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北海道大学獣医学部共同獣医学課程修了。一次診療施設にて勤務。現在は米国Purdue大学にて客員研究員として勤務。日本獣医画像診断学会所属
愛犬がかゆがる原因のひとつに「マラセチア皮膚炎」があります。マラセチアとは犬の皮膚に存在する常在菌で、犬の皮膚や耳の皮脂を食べて生きています。皮膚が赤くベタベタしたり、フケが出たり、カビのようなにおいがしたら、マラセチア皮膚炎かもしれません。マラセチア皮膚炎になりやすい犬種、症状、予防方法、治療法を解説します。
目次
- マラセチア皮膚炎とは
- マラセチア皮膚炎の症状
- マラセチア皮膚炎の予防方法
- マラセチア皮膚炎の治療方法
- まとめ
マラセチア皮膚炎とは
マラセチアとは?
マラセチアは、カビの仲間です。犬の皮膚や耳に常にいる酵母様真菌で、皮膚から分泌される皮脂をエサにして生きています。健康な皮膚環境のもとで皮膚や耳にトラブルが起きることはありません。ただし、先天的な体質や後天的な病気などを背景にマラセチアが増殖し、マラセチア皮膚炎を発症するケースが多くみられます。
皮膚の抵抗力が低下すると、皮脂の分泌量が増えてマラセチアが増殖します。皮脂の分泌量が増えると体臭が強くなり、マラセチアが増殖した箇所は皮膚が赤くなってかゆみを発症します。これは、マラセチアが分泌する脂肪分解酵素や皮脂の分解で生じた脂肪酸が、皮膚に浸透して炎症を起こさせるためです。
マラセチア皮膚炎とは、マラセチアが皮膚で過剰に増殖し、炎症を起こした状態を言います。猫ではあまり見られず、犬に多くみられるという特徴があります。マラセチア皮膚炎がひどくなると脱毛を伴うため、注意が必要です。愛犬の皮膚に、ワックス状の黄色っぽい分泌物を見つけたり、カビのような体臭を感じたりした場合は、マラセチア皮膚炎が発症した可能性があります。なお、人間の皮膚にもマラセチアはいます。犬のマラセチアが健康な人間にうつって悪影響をもたらすことは、ほとんどありません。ただし、犬の飼い主にうつった症例はゼロではありませんので、飼い主の免疫力が下がっているときは、手指の消毒を徹底してください。
なりやすい犬種
生まれつき皮脂の分泌が多い犬種
なりやすい犬種は、アメリカン・コッカー・スパニエル、ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア、ダックスフンド、バセットハウンド、ビーグル、シー・ズー、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル、ラブラドール・レトリーバーなど。日本では、トイプードル、チワワ、マルチーズ、柴犬、シェットランド・シープドッグ、フレンチブルドッグ、パグ、ジャーマン・シェパード・ドッグなどが挙げられます。
代表的な要因は「本態性脂漏症(ほんたいせいしろうしょう)」で、先天的な要因で皮膚のターンオーバーが短縮してフケが多くなり、皮脂も過剰に発生する皮膚の病気です。乾いたフケが多く見られる乾性脂漏症と、ベタベタしたフケが特徴の油性脂漏症があります。必ずしも生まれた時から発症するわけではなく、一般的に若齢で発症し、加齢とともに悪化する傾向があります。主に再発を繰り返す外耳炎として始まり、体の各部位に症状が拡大することが多いようです。また、マラセチアは高温多湿の雨期や夏に増殖する性質がありますので、その時期の症状の悪化もよく見られます。
犬種問わず後天的に発症する場合も
後天的な要因は、アレルギー性皮膚炎(犬アトピー性皮膚炎・食物アレルギー)、内分泌疾患(甲状腺機能低下症・副腎皮質機能亢進症など)、後天的な脂漏症などがあります。たとえば、皮膚のかゆみを起こす犬アトピー性皮膚炎や食物アレルギーは、マラセチア皮膚炎と非常に似ていますが、続発的にマラセチア皮膚炎を起こすこともあります。動物病院で犬アトピー性皮膚炎と診断され、ステロイドやアポキルが処方されてもかゆみがおさまらない場合は、マラセチア皮膚炎などを合併している可能性があります。
内分泌疾患や、代謝異常などによる後天的な脂漏症の場合は、その治療を実施しながらマラセチア皮膚炎の治療も行うことで、かゆみの軽減が期待できます。基礎疾患が良くなれば、皮膚炎も落ち着きますので、地道に治療を続けましょう。
マラセチア皮膚炎の症状
初期症状と慢性化
マラセチア皮膚炎の初期症状は、皮膚の赤みとかゆみが中心です。また、皮膚がべたつき、体臭もカビのような脂漏臭がします。マラセチアによる外耳炎になると、黒や茶色のべっとりとした耳垢が見られ、独特な匂いがします。また、強いかゆみから耳をひっかいたり、頭を振ったり、耳を家具やカーペットにこすりつけたりします。耳をかきすぎた痛みで鳴き声をあげることもあります。
慢性化すると、皮膚が色素沈着で黒ずみます。また、皮膚が分厚くザラザラした「苔癬化(たいせんか)」という状態になります。ここまでくると皮膚のべたつきや体臭も強くなり、フケが目立つようになります。多くのケースでは脱毛も見られます。症状が重症化すると治療にも時間がかかるようになるため、初期症状に気づいたら早めに病院へ連れて行くようにしましょう。
症状が出やすい場所
犬のあご、鼻や口周り、耳介の内側、首、わきの下、指の間、爪の周囲、腹部、太ももの内側、肛門周囲、しっぽなど、様々な箇所で症状が見られます。また、フレンチブルドッグやパグといった顔にヒダが多い犬種では、ヒダの間にもマラセチア皮膚炎が好発するため、表から見えにくい部分もチェックするようにしましょう。
マラセチア皮膚炎の予防方法
定期的なシャンプー
マラセチアの過剰な増殖を防ぐためには定期的にシャンプーをすることが大切です。シャンプーによって皮膚の汚れや余分な脂を取り除き、皮膚で増殖したマラセチアを減らすことができます。なお、皮膚のフケやベタつきがひどい場合は脂漏症が疑われます。特殊なシャンプー剤が必要となる場合もあるので、気になるようであれば病院に相談することをおすすめします。特に気温や湿度の高い時期は皮膚の状態が悪化しやすいため、細めなお手入れが重要です。
バランスの良い食事
マラセチアは皮脂を好む菌です。犬に糖質や脂質が多い手作りごはんやドッグフードを与え続けると、皮脂が多く分泌されてマラセチアが増殖します。そのため、皮脂の分泌を抑えるバランスの良い食事を与えることはもちろん、不足しがちなビタミンやミネラルなどをサプリメントで補いながら皮膚を健康に保つことが、マラセチア皮膚炎の予防につながります。また、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎がある場合は皮膚の炎症が起きるので、マラセチアが増えやすくなります。
ストレスのない環境
不規則な生活やストレスにより免疫機能が落ちるとマラセチア皮膚炎の引き金となる場合があります。季節の変わり目などには特に注意しましょう。
マラセチア皮膚炎の治療方法
診断方法
病変部の皮脂やフケなどをセロハンテープで採取して調べるテープストリップ検査で診断することが一般的です。テープストリップ検査でマラセチアが多数観察された場合は、マラセチア皮膚炎と診断されます。また、病変部にスライドグラスを押しあてて皮膚の分泌物・細胞・微生物などを採取・染色して顕微鏡で調べるスタンプ検査で診断することもあります。
またマラセチア皮膚炎以外の皮膚疾患(膿皮症・皮膚糸状菌症・疥癬など)の可能性を取り除くために、掻爬検査(そうはけんさ)や被毛検査(ひもうけんさ)を行います。掻爬検査とは、人間の耳かきのように先端がスプーン状になっている器具で皮膚の一部を削り取って、皮膚の中で生活する寄生虫がいるかどうかを顕微鏡で観察します。被毛検査とは、被毛を直接顕微鏡で見て、皮膚糸状菌症・シラミ・ハジラミなどの外部寄生虫感染の有無を調べます。
治療方法
まずは、マラセチアを殺菌するシャンプー療法を行います。週に2~3回のシャンプーを行いつつ、必要に応じてマラセチアに効果のある外用薬や内服薬を併用します。またマラセチア皮膚炎の発症には何かしらの基礎疾患が隠れているケースが多いため、そういった場合は基礎疾患の治療も並行して行うことが重要です。原因となる基礎疾患の有無や重症度にもよりますが、一般的には長く根気強い治療が必要となります。脂漏症などが原因となっている場合は生涯にわたるケアが必要となります。
治療後のケア
基礎疾患によっては治療後の再発率が高くなる傾向にあります。再発を予防するためにも定期的にシャンプーをするようにしましょう。適切なシャンプーの頻度は、犬によって差がありますので、獣医師に相談して決めることをおすすめします。なお、マラセチア皮膚炎になる犬は、皮膚のバリア機能が低下していることがほとんどです。そのため、シャンプー後には皮膚が乾燥しないように保湿剤の使用をすすめられるケースもあります。
まとめ
マラセチアが増える要因は、脂漏症、季節による湿度の上昇、犬アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、甲状腺機能低下症、バランスの崩れた食事などが関係していると言われています。こうした基礎疾患等によって皮膚の免疫機能が低下することで皮膚環境が悪化し、マラセチアは増殖してしまいます。皮膚環境の悪化はさまざまな要因が複合的にからみあって引き起こされるため、基本的な治療で改善が見られない場合は、全身の検査を通して考えられる要因を洗い出しながら、一つずつ治療していかなければなりません。
マラセチア皮膚炎は再発を繰り返しやすく、愛犬にとっても飼い主さんにとっても大きな負担となります。重症化すると完治にも時間がかかるため、異変があれば早めに動物病院に連れていくことをおすすめします。日頃から愛犬の皮膚をチェックすることはもちろん、皮膚を清潔に保って、快適な生活環境を整えてあげましょう。