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酪農学園大学獣医学群獣医学類卒業後、動物病院勤務。小動物臨床に従事。現在は獣医鍼灸師の資格を得るために鍼灸や漢方を用いた中医学による治療を勉強中
犬の歯並びが悪いと、健康状態や生活の質に大きく影響を与えることがあります。正しい知識や理解を持つことで、愛犬の歯の健康や命を守ることにつながります。しかし、正常な犬の歯の特徴を理解しておかなければ、異常に気づくことは難しいでしょう。
今回は、犬の歯の特徴から種類、歯並びが悪いことによるリスクや治療方法について解説します。愛犬の健康を第一に考えるすべての飼い主に知っておいて欲しい情報のため、ぜひ参考にしてみてください。
目次
- 犬の歯の特徴とは
- 犬の特徴的な歯並び
- 犬の歯並びが悪くなる要因
- 犬の歯並びをきれいに保つためのケア
- 犬の歯並びが悪いと病気のリスクが高まる
- 犬の歯並びの治療方法
- まとめ
犬の歯の特徴とは
犬の歯には、人間とは違う次のような特徴があります。
歯の本数
犬の歯の本数は、成長過程によって異なります。生後2ヶ月程度で合計28本の乳歯が生えそろい、その後7〜8ヶ月程度かけて乳歯が抜け落ちて永久歯へと生え変わります。永久歯は、前歯12本・犬歯4本・前臼歯16本・後臼歯10本の合計42本です。
種類と役割
犬の歯は、切歯・犬歯・臼歯に分けられます。
【切歯】
切歯は、口の中央部に位置している小さな歯で、上下合わせて12本あります。切歯は食物の細かい部分を摘むためや、毛繕いにも利用される歯です。
【犬歯】
犬歯は、切歯の両脇にある鋭く尖った歯で、上下合わせて4本あります。犬歯は非常に強く、鋭く尖っているため、獲物をしとめる役割があります。
【前臼歯】
犬歯の後ろ側に位置する、のこぎり状の歯です。上下の顎にそれぞれ4本ずつ、合計16本あります。前臼歯は食物を切ったり、噛んだりするための歯です。また、骨や硬い食物を噛むのにも利用します。
【後臼歯】
前臼歯の奥(一番後ろ)に位置する歯です。上の顎に3本、下の顎には2本、合計10本あります。臼歯は硬い食物や骨を砕くために使用する歯で、大きく強力な咬筋と組み合わせることで、効果的に食物を粉砕します。
臼歯(きゅうし)がずれている
犬の臼歯は、上下の歯が微妙にずれて噛み合わさるため、ちょうどはさみで紙を切るように、間に挟んだものを切り裂く働きをします。また、臼歯が上顎と下顎で本数が異なる点も特徴的です。
犬は人間のように顎を横方向に動かせないため、臼歯が縦に尖った形状をしています。特に上顎第四前臼歯と下顎第一後臼歯は大きく、肉を切り裂くのに適した裂肉歯としての役割があります。
人間に比べて脆(もろ)い
犬の歯のエナメル質(歯の表面を覆っている硬い組織)は、0.3〜0.5mmです。人間は、2〜3mmあるため、非常に薄いという特徴があります。そのため、犬の歯は外部のダメージに対して弱くなっています。また、犬は硬いものを噛むことが好きな習性を持ち、歯が欠けやすいため注意しなくてはなりません。
虫歯になりにくく歯周病になりやすい
人間の口の中は弱酸性を保っているのに対し、犬の口腔内はアルカリ性です。アルカリ性の口腔環境は、虫歯を引き起こす菌の増殖を抑制するため、犬は虫歯になりにくい特徴があります。
また、犬には人間の唾液に多く含まれるアミラーゼという酵素がほとんど存在しないため、「糖」の蓄積が少なくなります。これも、虫歯になりにくい要因のひとつです。一方で、口腔内がアルカリ性のため、歯垢が石灰化して歯石になりやすく、人より歯周病になりやすい特徴があります。
犬の特徴的な歯並び
犬の歯並びには状態によってそれぞれ名称が異なり、場合によって矯正や手術が必要になるため、愛犬の顎の状態はしっかりと確認しておくと良いでしょう。
シザーズバイト
シザーズバイトは、別名「鋏状咬合」とも呼ばれ、犬にとって最も理想的な歯並びです。具体的には、上の犬歯が下の犬歯の前にきて、上の前歯が下の前歯の前に位置する噛み合わせのことを指します。歯が適切に噛み合っているため、歯の摩耗を防ぐことができます。
レベルバイト
レベルバイトは、犬の上下の切歯がきれいに揃って接触するタイプの咬み合わせで、水平咬合や切端咬合とも呼ばれます。日常生活に大きな問題が見られない場合は、歯の矯正や治療を必要としないケースが多い傾向があります。
オーバーショット
オーバーショットは、上の顎が下の顎よりも前に出ている状態、つまり「出っ歯」のような形を指します。この状態では、下の歯が上の顎を傷つけるリスクがあり、場合によっては穴が開いてしまうこともあるため注意が必要です。オーバーバイト、上顎前出咬合とも呼ばれています。
アンダーショット
アンダーショットはオーバーショットの反対で、下の顎が上の顎よりも前に出ている状態です。これは、人間でいうところの「しゃくれた顎」に似ています。反対咬合とも呼ばれています。
クロスバイト
クロスバイトは、上下の顎の位置関係は正常であるものの、部分的に歯の位置が正常でない状態を示します。このタイプには、下の前歯が前に出ている前方クロスバイト、下の奥歯が内側に向かって傾いている後方クロスバイト、そして下の犬歯が上の犬歯の方向に傾いている犬歯クロスバイトが含まれます。
ライバイト
ライバイトは、歯の成長が左右非対称(バラバラ)である状態を指します。そのため、噛み合わせの高さが左右で異なり、顎がねじれて見えることがあります。
犬の歯並びが悪くなる要因
犬の歯並びが悪くなる要因は多岐にわたります。主要な要因をいくつか解説します。
乳歯が邪魔をする乳歯遺残(にゅうしいざん)
乳歯遺残は、犬の永久歯が生える際に、乳歯が抜けずに残ってしまう状態を指します。通常、乳歯は永久歯が生えることで自然に抜けますが、乳歯が残ってしまうと永久歯の生えるスペースが狭くなり、歯並びが乱れる原因となります。
この状態を放置すると、歯が重なったり、歯肉炎・歯周病のリスクが高まったりする可能性があるため注意が必要です。特にチワワやトイ・プードルなどの小型犬に多く見られます。
外傷による顎関節の骨折やズレ
犬が交通事故や転落、けんかなどによって外傷を受けると、顎関節が骨折したり位置がずれたりすることがあります。顎の位置や形が変わることで、歯並びや噛み合わせに影響します。特に、成長期の犬が外傷を受けると、正常な歯並びの発育が妨げられるリスクが高まります。散歩中は犬に車道側を歩かせない、高いところには上らないなどの注意が必要です。
犬種の特性や遺伝
犬種によっては、特定の歯並びの特性や、歯並びが悪くなりやすい遺伝的傾向が存在します。例えば、ブルドッグやペキニーズなどの短頭種は、短い顎のために歯が密集して生える傾向があり、歯並びの乱れを引き起こす可能性が高い犬種です。
また、ミニチュアダックスフンド・トイ・プードル、イタリアン・グレー・ハウンドなどは顎が細長く、歯周病になりやすい遺伝要素もあります。
他にも、親犬の噛み合わせがアンダーショットの場合、子犬もアンダーショットになる遺伝要素もあります。
犬の歯並びをきれいに保つためのケア
犬の歯並びは健康を維持し、快適な生活を送るためには重要です。優れた歯並びをしていると食べ物を適切に噛み砕けるため、栄養摂取の効率を高め消化器官に負担をかけません。
また、歯並びが整っていると、歯石の蓄積や歯周病のリスクを減らすことができます。犬の歯並びをきれいに保つためのケア方法は以下の通りです。
定期的な歯磨き
犬用の歯ブラシ、歯みがきシートなどを使用し、毎日もしくは数日に1回の頻度で歯磨きを行いましょう。歯磨きはプラークの除去に効果的で、歯石の形成を防ぎます。
適切なフード選び
硬いフードは、噛む過程で自然に歯の表面をこすってプラークを取り除く効果があります。歯の健康をサポートするフードも市販されているため、成長過程や歯の状態に合わせて選択すると良いでしょう。
噛むおもちゃやガム
犬が喜んで噛むおもちゃやデンタルガムは、遊びながら歯のケアができる便利なアイテムです。歯のクリーニング効果だけでなく、噛むことで顎の筋肉を鍛え、歯並びにも良い影響を与えます。
定期的な獣医師によるチェック
定期的に獣医師の診察を受け、歯と歯茎の健康状態をチェックしてもらうことが大切です。歯や口腔内の異常を早期に発見することで、治療が必要な場合も適切な時期に開始でき、負担も少なくて済みます。
バランスの良い食事
栄養バランスの取れた食事は歯にも影響します。特にカルシウムを豊富に含むフードは、歯の強化に効果的です。
犬の歯並びが悪いと病気のリスクが高まる
犬の歯並びが悪いと、口腔内のさまざまな問題や病気のリスクが高まります。それぞれの病気や問題について見ていきましょう。
歯周病
歯並びが悪いと、歯垢や歯石が蓄積しやすくなり、歯周病が発症しやすくなります。歯周病が進行すると、歯槽骨(歯を支えている顎の骨)がどんどん溶けてしまい、最終的には歯が抜け落ちたり、ひどい時には下顎が骨折してしまったりする可能性があります。また、炎症部位によっては、血管に細菌が入り込み、心臓病や腎臓病の引き金になることもあるので注意しましょう。
乳歯遺残(にゅうしいざん)
乳歯遺残は、歯が不自然に重なってしまうため、歯石が溜まりやすくなり、歯周病等の歯の病気を起こしやすくなります。犬は歯垢が3日程度に歯石となり、口臭や歯肉炎を引き起こして歯周病の原因となる可能性もあります。
口腔内腫瘍
犬の口腔内は、良性・悪性問わず腫瘍が発生しやすい場所です。最もよく見られるものは、悪性メラノーマで、続いて扁平上皮癌、線維肉腫の順に発生しやすくなります。
腫瘍が口腔内で大きくなると、唾液の過剰な分泌、口臭の発生、腫れ、そして痛みなどの症状を引き起こします。腫瘍が拡大するにつれて、眼球や鼻腔、さらには頭蓋骨を含む周辺の組織にも影響を及ぼす可能性があるため、早期の治療が必要です。
埋伏歯(まいふくし)
埋伏歯とは、十分なスペースを確保できない場合や異常により、歯が歯肉の下に隠れてしまっている状態を指します。初期段階では自覚症状が少ないため、気づかないことも珍しくありません。
埋伏歯は、主にX線検査で発見されます。検出された場合、早急に歯を抜く処置が必要になることがあります。短頭種であるボクサーやボストンテリア、パグ、シーズーなどは、他の犬種に比べて埋伏歯を発症する可能性が高いため要注意です。
過剰歯
過剰歯とは、通常よりも多くの本数の歯が生える状態を指します。過剰歯は、歯並びを悪くし、噛み合わせが悪くなったり、歯と歯の間が狭いために歯垢が溜まったりすることで歯周病などのトラブルを引き起こします。過剰歯の正確な原因は明らかではありません。
欠歯
欠歯とは、一部の歯が生えてこない、または早期に失われる状態を指します。歯並びが悪いと、欠歯の位置に隣接する歯が移動し、さらなる歯並びの乱れを引き起こすこともあります。
犬の歯並びの治療方法
歯並びの不均整や異常を治療するための一般的な方法や対応策について、詳しく見ていきましょう。
歯列矯正
犬の歯列矯正は、適切な咬み合わせと口腔機能の回復を目的として行われます。
まず、矯正治療では、犬を安全に治療するために麻酔を使用します。獣医師により矯正器具を歯に取り付け、歯並びを徐々に正しい位置に矯正を行います。麻酔は犬の身体に負担がかかるため、状態によっては対応できず、治療もできません。
次に、犬の咬み合わせの進捗を確認するため、概ね2週間おきに動物病院で歯並びや器具の状態確認が行われます。歯が正しい位置にきたと獣医師が判断すれば、数ヶ月経過後に矯正器具を取り外します。
矯正器具を取り外した後、約1ヶ月後にフォローアップの検診が必要です。この検診で異常が見られない場合は、獣医師は治療が成功したとして治療が終了します。費用は10万円前後必要です。
抜歯
犬が抜歯手術をするには、全身麻酔が必要です。麻酔をかけた状態で、明らかにグラグラしている歯やレントゲン写真で、歯の根元が出てしまっている場合に行います。抜歯の費用は、麻酔代や事前の診察、検査代を含めて、1本あたり1~5万円ほど必要です。
切断
トレーニングをしても噛み癖が直らない犬や、老犬で認知症が進んで人に噛みつくようになった犬、遺伝的な「激怒症候群」によって突発的に人を噛んでしまう犬は犬歯を切断(生活歯髄切断術)することもあります。犬歯を切ったからといって、噛みつき行為が改善されるわけではないため、安易に切断はしません。犬歯の切断費用は1本あたり1~5万円程度が目安です。
まとめ
犬の歯の状態はその生活の質や健康全般に影響を及ぼすことが知られています。犬の歯は人間に比べて脆く、虫歯にはなりにくいものの歯周病になりやすいことが特徴です。歯周病や乳歯遺残、口腔内腫瘍などさまざまな健康リスクが考えられるため、愛犬の定期的な歯のケアやチェックは欠かせません。
歯の異常や不均整の場合には、歯列矯正や抜歯、切断などの治療方法がありますが、愛犬の健康を維持するためにも、適切なケアを心掛けるようにしましょう。また、獣医師とよく相談して治療を検討してみてください。