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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
犬の交配や病気予防のため、去勢手術を受けさせる飼い主も少なくないでしょう。全身麻酔を伴う去勢手術をした後の愛犬は、体力が低下したり、気分が落ち込んで元気がなかったりするので適切なケアをしてあげる必要があります。そこで今回は、獣医師の茂木千恵先生に教えていただいた、犬の去勢後に必要なケアや元気がない場合の注意点を、手術当日・抜糸前・抜糸後の時系列ごとに解説していきます。
目次
- 犬の去勢手術当日に気をつけることは?
- 犬の去勢手術の翌日から抜糸までに気をつけることは?
- 犬の去勢手術の抜糸後に気をつけることは?
- 犬の去勢手術後の心のケアで気をつけたいことは?
- 去勢手術後に愛犬の元気がない!?病院に相談すべき症状は?
- 犬の去勢手術後から2週間は経過観察をする
- 犬は去勢手術後に太りやすくなる?
- 犬は去勢手術後に性格が変わるってホント?
犬の去勢手術当日に気をつけることは?
犬の去勢手術は体に大きな負担を伴うため、とくに手術直後の扱い方には十分な配慮が必要です。まずは、手術を受けた当日に、どのような点に気を付けるべきなのかを押さえておきましょう。
去勢手術当日の犬の健康状態
麻酔は、手術後およそ5~6時間で切れますが、麻酔による眠気やそのほかの副作用はさらに数時間続くことがあります。とくに大型犬の場合は、手術中に多量の薬を使用するため、麻酔による眠気が長引く可能性があります。
また、手術後はいつもと違う痛みや疲労感、首回りにつけるエリザベスカラーなどの違和感があるため、普段明るい性格の犬でもナーバスになり、元気がないことが多いです。自宅で安静を保ち、散歩も控えてください。排泄を外でする習慣があり、どうしても連れ出さなければならない場合は、そっと抱っこをして連れて行き、負担を減らしてあげることが大切です。犬が手術後24時間以内に排尿しなかった場合、または排尿しようとしても何も出てこない場合は、獣医師に相談しましょう。
食事は少量ずつ与える
口や喉に麻酔の影響が残っていると、食事をのどに詰まらせる危険があります。獣医師が指示する時間までは水分と食事を与えることは控えましょう。欲しがるようになってきても、普段与えている量より少なくし、少量ずつ与えることが大切です。誤嚥の恐れもあるので、食事中は目を離さないようにしてください。
犬の居心地が良い環境で安静を保つ
ハウストレーニングができていれば、ハウスに入れて静かに過ごしてもらうのが最善です。ベッドやお気に入りのぬいぐるみなどをハウスや犬の近くに置き、居心地を良くしてあげましょう。
ほかのペットと触れ合わないようにする
ほかの犬を飼っている場合、手術部位をほかの犬が舐めて損傷を与えるリスクがあるため、近づかせないようにしましょう。ほかのペットと一緒にいる場合は、短時間でも絶対に目を離さないでください。
犬の去勢手術の翌日から抜糸までに気をつけることは?
続いて、麻酔の効き目が切れる去勢手術の翌日から、手術後およそ7日後に行われる抜糸までの期間に気をつけるべきポイントを見ていきましょう。
去勢手術の翌日から抜糸までの犬の健康状態
手術の翌日から抜糸までの間は獣医師の指示に従って、投薬と傷口のケアを忘れないようにしましょう。適切なケアを行わないと手術後の回復には時間がかかってしまいます。手術後に懸念される悪影響としては、感染症や、内出血、陰嚢(いんのう)の腫れや炎症、縫合箇所の離開、付随する内科的な疾患などが考えられます。
抜糸前の傷口のケア方法
手術の傷口から感染症などを引き起こさないために、以下の2つを参考に飼い主がケアしてあげましょう。
その1:傷口を観察する
1日2回(あるいは獣医師の指示に従った回数)傷口を観察します。次のような状態であれば経過は順調です。
■切開部位が互いに接触して、表皮に隙間が無い
■肌がやや赤みがかったピンク色をしている
そのほか、肌の色が薄い犬の場合、赤紫の斑が見られることがありますが、正常な反応なのでとくに問題はありません。傷口の腫れや出血も、わずかなものであれば心配する必要はありません。
その2:エリザベスカラーをつけて、傷口を舐めさせない
犬の唾液の中には雑菌が含まれており、傷口を舐めることで化膿してしまうことがあります。治りが遅くなる恐れもあるので、舐めてしまわないように気をつけましょう。術後着(エリザベスウェア)だと傷口をいじってしまうことがあるため、エリザベスカラーの着用をおすすめします。
ただし、犬によってはエリザベスカラーをつけたままだと、食事や飲水がうまくできずに葛藤する場合もあります。うまく飲食できていないことに気づいたら、その時だけ外しても構いません。その際、少し目を離した隙に傷口を気にして舐めようとすることもあるので注意しましょう。マナーベルトや下半身を覆うタイプの犬服を工夫するのもよいでしょう。
麻酔が切れたらもとの食事量に戻していく
通常、手術日の翌日には麻酔が完全に切れます。このタイミングで、食事をもとの量に戻していきます。まだ食べづらそうにしていたら、ウェットフードに変えるなど様子を見ながら少しずつ食事を調整しましょう。ただし、食事や水分を与えすぎないように注意してください。
処方された薬は忘れずに与える
病院の指示によっては薬が処方されることもあるので、決まった時間に適切な量を与えてください。
トイレやシャンプーは要注意
今までトイレの失敗がほとんどない犬であっても、手術後はトイレではないところに座ったままお漏らしをしてしまうこともあります。トイレの失敗は犬と飼い主の双方にとってストレスになるため、マナーベルトを活用して防ぐとよいでしょう。また、抜糸が終わるまではシャンプーをしないようにしてください。
過度な運動は避ける
激しい動きをすると傷が再び開いてしまうことがあり、その場合は獣医師の処置が必要になります。運動や激しい遊びは控え、家具に飛び乗ったりする動作もさせないようにしましょう。階段の上り下りも体や傷口の負担になるため、犬が階段に近づけないようにしておくと安心です。
ほかにも、ずっと吠え続けるような状況をつくったり、怖がらせる、興奮させるなどの身体的ストレスを与えることは避けましょう。散歩のときも走らせないようにして、ドッグランなど犬が興奮しやすい場所に連れていくのは控えてください。
こんなときはすぐに病院へ!
手術の翌日から抜糸までの間に次のような症状が見られたら、すぐに動物病院へ連絡して獣医師の判断を仰ぎましょう。
■縫合糸を取ってしまう
■切開部をしつこく舐めたり、いじったりしている
■食事をほとんど食べない
■退院後、激しく痛がったり多量の出血が起きたりする
■過度の膿、白・黄色の液体が出ている
■そのほか、状態が悪いと感じられる場合
犬の去勢手術の抜糸後に気をつけることは?
手術後、約1週間で抜糸したあとも傷口の赤みは残るため、引き続き犬の体調には注意を払う必要があります。次の点に気をつけましょう。
抜糸後の犬の健康状態
抜糸後、傷口の赤みが引くまでは、その部位が悪化する危険がないとは言い切れません。菌が入って化膿することもあります。エリザベスカラーや術後着を継続して活用しましょう。エリザベスカラーをつけ続けていると、ストレスを感じて胃腸障害や脱毛などが起こる犬もいるので、異変がないかどうか注意して観察してください。
抜糸後の傷口のケア方法
体を拭いたり、シャンプーしたりするのも傷口の赤みが引くまでは避けましょう。術後の経過が良好な場合は、数週間で赤みが引きます。犬の体の汚れが気になる場合は、傷口を濡らさないように避けて拭くなど、十分に注意しながら行ってください。
食事は通常通り与える
手術翌日以降、食事は通常通りの量を与えて構いません。食欲が戻っていないようであれば、いつもの食事にトッピングやウェットフードを追加したりして、少し食味を変えてみるのもおすすめです。1回の量を減らして食事の回数を多くすると、代謝が上がるので肥満の予防に効果があります。
シャンプーは傷口の様子を見ながら行う
抜糸後2~3日で赤みが引いていればシャンプーを行っても問題ありません。抜糸を必要としない手術を受けた場合、動物病院に確認してからシャンプーの時期を決めてください。
しっかりと運動させる
去勢後は太りがちなので、十分な運動を確保できるように心がけましょう。手術後、運動を控えさせていることで筋肉が固くなっていることがあります。動いたら痛くなったという不快な記憶が犬に定着してしまうと、散歩や運動嫌いになってしまいかねません。散歩や運動前にはウォーミングアップとしてマッサージしたり、お家で遊んだりしてから出かけるようにしましょう。
犬の去勢手術後の心のケアで気をつけたいことは?
去勢手術を受けたあと、犬は元気がなくなったり、とてもナーバスになります。飼い主の態度ひとつが犬に与える影響も大きくなるため、接し方には注意が必要。犬の心のケアのために、気をつけるべきポイントをまとめておきます。
普段通りの態度で接するように心がける
去勢手術の際、初めて飼い主と離れて不安な時間を過ごしたという犬が多いでしょう。また、麻酔は体への負担が大きいので、回復期になっても食事や排せつなどの様子が普段と違うこともあります。飼い主が不安そうに犬を見ていたり、過干渉したりすることが、犬の不安をあおってしまうことも。愛犬を不安にさせないためにも、普段通り穏やかに接してあげることが大切です。
過度に甘やかさない
手術後は、「可哀そうなことをした」「痛そうだ」「今日は特別」とつい甘やかしてしまいがちです。以前と違うこうした飼い主の態度を、犬は一時的なことだとは捉えません。続けていくうちにその態度を当然とみなしてしまうことも。そうなると、愛犬にひとりで留守番させるのが難しくなってしまう恐れもあります。抜糸後、獣医師が大丈夫と判断すれば留守番も通常通りにできるため、過度に心配したり甘やかしたりしないようにしましょう。
動物病院に積極的に連れていく
去勢手術後に、それまで平気だった動物病院が苦手になってしまう犬もいます。飼い主が犬の気持ちを汲んで病院に行かないでいると、本当のトラウマとして定着してしまいます。むしろ積極的に動物病院に連れて行き、ちゃんと行けたらおやつをあげるなどして、楽しい記憶で上書きしましょう。いつもの散歩コースに動物病院を入れて立ち寄るなど、頻繁に楽しい思いをさせてあげることで印象は簡単に変えられます。
去勢手術後に愛犬の元気がない!?病院に相談すべき症状は?
去勢後の経過観察をするなかで、元気がなかったり、食事や水を拒否したりと、愛犬の様子がいつもと違うと心配になってしまいます。どのような症状が見られたときに、病院に連れていくべきなのでしょうか。
ぐったりして元気がない
手術当日は麻酔が残っていると元気がないように見えることもあります。また、痛みやエリザベスカラーの違和感が本来のスムーズな動きを妨げていることも。犬を呼んでも体が動かない、聞こえていない、排泄もその場でしてしまうといった意識レベルが低い様子が術後6時間以降も見られる場合は、病院に連絡し対応を求めましょう。
震えている
麻酔から覚めたばかりのときは震えることが多いので、暖かな場所で様子を見ましょう。術後12時間が過ぎても震えている場合は、痛みや不安を感じている可能性があります。食欲がなく、水も飲めない状態が12時間後以降も続いていれば病院に相談しましょう。
食欲がない
術後しばらくは食欲がないことがあります。術後8時間経っても水を飲もうとしないときは、フードをぬるま湯でふやかして、味とにおいをつけた水を与えてみてください。それでも拒否する場合は、病院に相談しましょう。
抜糸が済んで傷が癒えてきているのに食欲が出ない場合は、精神的なストレスが要因とも考えられます。運動量を普段通りに戻してみて、活動性が上がるかどうかを確認しましょう。活動性が上がってこない場合は、病院に対応を相談してください。
体重が増える
もともと太り気味だった場合はとくに、術後に肥満状態になってしまう危険があります。肥満は多くの慢性疾患の原因と考えられています。フードを計量してカロリー計算したり、低カロリーのフードを試したりするなど対策を講じる必要があるので、適切な方法を病院に相談してみましょう。
排泄がうまくできない
手術直後に排尿したものの、その後数時間経っても排尿しなかった場合、犬は排尿を痛みと関連づけている可能性があります。痛みを避けるために、できるだけ長く我慢しようとしているかもしれません。犬は8~10時間おきに排泄することが通常なので、それより間隔が長くなっているときは痛みがあると考えて獣医師に相談しましょう。
犬の去勢手術後から2週間は経過観察をする
去勢手術を受けてから約2週間は、犬の体調が安定していないと考え、飼い主も仕事などで家を空けるのは極力避けたほうが安心です。できれば休暇をとるか、ペットシッターを雇い、犬の様子を見守れる環境づくりを検討してください。とくに最初の1週間は治癒期間なので、元気がなかったりしていないか、常に監視をする必要があります。常に監視をする必要があります。
犬は去勢手術後に太りやすくなる?
犬は去勢することで、雄性ホルモンが徐々に減っていき、体内の代謝やエネルギーの消費量が変わって、体脂肪を蓄積しやすい体質になります。そのため、飼い主が食事を与えすぎないように気をつけていても太ってしまうことがあります。
一般的に術後は食欲が増しますが、フードは体重に見合った量を与えるようにしましょう。術後1か月の間に犬の体重が増えているようであれば、獣医師に相談し、体重コントロールの療法食に替えたり、運動量を維持したりするようにして体重の増加を予防することが大切です。
犬は去勢手術後に性格が変わるってホント?
去勢や避妊手術を受けることで、犬の性格が変わるという話を耳にしたことがある方も多いかもしれません。それは本当なのでしょうか?
オスの場合
去勢をすると、精巣がつくり出していた雄性ホルモンがなくなり、ほかのオスに負けたくないという競争心や発情したメスへのアピール欲や独占欲が減少します。ほかのオス犬に攻撃的だった犬は以前より穏やかになり、早期に去勢した方が留守番中に吠えたりする行動は起こりにくくなる傾向があります。
ただし、マーキング行動が癖になっている場合、去勢をしても行動改善が見られない場合もあります。もともと臆病な性格の犬は、去勢後に次のような不安行動が増えることも分かっています(※1)。
■突然の音や大きな音に反応する
■歩道上などで見つけたなじみのないものに怖がる
■犬がホームケアで爪切りされるときに落ちつかない様子でいる
■見知らぬ犬に吠えられたり、大きい犬が近づいてきたりしたときに恐怖反応をしめす
■獣医師による検査・治療時に怖がる仕草をする
メスの場合
メスは避妊手術によって、次のような反応が高まる傾向が認められています(※2)。
■見知らぬ犬に攻撃されたときに怖がる
■宅配便の訪問時に興奮する
■散歩中にほかの犬に近づかれる、吠えられる、飛びつかれそうになると攻撃性をしめす
■一緒にお出かけする前に興奮する
■物を持ち帰るのが苦手になったり、呼び戻しへの反応が遅れたりするようになる
このような場合の犬への接し方は、普段通りに振る舞ってあげることが大切です。落ち着かせようとしてなだめたり、怒ったりすると余計に恐怖心を煽ってしまいます。おやつやおもちゃなど犬の好きなもので気を引き、恐怖心を紛らわしてあげましょう。
参考文献
(※1)Paul D. McGreevy, Bethany Wilson, Melissa J. Starling, & James A. Serpell、Behavioural risks in male dogs with minimal lifetime exposure to gonadal hormones may complicate population-control benefits of desexing、May 2, 2018
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0196284
(※2)Melissa Starling, Anne Fawcett, Bethany Wilson, James Serpell, & Paul McGreevy、Behavioural risks in female dogs with minimal lifetime exposure to gonadal hormones、December 5, 2019
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0223709
※記事内に掲載されている写真と本文は関係ありません。