博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動学会研修医。藤田医科大学客員講師。

夏の散歩やお出かけの際に、ハンディファンを持ち歩く飼い主さんが増えています。しかし実際のところ、ハンディファンを使うのは本当に効果があるのでしょうか?
実は、ハンディファンの使い方によっては、暑さ対策どころか、かえって愛犬の体に負担をかけたり、熱中症のリスクを高めてしまったりする可能性があるのです。
そこで今回は、愛犬の暑さ対策としてハンディファンを使う際のリスクや注意点、安全に使用するポイントについて、獣医師の茂木千恵先生に詳しくお話をうかがいました。
目次
- 風を当てる=涼しい は勘違い? ハンディファンが犬に逆効果になることも
- 状況によっては逆効果! ハンディファンが犬に与える“危険”とは
- ペットのいる家庭がハンディファン取り入れるときの注意点
- 愛犬にハンディファンを使うのは要注意!
風を当てる=涼しい は勘違い? ハンディファンが犬に逆効果になることも

人間と犬では“涼しさの感じ方”が違う
人間が、扇風機やハンディファンを使用して涼しさを感じる理由は主に2つ。
- 汗をかき、その汗が乾くときに体がひんやりするから
- 体のまわりにこもった熱が、風で外に逃げるから
けれども、こうした仕組みは犬にはあまり当てはまりません。犬は全身が被毛で覆われているため、風を当てても皮膚まで届きにくく、十分な冷却効果が得られないのです。
また、人間のように全身で汗をかくことができないため、汗の蒸発による冷却効果も期待できません。
つまり「風を当てれば涼しい」というのは飼い主の感覚。せっかくハンディファンで風を送ってあげても、愛犬には効果がないという状況も多いのです。
ハンディファンは「冷却装置」ではない
ハンディファンというと「涼しくしてくれる道具」というイメージを持ちがちですが、実際にはエアコンのように空気自体を冷やす機能はありません。
役割はあくまで「風を送ること」。つまり、すでにある空気を動かすための道具です。
ただし、風を当てることで犬の被毛の間にこもった空気を入れ替える効果はあり、熱を和らげる助けになります。顔に直接当てるとリスクが高いため、もし使うなら被毛に風を当てるイメージで使うとよいでしょう。
ハンディファンは冷却装置ではなく送風装置です。ですから、その効果は周囲の空気に左右されます。涼しい空気を循環させれば熱を逃がす助けになりますが、気温が犬の体温を超えるような環境では、逆に温風を浴びせてしまう危険もあります。
状況によっては逆効果! ハンディファンが犬に与える“危険”とは

「涼しくしてあげよう」と思って使ったハンディファンが、逆効果になるとはどういうことなのでしょうか。
特に注意すべき3つのリスクと共に見ていきましょう。
周りの気温が高いと、愛犬に“温風”を当てることになりかねない!
アスファルトは熱をため込みやすく、その照り返しで地面に近い犬の周囲の空気は、実際の気温以上に高温になっていることも少なくありません。飼い主が感じているよりずっと暑く、犬の体温(約38℃)を超えていることもあるでしょう。
熱は“温かい方から冷たい方へ”移動します。つまり、空気が犬の体温より高ければ、風を当てても冷やすどころか“熱を加える”ことになってしまうんです。
そんな状況で風を当てると、冷却どころか「風で温めている」状態になってしまい、かえって体温を上昇させてしまう危険があるのです。
温度だけで判断しないで! “高温多湿”の場所は要注意
ハンディファンを使用するとき、気温が体温より低ければ安心かというと、そうとも言えません。
犬はパンティング(口を開けてハァハァと呼吸すること)によって体温を調整しています。けれども気温が30〜35℃を超えると、その仕組みだけでは体温調整が追いつかなくなってしまいます。
さらに湿度が高くなるにつれて、パンティングの冷却効果は低下します。つまり、気温だけでなく湿度にも注意が必要なのです。
気温湿度ともに高い環境は命にかかわる危険があるため、犬を連れ出さないことが重要です。
ハンディファンはあくまでも、エアコンの効いた涼しい室内や日陰など、周囲の空気が比較的冷たい環境での補助的アイテムだと考えてください。
ペットカート内は熱がこもった“サウナ状態”になりやすい
お出かけの際、ペットカートにハンディファンを取り付けて使う飼い主さんも多いかもしれません。
けれども、直射日光を避けるためにつけている日よけやカバーが、思わぬリスクにつながる可能性もあります。
- カート内の通気性が悪くなり熱がこもりやすい
- アスファルトからの照り返しや放射熱で、カート内の温度が急上昇する
- その結果、ハンディファンは“温風を循環させるだけ”になってしまう
ペットカートの危険は、いくつもの要因が重なることにあります。
下から照り返すアスファルトの熱、カートの中にこもった熱風をかき回すファン、そして湿った空気でパンティングがしにくくなること。この「熱・風・湿気」が重なると、犬にとっては命に関わる環境になってしまいます。
特に注意が必要なのは、側面がメッシュ素材(網目状の生地)で覆われ、上部に日よけカバーが付いたペットカートです。一見、風通しが良さそうに見えますが、実際には半密閉された空間となり、外気の流れは地上に比べて弱くなっています。
「日よけで日陰を作って、ファンで風を送っているから安心」と思うかもしれませんが、かえって熱中症の発症を早めてしまうこともあります。
必ず気温と湿度を確認し、犬の様子をよく観察しながら使ってください。
ペットのいる家庭がハンディファン取り入れるときの注意点
冷却効果への影響以外でもリスクが考えられます。ペットがいるご家庭でハンディファンを使う際には、特に次のポイントを意識しましょう。
直接犬の体に風を当てない
犬の体に長時間風を当て続けるのはNGです。体温を下げすぎたり、逆に熱風で体温を上げてしまう可能性があります。とくに、犬が自由に動けないカートや狭い空間では注意が必要です。ハンディファンはあくまで「空気を循環させるための補助」として使いましょう。
羽根の巻き込み事故に注意
犬が近づきすぎると、毛や舌が羽根に巻き込まれる危険があります。羽根がむき出しのタイプは避けましょう。
- 羽根なしタイプ
- 柔らかい素材の羽根
- 羽根をしっかり覆ったガード付き など、安全性の高い設計を選ぶと安心です。
コードや電池をかじらせない
コードや電池部分をかじると、感電や誤飲につながる危険があります。必ず飼い主の目が届く状況で使用し、使わないときは犬の手の届かない場所で保管してください。
水濡れや排泄物にも注意
排泄物がかかったり、水に濡れたりすると感電や火災、故障の原因にもなります。屋外や水まわりで使うとき、置き場所には十分配慮が必要です。さらに、保冷剤を当てて使うと結露が内部に入り込み、故障や発火のリスクが高まります。
音や風でストレスを感じる犬も
モーター音や風そのものが苦手な犬もいます。ファンから離れようとしたり、怯えたりするそぶりが見られたら、すぐに使用を中止しましょう。
犬が不快な様子をみせた時は、使用を中止してください。
- ファンから顔を背ける
- ファンから離れようとする
- クンクンと鳴く
- 激しいパンティング
- 粘り気のある唾液
- 涼しい床や日陰を探す
これらは、ハンディファンに対する不快感の場合もありますし、熱中症の初期症状の可能性もあります。
もしも犬の舌と歯茎が鮮やかな赤色になっていたら、体が冷却しようとして血管が拡張しているサイン。飼い主が、これらの初期サインを見逃さず、適切に対応することが大切です。
愛犬にハンディファンを使うのは要注意!
ハンディファンは便利なように見えても、使用環境によっては逆効果となる場合もあります。
市場には“ペット向け”とされる商品もありますが、どんな製品でも飼い主の管理と見極めが欠かせません。
何より大切なのは、涼しい室内で過ごさせること、暑い時間帯の散歩を避けること、十分な水を与えること、熱のこもる閉鎖空間には放置しないこと、といった日常の管理です。
正しい知識とケアで、愛犬を夏の暑さから守りましょう。










