日本初のADI(アシスタンスドッグ協会)国際認定聴導犬・介助犬インストラクター。英国聴導犬協会国際認定 聴導犬インストラクター。
耳の不自由な人の生活を助ける補助犬である聴導犬(ちょうどうけん)。日本聴導犬協会で活躍している候補犬のほとんどは、保護犬や譲渡犬ということはご存じでしょうか?
MIX犬、シーズー、ラブラドゥードルなど犬種も大きさもさまざまな犬たちが、音を教え、生活を手助けします。日本聴導犬協会の活動は、聴導犬の育成だけでなく動物福祉の側面も持ち合わせています。会長の有馬もとさんにお話を伺いました。
目次
- 聴導犬の仕事とは? ユーザーの耳となり行動を共にする働く犬
- 聴導犬の犬種は決まりがなく、元保護犬も活躍中
- 聴導犬はボランティアと子犬時代を過ごすことで人間との信頼関係を築く
- 聴導犬になれるのはどんな犬? 素質と訓練方法について
- 聴導犬はかわいそう? マッチングでは犬が人を選ぶことも
- 聴導犬の教える音は無限大、ユーザーに褒められればどんどん覚える
- 聴導犬に触れてはいけない? やってはいけないことは
- 引退した聴導犬は、ペットになる子・協会に戻る子などさまざま
- 日本聴導犬協会のモットーは「聴導犬になれなかった子も幸せにする」
聴導犬の仕事とは? ユーザーの耳となり行動を共にする働く犬
聴導犬とは、聴覚障がいを持つ人々の生活をサポートするために、特別な訓練をされた犬です。 ユーザー(耳の不自由な人)とペアを組み、玄関のチャイムやキッチンタイマーなどの音がすると、まずユーザーの体を前足でタッチして音がなっていることを知らせてから、その後に音のする場所まで誘導します。
音というものは形がありません。耳の不自由な方は視覚や体で感じる振動などから情報を得ています。音声情報しかない環境では、そこで何が起こっているのかという状況を察知するのが難しい場合もあります。
耳が聞こえなければ、消防車のサイレンも防災スピーカーの避難勧告も聞こえません。聴導犬は日常生活を助けるだけでなく、緊急時の音をいちはやく伝えることで、耳の不自由な方の命を守る役割を期待されています。
「聴導犬は音を知らせる犬と説明されることが多いのですが、正確には、ユーザーさんに音が鳴っていることを知らせることによって、今そこで何か起こっているのかを伝えるのが聴導犬の仕事なんです」
聴導犬・盲導犬・介助犬の3種類は、身体障害者補助犬と総称されます。補助犬は、身体障害者補助犬法という法律によって、不特定多数の方の利用する公的な施設や乗り物への同伴が認められています。電車やバスなどの公共交通機関や、病院・スーパー・飲食店といった施設にも同行し、ユーザーの日常生活をサポートします。
「聴導犬は基本的にユーザーさんと行動を共にするので、スーパーで買い物するのも、飲食店でご飯を食べる時も一緒です。毎日電車に乗って通勤している子もいます。新幹線や飛行機で長距離を移動する子もいます」
聴導犬の犬種は決まりがなく、元保護犬も活躍中
聴導犬にはどんな犬種がなるのでしょうか? 実は聴導犬の犬種には決まりがありません。日本聴導犬協会では、創設時から2004年までは100%の犬が保護団体出身でした。
「創設時には保健所などに収容される頭数が約55万頭でしたが、嬉しいことに10分の1以下に下がったことから、2023年6月現在、保護犬と譲渡犬が候補犬の85%を占めています」と話す有馬さん。
聴導犬になった犬や、聴導犬の候補犬として訓練をしている犬たちは、MIX犬(雑種)や、ビーグルなどの中型犬、シーズー、トイプードル、チワワなどの小型犬、ラブラドゥードルやゴールデンレトリバー、ポーチュギーウォータードッグなどの大型犬など、さまざまです。
「今でも補助犬のほとんどが、元保護犬や事情があって譲渡していただいた犬たちです。日本聴導犬協会は、保護された犬を育成することを創立からの使命としています。それぞれのもっている才能と命をいかすのが、日本聴導犬協会の目的です。耳の不自由な方への支援とともに、動物福祉としての側面も持ち合わせているんです」
盲導犬は目の不自由なユーザーを誘導をする必要があるため、ユーザーとなる人の身長や歩幅に合わせたサイズ、主に大型犬である必要があります。ですが、聴導犬の仕事は音を伝えることなので、体の大きさは関係なく、相性や、ユーザーの生活・活動に合った犬が選ばれます。ニーズはさまざまで、大型犬・中型犬を希望する人もいれば、小型犬を希望する人もいます。
「日本聴導犬協会の場合は、たまたま捨てられていたシーズーが4頭次々と聴導犬になったことがきっかけになったのと、協会の方針に賛同してくださるブリーダーさんとの出会いもありシーズーが増えているんですが、実は世界的にみたら、主にシーズーを聴導犬として訓練している団体はめずらしいんです」
聴導犬はボランティアと子犬時代を過ごすことで人間との信頼関係を築く
聴導犬は子犬時代を、ソーシャライザーと呼ばれるボランティアの家庭を、2〜4ヶ月ごとに移動して暮らします。人間では10歳くらいで脳が完成するといわれていますが、協会犬も身体的にも脳も成長するのを待つ間に環境に適応するように、ソーシャライザーの家で社会経験を積むのです。
「大切なのは訓練よりも愛情をかけること。子犬は散歩や買い物など、ソーシャライザーさんと共に生活をするなかで、社会性を身につけていきます。保護犬出身の犬は心の傷を負っていることも多いので、なおさら愛情が必要です」と、有馬さん。
人が好きで仲間の役に立ちたいという気持ちがなければ、聴導犬にはなれません。複数の家庭でそれぞれに大切にしてもらうことで、人間との信頼関係を築き、傷ついた思い出や人への不信感を克服していきます。
ソーシャライザーは特別な訓練を行うことはありません。人の多い場所やモールなどでの社会化をしたり、一緒におもちゃで遊んだりと、肌の接触を含む愛情を注いで子犬を世話するのが役割です。
「いたずらや物を壊しても、大声を出したり叩いたりせず、無視することでしてはいけないことをしたと、犬に自覚させるので、ソーシャライザーさんも忍耐が必要です」
「聴導犬の子犬たちは元保護犬がほとんどで、親の血統がわからないため、遺伝性の疾患や精神的な安定などの判断が難しいんです。犬は預かり先によって違う気質を見せるので、複数の家庭で暮らすことで、その子が本来持っている素質がわかるんです」
子犬たちは、ある家庭では大人しくしていても、別の家庭ではわがままだったり、いたずらっ子になったりと、環境によって別の顔を見せるそうです。
さらに、大家族だったり夫婦2人暮らしだったりと、家族構成の異なる家庭で暮らしたり、都会や田舎などいろいろなライフスタイルを体験することで、どんな環境にも適応できる社会性を身につけていきます。
聴導犬になれるのはどんな犬? 素質と訓練方法について
聴導犬に向いている犬というのはどんな犬なのでしょうか?
音や気配を仲間に教えるのは、犬がもともと備えている能力なので、大切なのは、人が好きで仲間の役に立ちたいと思える「人への親和性」を備えているかどうかです。
「もともと捨てられた犬から育成していたので、その子のもっている才能と命をいかすというのが、日本聴導犬協会のもうひとつの目的です。音をユーザーさんに伝えることを、楽しいと思える犬を日本聴導犬協会の聴導犬に選んでいます。仕込むのではなく、犬が自主的にやりたいという段階まで持っていくのが訓練です」
「聴導犬の候補犬たちは、アセスメントという聴導犬の適性検査を通過した子たちです。ソーシャライザーさんからの報告や、月1回のパピークラス(ソーシャライザーと子犬が集まる講習会)の際にテストを11回以上繰り返し、性格や適性をみていきます。小型犬なら生後10ヶ月くらい。大型犬なら生後1年くらいから訓練を始めます」
聴導犬になるためのトレーニングは、犬が「これ楽しい」「何をさしおいてもやりたい」となる、犬の自主性を重視した犬を喜ばせるファントレーニングが主です。訓練時間は1日長くても15分ほどで、厳しくしつけて従わせるというようなことはしません。
「犬はもともと音を教える本能があるので、実は訓練すればほとんどの犬が、声だったり飛びつ いたりして、時々は音を教えられるようにできます。しかし、聴導犬は吠えずに、生活での必要な音を必ずユーザーさんの体にタッチして音を教えなくてはなりません」
ただし聴導犬の場合は、ユーザーさんは音が聞こえないため、犬が音を教えないでいようと思えばいくらでも怠けられます。盲導犬や介助犬は補助する動作がうまくできない時にはユーザーが再訓練ができるけれど、聴導犬の場合は、ユーザーが注意したり命令したりすることが難しいのです。
「つまりは、音を教えるのが大好きでないと聴導犬にはなれません。訓練で大切なのは犬の自主性を育てること。人を助けて喜んでもらえることが嬉しいという犬が聴導犬になるので、音を教えることが犬の幸せにもつながります」
それに加えて大切なのが、高度な社会化です。ユーザーと共に行動する聴導犬には、どこにいてもイレギュラーな騒音やアクシデントにも驚かない、環境の変化に動じない対応が求められます。
「電車に乗っても、バスに乗っても平常心でいられるという犬というのは決して多くはありません。まずは、花火の音や騒音のテープを聞かせるなどして反応をみて、怖がるものがあればピンポイントで克服していきます」
聴導犬はかわいそう? マッチングでは犬が人を選ぶことも
日本聴導犬協会では、「音を仲間に教える」という、犬が元々持っている才能を障がい支援に活かして、主に保護犬を聴導犬に育成しています。しかし犬を働かせるのはかわいそうだと考える人もいるため、保護団体によっては「これ以上犬を不幸にしたくないから譲渡できない」と、言われたこともあるそうです。
「聴導犬は、無理やり働かせているのではありません。犬は社会的な動物です。役割がほしい、ほめられたいという欲求を持っています。犬がもともと備えている音を仲間に教えるという才能を活かしているので、聴導犬の仕事はストレスではなく、喜びや、やりがいにつながります」
聴導犬を希望する際は、訓練をはじめる前にマッチング(お見合い)をします。人間同士と同じように、人と犬にも相性があり、人によっては候補犬を気に入らないこともありますし、逆に犬が人を選ぶこともあるといいます。
聴導犬のはつくんの場合は、ユーザー希望者が他の候補犬を考えていた最中にトコトコとやってきて「僕がなります」と自ら立候補しました。
「聴導犬になるのは、人が好きで人の役に立つことが喜びになる子ばかりです。ユーザーさんを仲間として認識し、この人といたい、信頼できる人とマッチングすることで、お互いに幸せになることができます。
逆に、合わないユーザーさんのところにいくと、うまくいかず、やる気がなくなってしまいます。犬も人間と同じで、しっかり愛情をかけていただき、認めてもらえないとがんばれません。」
マッチングしてからは合同訓練が始まります。厚生労働省が認めた「聴導犬認定試験」に合格して晴れて、聴導犬とユーザーとして認定されるのです。
「補助犬法では10日以上、日本聴導犬協会の場合は28日以上の訓練が必要です。その際にはユーザーさんに補助犬法なども学んでもらいます。聴導犬として認定された後も、毎年更新試験をして、犬とユーザーさんとのパートナーシップを継続するか確認しています。関係や行動に問題があれば修正していくことで、聴導犬とユーザーさんの信頼関係が深まっていきます」
聴導犬の教える音は無限大、ユーザーに褒められればどんどん覚える
聴導犬は訓練した音以外にも、自身で音を聞き分け、必要と判断した音をユーザーに知らせてくれます。
「聴導犬は習っていない音でも、自分で判断して必要と思えば音を伝えます。その時にユーザーさんに褒められたら、この音は教えたら褒めてもらえると学習します。つまりユーザーさんが褒めていけば、音をどんどん覚えていきます」
聴導犬のこんちゃんは、通過する電車の風圧でユーザーさんがふらついたのに気づき、乗車ホームとは反対方向の電車が通過する際もユーザーさんに教えてくれるようになりました。教えられた訳ではなくても、喜ぶ姿をみることで、次からやってくれるようになるのです。
日本聴導犬協会の聴導犬は自分で考えて行動します。聴導犬のみかんちゃんは、窓や玄関ドアを物色する音をユーザーさんに教えて、不審者の侵入を防いだことがあります。聴導犬のぜんちゃんは、急な車の接近に気づき、リードをひっぱってユーザーさんの歩行を止めて事故を防ぎました。
「同じような例はたくさんあります。外で人が騒いでたり、消防車が家の近くを何台も走り過ぎるサイレンで近所の火事をユーザーさんに教えました。訓練以外の音でもユーザーや自分の安全を守りたいという本能があるので、自分で判断して行動するんです」
聴導犬に触れてはいけない? やってはいけないことは
盲導犬などの補助犬を見かけても、触ってはいけない、目を合わせてはいけないという風に注意喚起をしていることがありますが、聴導犬を見かけた際も同じなのでしょうか?
「団体によっては、声をかけないでくださいとか、触らないでくださいというところもありますが、日本聴導犬協会では、聴導犬を触っていいかどうかは、その時々でユーザーさんが判断します。いっさい禁止してしまうと、聴導犬がいることで、ユーザーさんが孤立してしまう場合もあるからです」
日本聴導犬協会では、聴導犬は触っても興奮しないように訓練しているので、ユーザーが嫌でなければ特に問題ないと考えています。聴導犬が来たことで、知り合いが増えたユーザーもたくさんいるそうです。
「聴導犬でなくても、自分が連れている犬を、急に触られたらビックリするし、嫌な気分になりますよね。聴導犬ユーザーは耳が不自由なので、触りたい時は前にまわってユーザーに声をかけてさわってもいいかどうか聞いてください。他の方の愛犬を触る時と同じように配慮をお願いします」
引退した聴導犬は、ペットになる子・協会に戻る子などさまざま
高齢になり聴導犬を引退した犬たちは、犬の老人ホームのようなところで狭い犬舎に入れられて……というようなイメージを持っている方もいるかもしれません。
実際には、引退した聴導犬は、ほとんどがユーザーさんの家でペットとして余生を過ごします。家庭でのお世話が難しかったり、引退後に医療費がかかる場合は、協会に戻ってくるそうです。
「当協会は犬舎を持ちません。オフィスケネルといって、事務所や訓練ホールを犬の普段の居場所として、相性の良い犬たちごとに、施設内で自由に過ごしています。夜はスタッフが交代でお泊りをしているので、無人になることもありません」
現在日本聴導犬協会の所属犬は、約40頭です。そのなかには、引退した元聴導犬やPR犬を含め、計7頭の老犬がいます。
協会に戻ってきた引退犬の老後には、特に決まりごとはなく、犬の性格や体調に合わせた方法で暮らしています。
「里親を探すこともありますし、元聴導犬のかるちゃんの場合は、協会が好きでデモ(聴導犬の仕事を紹介するデモンストレーション)も大好きなので協会に残っています。元聴導犬のあいちゃんは、高齢で目の病気もあるため里親探しをせず、ボランティアさんにお預かりをお願いしていましたが、そのままボランティアさんのお宅の子になれました」
日本聴導犬協会のモットーは「聴導犬になれなかった子も幸せにする」
日本聴導犬協会では、「保護犬からの聴導犬育成」と「聴導犬になっても、ならなくても、どの子も幸せにする」という、2つのモットーを掲げて活動をされています。
日本聴導犬協会は1996年より聴導犬の育成を開始し、2004年からは介助犬の育成も開始しました。現在、聴導犬として活躍している犬は全国で58頭(厚生労働省調べ 2022年10月1日現在)で、そのうち13頭が日本聴導犬協会出身です。
聴導犬は狭き門です。ほとんどの犬が訓練の過程で家庭犬向きと判断され、キャリアチェンジ犬として新家族(里親)を募集します。
「聴導犬になれなかった子が一生幸せに過ごせるように、新しい家族の一員として迎えてくださる家庭を探すのも、私たちの使命です」
聴導犬には合わなくても、どの子もソーシャライザーさんの家や、当協会で愛情たっぷりに育てられた、人のことが大好きな犬たちです。基本的なしつけやトイレトレーニングも終了しています。
キャリアチェンジ犬を希望する場合は、日本聴導犬協会のホームページから申し込みが可能です。譲渡前には必ず事前に家庭訪問をし、家族全員との面接をします。1ヶ月間のマッチング期間を設け、ご家族も犬も幸せに暮らせることを確認した上で、決めるそうです。
日本聴導犬協会の活動は、聴覚に障がいのある人を助ける聴導犬の育成することだけでなく、不幸な犬たちを減らすということ「聴導犬になった子も、ならなかった子も幸せにする」をスローガンにしています。
「聴導犬についての理解がすすみ、動物福祉という側面もあることを多くの人が知っていただくことが、人も犬も幸せな社会の実現につながっていくのではないでしょうか」