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明石むかい動物病院院長。獣医麻酔外科学会、獣医がん学会。
肝臓は、愛犬が生きるために欠かせない臓器です。人間同様に高い再生能力をもつため、「沈黙の臓器」と呼ばれています。肝臓が悪くなっても症状が出ないまま進行し、症状が現れるのは肝機能の75%が機能しなくなってからと言われています。肝臓病の早期発見には血液検査が有効とされ、数値の高さで疑われる病気がわかります。肝臓病であることがわかる一方で、病気ではなく成長期やストレスが影響して高い数値が出る場合もあります。愛犬の状態を正しく理解して必要な治療をするために、血液検査の種類や数値の意味を解説します。
目次
- 犬の肝臓の役割
- 血液検査の項目と数値の意味、疑われる病気
- 病気以外で犬の肝臓の数値が高くなる原因
- 犬の肝臓の数値が高い場合の対応方法
- まとめ
犬の肝臓の役割
肝臓はとても大きな臓器で、生命活動を維持する上で欠かすことができません。肝臓の主な役割は、以下の3つが挙げられます。
栄養素の合成と貯蔵
人も犬も、食べ物から栄養を取り出して活動しています。犬が食べた物は腸で吸収され、門脈という血管を通って肝臓に運ばれます。肝臓は「化学工場」と呼ばれていますが、これは2000種類以上の酵素によって、タンパク質、糖質、脂質、脂溶性ビタミン、赤血球の元など、身体に必要な物質が合成されたり、エネルギーとして使いやすいように加工されたり、すぐに使わない栄養素を蓄えておいたりするからです。
たとえば、タンパク質は一度アミノ酸に分解され、再び身体に必要なアルブミンなどのたんぱく質に合成されます。エネルギーとして使いやすいブドウ糖が合成された場合は、すぐ無くなってしまうため、肝臓の中でグリコーゲンとして蓄えられます。肝臓は、こうした栄養素の管理を担い、日々の身体の活動を支えている重要な臓器です。
胆汁の合成と分泌
肝臓は、食べ物の消化を助ける胆汁を常に合成し、作られた胆汁は胆のうに蓄積されます。そして食事のときに小腸に分泌される仕組みです。胆汁は、主に脂肪の乳化とタンパク質を分解しやすくする働きがあり、健康維持に必要な脂肪の消化吸収を助けてくれます。
さらに胆汁は、赤血球の老廃物であるビリルビンを便として排出する役割も担います。胆汁がきちんと作られないとビリルビンが血液に流れ、その毒性によって皮膚や白目が黄色くなってしまうため、健やかな身体を保つために欠かせません。
解毒
人の身体も、犬の身体も、害のある物質が入り込んだ場合は、分解して害の少ないものに変化させたり、尿や胆汁の中に排出したりする解毒作用を持っています。
人の肝臓が解毒する物質として代表的なのは、アルコールです。肝臓は酵素でアルコールを水と二酸化炭素に分解します。また、腸管内の細菌によって食物中のタンパク質から作られるアンモニアも身体にとって毒です。肝臓の働きによって、無毒化されて尿として排泄されます。
さらに、必要な栄養素が身体に吸収された後にのこる不要物や細胞の死骸といった老廃物を、便・尿・汗として身体の外へ排出するのも肝臓の役割です。犬も人間と同様で、害となる物質を身体中から集めて肝臓で解毒しています。
血液検査の項目と数値の意味、疑われる病気
生命維持に欠かせない肝臓は、沈黙の臓器と呼ばれるほど、忍耐強い臓器です。肝臓の病気はかなり進行しないと症状として出てきてくれません。だからこそ、肝臓の働きを確認する血液検査が重要となります。
一般的な血液検査は4項目
GPT(ALT)|グルタミン酸ピルビン酸転移酵素
GPTは、炭水化物・脂肪酸・アミノ酸の合成・分解に深く関与している「ピルビン酸」と、アンモニアを解毒して尿の排出を促進する「グルタミン酸」を、肝臓の働きを助けるアミノ酸「アラニン」などに変える酵素です。犬の全身の細胞内に含まれています。特に肝細胞に多く含まれているため、この数値が高いと、肝臓の細胞が壊れている可能性があります。
GOT(AST)|グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ
GOTは、犬の全身の細胞に含まれている酵素です。GOTが多く含まれている細胞は「肝細胞」「赤血球」「心筋細胞」「骨格筋細胞」などが挙げられます。GOTの数値が高いと、これらの細胞のどれかが壊れている可能性を意味します。
ALP|アルカリフォスファターゼ
ALPは、リン酸化合物を分解する酵素です。肝臓・腎臓・骨・腸などで作られて肝臓に運ばれた後、胆汁に流れ出ます。胆汁の流れが悪くなって肝臓の機能が低下しているときや、肝臓・腎臓・骨・腸の壊死や修復が行われている場合などに、ALPの数値が高くなると言われています。
γ-GGT(GGT)|γ-グルタミルトランスフェラーゼ
GGTは、犬の全身の全身に広く分布する酵素で、細胞膜に結合するような形で存在しています。肝臓では胆管の細胞膜にあることが多いため、GGTの血中濃度が高い場合は、胆管まわりの異常が起きているサインかもしれません。
血液検査の数値の意味
炎症などによって細胞から血液中に流れ出た酵素の量が増えると、血液検査の数値が上がる仕組みになっています。血液検査で4項目の数値が高ければ、肝臓・胆嚢・胆管の炎症が疑われます。
GPT・GOTが上昇すると肝細胞の障害を反映する逸脱酵素の増加を意味し、ALP・γ-GGTが上昇すると胆汁の流れが減少または停止した状態で酵素が増加していることを意味します。
このように肝細胞が壊れた際に出てくる逸脱酵素や産生増加酵素を測定する他に、肝臓の機能検査を行っても良いでしょう。肝臓で作られるalbやTcho、肝細胞内にグリコーゲンとして貯蔵されるglu、その他に血中アミノ酸のバランスなどを調べることでも、現在の肝臓の機能を知ることができます。
高い数値で疑われる病気
肝臓・胆のうの病気
血液検査の4項目が高い数値を示した場合、以下の病気が疑われます。
◆慢性肝炎
ウイルスやレプトスピラなどの細菌感染や毒物の摂取によって、肝臓に炎症が起きる病気です。原因の特定は非常に困難ですが、混合ワクチン接種でウイルス感染による発症を予防できます。べトリントン・テリアやアメリカン・コッカー・スパニエルは、遺伝的に慢性肝炎を引き起こしやすい犬種です。初期症状はありませんが、中期には、食欲低下・下痢・嘔吐、末期では黄疸や腹水が見られます。
◆肝臓がん
犬の肝臓腫瘍はさまざまなタイプがありますが、約70%が悪性の肝細胞がんと言われています。肝細胞がんは進行がゆるやかで無症状のことも多いため、健康診断などで発見されることが多いがんです。進行すると肝臓全体への浸潤、肝機能低下・嘔吐・食欲不振などの症状が出ます。手術をすれば余命は中央値で4年以上、手術をしなかった場合は270日前後と短くなりますので、手術が推奨されています。
◆先天性の肝障害
門脈シャントという肝障害は、多くが先天性と言われています。体内で作られたアンモニアなどの毒素は腸で吸収され、門脈と呼ばれる血管を通って肝臓に運ばれて無毒化されます。門脈シャントとは、門脈と全身の静脈の間に余分な血管(シャント血管)が存在することにより、肝臓で無毒化されるべき毒素が処理されないまま全身を巡ってしまう病気です。症状はさまざまで、門脈の血圧が上がったままの門脈高血圧症・重篤な肝炎・肝硬変などが挙げられます。
◆胆泥症
脂肪の消化吸収を助ける胆汁は、肝臓で作られて、食べ物を食べるときまで胆のうに貯蓄されます。胆泥症は、細菌感染や胆汁の濃縮等、様々な原因で胆汁が泥状になってしまい、胆のうに溜まってしまう病気です。無症状であることが多いですが、食欲低下・嘔吐・腹痛といった症状が見られることがあります。
◆胆のう炎
胆汁を貯めておく胆のうが、急性または慢性の炎症を起こす病気です。胆泥症の合併症としてかかる場合があります。主な原因は細菌感染です。腸管から胆管を通って胆のうへ細菌が侵入したり、血流で細菌が胆のうに運ばれたりすることで起こります。初期症状は発見しにくく、ゆっくり悪化する慢性の経過を辿り、最悪の場合は胆のう破裂を起こすリクスがある病気です。重度の症状は、食欲低下・嘔吐・発熱・腹痛があり、さらにひどくなると黄疸・腹水・体重減少が見られます。
肝臓ではない病気
血液検査の項目は、肝臓以外の臓器とも関連がありますので、別の病気にかかっていて数値が高く出る場合があります。たとえば、高脂血症・炎症性疾患全般・クッシング症候群・歯周病・糖尿病・骨の病気などが挙げられます。
病気以外で犬の肝臓の数値が高くなる原因
血液検査の数値が高くても、病気ではない場合もあります。病気以外の主な原因は、以下の通りです。
◆成長期
骨で作られるALPが多くなるため、ALPの数値が高くなります。
◆ストレス
犬がストレスを感じると、抗ストレス作用があるコルチゾールというホルモンが分泌されます。それがALPの産生を誘導するため、ALPの数値が高くなる傾向があります。その日のストレスによって数値が変動することも珍しくありません。
◆特定の犬種
遺伝でALPが高くなると認められている犬種は、シベリアン・ハスキーやスコティッシュ・テリアです。
◆薬剤投与
肝酵素を上げる内服薬としてステロイドを処方されることはよくありますが、肝臓で処理される薬であるため、肝酵素が増えて血液検査で異常値を示す場合があります。服用中は定期的に血液検査をして、肝臓の数値を確認します。
◆食事やサプリメント
小腸から吸収された栄養素は、血流にのって肝臓に届きます。そのため、食事やサプリメントが犬の体質に合わないと肝臓に負担をかけます。その日に食べたものによって数値が変動することも珍しくありません。また、サプリメントを数種類服用している犬に肝酵素上昇が認められたときに、サプリメントを中止したら正常値になった症例もあります。
犬の肝臓の数値が高い場合の対応方法
肝臓に関する血液検査の数値が高かった場合は、まず動物病院で精密検査を受けて身体の状態を把握することが大切です。具体的な病気が見つかった場合は、それぞれ最善といえる方法で治療することになります。病気ではない可能性もありますが、検査してみないことには病気かどうかはわかりません。「病気ではないと思って放置していたら、命に関わる病気だった」ということになれば、愛犬が苦しみますし、飼い主さんも後悔してもしきれないでしょう。
まとめ
犬の肝臓病は原因がわからず完治が難しい病気です。肝臓病の早期発見には、血液検査で肝酵素を調べる方法が有効とされています。血液検査で肝酵素の数値が高いままで放っておくと症状が悪化していく場合がありますので、獣医師と相談して症状や体調に合わせた治療を行いましょう。