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yourmother合同会社代表、ペット栄養管理士。麻布大学獣医学部卒業後、動物病院勤務、療法食メーカー勤務を経て2018年に『DC one dish』を設立
「手作り料理」がペットの健康を害しているーー愛犬家にとっては、ドキッとする指摘ではないでしょうか?
目次
- 「手づくり食の悪循環」愛情の深さが犬に健康被害をもたらす?
- 茶色の粒で栄養だけ摂れればいいの? 人間とは違う「犬猫の食事」の問題点
- ペットフード業界はイメージ勝負? 「ヒューマングレード」という罠
- 既製品では無理? 病気を併発しても美味しい食事でサポートできる栄養設計
- ファシリティドッグ ベイリーとの思い出
- オンライン上にある「栄養学の動物病院」という位置づけを
「手づくり食の悪循環」愛情の深さが犬に健康被害をもたらす?
獣医師の岩切裕布先生と成田有輝先生は、日本におけるペットの食事事情に問題を感じ、『DC one dish』というサービスを立ち上げました。獣医栄養学に基づいて、総合栄養食や療法食のレシピ設計を完全オーダーメイドで請け負う日本で唯一のサービスです。
「犬も家族であるという価値観から、手作り料理を食べさせたいと思う飼い主が増えています。しかし、愛情ゆえの手づくり食が愛犬の健康を害するなんて、飼い主も本望じゃないはず。この悪循環を断ち切らなければ」
岩切先生と成田先生に『DC one dish』を立ち上げた経緯やエピソード、犬の栄養学、飼い主の意識の問題などについて、お話を伺ってきました。
ーーなぜ、ペット専門の手作り食サービス『DC one dish』をはじめたのですか?
岩切裕布先生(以下、岩切):私たちは二人とも動物病院で臨床獣医師をしていました。そこで、飼い主さんが手作り食はいいものだと信じて、かえってペットに健康被害を及ぼしている事例をいくつも見てきたんです。
しかし当時の私は、栄養学の知識が足りず、臨床医として手作り食の問題を指摘したり改善したりすることはできませんでした。それが悔しくて、栄養学の本格的な勉強を始め、療法食メーカーにも勤務しました。「飼い主の愛情が深いゆえにペットに健康被害をもたらす手作り料理の悪循環」をどうにか解決したいと思って。
やがて日本には栄養が計算された手づくり食のサービスが存在しないことが分かったので、『DC one dish』というサービスを立ち上げたんです。働きながら2年間準備しました。
ーー手づくり食が愛犬の健康を害するとは驚きです。
岩切:耳が痛い飼い主さんも多いと思います。ペットと生活する飼い主さんにとって「犬猫は家族」という感覚が定着してきていて、飼い主さんたちのワンちゃんの食事にかける愛情と費用は、昔に比べて高くなっていると感じます。
診療時に「私よりも犬のほうが食費が高い」とおっしゃる飼い主さんもいましたし、病院併設のペットホテルでワンちゃんを預かる際に「手作り料理を冷凍で持ってきたから、これをあげてください」という方もいらっしゃいます。でも、その愛情が逆効果になることもあるんです。手作り料理でペットに健康被害をもたらしてしまうのは、人の感覚で調理してしまうことが原因です。脂質が少なすぎて皮膚被毛の状態が悪くなったり、逆に脂質が多すぎて消化器症状を起こしたり。
ただ、獣医師である私も、獣医大学で栄養学、特にペットの手づくり料理というジャンルを学ぶ機会はありませんでした。栄養学は獣医師の国家試験でも、当時は重要科目ではなく、ちょっと暗記すればいいよねぐらいの位置づけの科目で、基礎カリキュラムに「臨床栄養学」が入ってきたのはここ数年です。
ーーそうなんですか!? 意外です。
岩切:私自身も臨床医になりたての時は、ドライフードを食べて健康を維持できるならそれでいいじゃないって思っていました。うちの犬は今3代目なんですけど、歴代ずっと市販のドライフードを食べさせてきました。でもその後、療法食メーカーに勤務してドライフードを作る側になってみて、価値観が変わりました。品質をもっと向上できないものかと。
そんな中、手づくり食を与えたいという飼い主さんたちの気持ちにも触れて、もっと栄養学を学ばないといけないと思ったんです。
でも、『DC one dish』の立ち上げ準備中も、「犬猫の栄養学で手作り食の仕事をしたい」と周囲の獣医師たちに相談すると、「何言ってんだ?」っていうリアクションがほとんどでした。「そんな適当な分野に飛び込んで」って(笑) それぐらいペット栄養学の分野は、獣医師の間でもマイナーな存在だったんです。
犬猫の栄養学は、人間のものとは違って、飼い主にとってもはもちろん、獣医師にとっても難しいんですよ。
茶色の粒で栄養だけ摂れればいいの? 人間とは違う「犬猫の食事」の問題点
ーー犬猫の栄養学は、どんなところが難しいのでしょうか?
岩切:人間の場合は、栄養計算のソフトがあり、それを使って学校給食や病院の献立も作ることができます。一方、ペットの栄養学にはそのような環境が整っていません。たとえ動物の栄養学について知識があったとしても、食材の組み合わせによって、一つひとつ栄養バランスを計算していかなければなりません。
成田有輝先生(以下、成田):犬猫にペットフードを与えるのが当たり前になっている理由もそこにあります。ねこまんまを与えていた時代に比べれば、進化したフードのおかげで健康状態も良くなり、寿命も延びてきたんです。それなのに、知識不足で手作り食を与えることは、その進化に逆行する可能性すらあります。なので、獣医師も勧めないんです。
ーーなるほど。手作り食って、結局は飼い主の自己満足なのでしょうか?
成田:そんなことはありません。人は毎日栄養基準を考えて、食事をしていませんよね。それに対して、犬猫は日々の主食における栄養基準が決まっていて、それに沿った食事を継続することで健康を維持しています。その点で、犬猫の「食事に対する配慮」は人間と大きく違うところが手作り食の難しいところです。
人間の場合、腎臓病でも糖尿病でも、どうやって工夫すれば食べたいごはんが食べられるかを試行錯誤しながら、その人の好みや心にも寄り添って食事メニューを考えることができます。
でも、動物たちは栄養基準をクリアすることに重きを置くため、市販の「茶色い粒」や缶詰を食べさせることが先行してしまいます。病気になって、いざ療法食のフードを食べなければいけなくなった時に、嫌がるワンちゃんも結構多いんですよ。それなのに、食べられるものがそれしかない、それ以外では健康状態を維持できなくなるって、とても悲しいことですよね。
ーーたしかに、ペットの食事には「楽しみ」や「バリエーション」という配慮が不足していますね。
成田:手作り料理であれば、その子の好きな食材をつかったり、新鮮な食材の食感や匂いから食事の喜びも味わうことができます。
手作りしてあげたいという飼い主の想いに応えたいのはもちろんですが、獣医師としての立場からも、安全な手作り料理が犬猫のQOLを向上できると思うからこそ、私たち『DC one dish』は手作り食の確立に挑戦しようと考えたんです。
でも実は、2年の準備期間のさらに3〜4年くらい前から、そもそもビジネス的に成り立つのか? 手づくり食で総合栄養食の基準を満たすことができるか? レシピを豊富に作れるのか? と考え続けていました。世界的にも前例がないことだったので。
ーーなぜそこから事業化に踏み切ることができたんですか?
成田:アメリカで先にレシピ提供サービスを立ち上げた方がいたのを見つけたことがきっかけです。アメリカは栄養学の専門医もいて、日本よりもずいぶんペットの栄養学が進んでいます。そういう専門の先生方が監修したサービスができていたので、これは日本でもいけるなと。
でも、実際そのサービスでレシピ検索した結果は「赤い牛挽肉何gに、サプリを何g添加して、はい出来上がり」というようなかなり豪快な仕様で(笑) いかに手っ取り早く栄養価を満たすかを重要視した作りでした。これは、日本人が愛犬のために愛情をかけてつくりたい手料理のイメージとは、かけ離れています。
日本でやるなら、もっと細やかな食材の組み合わせの配慮に対応できるようにすることが重要だと感じました。なので、『DC one dish』は、飼い主さんが要望した食材を使って、1つずつレシピを設計するサービスにしました。
ーー『DC one dish』は、すべてオーダーメイドでレシピを設計しているということですか?
岩切:はい。ワンちゃんの健康情報から、その子のためだけの栄養計算をして、すべて1からレシピを作っています。その子が好きな食べ物や与えたくないもの、飼い主さんが取り入れたい食材、食事の量は多い方がいいか少ない方がいいか、便の状態はどうかなど、細かくヒアリングして調整します。もちろん、食べながら血液検査の状態によっては微調整も行います。
なので、同じレシピは1つも存在しません。
ペットフード業界はイメージ勝負? 「ヒューマングレード」という罠
ーーすごいです。本当に食事で人同様のQOLを実現していますね。
成田:たとえば最近、フード業界では「ヒューマングレード」というキーワードを謳った商品も多いですよね。でも、僕たちはその言葉を好みません。なぜなら、「ヒューマングレード」という言葉には、明確な基準がないからです。ある種、言ったもん勝ちの世界なんです。日本にある基準は、食品かそれ以外かでしかありません。
もちろん、本当に良いものを使っている場合もあると思いますが、何をもってヒューマングレードとするかは、各社の判断基準によります。だから、ヒューマングレード=高品質なドッグフードとは必ずしも言い切れないんです。
ーーえー、そうなんですか?(汗)
岩切:驚きますよね。今やペットフードはイメージ勝負の世界になってしまっていると感じます。Instagramを見ていても、イメージ的に良さそうなことを発信して人を集めている人たちがたくさんいるんですよ。 でも、「何となく良さそう」というだけで、大切な家族のご飯を選んで欲しくないんです。
だから私たちは、飼い主さんが本当に高品質なものを知って選べるようになるためにも、エビデンスに沿った情報をお届けするというポリシーをもって運営しています。獣医師の先生が聞いたときに、そうだねって首を縦に振ってくださるような、獣医学的根拠に基づいたことをきちんとやっていく、これは絶対に譲れません。
ーーなるほど。エビデンスに基づいた食事を提供する。それが緻密な栄養計算なのですね。
成田:はい。大事なのは、どういう論文データに基づいて、どんな栄養基準でレシピを設計するかということです。飼い主さんの前では、「これおいしいですよ。さつまいもの皮はむいてくださいね」なんてお話しながらも、裏ではただひたすらに計算しています(笑)
2人揃って:はい。数字しか見てないです。すごく地味な作業です(笑)
岩切:でも、私たちが作っているものは安全な手作り料理のレシピであることをお約束できます。愛犬に手作りしてあげたい方には、ぜひ頼ってほしいんです。
既製品では無理? 病気を併発しても美味しい食事でサポートできる栄養設計
ーー実際に『DC one dish』に依頼すると何レシピをもらえるんですか?
岩切:基本的に1回のご依頼で3レシピです。病気によっては1レシピずつお届けすることもありますし、飼い主さんのご要望次第で、季節ごとにオーダーをいただくこともあります。ときにはふるさと納税でたくさん届いた缶詰のレシピを作ってほしい!といったご要望もあります。
飼い主のみなさんと栄養を通してコミュニケーションを取ってる感じがして、とても楽しいです。
ーーそんなに細かな要望に寄り添って考えていただけるんですね。冷蔵庫にあるものから、一緒に考えてもらえる。
成田:そうですね。やっぱり犬の食事は飼い主さんとの暮らしの一部なので、飼い主さんが楽しむことが、すごく大事だと思っています。病気で市販品のごはんは食べられなくても、手づくり食だったら食べる子って比較的いるんですよ。それに、病気のコントロールの面でも、市販品ではカバーできない部分を補うことができます。
ーー例えばどんなことですか?
成田:アレルギーのあるワンちゃんに安心な食事を与えることができます。ドライフードは生産ラインの都合上、コンタミネーション(原材料に書かれていないものが混入すること)を避けられない場合があるんです。食物アレルギーをもつ子にとって、アレルゲンとなる原料が混入することは、症状の悪化や改善しない原因になります。手づくり料理に変えれば、混入を避けることができますよね。
それと、市販製品では難しい栄養調整もできます。たとえば、複数の病気に配慮したごはんです。犬も、歳を取るといろいろな病気を併発する場合があります。
腎臓病に配慮したフードでは、タンパク質を制限しないといけません。その分、カロリーを取るために炭水化物か脂質が増えます。でも、膵炎の場合は、低脂質なフードにしないといけないんです。では、両方を患っている犬は、選べるフードがないの? と悩んでしまいますよね。
ーー手作り食なら、どちらの病気もカバーできるんですか?
岩切:そうなんです。腎臓病と膵炎を併発している場合は、低タンパク質で、かつ低脂質なレシピを提案できます。体調面や栄養面をフォローできるように栄養設計が可能なんですよ。それを調理していただくだけで、愛犬の体調の経過を追っていくことができます。
病気の進行度に合わせて、さらに細かいフォローもしてあげられるんですよ。たとえば腎臓病になったら、一般的には専用の療法食をずっと食べ続けることになります。でも、 本来は腎臓病の進行度合いによって段階的に栄養調整をかけてあげることが理想的です。これは、より病気のコントロールをすることができるだけでなく、栄養調整された食事を受け入れてくれるためにも良いことです。そうやって愛犬のQOLを上げることもできます。人間もある日突然「減塩だ!」と言われて、一気に塩気のない食事にすると食欲も、QOLも下がります。徐々に慣らしていきたいですよね。
ーーお薬や治療だけじゃなくて、食事でもそんなに手厚いフォローができるんですね。
岩切:なので、飼い主さんにはいつも「レシピが届くことがゴールじゃなくて、レシピが届いてからがスタートだよ」とお話しています。レシピを開始した後に、食べないとか量が少ないとか、血液検査をしたよとか、体重が減った増えたとか、ぜんぶ教えてくださいってお伝えをしているんです。
皆さんのご愛犬の情報はずっとカルテを更新して、栄養調整をした方がいいタイミングが来れば、都度ご案内します。食事について困ったらいつでもすぐに聞いてもらえる存在でありたいんです。
成田:かかりつけの獣医師さんの治療やサポートと並行して、我々『DC one dish』が栄養面でサポートしていくイメージです。とはいえ、血液検査の結果を確認して、他の病気が潜んでいそうだなと感じるようなことがあれば、栄養学的な介入以前により詳しい検査をされるように勧めます。
僕らは獣医師ですので、栄養学関係なく目の前にいる動物が健康でいられることを、何よりも大切に思っています。
ファシリティドッグ ベイリーとの思い出
ーーこれまでレシピを提供されてきたワンちゃんたちとの思い出はありますか?
岩切:市販品を食べなくて困っていたけれど、手づくり食にしたらずっと喜んで、旅立つ前日まで食べてたよって言っていただけた時は、心から良かったと感じます。
実は、日本初のファシリティドッグ(病院で病気と闘ってる子たちに寄り添うお仕事をしている犬)でもあるベイリーくんが、最期にずっと私たちのレシピを食べてくれていたんです。
「旅立つ直前までベイリーらしく食べてました」って教えていただいたときは、これだけ頑張ってくれてる子がごはんを食べて命をつないで全うしてくれたっていうのが、本当に感慨深かったですね。
ーーあの有名なベイリーくんも、先生にお世話になっていたんですね。
岩切:はい。看護師でベイリーのハンドラー(お仕事犬の任務遂行をサポートする人)でもあった森田さんにご依頼をいただきました。それ以来、キッチンの端にはベイリーラベルのお酒が飾ってあるんですよ。私たちの守護神として、いつも見守ってもらってます。
ーー素敵なエピソードですね。
岩切:愛犬が亡くなった後にも「食事自体が思い出になった」と言っていただけると本当にうれしいです。普段はオンラインだけのやり取りなのにもかかわらず、愛犬が旅立った時に律儀に連絡をしてきてくださる方が本当に多いんです。
飼い主さんから「食卓を一緒に囲むことで自分たちの食も豊かになったし、このごはんを食べるとあの子のことを思い出して心が温かくなる」と言っていただいた時には、涙が出ました。
手作り食を家族でやっていくと、人と愛犬の食事が一体化してくるんですよ。冷蔵庫にあるものをみんなで一緒に家族で食べてるわけですからね。
成田:となりで突然、岩切が泣き始めるんですよ、パソコンの前で。もうなんかね。(笑)
オンライン上にある「栄養学の動物病院」という位置づけを
ーー今後の展望を聞かせてください。
成田:安全な犬猫の手作り食が浸透している社会を目指したいですね。そのためにも、いろんな企業さんとタッグを組んで良い製品を作って、動物の食そのもののベースアップを図りたいし、いいものを築き上げていきたいなと思います。
岩切:例えば、レストランやホテルといったどこの施設でもAAFCO(アフコ:全米飼料検査官協会)の基準に基づいたワンちゃんごはんのメニューが当たり前に提供される世の中にしたいです。
そもそも、手作り料理に触れる機会のない飼い主さんもいます。そんな方たちにも、愛犬とのおでかけ先で私たちの考えたメニューに出会って「何これ? 手づくり食? 栄養基準に則してるってどういうこと?」と、まずは気付きの機会を持ってもらう。犬の栄養学に興味を持っていただく入り口、学ぶきっかけも作っていけたらうれしいです。
将来的には、エビデンスに沿った食事が当たり前の世の中にするのが夢ですね!
ーー日本社会全体のペットの食事に対する価値観が大きく変わっていく未来ですね。
岩切:はい。それを実現するために、私たちは栄養学の第三者機関というような立場であり続けたいと思っています。町の動物病院と同じように、オンライン上にある栄養学の動物病院という位置づけを守り、食事に悩む飼い主さんたちをサポートし続けていきたいです。
ーー飼い主さんと犬猫の健康を願う先生方の思いと愛情が伝わりますね。ありがとうございました。
成田:ありがとうございました。
岩切:ありがとうございました。