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博士(獣医学)。専門は獣医動物行動学。evergreen pet clinic ebisu行動診療科担当。日本獣医行動研究会研修医。藤田医科大学客員講師。
ペットの殺処分――犬が好きな私たちにとって胸が痛くなる言葉ですね。最近では保健所での殺処分数は徐々に減りつつありますが、今なおゼロになっていません。どうして殺処分はなくならないのでしょう。そして、動物を愛する私たちにできることはあるのでしょうか。獣医師の茂木千恵先生に殺処分がなくならない理由や飼い主にできることなどを教えていただきました。
目次
- どのくらいの犬が殺処分されているの?
- 犬の殺処分がなくならない理由とは?
- 飼い主として犬の殺処分を減らすためにできることは?
- これから犬を飼う人が犬の殺処分を減らすためにできることは?
- 犬を飼っていない人でも殺処分を減らすためにできることは?
どのくらいの犬が殺処分されているの?
殺処分とは動物が危険であるとみなされたり不要とされたりして保健所や動物愛護管理センター等に持ち込まれ、譲渡先が見つからない場合、保護を継続せず人為的に命を奪うことを指します。
近年は民間団体による保健所やセンターからの引き出しと里親への譲渡活動が盛んになってきた影響で、犬の殺処分数は減少しつつあります。2005年度の犬の殺処分数は約14万頭でしたが、2018年度には8千頭弱まで減りました(※1)。
また、保健所が引き取る犬の数が減ったこともここまで減少した理由の一つだと考えられます。2012年に改正された動物愛護管理法では、 動物の飼い主はその動物が命を終えるまで適切に飼養する「終生飼養」の責任があることが法律上明確にされました。これにより保健所は「引っ越しで飼えなくなったから」などの飼い主の都合による安易な引取りの申し出を拒否できるようになったのです。
しかし、殺処分はいまだゼロにはなっていません。2019年度に殺処分された犬の数は7,687匹(※2)。引き取り後に亡くなった犬の数も含みますが、これだけの数の犬が飼い主さんの元で息を引き取ることができなかったのです。
犬の殺処分がなくならない理由とは?
以前に比べると減っているものの、いまだに多くの犬が捨てられたり迷子になったりして保健所に収容されています。保健所の収容スペースには限りがあり、引き取られる犬すべてを飼育することはできないのが現状です。
そこから飼い主さんが見つかったり、新たな飼い主さんに譲渡されたりするケースもありますが、多くの犬が保健所に留まり収容所が一杯になってしまうと病気の蔓延や動物同士のけんかによる外傷といったリスクも高まります。そのため引き取られる可能性が低い「高齢」「慢性疾患」「問題行動」などを持っている動物から殺処分されてしまうのです。
飼い主として犬の殺処分を減らすためにできることは?
今、犬と一緒に暮らしている飼い主さんにとっては、自分の愛犬が殺処分にあうというのは想像もしたくない話でしょう。ですが、実際に飼いきれなくなって、やむなく犬を保健所に引き渡す例はあります。
また、迷子になって飼い主さんに会えないまま殺処分になってしまう犬もいます。実際、保健所に引き取られるのはほとんどが飼い主不明の犬です。飼い主さんが保健所に持ち込むのは全体の1割程度。他は飼い主がわからない状態で発見されます。そういったことにならないよう、事前に対策をしておきましょう。
身元がわかるようにしておく
引き取ったばかりの子犬、または成犬でも突発的な出来事や災害などで驚いて脱走してしまうケースがあります。日頃から脱走防止対策は行った上で、マイクロチップなどで身元がわかるようにしておきましょう。自治体への飼育登録や鑑札票の装着などもすみやかに行うことが大切です。
繁殖はブリーダーに相談を
むやみな繁殖により飼育頭数が増えすぎたことで飼いきれなくなるケースもあります。そうしたリスクを避けたいなら、避妊・去勢手術を受けさせるようにしましょう。
かわいい愛犬の面影を残したいと自家繁殖に挑む飼い主さんもいますが、その場合は子犬が生まれても責任を持って飼いきれるのか、あるいは譲渡先を探せるのか冷静に検討しましょう。また、交配には遺伝性疾患などへの配慮も必要なので、安易に子犬を得ようとするのではなく繁殖を考えるならしっかりとした知識のあるブリーダーさんに相談することをすすめます。悲しいことに動物の健康問題が遺棄の理由となることも少なくありません。最悪引き取り手がつかないこともあり、それが子犬の飼育放棄に繋がってしまいかねないのです。
飼い主さんの「万が一」を考えておく
年を取るのは犬だけではありません。飼い主さんも同じく年をとっていきます。思わぬ病にかかったり、家族に介護が必要になったりとライフステージの変化によって犬の飼育が難しくなることも考えられます。そんな「万が一」に備えての預け先や世話を任せられるペットシッター、保護団体などをあらかじめ調べておきましょう。
これから犬を飼う人が犬の殺処分を減らすためにできることは?
まずは飼う前にしっかりと計画を立てることです。飼い主さんのライフスタイルや将来設計なども踏まえて最後まで面倒をみられるのか冷静に考えましょう。同時に「ペットを生涯飼育するだけの費用を用意できるか」「ペットにとって安心した環境を用意できるか」といったことも考えておきます。命を預かる身として、万全の用意をしておきましょう。また、犬は犬種によっても行動や性質が大きく異なります。自分のライフスタイルにはどのような犬が合うのかよく調べた上で決めることも大切です。
保護犬を引き取るのも一つの手です。飼育経歴がわからない分、どのようなことを苦手としているのかが予測できないので、突発的な恐怖やトラウマなどにより問題行動を起こすなどの懸念はありますが、一度お試しで預かってみて、生活環境になじめるかどうか検討できるような団体もあるので検討してみるのもいいでしょう。子犬を飼育するのと違って既にトイレのしつけができていたり、フードをふやかしたりする必要がないことも多いので、初めてでも飼いやすい面があります。中には飼い主となる人の収入や職業などを精査して、譲渡犬を終生飼育できる状況か否かを吟味した上で引き渡すという意識の高い団体などもあり、譲渡犬の飼育再放棄の予防に有効です。
また、犬をこれから家族として迎えるときには途中で飼うのをやめることを考えている人は少ないと思いますが、それでも結果的に犬を手放している人がいるのにはさまざまな理由があります。以下に愛犬を手放すのには、どんな理由が多いのかを挙げます。それを把握した上で事前に予防策を考えておきましょう。
ペットが保健所に持ち込まれる理由と予防策
帝京科学大学が行った調査(※3)によると、飼い主が動物を保護センターに持ち込む際の理由として多かったのは「飼い主の病気・傷病等(32.21%)」「転居(10.07%)」「離婚(8.05%)」「苦情(6.04%)」の順です。
飼い主自身や親族の病気やケガなどによって介護が必要になり、世話ができなくなったというケースは多いので、今は健康であっても万一の事態が起きたときのことを考え、預け先を確保しましょう。こうした事態はたいてい突発的に起きるもので、治療や介護には資金も必要になるので事前の計画が重要になります。
転居や離婚に伴うものは「会社事情で引っ越すが引っ越し先の社宅がペット禁止だった」「離婚をしたら双方共に犬を飼える環境ではなくなってしまった」といったケースがあります。これらも予測しにくい問題ですが、さまざまな状況を想定してしっかりとした譲渡先を探すのも飼い主の責任です。
「吠え声がうるさい」などの近所からの苦情や問題行動による放棄も少なくありません。これについては、まず飼育初期のしつけやトレーニングをしっかりすることが大切。既に重症化している場合でも、専門の知識を持った獣医師やドッグトレーナーなどの手を借りて根気強く取り組めば修正することも可能です。
犬を飼っていない人でも殺処分を減らすためにできることは?
「犬を飼っていなくても何かしたい」という方がまずできることとしては、野犬を見つけたら自治体や保護センターにすぐ連絡をするよう心がけてください。「そんなことをしたら、処分の対象になってしまうのでは?」と心配されるかもしれませんが、犬は長期間人に触れずに過ごすと人に慣れることができなくなってしまいます。そうなると「人に渡すのは難しい」と判断されて譲渡の対象外となり、殺処分の対象になる可能性が高まります。そうならないためには、できるだけ早く保護して人が管理する環境に慣れさせ、スムーズに家庭生活を送れるようなトレーニングを開始すること。それが里親さんのもとへ引き取られる確率を高めてくれます。
他には保護団体の支援という方法もあります。さまざまな保護団体が日々抱えている動物たちのケアに奔走していますが、資金もマンパワーも不足しているところが多くあります。こうした活動を支援することは、過密していく保護施設において飼育を断念する個体数を減らすことにつながるでしょう。
より積極的に関わりたい方は、地域の動物愛護推進員として活躍する道もあります。たとえば東京都では、住む街の動物愛護および適正飼養推進のために積極的・自主的な活動を行うボランティアとして「東京都動物愛護推進員」を委嘱しています。動物関連団体からの推薦のほか一般の公募による募集も行っています。東京都以外でも募集をしている自治体はありますので、興味を持ったらぜひ調べてみてください。
ライフワークとして携わるなら動物看護師という職業も選択肢の一つです。動物病院で働くだけではなく地域の方々への啓蒙活動や、保護団体の医療面でのサポートなど多方面で活躍できる仕事です。
(※1、2)出典:環境省 統計資料「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」
(※3)出典:「ペット飼育放棄要因の抽出と終生飼養サポートの検討―動物愛護団体における調査からー」(2017)濱野佐代子・高鍋沙代・大林駿斗