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こころ鳳ペットクリニック、大阪どうぶつ夜間急病センター所属。小動物臨床に従事。犬猫をはじめ、鳥類、爬虫類、両生類、霊長類など様々な小動物の診療・手術執刀を行う
犬が好きだと、犬に関するいろんなことが知りたくなりますよね。遊び方、食べ物、健康、グッズ、トレーニング、気持ちなどなど。そのうち、「犬ってどこから来たの?」「犬の祖先って本当に狼なの?」「いつから人間と暮らしているの?」と、ルーツにまつわる知的好奇心まで湧いてきてしまう方もたくさんいらっしゃると思います。今回は、犬と狼の関係や違い、狼にルーツを持つ犬の話などについて紹介していきます。
目次
- 犬の祖先は狼
- 犬と狼の違い
- 狼を家で飼うことはできる?
- 狼にルーツを持つ犬もいる
- まとめ
犬の祖先は狼
犬の祖先は本当に狼なのか。長きにわたって研究されてきた「犬の起源」に関しては、愛犬家にとってたいへん興味深い話題なのではないでしょうか。犬は氷河期末期の1万1000年も前から、人間と一緒に集落で暮らすようになりました。場所は中国南部から東南アジアにかけての地域です。猫が人間と暮らし始めたのが約5000年前なので、その倍以上もの年月を犬と過ごしてきたことになります。家畜化された動物の中でも犬が人間と最も付き合いの長いことも、最新のDNA研究で明らかになっています。
では、犬の祖先は何か。長い間、有力候補とされていたのが、「狼」「コヨーテ」「ジャッカル」です。DNAの研究が進んだ結果、犬の祖先は「狼」であることがほぼ確定しました。DNAは遺伝情報であり、父親と母親のDNAを半分ずつ持っています。DNAは先祖から子孫へ受け継がれていくため、DNAを調べれば親子関係や種と種の親戚関係がわかります。
なお、「コヨーテ」と「ジャッカル」は、犬のように柔軟な社会的行動は見られないとされています。一方、「狼」は人間の残飯をあさったりしながら人間との交流を深めていったという説が濃厚です。北半球で人間が集団移動した際にも、狼が一緒についていったと言われています。
犬と狼の違い
犬と狼は、生物学上では同じ「イヌ科」に分類されています。共通点は4足歩行で2対の犬歯があること、厚い被毛に覆われていることです。それ以外は、いろんな違いがあります。
歩き方
野生で暮らすか、家で暮らすかの違いでもありますが、狼の歩く姿勢は頭部の位置が低め。地面と頭部が並行になる姿勢で歩きます。
見た目
狼は自ら獲物を狩るため、その歯は犬よりも大きく丈夫で、あごの筋肉も犬より発達しています。人間から食べ物をもらう犬は、オオカミと比べるとマズル部分が短く、歯も小さく進化しています。目の形も大きく異なり、犬はくりくりの愛らしい目をしていますが、狼の目は鋭く釣り上がっています。
被毛に関しては、狼は前足の前面に黒褐色の斑紋があります。肩周辺の被毛がたてがみのように長く、しっぽは太めです。毛色は黒や灰色、赤毛といったもので、長年にわたって交配された犬のように個性豊かな毛色ではありません。
骨格
狼の脚はスラリと細長いですが、シカやイノシシを追いかけてどこまでも走り続けるほどの持久力を支える骨格になっているそうです。上腕が細く長い前足は、胸の真下(犬より後ろのほう)にあり、肩幅も狭く、肩関節をしっかりと伸ばせる構造となっています。そのため、大きな歩幅で、速く走ることができるようです。また、狼の足のサイズは犬よりも大きい傾向にあります。足跡は、狼が細長い形であるのに対して、犬は肉球に丸みがあり愛らしい形をしています。
狼の頭の骨格は、鼻先から頭部にかけてまっすぐに伸びていますが、犬は全体的に丸みを帯びている傾向にあります。頭のサイズは、犬のほうが身体のサイズと比較して大きめなので、愛らしく見えます。
成熟するまでの時間
犬が初めて発情期を迎えるのは生後半年~10か月頃、大型犬の場合は生後1年前後です。狼は犬よりもそのスピードが遅く、生後約1年をかけて成熟し、さらに1年後に発情期を迎えます。
犬の繁殖は年2回ありますが、狼の繁殖は年1回しかありません。繁殖シーズンは一般に冬季から春季にかけてです。また、狼は一夫一婦主義であることが知られています。一生の間にパートナーを変えることはありますが、年1回の繁殖では、同じペアでしか繁殖活動をしないそうです。1年の間にパートナーを変える場合は、相手が亡くなったり、群れから追い出されたり、怪我や病気で繁殖能力がなくなったときと言われています。
習性や気性
狼は昔も今も、野生の厳しい環境で自ら獲物を獲りながら生き抜いています。そのため、狼のほうが犬よりも自立心や独占欲が強いと言われています。警戒心が強く攻撃的な気性をしており、狼が人間に対して友好的な感情を向けることはありません。なお、狼は家族を大事にする性質があり、子育てにも積極的です。群れは父、母、兄弟姉妹の「家族」や、他の群れを出た個体によるもので、平均8頭で構成されています。狼が頻繁に遠吠えをするのは、獲物の情報共有や縄張りを主張することのほか、群れからはぐれた家族や仲間を探したり、互いの絆を深めたりする社会的な意味があるそうです。愛する家族や仲間との絆や離れずに一緒にいたいという気持ちを思うと、感動的ですね。
一方、犬は古くから人間の相棒として暮らし、人間の仕草や表情、声のトーンなどから色んな情報をキャッチしてコミュニケーションを図ってきました。そのため、人間に対してとても友好的に接します。狼のように荒い気性では人間との共存においてデメリットになるため、指示に従う従順な気性になることで生き残ってきたのです。なお、犬はペアでの行動や子育ての意識が、狼と比較して薄くなっていると言われています。
狼を家で飼うことはできる?
結論としては、不可能に近いと言えます。日本では商業目的で狼を輸入することは禁止されていますので、ペットショップで買うことができません。また、日本の狼は明治時代に絶滅していますので、捕まえることも不可能です。
入手は非常に困難ではありますが、法律上は飼育することは可能です。狼は「危害を加える恐れのある危険な動物」を対象とする「特定動物」として指定されています。特定動物の飼養は、都道府県知事や政令市の長の許可が必要であり、許可があれば飼うことができます。飼うためにはルールをクリアしなければなりません。「頑丈な檻のような飼育場所」を用意して、逃げ出さないように厳重な体制を整える必要があります。個体を識別するためのマイクロチップの装着も義務付けられています。「第三者の接触が容易にできない環境」とも規定されているため、狼と楽しく公園を散歩するという訳にはいかないでしょう。
狼にルーツを持つ犬もいる
どうしても狼を飼うことに魅了されている方は、特定動物ではない「ウルフドッグ」はいかがでしょう。ウルフドッグは、狼と犬との交雑犬で「狼犬」とも呼ばれています。ただし、飼うのが非常に難しい犬種です。
ウルフドックとは
正式に犬種として認められているウルフドックは「サールロース・ウルフドッグ」と「チェコスロバキアン・ウルフドッグ」の2種類のみです。掛け合わせられた犬種の特徴にもよりますが、体高65cm~86cm、体重は45kg~70kgほどで、寒さに強く体力や持久力がある大型犬です。平均寿命は10~12年ほどと言われています。なお、日本で売られている「ハイブリッドウルフドッグ」は、雑種に分類されます。
ウルフドッグの中でも、狼の血が75%以上受け継いでいるものは「ハイパーセント」と呼ばれ、狼愛好家の心を掴んで離さないようです。ウルフドッグは、自立心の強さ、知能の高さ、頭の骨や骨格、体臭や寄生虫、遠吠えなどの特徴が狼とよく似ているそうです。
ウルフドッグについてもっと詳しく知りたい方はこちらもおすすめ!
> ウルフドッグの性格や特徴は?飼育の際の注意点やかかりやすい病気などを解説【獣医師監修】
国内の飼育数は500頭前後
ウルフドックは、犬の長所も持ち合わせており、高い社会性があります。ただし、用心深く、知らない人にはなつかないようです。そのため、訓練にはかなりの忍耐強さが必要で、犬を飼うことが初めての方にはおすすめできません。国内では2015年に、飼い主の代わりにウルフドッグの世話を頼まれた女性が噛み殺された事件も起こっています。
なお、群れで行動する狼の習性が強く残っていますので、単頭飼育には向いていないようです。そのため、2頭以上で飼うことが推奨されています。相当の運動量も必要で、他の犬や見知らぬ人間が苦手な個体が多いため、公園やドッグランで遊ばせるのではなく、自然の中で自由に走り回れる環境が理想とされています。また、狭い場所で暮らしたり、留守番をしたりといった生活にも馴染めません。ストレスが溜まると物を破壊するような行動をとるそうです。
さらには、ペットショップで売っていないため、入手は困難です。日本でウルフドッグを飼う場合は、輸入業者やブリーダーを探して手に入れることになります。価格は輸入業者やブリーダーによって異なりますが、50~100万円ほどと高額です。
「飼育環境」「トレーニングの習熟度」「トレーニングにかける時間」「コスト」などから考えても、日本の一般家庭で飼うことは難しいでしょう。国内では500頭前後しか飼育されていないようです。
まとめ
犬と狼のお話、楽しんでいただけたでしょうか。犬は狼の子孫であるとはいえ、今でも野生のままで生きている狼と、交配を繰り返してきた現代の犬との間には大きな隔たりがあるようです。もし、狼が人間に飼い慣らされたら犬のようになるのか。その答えがわかる面白い実験をご紹介します。
ハンガリーの科学者マルタ・ギャクシ氏の実験によると、生まれたばかりの狼を人間のもとで育てても、狼が犬のようになることはなかったようです。マルタ・ギャクシ氏は、人間に飼いならされた狼と犬の行動を比較する実験をしました。狼と犬それぞれ13頭を対象に、飼い主に対して見知らぬ人間が攻撃的に近づいたとき、どんな行動を起こすかの実験です。13頭のうち5頭の犬は、見知らぬ人間に吠えて攻撃するような行動をとりましたが、同じような行動をした狼はゼロ頭でした。犬は飼い主の様子を見て守ろうとしましたが、狼は“応戦する必要がない“と判断して人間を無視したのではないかと推察しているそうです。
この話を知ると、一層犬という動物が愛おしくなるのではないでしょうか。狼は今でも怖い存在ですが、犬は我が子のようにかわいらしい存在。野生にありながら人間と共存する道を選んだ犬を、ちょっと尊敬します。