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兵庫ペット医療センター東灘、獣医皮膚科学会、VET DERM TOKYO 皮膚科第1期研修医
私たち人間は一般的に「蚊に刺される=痒い」というイメージを持っていますが、犬が蚊に刺されると痒みだけにとどまらず、フィラリア感染の危険性があります。
犬のフィラリア症の予防対策は一昔前と比べて周知されるようになりました。しかし、フィラリアの予防薬を投与していない犬が感染する確率までは知られていません。投薬のし忘れを防ぐためにも、フィラリア予防薬の効果をきちんと知っておくことが大切です。
この記事では、フィラリアに感染した犬の具体的な症状と、フィラリア予防薬がなぜ100%フィラリア症を防げるのかを詳しく解説します。また、犬が蚊に刺されないようにする方法も紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
- 犬が蚊に刺された時の症状
- 蚊が原因のフィラリア症(犬糸状虫症)とは?
- 犬が蚊に刺されたときフィラリア症に感染する確率
- 犬が蚊に刺されないように予防する方法
- まとめ
犬が蚊に刺された時の症状
犬が蚊に刺されると、3つの症状がみられることがあります。場合によっては痒みだけでは済まされない、重い症状を引き起こすことがあるため注意が必要です。
痒がる
愛犬が体の一部分をしきりに掻いたり噛んだりしている時は、痒みを感じているサインです。被毛をかきわけて皮膚の状態を確認しましょう。
赤く腫れる
愛犬が体を痒がっている部分がポツンと赤く腫れていた場合、蚊に刺された可能性があります。犬が蚊に刺されたときの腫れ方は、人間とよく似ています。
ただし、犬は蚊に刺されても人間ほど痒がらないことも珍しくありません。皮膚が少し赤みを帯びた程度であれば、愛犬が蚊に刺されたことに気づかないこともあるので注意深く観察しましょう。
昆虫アレルギー皮膚炎(昆虫刺咬性過敏症)
犬が蚊に刺されると、蚊の唾液の成分に対して強いアレルギー反応を示すことがあります。もしも蚊に刺された部分を激しく痒がったり、発熱や元気がなかったりなどの症状がみられた時は、すぐにかかりつけの動物病院を受診しましょう。
重症化してしまうとアナフィラキシーショックを引き起こす危険性があります。また、痒みが長引けば長引くほど、掻きむしった傷から細菌による二次感染を引き起こすことがあるため注意が必要です。
フィラリア症(犬糸状虫症)
犬が蚊に刺された時に引き起こされる症状や病気の中で、最も厄介なのは犬糸状虫(フィラリア)に感染することです。フィラリア症については次章以降で詳しく解説しますので、参考にしてください。
蚊が原因のフィラリア症(犬糸状虫症)とは?
フィラリア症は蚊の媒介によって犬糸状虫が犬の心臓や肺動脈に寄生し、全身の血液循環や内臓に深刻なダメージを与える恐ろしい感染症です。
犬糸状虫(フィラリア)は、その名の通り乳白色の細長い体をしています。寄生虫の多くは犬の体内で卵を生んで寄生数を増やしますが、フィラリアはメスの体内で孵化した幼虫(ミクロフィラリア)を出産する卵胎生が特徴です。不思議な生態ですが、ミクロフィラリアが成長するには犬の体内から蚊の体内に戻る必要があることから、卵胎生は幼虫が生まれる確率を上げるためと考えられます。
犬がフィラリアに感染するメカニズム
現在、フィラリアの予防において主流は経口タイプの薬を投薬開始から投薬終了まで毎月1回服用する方法です。期間中は毎月決められた日に投薬する必要があることから、「ちょっと面倒だな」と感じている方もいらっしゃるでしょう。しかし、フィラリアの感染サイクルを考えると、この投薬方法はとても理にかなっているものです。
<フィラリアの感染サイクル>
フィラリアは、次のような感染サイクルを繰り返すことで、多くの犬に感染を拡大させていきます。
1. 体内にすでにミクロフィラリアが存在する犬の血液を蚊が吸血
2. 蚊の体内に入ったミクロフィラリアは2回脱皮して感染幼虫に成長
3. 感染幼虫を持つ蚊が犬の血液を吸血するタイミングで犬の体内へ侵入
4. 犬の体内で成長した感染幼虫のオスとメスが交尾してミクロフィラリアが誕生
上記1~4のサイクルを繰り返していくことにより、フィラリアの感染が連綿と続いていくのです。
フィラリア予防薬を毎月投与する理由
なぜフィラリアの予防薬を月ごとに投与するのかといえば、フィラリア予防薬は便宜上「予防薬」と呼んではいるものの、実際は「駆虫薬」だからです。
ミクロフィラリアは蚊の体内で2回脱皮しないと、感染力のある幼虫にはなれません。感染幼虫は犬の体内に侵入したあと、皮下組織から筋肉内へと50~60日かけて移動しながら成長していきます。
フィラリア予防薬で効果的に駆虫できるのは、感染幼虫が体内に侵入する時期だけです。ここを逃すと感染幼虫は血管内へと移動してしまい、駆虫の効果が下がってしまいます。そのため、蚊の飛散時期に毎月1回フィラリアの予防薬を使うことで、仮に犬の体内に感染幼虫が入ったとしても、確実に駆虫できる仕組みができるようになります。この駆虫サイクルが、最も効果のあるフィラリアの予防方法なのです。
フィラリア症の症状
フィラリアに感染すると、初期の頃は無症状でも時間の経過とともに症状が現れるようになります。重度の症状が現れるまでに2~5年と個体差があり、無症状のままどんどん深刻化すると、突然急性症状が現れることもあります。フィラリア症は、一刻も早く治療を開始しないと体のダメージがどんどん大きくなっていくとても恐ろしい感染症です。
<軽度の症状>
1. 無症状
2. たまに軽い咳
<中度の症状>
1. 乾いた咳
2. 痩せてくる
3. 毛艶が悪くなる
4. 疲れやすく散歩や運動を好まなくなる
<重度の症状>
1. 食欲がなくなる
2. 元気がなくなる
3. 貧血
4. 腹水
5. 呼吸困難
6. 咳に血が混ざる
7. 散歩や運動の最中に失神する
<危険な急性症状>
1. 三尖弁機能障害
フィラリアが心臓内の三尖弁を傷つけることで心不全が引き起こされます。
2. 肺障害
フィラリアの刺激で肺につながる血管が硬くなり、血栓が生じて呼吸困難が引き起こされます。
3. 腎臓や肝臓の機能不全
どの症状も危険な状態であり、発症から数日で亡くなってしまう、あるいは突然死することもあり得ます。
犬が蚊に刺されたときフィラリア症に感染する確率
蚊が媒介するフィラリア症は、予防薬を正しく服用することで感染確率をほぼ0%に抑えることができます。
しかし、フィラリアの予防をしていない犬が感染する確率は約22%にものぼります。また、屋外飼育されている犬が3年間予防薬なしで過ごした場合の感染確率に至っては、およそ92%と考えられています。
愛犬のフィラリア予防を毎年きちんと行っていると、犬のフィラリア症があまり身近な問題には感じられなくなるでしょう。なぜなら、適度な期間に適切に予防薬を投与することで、フィラリアの感染は100%に近い確率で予防できるからです。毎年きちんと予防することが、フィラリア症と無縁でいられるただ一つの方法です。
犬が蚊に刺されないように予防する方法
大切な愛犬の健康を守るには、「フィラリアの予防薬」+「蚊に刺されないようにする」ことが大切です。
フィラリア予防薬を適切に投与する
フィラリアの予防薬は、蚊が飛散し始めたら1ヶ月以内に投薬を開始し、蚊がいなくなってからもさらにプラス1ヶ月続けることが大切です。投薬が必要な時期は地域によって違いがありますので、必ずかかりつけの動物病院の指示に従い、飲み忘れがないようにしっかり最後まで投薬を続けましょう。
庭に水たまりができないように注意する
蚊の幼虫ボウフラは、25度以上の温度とちょっとした水たまりがあれば発生しやすくなります。雨どいや排水溝が詰まっていないか点検し、水が溜まらないように掃除をしましょう。また、軒下などに置いてある植木鉢やバケツなども要注意です。いつの間にかほんの少し水が溜まっていることがあり、その少しの水に蚊は卵を産み落とすことがあります。
蚊の飛散時期は散歩ルートを見直す
蚊が卵を産み落とすのは水辺です。そのため、池や川、湖、用水路など水辺の周辺には蚊が多く発生すると考えられます。また、茂みや藪などの草木が多い場所も蚊が潜んでいる可能性が高いため、蚊が飛散する時期は散歩ルートを見直して、できるだけ蚊が少ないところを選んで歩きましょう。
洋服を着せる
私たち人間が山や森などへ行く際は、長袖長ズボンが推奨されています。犬も同様に洋服を着ることで、ある程度蚊に刺される部位を減らすことができるでしょう。
ロングコートやダブルコートの犬は蚊に刺されにくいとされることもありますが、全身すべてがフサフサの被毛で覆われているわけではありません。蚊は被毛の短い部分や薄いところを狙ってくるので、洋服はお腹や内股など被毛が少ない部分をカバーするのに有効です。
ただし、蚊が飛散する時期は気温が高いため、洋服を着せる際は熱中症に注意する必要があります。また、洋服を着ることに慣れていない犬は、洋服そのものがストレスになることもあるため注意が必要です。
犬用虫除けスプレーを使用する
散歩に出かける前に、犬の被毛に虫除けスプレーを噴霧して蚊を寄せつけにくくするという方法もあります。ただし、人間用の虫除けスプレーを使用するのはやめておきましょう。
嗅覚が優れている犬にはニオイがきつ過ぎたり、アルコールなど使われていたりするなど、成分によっては皮膚トラブルの原因になることがあるからです。
愛犬に虫除けスプレーを使う際は必ず成分を確認し、「犬用」や「ペット用」と明記されている製品を選ぶようにしましょう。
また、アロマオイル(天然の精油)で自作の虫除けスプレーを作る際も注意が必要です。アロマオイルには健康被害をもたらすなど、動物への使用がタブーとされているものも多いため、天然由来だからと安易に考えてしまうのはよくありません。どんな虫除けスプレーがよいか迷った時は、かかりつけの獣医師に相談してみましょう。
まとめ
蚊が媒介するフィラリア症は、とても恐ろしい感染症であることは間違いありません。しかし、きちんとフィラリア予防薬を投与することにより、ほぼ100%の確率で防ぐことが可能です。
とはいえ、毎年予防薬を適切に投与していたとしても、愛犬が蚊に刺されないに越したことはありません。飼い主としてできる限りの蚊対策をすることが、大切な愛犬の健康と命を守ることにつながります。