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北海道大学獣医学部共同獣医学課程修了。一次診療施設にて勤務。現在は米国Purdue大学にて客員研究員として勤務。日本獣医画像診断学会所属
愛犬とのスキンシップは、とても幸せな気持ちになるひととき。そんなときにふと指先に、しこりのようなものが触れたら「良くない腫瘍かもしれない」と心配になりますよね。その中で代表的なものが脂肪腫であり、犬種問わず中齢から老齢の犬によく見られます。ただし、脂肪腫とよく似た悪性腫瘍もあるので診断がつくまで安心できません。脂肪腫の特徴や間違いやすい悪性腫瘍、脂肪腫の治療方法を解説します。
目次
- 犬の脂肪腫とは
- 犬の脂肪腫の症状
- 犬の脂肪腫の原因
- 犬の脂肪腫の治療方法
- 治療方法
- まとめ
犬の脂肪腫とは
脂肪腫は良性腫瘍
犬の脂肪腫は、皮下の脂肪が異常に増殖して、脂肪の塊のようなしこりができる良性腫瘍です。脂肪腫は、犬では乳腺腫瘍に次いで多く見られる腫瘍であり、腫瘍のできる場所や広がり方によって、以下の3つに分類されます。
- 皮下脂肪腫
皮膚と筋肉の間にできるプヨプヨとした良性腫瘍です。皮下脂肪腫はゆっくりと進行して数ヶ月から数年かけて大きくなる傾向があり、他の腫瘍より大きくなることが多いと言われています。10cm以上になる脂肪腫も存在しますが、大きさは一定ではありません。皮下脂肪腫は、皮下組織に発生しドーム状に皮膚が大きく盛り上がってきます。触ると柔らかく弾力もあります。手で押しても動かない場合は、腫瘍の底の一部が筋肉の間に入り込んでいるかもしれません。犬の全身の皮下組織に発症しますので、発生した場所によっては、歩行困難などの支障が出ることもあります。
- 筋間脂肪腫
筋肉の間に入り込んでいる良性腫瘍で、触ると張りがあることが特徴です。筋間脂肪腫は基本的に経過観察をしていきますが、筋肉の間に脂肪腫ができた場合は非常に硬くなり、筋肉を圧迫して痛みを伴うことがあります。生活に支障をきたす場合は、手術が必要になるかもしれません。手術では筋肉の間を切り開いて、腫瘍を取り出します。
- 浸潤性脂肪腫
ひとつの腫瘍から枝わかれしながら染み込むように、筋肉の繊維の間に増殖していく腫瘍です。発生率は高くありませんが、手術でしっかり取り切らないとすぐに再発します。浸潤性脂肪腫は良性腫瘍ではありますが、腫瘍が大きくなるにつれて周辺部位に悪影響を与えることから、臨床的悪性腫瘍とされています。たとえば、足の筋肉に広く浸潤している場合は、足を切断しなければならないことがあるので安心はできません。
間違いやすい悪性腫瘍
- 悪性リンパ腫
リンパ腫は血液の細胞である白血球ががん化したものです。全身をめぐるため、身体のすべての組織に発生する可能性があり、造血器系腫瘍の90%近くを占めています。犬の場合、多中心型リンパ腫というタイプの発生が多く、身体のあちこちのリンパ節が腫大してしこりとして触れるようになり気付かれるケースがほとんどです。かかりやすい犬種として挙げられるのが、ボクサー、ゴールデン・レトリーバー、バセット・ハウンド、ミニチュア・ダックスフンドなどですが、あらゆる犬種で発生する可能性があります。発症する時期は、生後6か月から15歳と幅広い範囲で発症しますが、一般的には中~高齢(5~10歳齢)で発生します。性別の差はありません。
- 肥満細胞腫
犬の皮膚にできる悪性腫瘍の中で、もっとも多い腫瘍と言われています。犬の白血球のひとつである肥満細胞が腫瘍になって増殖する病気です。肥満細胞は細胞が膨らんでいて太って見えるために、そう名付けられています。肥満細胞と肥満は関係ありません。肥満細胞腫を発症すると、皮膚・筋肉の間・口の中・内臓にしこりができます。リンパ節・肝臓・脾臓などの臓器に移転するため、早急に広範囲を切除する「拡大手術」をしなければなりません。すべての肥満細胞腫を切除できておらず、再発や転移をして全身に広がると、消化管の炎症により嘔吐・下痢・食欲不振などの症状が見られる場合があります。なお、パグは特に注意が必要な犬種です。肥満細胞腫の発症率が、他の犬種に比べて2~2.5倍も高いと言われています。
- 線維肉腫
線維肉腫は、皮下でコラーゲンをつくりだす線維芽細胞が腫瘍化する病気です。表皮・皮下組織・口の中・前足後足などのあらゆる場所に発生し、局所の浸潤性が強いため深く広がっていきます。手術で切除した後の再発率は高いですが、転移率は比較的低い腫瘍です。中高齢の大型犬種は発症しやすい傾向にあり、特に口の中の線維肉腫はゴールデン・レトリーバーで多く見られます。発症の原因は未だ解明されておらず、予防方法がありません。他の腫瘍に比べて早期発見も難しいと言われています。
犬の脂肪腫の症状
初期症状は柔らかいしこり
初期症状に気づく人は、飼い主さんがほとんどです。スキンシップやブラッシングをしているときに「身体に柔らかいしこりがある」と気づくことが多いようです。皮膚の柔らかい犬種や脂肪が少ない痩せた犬であれば、比較的容易に発見できます。肥満気味の犬であれば、しこりか皮下脂肪か区別がつかず、しこりを見逃してしまう場合もあるようです。脂肪腫はゆっくりと大きくなっていくため、ほとんど症状がありません。ただし、筋肉の中や身体の深い部分にできた脂肪腫は、周囲の組織を圧迫しながら大きくなっていくので、痛みや不快感が生じる可能性もあります。
進行するとしこりは巨大化
脂肪腫は少しずつ大きくなっていき、10cmなどと巨大な脂肪腫が見られる場合もあります。特に筋肉の間など身体の内部の方で発生すると大きくなるまで気付かれないケースも珍しくありません。腫瘍が巨大化すればするほど重くなり、まれに1kgを超える脂肪腫ができることもあるようです。そこまでくると、歩行しづらいといった支障が出る場合もあります。
脇に脂肪腫ができると前足が閉じなくなってしまうことがありますし、関節や骨の間に脂肪腫ができると骨や神経を圧迫して痛みが出てしまうこともあります。胸に脂肪腫ができれば、座ったり歩いたりするたびに胸が床と擦れて出血を繰り返します。なお、筋肉の中や身体の深い部分にできた脂肪腫が巨大化すると、痛みや不快感が生じるだけではなく、機能障害が起きる可能性もあるため、手術による切除を検討することになるでしょう。
犬の脂肪腫の原因
犬の脂肪腫の原因は明らかになっていませんが、肥満・体質・遺伝によって発生しやすくなると考えられています。また、若齢でも発症する場合がありますが、中高齢の犬で発生する場合が多く、発症率はオス犬よりもメス犬のほうがやや高いとも言われています。犬ではしばしば見られる病気で、猫が発症することはほとんどないようです。
犬の脂肪腫の治療方法
前述の通り、脂肪腫の原因は未だ解明されていません。脂肪腫を予防することは不可能ですので、早期発見・早期治療が重要になります。日頃からスキンシップやブラッシングの際に、愛犬の身体をこまめに触りしこりがないかチェックすることを心掛けましょう。しこりがみられた場合は、早めに動物病院に連れていくことをおすすめします。
診断方法
ほとんどの脂肪腫は、触診と細胞診によって診断されます。細胞診とは、細い針をしこりに刺して細胞を吸引し、それを顕微鏡で観察する検査です。その際に過剰な脂質を蓄える脂肪滴が確認された場合は、脂肪腫と診断されます。ただし、発生部位によっては細胞診で診断することが困難な場合もあるため、その場合は麻酔下で腫瘍の一部または全体を取り出して病理検査によって診断する必要があります。
治療方法
脂肪腫は良性腫瘍なので、脂肪腫の大きさや発生した箇所によっては、手術をせずにそのまま経過を見る場合があります。痛みもなく犬の運動能力や快適さを損なわなければ、日常生活に支障がないためです。ただ、脂肪腫は手術で切除しなければ消えてなくなることはありませんし、少しずつ巨大化して痛みや出血が起こる場合もあります。また、良性腫瘍であっても悪性腫瘍に変異する可能性はゼロではありません。定期検診を受診するなど、経過観察は必要です。
基本的に、愛犬の年齢や体力を考慮しながら、手術適応基準に基づいて手術をするかしないかの判断をしましょう。基本的に脂肪腫をすべて手術で取り除けば完治しますが、再発する場合もあります。
手術適応基準
- 機能障害の有無
脂肪腫が大きくなって周囲の組織を圧迫することで身体の機能に障害がでたり、歩行などの運動能力を低下させたりしている場合には、手術による切除の対象となります。
- 自壊出血の有無
身体の表面にある腫瘍は大きくなると自壊(破壊)してしまうことがあります。自壊した腫瘍による痛みや出血がある場合は、手術による切除の対象となります。
また外見や管理の観点から、切除したほうが望ましいとされる場合は外科手術の適応となります。
まとめ
犬の脂肪腫は、皮下の脂肪が異常に増殖してしこりを形成した良性腫瘍です。放置しても命に別状はありませんが、巨大化してからの手術では愛犬の負担が大きくなりますし、傷跡も大きくなります。早期に発見して手術をすれば根治できる病気でもあります。必ずしも手術が必要な疾患ではありませんが、将来のことも見据えて切除が望ましい状態であれば早めに手術に踏み切ることをおすすめします。早期発見のためには愛犬とのスキンシップやブラッシングの際に、しこりがないかを意識しながら全身に触ることをおすすめします。
また、身体にできるしこりの中には恐ろしい悪性腫瘍も含まれます。たとえ悪性でも、早期に見つけて治療することができれば愛犬の命が救われる確率が上がります。しこりを見つけたらできるだけ早く動物病院を受診すると安心です。