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東大農学部獣医学専修卒後、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローや動物病院での臨床業務に従事。2020年に保護犬たちを新しい形でサポートする事業を開始。
犬の生理は私たち人間の生理とは異なり、「発情(ヒート)」と言います。この時期はホルモンバランスが変化して、身体的にも精神的にも変化が起こります。また犬の生理(ヒート)は、妊娠や病気にも大きく関わる大切な事柄です。そのため女の子の犬を迎えるのなら、“犬の生理”について正しい知識を持っておきたいものです。犬の生理について、周期や仕組み、さらに生理中の症状なども予習しておきましょう。さらに、女の子を迎えるのであれば考えておかなければいけない避妊手術について、犬の生理と関係のある病気についても解説していきます。
目次
- 犬の生理(ヒート)はいつからいつまで?どんな症状?
- 犬の生理中、こんなときは病院へ
- 犬の生理(ヒート)後も注意して!偽妊娠、乳腺腫瘍や子宮蓄膿症
- まとめ
犬の生理(ヒート)はいつからいつまで?どんな症状?
犬の生理は月齢6カ月以降から、超高齢犬になるまで続く
まず犬の生理について知っておかないといけないことが、犬の生理は人間のものとは全く別物だということです。陰部から出血することから、人間のような生理だと思われていますが、実際は仕組みも目的も異なります。犬の生理は、血のようなおりものを分泌することで、その強いニオイでオスを引き付ける「発情期(ヒート)」です。
避妊をしていないメスの犬は、生後6カ月~14カ月くらいに初めての生理(ヒート、発情期)が始まります。それ以降は6カ月から12カ月程度の周期で生理を繰り返します。
生理は正確には「発情前期」と「発情期」と呼ばれる期間で2~3週間ほど続きます。発情期が終わると約2カ月間の「発情後期」、次の発情までの「無発情期」がサイクルとなって繰り返されます。
また犬は高齢になっても生理がなくなることはありませんが、出血量が減ったり回数が減ったりしていきます。 「犬は春に生理を迎えることが多い」と耳にしたことがある方がいらっしゃるかもしれませんが、犬の生理(ヒート)は季節に関係ありません。
犬の生理についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事もおすすめ!
>【獣医師監修】犬の生理(ヒート)の症状とは?時期や生理中の注意点を解説
生理(ヒート)のサインは陰部の腫れ、交配適期は5~6日目
犬の生理(ヒート)の始まりは、外陰部の腫れがサインとなります。普段被毛に覆われている外陰部が、赤く見えるようになります。通常時の2~3倍にまで腫れ上がるため心配される方がいますが、これは炎症ではなく生理(ヒート)に伴う変化なので大丈夫です。
やがて透明のおりものが出始め、出血が始まると赤ピンク色や赤褐色になっていきます。出血は主に「発情前期」と呼ばれる時期に起こり、「発情期」に入ると出血量が少なくなったり止まったりします。出血は平均で8~10日間ほど続きますが、中には2,3カ月続くこともあり個体によってかなり差があります。
生理痛はつらい?どんな症状があるの?
前述したように、犬の生理は人間の生理と異なるため、犬には人間のような生理痛はないといわれています。しかし、次のような行動の変化や体調の変化が見られることがあります。
- いつもより落ち着きがなくなる
- 何度もトイレに行くようになる、おしっこの回数が増える
- 食欲が落ちる
- うんちがゆるくなる、下痢や便秘症状がある
愛犬の変化をよく観察して、少しでも心配な症状があったら動物病院へ相談するようにしましょう。
生理中のお手入れ、お部屋での過ごし方
犬の生理中に気になるのが、汚れやすい外陰部周辺のケアです。汚れたら、清潔なタオルをお湯で湿らせて優しく拭いてあげましょう。
生理中は免疫力が低下しやすいため、シャンプーやトリミングは体調を見て慎重に行うようにしてください。どうしても気になるようなら、汚れやニオイが気になる箇所だけを部分的に洗うのが良いでしょう。
また犬が出血中は、ソファやラグ・カーペット、布団などを汚してしまう恐れがあります。汚されたくないものにはカバーをかけたり、出血が多い場合には犬用のマナーパンツを利用すると良いでしょう。マナーパンツは、犬の繊細な皮膚へ配慮してこまめに取り替えてください。
犬の生理中、こんなときは病院へ
犬は、生理中落ち着きがなくなるなど、いつもと比べて様子が変わることがありますが、極端に食欲や元気がなくなることはありません。
犬の生理は病気ではありませんが、犬の体調の変化が生理に伴うものなのか、問題ない症状なのか、飼い主でも見極めが難しいケースがあります。食欲や元気がない、嘔吐する、お腹が張っている、多飲多尿など、少しでも気になる症状がある場合は動物病院へ相談するようにしてください。
また、メスの犬は避妊手術などを行わない限り、高齢になっても生理が完全になくなることはありません。高齢になると発情周期が不規則になったり、出血量が少なくなることもありますが、なかなか次の生理がやって来ない、という場合も動物病院に相談しましょう。
犬の生理(ヒート)後も注意して!偽妊娠、乳腺腫瘍や子宮蓄膿症
妊娠していないのに妊娠したような症状が“偽妊娠”
発情期に交配がなくても、生理(ヒート)後に「偽妊娠」の状態になることがあります。偽妊娠とは、妊娠していないのに妊娠しているような、下記のような症状が現れることをいいます。
- 食欲や元気がなくなる
- 乳腺が張る、乳汁(透明の液体の場合も)分泌がある
- 営巣行動(床を引っかいたり掘ったりする、タオルや新聞紙で巣を作るような行動をする)
- 攻撃的になる
- おもちゃを子犬のように扱い世話をする
食欲や元気がなくなる様子を見て、生理痛やPMS(月経前症候群)などと勘違いされることがありますが、犬の生理は人間の生理とは異なるため、生理痛もPMSもないとされています。生理後に上記のような異変が見られたら、偽妊娠を疑いましょう。
偽妊娠は、一般的に生理後1~2カ月の間(発情後期)に起こることが多いです。陰部の腫れが治まり、身体の状態が元の状態へ戻っていく最中に起こります。また、黄体期中に避妊手術を行った場合にも起こることがあります。
偽妊娠は、ホルモンバランスの変化によって起こるもので、病気ではありません。そのため対処法はホルモンバランスが落ち着くまで見守ることです。
犬が自分で乳頭を舐めるなどの行為を行い、乳房に刺激がかかると、乳汁分泌は持続してしまうため、エリザベスカラーを装着する必要がある場合もあります。またおもちゃを子犬のように扱って世話をしている間は、徴候が消失しないことも多いので、そのおもちゃは取り上げるのがベターです。
さらに注意したいのが、乳腺炎などの合併症です。犬の乳腺が張っていたり、乳汁分泌があったりする場合は、乳腺の熱感がないか、痛みがないか、乳汁の色が黄色や赤色を帯びていないかなどを注意深く見るようにしましょう。症状があれば病院へ、投薬治療ができます。
乳腺腫瘍や子宮蓄膿症の発症リスクと避妊手術
一度偽妊娠になった犬は、その後も生理の度に偽妊娠になりやすくなり、さらに偽妊娠を繰り返す犬ほど、乳腺炎や乳腺腫瘍の発症リスクが高いといわれています。
また、生理後に妊娠が不成立でも、約2カ月間黄体ホルモンが分泌され続けることで、子宮蓄膿症を発症しやすい体質になります。生理を何度も経験して黄体ホルモンの影響を受けるほど、つまり未経産のまま高齢になるほど(発症平均年齢は8−10歳)発症リスクが高くなっていきます。子宮蓄膿症は、死に至ることもある危険な病気です。
こうした乳腺腫瘍や子宮蓄膿症の発症予防のためには、若いうちに避妊手術をすることが有効です。初めてもしくは2回目の生理を迎える前に避妊手術を行うことで、乳腺腫瘍の発生は高確率で予防することができます。
大規模疫学調査では、未避妊犬では10歳までに、子宮蓄膿症を発症する確率が19−25%(*1,2)、卵巣子宮疾患ないし乳腺腫瘍を発症する確率は30%(*2)にものぼるということが明らかにされています。
これらの病気に対する治療として、避妊手術と同じ手術が適応されることが多いのですが、発症した際には高齢であったり、すでに状態が悪いことも多いので、通常の避妊手術よりリスクは必然的に高くなります。
避妊手術による一時的な身体への負担や、肥満になりやすくなることなどのデメリットもしっかり念頭に入れた上で、将来的に子どもを産ませる予定がないのであれば、早期の避妊手術を検討しましょう。
(*1)Hagman R, Lagerstedt AS, Hedhammar A, et al : A breed-matched case-control study of potential risk- factors for canine pyometra. Theriogenology, 75, 1251- 1257(2011)
(*2)Jitpean S, Hagman R, Ström Holst B et al: Breed variations in the incidence of pyometra and mammary tumours in Swedish dogs. Reprod Domest Anim, 6, 347- 350(2012)
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まとめ
犬の生理(ヒート)について解説してきました。犬の生理は人間のものとは違い、妊娠するための発情期です。まだ幼い子犬だと思っていても、月齢6カ月ほどから始まる子もいます。
生理が始まればもちろん妊娠することも可能です。そのため、女の子の犬を迎えることを考えている場合は、「生理/発情」に関する正しい知識を持って、妊娠させる予定があるのかどうかや、生理を繰り返すことで病気の発症リスクが高まることなどを考慮して、避妊手術を受けるか否かを適切に判断できるようにしておきましょう。