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札幌市、平岡動物病院の院長。主に呼吸器、整形、眼科、歯科の外科とエキゾチックアニマル診療を中心に力を入れている。趣味は娘と遊ぶこと。
愛犬を抱っこしていたら暴れて腕から落ちてしまった。トリミング台から逃げようとして落ちてしまった。そんな経験はありませんか。特に顔が青ざめてしまうのは、愛犬が頭を床や地面に強く打ち付けてしまったときです。強く頭を打つと、脳震盪(のうしんとう)を起こしている可能性あります。
脳震盪とは、外部からの衝撃によって起こる脳障害のことです。脳震盪が恐ろしいのは、容態が急変すること。後遺症が残ったり、死亡したりするリスクもあります。脳震盪を起した場合は、早期発見、早期治療が重要です。今回は、「脳震盪を起しているサインはどういったものなのか」「何がきっかけで脳震盪を起すのか」「予防できる方法は何か」などを詳しく見てきましょう。
目次
- 犬の脳震盪とは
- 脳震盪の本当の怖さ
- 犬の脳震盪を引き起こす原因
- 犬が脳震盪を起こしているか見分けるサイン
- 犬の脳震盪の後遺症
- 犬の脳震盪の治療方法
- 犬の脳震盪を防ぐためにできること
- まとめ
犬の脳震盪とは
脳震盪の症状は、試合中のボクサーをイメージするとわかりやすいかもしれません。頭部にパンチを受けてクラクラと倒れ込んで気絶するのは、脳震盪が原因と言われています。脳震盪は、頭が外部からの強い衝撃を受けて脳が激しく揺り動かされることによって生じる脳障害のことです。
脳は頭蓋骨の中で髄液と呼ばれる液体に浮いている状態にあります。頭を軽くぶつけた程度であれば、髄液がクッションとなって脳を守ってくれるので大きな問題にはなりません。ところが頭を強くぶつけると、脳に回転加速度が加わって頭蓋骨と接触します。この回転によって神経伝達物質が過剰分泌され、意識や記憶に関する障害が出ると言われています。
人間と同じように犬も脳震盪を起こします。特に、子犬やチワワなどの小型犬は注意が必要です。頭を触ると穴が開いているような部分がありますが、これは頭蓋骨を形成している途中やその一部が欠損していることを意味します。脳がゆさぶられやすい状態ですので、頭への衝撃には注意しなければなりません。
※チワワで多い頭蓋骨の頭頂部の一部の骨が欠損し、大泉門といいます(正常です)、また頭蓋骨が一部薄くなったり欠損してしまうことを頭蓋骨形成不全症(病気)と言います。
脳震盪の本当の怖さ
脳震盪は比較的起こりやすい障害で、後遺症が残ったり、死亡したりするリスクもあります。脳震盪の恐ろしさは、容態が急変することです。高いところから落下するなどして頭を打ったのにも関わらず、犬がけろっとしていて元気にかけまわっていたとしても、数日後に容態が急変する場合があります。元気だったことが信じられないぐらい、一瞬で麻痺や昏睡状態、失神といった一刻を争う事態となります。
脳は強い衝撃によって脳細胞にダメージを受けます。脳細胞の回復には時間がかかりますが、その間にいつもどおり運動や遊びに夢中になって脳の活動が活発になると、脳細胞がさらにダメージを受けて、脳震盪のような症状が出てしまいます。
そのため、元気で特に問題がないように見えた場合でも、頭を打ったことがわかっているならすぐに動物病院に連れていってください。外からは見えない脳の障害なので軽く見てはいけません。動物病院に行く前に電話で連絡を入れて愛犬の様子を伝えておくと、応急処置のアドバイスをもらえますし、診療もスムーズに進みます。
「犬種」「体重」「年齢」「既往歴」「飲んでいる薬」のほか、「何に頭をぶつけたのか(コンクリート、土、芝生の地面、壁、家具など)」「何をしていてどういう状態で頭を打ったのか」「頭頂部・後頭部・前頭部など、頭のどの部分を打ったのか」「どのぐらい強く打ったのか」「犬の様子にどんな異変が見られるか」「意識はあるのかないのか」などの情報を整理して、獣医師に愛犬や事故の状況を具体的に伝えるようにしましょう。応急処置のアドバイスをもらえますし、診療がスムーズに進みます。
犬の脳震盪を引き起こす原因
犬に脳震盪のような症状が見られたら、数日間の犬の行動を振り返ってください。以下のような原因に思い当たる節があれば、脳震盪である可能性も高いでしょう。
抱っこしていて落とす
もし犬の身体が安定しない抱き方をしてしまうと、犬は居心地が悪くて暴れ、床に落ちてしまいます。特に体幹がしっかりしていない子犬は身体のバランスがとりにくく、想定外の動きをするので落下事故が起きやすいようです。
人間が立ち上がった状態で抱っこをすると、床からの高さが1m程度になります。人間の視点ではたいしたことがない高さに見えるかもしれません。しかし、犬の身体の高さが20cmとすれば、その5倍の高さになります。160cmの人間で考えれば、5倍の高さは、8mです。床から8mの高さは、マンションの3階弱に相当します。そこから落ちることを想像すると恐怖を感じますし、怪我なしでは済まない高さなのではないでしょうか。
転ぶ
転んで頭を強く打つリスクは、年齢問わず起こり得ることです。子犬は遊んだり挑戦したりしながら、自分の身体の大きさや特徴を知り、運動能力を高めていきます。そのため、ちょっと無理な段差を移動しようとしたり、しっかりふんばれなかったりして簡単に転びます。
成犬の場合は、ドッグランや公園を喜々として全力で走るあまり、カーブや草で足を滑らせて転倒することもあります。シニア犬は、身体機能の低下によって足元がふらつきます。立つときや歩くときに身体がフラフラとバランスを崩して転ぶことが珍しくありません。転ぶのは一瞬ですので、すべて飼い主の目の前で起こるとは限りません。愛犬の足元のふらつきには注意しておきましょう。
トリミング台から落ちる
トリミングのためにペットサロンに連れていく場合、慣れていない犬はトリミング台から飛び降りて頭を打ってしまう場合があります。症状がないからといって飼い主に報告をせず、トリミングを続けるといった行為も危険です。
そのため、トリミング台に落下防止の専用アームとリード紐が付いているトリミング台を採用していたり、台の上に滑り止め防止のマットを敷いていたりと、 落下防止対策をしているペットサロンを利用することをおすすめします。また、落下事故が落ちてしまった場合には、症状がみられなくても報告して、緊急連絡先をペットサロンに伝えておきましょう。
犬が脳震盪を起こしているか見分けるサイン
脳は全身の筋肉や内臓に指示を出していますので、脳に障害が出ると適切な指示ができなくなり、いろいろな症状を引き起こします。
「フラフラする」「嘔吐する」「ヨダレをたらす」「硬直する」「麻痺する」「失神する」といった症状が見られた場合は、脳震盪を起こしているかもしれません。脳震盪は数日経ってから症状が起こる場合もありますので、注意深く観察するようにしましょう。特にけいれんが出た場合は、最も危険な状態だと言われています。脳震盪と同時に、頭蓋骨内の出血や慢性硬膜下血腫などを起こすかもしれません。慢性硬膜下血腫は、血液の塊(血腫)が時間をかけて脳のまわりに溜まって、脳を圧迫し、機能を低下させます。最悪の場合、昏睡状態に陥って最終的に死に至りますので油断できません。
犬の脳震盪の後遺症
頭を強く打って脳細胞がダメージを受けると、長い時間をかけて回復しようとします。しかし、回復できずに壊死してしまったり、脳内出血を起こしたりすることも。脳は体全体に指示を出す機能ですので、回復できなかった脳細胞が指示する部位に後遺症が残る場合があります。たとえば、手足が麻痺したり、声が出なくなったり、失明したり、身体のバランスがとれなくなったりなどの症状が代表的です。
犬の脳震盪の治療方法
動物病院では脳に異常がないか診察し、CTやMRIなどで脳をスキャンして検査することになるでしょう。また、神経を圧迫して後遺症の原因となる脳の腫れや炎症を引かせるために、ステロイドや浸透圧利尿剤などを点滴管理の上、投与することが一般的な治療です。幸い脳に異常がないと診断された場合も、当面は様子を見守りましょう。
犬の脳震盪を防ぐためにできること
犬は脳震盪を起こしやすい動物ですが、その原因の多くは飼い主自身の行動によって回避できます。高いところから落下しないよう、抱っこをするときは座ったりするなど低い位置で抱っこしてください。高いところにも登らせないようにしましょう。また、落下時の衝撃を抑えるクッション性のあるフロアマットを敷くこともおすすめします。
トリミングに連れていく場合は、落下防止対策をしているサロンを選んでください。また、トリマーの方にトリミング時の愛犬の様子を確認しましょう。トリミング台から落下があったかどうかをストレートに聞けば間違いありません。もし落下の事実があれば、症状が出ていなくても迷わず動物病院を受診してください。
なお、動物病院には車を運転できる人に送ってもらうか、タクシーを利用して移動することをおすすめします。強く頭を打って身体に異変を感じている愛犬は、ショックを受け、怖がっていたり、不安になっていたりします。移動の間は、愛犬に集中して、やさしく落ち着いた声で何も心配がないことを伝え続けてあげてください。飼い主や自分の匂いがする暖かい毛布をかけてあげると、より安心するでしょう。
また、担架や板など、愛犬の身体が安定するものを使って運ぶと、あまり愛犬を動かさず安全に移動できます。クッションや枕で頭を約30度の角度で高くすれば、頭蓋骨内の圧力が軽減されて、脳震盪の悪化を防ぐこともできます。なお、首輪は脳の血流を阻害するリスクがありますので、外しておいてください。
まとめ
脳を強く打ち付けてしまう事故は、どの年齢の犬にもよく起こる出来事です。頭を強く打ったことがわかったら、たとえ元気に走り回っていたとしても動物病院に連れていってください。大丈夫だなと楽観視していると、数日後に容態が急変する場合があります。そうなってしまえば後遺症が残る可能性が高まり、最悪の場合は命を落とします。もし、夜間や休診日でかかりつけの動物病院に行けない場合は、診療の開始時間まで待たないでください。24時間対応の動物病院や動物救急救命センターを探して、電話で診察を依頼しましょう。いつ緊急事態が起きるかわかりませんので、こうした場合に冷静に対応できるよう、あらかじめ夜間対応をしてくれる動物病院を見つけておくと安心です。早期治療が愛犬の命を救います。